はじまりの町
抹消の効果も忘れ、エイプルはオータムを追い求めた。仲間の静止も聞かずに進み、伸ばした手が白靄に飲まれた途端、地に膝をつく。
仲間たちは最悪の光景を恐れたが、真紅の姿に欠けたところはなかった。
「……何これ!? 体が動かない。これ以上進めないよ!!」
協力してエイプルを助け起こし、皆は目の前の霧を凝視する。人を傷つけるつもりはない、と話したオータムの意思を反映して、抹消の効果は最小限に留めてあった。
「これは……私が受けた攻撃の効果と、同じです。触れたものの推進力を抹消する……」
白盾による突貫を受けて、すぐに動けなかったのはこの効果のせいだと、メイは言う。試しに霧に向けて氷の短剣を投げると、それは霧に巻かれる前に、力を失ったかのように落ちた。
無謀に進んでも消されはしないが、決して中に入ることを許さない。優しくも絶対に意志を曲げない、オータムらしい魔法だった。
「ジュディ! こんな厄介なもの、さっさと吹き飛ばしなさい!!」
「やってるけどダメっす! 霧の壁が厚すぎて破れない。博士の強化を受けれれば、何とかなるかもですけど、合流できない以上は……」
「どうしよう。ねえ、どうしたらいいの? ここに博士がいたら、いい考えをくれるのに!」
“堕天者と戦った時と同様、出した魔法は空気の抵抗を受ける。ジュディの風魔法で流すことは可能だが、完全に除去できないよう、オータムによって対策されていた。
急がねば町が消されてしまう。捕らえた獣たちも失われる。容赦なき救世主を止めなければならない。
焦る思考に名案は浮かばす、オロオロと顔を見合わせる少女たち。ただ、唯一オーガスタだけは、鋭い眼光を霧の壁に向けていた。
閃いたと同時に指を鳴らす。
「空!!」
みんな、こっちよ! と叫び、地を蹴る。飛行手段を持たないメイの手をわし掴み、共に舞い上がった。慌ててエイプルとジュディも付き従う。
「見えました……! 町の中心付近、霧の層が薄い部分があります!」
「あそこならわたしでも吹き散らせそうっす!! いやったぁ! これで中に入れる!」
「でもっ、霧が昇ってきてる! 早すぎる!! 間に合わないよ!」
「……わたくしに策があるわ。メイ! 風疾、いえ、“嵐纏馬“を追いかけたときみたいな、氷の台座を出しなさい!!」
力強い指示に押されるまま、メイはかつて発現したものと同じ、氷の足場を作る。形としては数人乗りのそりのようだ。それに乗って飛び出そうというのはわかる。しかし、あの時とは違って、滑走路も起爆の用意もない。
ただ、メイとジュディはオーガスタの表情からすべてを察し、真っ先にエイプルを乗せ、自分たちは両側に取り付いた。
「みんな、覚悟はできているわよね?」
「……はいっす!! 気張って行ってくるっす!」
「エイプルさん、着地に気をつけて……」
「ちょっと待って! まだ、オーガスタちゃんが乗ってないよ!!」
早く行こうよ、と伸ばされた手を取らず、微笑むのみのオーガスタ。エイプル以外の少女たちは理解し、納得していた。火力の高い誰かが残って、皆の背を押す必要があると。
悲痛さを押し殺し、メイは氷の壁を厚く設え、ジュディは風魔法で角度と安定性を調整する。合理的に動く二人に挟まれては、エイプルはオーガスタを連れ出せない。
「こうするしかなかったの! いいこと? わたくしの分まで、あのわからず屋教師にぶちかましてくるのよ!!」
「いやだよ!! いっしょに行こうよ!!」
右脚に雷撃を一点集中。眩い弧を描いて繰り出される“白金閃光脚“は、追いすがる声ごと撃ち飛ばす。
「オーガスタちゃあああん!!」
英雄になることが、オーガスタの夢だった。
昏迷の世を照らす光になる……なってやると魂に刻んでいた。だが、今、街を救うために輝くべきは自分でない。救世使の立場はエイプルに譲る。
着地を見届けることができなくとも、オーガスタは仲間たちが町に入ったことを確信していた。かの一撃の反動で、力なく落ちる最中でも、彼女は満足そうに夜空を仰ぐ。
今、自身は真の英雄を送り出したのだ。
◇ ◇ ◇
ひたすらに白い空。月光は霧に受け止められ、拡散し、町はほのかに明るい。街灯と合わせて通りを照らし、人々が行動するに支障はない。
その霧が魔法によるものであり、町全体が危機迫る状況にあることにも得心がいったのち、町長のフロストは絶望感に嘆息する。
「……もちろん、博士が不死者であることは知っていた」
夜分遅くの来訪者へ、落胆のこもった声で語りかける。
「そうでなければ、この実験集落は成立しなかったじゃろう。正体を隠すため、表立って主導できない彼の代わりに、私が名を貸し、人員を集めて造り上げたのが、このカーレル・シズネ町じゃ。"獣除けの陣"の実用化を目的として……」
「もはや実験の必要すらないんですよ、フロスト先生。俺の魔法で、獣に関わるすべてを消せば、問題は解決する。そうでしょう?」
「違う!! なぜそうも頑ななのじゃ、オータム君!!」
杖を打ち鳴らし、フロストは叫んだ。
彼らはかつて師弟の間柄、軍属の術士と訓練生の立場であった。今は町を脅かす獣と、それに対抗する防人の長として向かい合う。
少女たちを振り切ったオータムは、町に戻るとまっすぐに恩師の下を訪れた。救世の足がかりとして、この町を抹消する前に、人々を移動させないといけない。町長のフロストにその協力を求めたが、にべもなく断られた。
「……わかってもらうまで、何度でも言います。住民を連れて、この町を出てください」
「私の答えは変わらぬ。それは聞けぬ願いじゃ。みなの安住の地、あたたかな家を奪うことは許されない」
フロストは町灯りを愛おしく眺め、それらをオータムから庇うようにして立つ。
「黒き獣たちの出現に世界は怯え、人心は荒んだ。侵食が止められぬならせめて、決して汚されない聖地の成立を望んだ。小さな土地だとしても、守りきったという事実は、大いなる希望となる。侵入を果たす獣が現れるたびに、改良を重ね、あと少しで完全な結界と言えるところまで来ているのじゃ」
「けれど、圧倒的に魔力が足りない。ここまでの成果も、不死者である博士が、膨大な魔力を提供してくれたから実現できたにすぎない。実用化なんて、夢のまた夢です」
「重要なのは棲み分けることじゃ。人は里に、獣は森に。均衡を守って互いの住処を作り上げる。今はまだ町二つが結びついたのみじゃが、いつか国という規模で繋がることができれば、話は変わってくる。だからこそ、私たちは団結し、この町を造り上げた!」
それは、町に住む大人たちの総意だった。記憶を封じたころのオータムも、この計画に希望を見たからこそ、移住を決意した。
獣に襲われることのない結界都市。実現不可能と謗られ、国中から嘲笑を浴びても、諦めなかった者たちが造りあげた。不死者“博士“の力を借りた計画は、すでに夢想と言えぬほど、形を成しつつある。
「カーレル・シズネ町は、結界都市の成功例となるべき場所。希望のはじまりの地じゃ! 私たちはその実現こそ、"世界を救う方法"だと信じておった!!」
だからこそ、オータムの救世は受け入れられない。
獣の触れた場所を抹消する行為は、人々の希望を無に帰すものだ。
「皆さんの思いはわかっているつもりです。それでも、俺は諦められない。あいつらに報いるためにも……進むしかないんです。先生も、俺を力ずくで止めますか? やけっぱちの若造を制圧した、あの時のように」
「かつての荒武者のようなやんちゃ坊主ならまだしも、今のオータム君には敵わんじゃろう。しかし、君は皆を傷つける気はない……ならば、私たちは陣の力で対抗する!」
杖を突きつけ宣戦する。力のぶつけ合いでは決して勝てない相手だが、フロストに退くという選択肢はなかった。住民の夢と意志が、その老肩に乗っているのだ。
気圧されたオータムは小さく呻く。元来、彼は誰とも戦うつもりはなかった。
「……っ、不死者の支援を頼ろうとしているのなら無駄です! 博士は真っ先に処理しました。例の……少女騎士たちも、霧の包囲を通過することはできないでしょう。それでも、ここに残るというんですか!?」
「それでよい! もとより、自分たちだけで解決するべき課題であった。今度はこちらが勇気をみせる番じゃ! 消したくばいくらでも霧で沈めてみよ!! 住民たちの魔力だけでは、守れる範囲もたかが知れておる。しかし、抹消から逃れた土地が一片でもあれば、私たちの勝ちじゃ! 結界都市の効果は証明される!!」
宣戦布告の勢いのまま、フロストは先手を打つとばかりに、杖から魔法の光弾を放つ。呼応して、警鐘の音が夜の町を走った。それは獣襲撃の合図。最大級の警戒と、交戦の必要を知らせるものだ。
焦る足音と避難誘導の声が生じる中、オータムは恩師の前から逃げるように姿を消した。フロストの反抗は想定外の出来事だった。力を示せば、土地を放棄してくれると信じていた。
人々が敵を守る盾となれば、オータムは手を出せない。抹消の力を、愛しき隣人たちに向けるわけにいかない。
「まだだ……危険が身に迫れば、みんな、きっとわかってくれる。住民の恐怖の声が増せば、フロスト先生でも無視はできないはず。いずれ町外への撤退を判断してくれるだろう」
深い霧の中に姿を隠し、力の制御だけに集中する。白霧は濃く焚きしめられ、人々を追い立てるように動く。それらに、住民への害意がないことなど、一体誰が理解できよう。
目の前で抹消する家々を見せれば、怯えた住民たちは必ず、自ら立ち退いていく。
蛇が獲物の大きさに合わせて、顎を広げるように、オータムは町を飲み込む時を待つ。
再び町に舞い戻ったエイプルたち。自分たちの先生を追う前に、現状報告と作戦立案のため、研究所を訪れた。
赤と青と緑の、三つの燐光が囲むのは、不死者”博士”の残骸……
損傷が多いなか、無理に動かしていた機体は、オータムの不意打ちでとどめを刺されたかに見えた。だが、彼自体がいなくなることはないと、心のどこかで思っていた。博士は予備の身体を持つ不死者。器を変えれば全回復して戻ってくるだろうと。
「もういいだろ大きい僕、その機体はとっくに限界を超えてるんだ!! 早く次のを起動しないと!」
「……不合理なのはわかってるよ。でも、壊したくないって思いは、そっちの僕だって同じだろう?」
今の博士は崩壊の一歩手前といった有様。壁にもたれかかりながら、ぬいはかせの応急処置を受けていた。壊れかけの機体だが、頑なに放棄を拒否し続ける。
代わりの器は消耗品といっても、その数は有限。今も世界各地で研究を続ける自身にとって、何度も機体を入れ替えるような研究は削減の対象となる。失敗の烙印を押され、強制的に手を引かされる可能性もあった。
研究途中で投げ出す事態は避けたいもの。しかし、それ以上に博士は……この町での活動を、絶対に諦めたくない理由がある。
「過去の記録を新しい機体に引き継いだとしても、失われるものはあるよ。不死者とはいえ完全じゃないんだ。最初に、オータム先生に壊された僕が、ろくに何も残せなかったように……次、また無くしてしまうと考えただけで、目を閉じるのも怖くなる」
割れた片眼鏡の奥から、灰色の目の、優しげな視線が少女たちに注がれる。不朽だと信じて疑わなかった不死者“博士“だが、この時ばかりは脆い存在だと感じた。
切なさでたまらなくなったエイプルは、指先までヒビの走った博士の手を、優しく握った。
「エイプル、君は……僕を守るって言ってくれた。いくらでも変えのきく、不死者の僕なんかに……あの言葉、本当に嬉しかったんだ。この機体は、君の優しさに触れられた唯一無二の器。だから大事にしたい。ごめん……こんなことを言う日が来るなんて、思わなかったけれど……」
それは、以前の彼なら、絶対に生じえなかった感情。
「死にたくないよ、エイプル……君たちのことを、忘れたくない」
無機質な冷たい手に、メイとジュディも手を重ねる。
「うあああああああん!! わだじも、博士のことわずれたくないっす!!」
「はい……! ずっとずっと覚えててください! 百年後も二百年後も、みんなでいっしょに過ごしたことを……!!」
「私、絶対守るから。博士も、仲間のみんなも、町の人たちも、オータム先生のことも! この町で築き上げた、楽しい思い出を、途切れさせたりしない!!」
少女たちは勇ましく誓うが、絶望的な状況は覆しようがない。仲間は一人欠け、獣の魔法の対処法もない。頼りの不死者は今にも砕けそうな身の上。探知機能を奪われた以上、深い霧の中で、元凶を見つけ出すことも不可能に近い。
指示できることと言えば、住民を外に逃すことくらい……人命を優先した、博士の案が呟かれる直前、
空に光が打ち上げられた。
あれは町長が手ずから放った警報。続けて聞こえる、高らかな鐘の音。自警団員の力強い呼びかけ。次々と灯される松明が、往来を駆けていく。町中を巡る言葉に恐怖の色はない。
「集会所へ急げ! そこで町長が陣を張るそうだ。みんなも協力してくれ!!」
「信じろ! 困難は必ず乗り越えられる」
「少女騎士さまが来ていない? なら、今度は俺たちの手で町を救うんだ!」
「絶対に守り切るぞ!! これ以上、ふるさとを失ってたまるか!!」
移住を決めた時から覚悟は決まっていた。多くの住民たちは、逆境の中でも希望を捨てず、戦うことを選択する。
そんな彼らを見て、少女たちにも勇気が宿る。進むべき道は、住民たちが示してくれた。
「私たちも行こうよ!」
エイプルは呼びかける。すべての悲観が溶けていくような、あたたかい笑顔を仲間に向ける。
メイとジュディはもちろん同意し、博士も……不都合な推論は置いておいて、まずは彼女を信じてみたい。そんな気持ちになった。
「行っておいで。町の防衛は、フロスト町長とオリバーさんたちが主導するだろう。君たちには、彼らを手伝ってほしい」
「博士は!? ひとりでここにいるのは危ないよ!」
「どうせ動けないし、君たちの負担になりたくない。それに、ここで町全体の陣を再起動させなくちゃいけないんだ。これが復活すれば、オータム先生を締め出すことはできる。いいかい? これは総力戦だよ。君たち“魔法少女(略)”と自警団、さらに町のみんなの力を合わせて、夜明けまで持ち堪えてくれ」
夜明けまで……と、少女たちは復唱する。どんなに暗く、果ての見えない夜でも、必ず朝は巡り来る。さらに、ともに戦う仲間がいれば、町のみんなで力を合わせれば、怖いものなど何もない。互いの存在が、大きな支えとなる。
それぞれが放つ希望の光で照し合う連鎖。その最初の輝きは、住民たちの手によって灯された。
次なる光は、赤、青、緑の三色。いつもと変わらぬ博士の微笑みと、頼んだよという声を受け、少女は飛び立つ。
◇ ◇ ◇
かつてない緊急事態であるが、防戦と避難の用意は順調すぎるほど進んでいた。自警団員の間でも、不思議そうに話し合う余裕すらある。
「……やっておいてよかったよな、住民避難訓練」
「まったくだ。つい先週だったもんな。ちょうどいいといえば、この松明も、多めに用意しておいて助かったぜ」
「知ってるか? それ、リーンベルゼさんが絶対必要だって言い張るから、大量に発注したんだ。そういや避難訓練の日程を早めた方がいい、って言ったのもあの人だったな」
「そりゃすごい偶然だな……あっ、オリバーさん!」
エイプルの父オリバー、自警団の団長でもある彼は、険しい顔つきで姿を現した。避難先である学校の講堂には、すでに自警団全員と役場の者たちが集まり、災害時指揮官の指示を待っている。
登壇する彼の前に、二組の夫婦が駆け寄った。
「オリバーさん! 私たちの娘は、メイは見つかったんでしょうか!?」
「うちのオーガスタも避難所におりません! どうか捜索に人手を出してはくれませんか?」
「落ち着いて聞いてください。シーザーさん、ロレンゾさんも……研究所周辺は、特に霧が濃くて近づけない。博士とも連絡が取れませんでした。霧がどうにかなるまでは、人を送ることはできません。今は、ここに避難した人たちを守ることが優先です」
「そんな!! 冗談じゃない! あの子を捨て置けというのかね!?」
「よして、あなた。つらいのはオリバーさんも同じなのよ」
立場ゆえに、気丈に振る舞わねばならないオリバーだが、その表情は重い。不安を抑えつけるためか、拳を震えるほど固く握っている。
一人の父として酷な事実だが、情報は共有しなければならない。彼は顔を上げ、町長のフロストに向き直った。
「行方がわからないのは博士と、そのお手伝いに行くと言っていた少女たち。エイプル、メイ、オーガスタ、ジュディの四名。そして……オータム先生。それ以外の住民は、全て校舎内に避難できました」
「……充分じゃ。今いる者たちの魔力を束ね、"獣除けの陣"を再展開する。範囲はこの学校の敷地。術の発動までに、解体可能な家屋から、できるだけ資材を集めるのじゃ」
フロストが提示したのは、今いる者たちだけで、学校に籠城するという案。
その意味を悟ったオリバーは、瞳に怒りを宿して詰問する。
「それは、行方不明者を完全に締め出すと判断したんですね? あと、陣を発動し続けるために、住民たちはここから動けなくなる。町を脱出するという選択を捨てるということですよね!?」
「わかってほしい、オリバー君。他の道を模索する時間もない。大勢の意志を水泡に帰さぬためには、こうするほかないのじゃ。だが、私は信じている。皆の力を合わせれば、この霧は必ず打ち払えると!!」
「その案を実行すれば! 俺の娘と、そのお友だちは帰ってくるというんですか!?」
「彼女たちには博士がついている! 別の場所で保護されている可能性が高い! オータム先生も絶対に無事なんじゃ! 頼む、私を信じてほしい。今は根拠を話す時間すら惜しい……!!」
全てを知るからこそ、真実を語ることができない。博士が不死者であり、この実験集落を守護していたこと。今まさに、その成果を脅かしているのがオータムであること。秘密を守り、誰の心も傷つかない道はこれしかない。
オリバーもフロストの案が最適であることは理解していた。だが、自警団の責務より、最愛の娘を助けに行きたい気持ちが募る。
誰も決断できず、喉から葛藤の唸りしか発せないなか……外の異変に気づいた者が、窓に飛びついた。
続けて、この場のほぼ全員が駆け寄り、歓喜の叫びをあげた。
白色の背景に滲む色彩。赤、青、緑の輝きは、まさに希望の光となって、皆の目に映る。
"魔法少女(略)"……町での通称"少女騎士たち"の到来は、住民たちの歓声で迎えられた。すぐさま、町の代表者が対話に出向く。
双方より、赤色の少女騎士と自警団の長が一歩前に出た。
「騎士のお嬢さんたち、よく来てくれた!! すまないが、今回もどうか力を貸してほしい! 行方のわからない者たちがいるんだ!! 博士とオータム先生、あと四人の女の子たちと連絡がとれない!」
「えっと……その人たちは無事だよ! 霧が出た時、町の外にいたから戻ってこれないだけ。今は安全なところにいるから大丈夫! 心配しないで!」
「そうか! いやあよかった、本当に、よかった!!」
「まあ、ほんとのことは言えないっすもんね」
「私も……こう言うほか、ないと思います……」
状態変化時は自分の正体がわからないようになっているとはいえ、父親の前で自分の無事をでっち上げるのは、複雑な心境であった。オリバーが今の朗報を伝達している間、エイプルは仲間に苦笑いを見せる。
「霧の中まで助けに来れないかと思ったが、これで万事解決したようなものだ。いつもみたいに、獣をどうにかしてくれるんだろう?」
「あ〜期待してもらってるとこ、悪いんすけど」
「ごめんなさいっ!! 私たち、この魔法の発生元も突き止められないの! どうやったら霧を防げるかもわかんない!!」
「ちょっ……! いいんですか!? そんなこと言って……」
正直な窮状をぶちまけたエイプル。頭を下げた状態でも、その主張はオリバーはもちろん、背後の住民たちの耳にも入った。
面食らう仲間たちと、ざわざわし出す周囲を見渡し、彼女は再び声を張る。
「霧の魔法はすごく強くて、私たちだけの力じゃどうにもできない! だからお願い!! みんなの助けがいるの! 朝が来ればこの魔法は弱まるから、それまで力を貸して!」
「それは……具体的に、俺たちはどう戦えばいいんだ? 獣の正体もわからないんだが」
「やっつけるんじゃなくて、手助けをお願いしたいの! 今、この建物の周りで張ってくれてる陣の魔法を、夜明けまで続けてほしい! こっちに迫ってくる霧は、私たちが追い払うから!!」
「なるほど、耐久戦か。本当に朝が来れば、事態はよくなるんだろうな?」
「うん!! 絶対に大丈夫だよ。今だけは、こわい思いをするかもしれないけど、必ずみんなを、この町を守ってみせる。どうか、私たちを信じてください」
住民の意思を背負って立つオリバーは、指揮官としての顔をしかめ、思案し……数秒後、口元を緩ませた。それは、お願いを受け入れる時に見せる仕草だと、娘のエイプルにはわかる。
「わかった、共同戦線といこう!! お嬢さんたちには、いつも助けてもらっていた。甘えてばかりなのは悪いと思っていたところさ。そうだろ、みんな!? ここは俺たちの町だ! ともに力を尽くして守り抜くぞ!!」
「うおおおおおおおー!!」
オリバーの部下たちを筆頭に、住民たちは同意を叫ぶ。これまで町を守ってくれた少女たちへの信頼は厚く、頼られること、ともに戦えること自体が誇らしいと思った。
「なあ! 前から聞きたかったんだが、どうしてお嬢さんたちは、この町を守ってくれるんだ?」
「そんなの決まってるよ! この町が大好きだから守りたいの!! 私こそ、前からお礼を言いたかった。すてきな場所をつくってくれてありがとう。ずっとずっと、いつまでも大切にしようね!!」
「ははははは!! 嬉しいことを言ってくれるぜ! 大工冥利に尽きるってもんだ。ははは、本当に光栄だ……この道を選んで、心からよかったといえる」
方針が決まり、自警団を中心に、各自防衛のために動き出した。防霧対策の知識のない魔法少女(略)たちは、それぞれのできることを提示し、オリバーの指示のもと対応にあたる。
「うおおおお忘れるところだったあ!! 町長さーん! 渡すものがあるっすー!」
持ち場に飛び立つ直前、ジュディは空をかっ飛んでフロストに接近し、子包みを託した。
「いつも博士から町長の活躍を聞いてるっすよ。近年まれに見る、優秀で誠実な術士だって……わたしたちの秘密も、なんとかごまかしてくれてたんすよね。めっちゃ感謝っす!」
「ふぉっふぉっ、その方らに比べれば、私の力など取るに足りぬもの。町のためを思い、ただ為すべきを為したのみじゃ」
「いやいや、自分以外のことを優先して考えられるのは、なかなか難しいことなんですよ。特にこの時勢では」
つむじ風のように去るジュディを見送り、フロストは小包を検める。
超常の域にいる"彼"のやることだ。魔法少女(略)の出現然り、何があってもおかしくはないと、老爺は常々思っていた。ゆえに、中から出てきた"ぬいはかせ"の存在にも驚かなかった。
「これはこれは博士。ずいぶんとかわいらしい姿じゃな」
「見た目通り、この僕は無力ですからね。今までと違って魔力も提供できない。やり方だけは口頭で説明しますが、獣除けの陣の維持は、みなさんにかかっています」
「わかっておる。どのみち、この危機を乗り越えなければ、私たちのような凡人に未来などない。今こそ、この地を守り抜き、救世の希望があることを証明しよう」
対獣の防衛設備構築こそ、オリバーたち砦大工の本職だ。不可思議な霧の魔法も、防霧対策と風圧誘導で回避を図る。
拠点防衛の要となるのは、新たに張り直した獣除けの陣だ。秘密裏にぬいはかせの監督を受けつつ、フロストや術士の資格のある者が中心となり、全住民の魔力を束ねている。
避難民は脱出の道を閉ざされた形となったが、反発の声もなく、むしろ陣の維持のために役立てることを喜んだ。彼らは自警団の者たちを信頼している。町長や博士、町の知識人を尊敬している。そして何より……
「赤色の騎士さま! がんばってー!!」
「ありがとう! みんなが応援してくれるから、いくらでもがんばっちゃう!」
「ねえ! また、きれいな火の魔法見せてよ!」
「よーし、もっと大きいの出すからね!!」
「あの青色騎士すごいぞ! 一面の霧を一掃した!」
「美しい身のこなし、見惚れちゃう!」
「あっ……ほめてくれて、どうも……ありがとう、ございます」
「照れてる! かわいい!」
「違う違う! その資材はあっちだって!」
「えっ!? すんません間違えたっす!」
「緑の騎士さまー! 風向き変えてくださーい」
「はーい、今行くっすよもおおお! やることが! 多い!!」
遊撃的に動く、三人の魔法少女(略)たち。その存在は、多くの心に希望を届けた。
霧の迎撃や、自警団の防衛建築を手伝いながらも、住民の声援に応え、笑顔を振り撒く。子どもたちは絶望を忘れ、まるで祭りの日かのようにはしゃいでいた。
「ああ、やはりここは素晴らしい町だ」
ひとり研究所に残り、全身全霊の力をこの町に注ぐ、不死者“博士"。魔力とともに意識までも流し、町にいる命たちの声を聞く。
混乱も暴動もなく、危機が迫りながらもずっと前向きで、希望を見出す者たち。探究を宿命とする不死者ゆえに、博士は人の営みも何百年と見てきたが、これほど善性にあふれた郷はなかった。
予言のような機能はないが、それでも博士は断言できる。
世界を救う力は、きっとこのような場所から生まれてくると。
◇ ◇ ◇
衝撃音と、激しい息継ぎが交互に響く。町の外部は異変もなく、ただただ漆黒の夜で満たされていた。
体力が回復すれば、すぐ地面に雷撃を放つ。仲間を送り出したあとのオーガスタは、ずっと地に穴を掘り、町に入ろうとしていた。
「はぁ、はぁっ……ここでひとり、大人しくなんて、してやるものですか……」
オーガスタの雷魔法では、町まで貫通できる穴を掘ることは難しい。何度目かの崩落を経て、しまいには素手で掘ってやろうかと、地面に爪を立てる。
雷の閃光と見紛う装備が泥にまみれ、体中くすんでいくのも気にかけない。分厚い霧の層は、いまだ大事な居場所を飲み込んでいる。早く仲間たちに加勢し、恩師を張り倒さねばならないのだ。
やけになって砂を掻き分けていたとき、指先から振動を感じた。顔を上げると、忌々しい霧が吹き飛ばされるように動いている。自然に流れるのではなく、明らかに強い力を受けて歪み……ついに破られた。
纏っていた暴風を解き、姿を見せたのは一頭の駿馬。漆黒の体躯に、青白い鬣が風を受けて流れる。
"抹消の白霞"を抜けられる存在は、今やこの獣しかいないだろう。破格の風魔法を呼び起こす"嵐纏馬"、元の名を風疾という。
かつて首都を救った、英雄の馬だ。
オーガスタはわけもわからず、座り込んだまま、獣が近づくのを眺めた。
なぜ、研究所地下に収容されていたはずの名馬が、ここに来たのか。なぜ、隣に佇み、自身を意味ありげに見つめるのか……
「乗せて、くれるの……?」
英雄になることが、オーガスタの夢だった。
今の自分に、そうなる資格があるかどうかもわからない。充分な力を持っているかも自信がない。しかし、彼女が迷った時間は、刹那もなかった。
呆けた時間を取り戻すかのように、雷の速度で鞍に跨る。手綱を持つと同時に、進軍は開始された。
蹄鉄は、火花を散らす勢いで地を削り、力強い嘶きは嵐を呼んだ。ふたりが霧を割って駆けるさまは、まさに疾風迅雷ーー
真の総力戦の魁として、新たな英雄は覇道を進んでいく。