魔法少女(略)エイプルと明日への架け橋
ある新米兵士の一隊に新たな任務が下った。
実験集落に赴任する学者を、対象の町まで護衛するという内容だ。新兵たちでも遂行できる、簡単なもののはずだった。
だが、夜の進行の最中、彼らは獣の襲撃を受けた。
「おい! あの蛇はどこにいったんだ?」
「ここはどこだ!? 俺たちは街道にいたはずだぞ?」
「霧が深くて何も見えない。きっとこれはあの大蛇の魔法だ」
「教官っ! どうか指示を……教官!?」
周囲を警戒する新兵四人。部隊が最後に見たのは、大口を開けた大蛇の姿。顎が迫った次の瞬間には、あたりの景色が変わっていた。
この不可解な現象は、獣の使う魔法のしわざ。直前に受けた攻撃からして、自分たちはあの蛇に飲み込まれたのだと推測できる。
新兵たちは指示を仰ぐため教官を探すも、彼は負傷した脇腹を庇うように押さえ、うずくまっていた。
「……問題ない、っ……牙が掠っただけだ。それより、早く脱出経路を探せ……! 決して単独で行動するな!」
強気な口調だが、失血と麻痺毒で身動きが取れない。一刻も早く処置を受けなければ、死は免れないだろう。
危機的状況は教官の負傷だけでなく……
「おまえ! どうしたんだ、その腕……!?」
「え?」
指さされた新兵は、左肩から二の腕までの一部が消滅していた。霧の中を彷徨い、最も遠方まで哨戒していた者だった。
部隊はすでに大蛇に飲み込まれている。この場は獣の胃袋の中。あたりに満ちる霧を浴びるほど、消化が進んでいく。
部隊の中で、消化の影響を受けていないのは、負傷した教官だけだった。
「ただで死んでたまるか!! みんな、火を起こせ! 体内から獣を炙り殺してやる!」
燃やせる所持品を集めて焚き火し、軍服も引き裂いて松明を作る新兵たち。教官を守るよう四方に立って、迫る霧を振り払おうとする。
「貴様ら……何をしている! ここを離れるなと命令したはずだ!!」
「教官だけは、生きてください」
霧を浴び消化され、身体が削られていく中でも、彼らは上官に笑って言った。
「クズで身寄りもなく、誰からも見放された俺たちを……教官だけは信じて、導いてくれた。あなたは、かけがえのない恩人なんです」
「そうです! このまま何も為せず死ぬのはまっぴらだ。せめて恩人を守って果てたい」
「あなたは最高の教官でした。生き残って、また多くの生徒を導いてください!」
火をかざすのは効果的だった。松明を振るうたび霧は退き、獣の苦しむ呻きと振動が場に伝わる。
ただ、灯火の担い手は霧を追い立てるたびに姿が欠ける。それでも、最後の一片になるまで、教官を守るために動いた。
「やめろ! これは上官命令だぞ!! それ以上進むな、戻ってきてくれ……!!」
命令という名の懇願も虚しく、彼らは霧の中に散った。
最後まで自分達を見放さなかった、心から信じてくれた恩人を助けたい。
そんな、新兵たちの身勝手な願いと激闘の果てに……教官のオータムは生き残り、変異を遂げた。
現在の彼は、寝台の上で咽び、回想を途切らせた。語りの途中であったが、誰も続きを急かすどころか、かける言葉も持ち合わせていない。
「守るべき生徒たちを、死に追いやったのは俺だ! 無様に倒れた俺なんか、薪にして燃やせばよかったんだ!! それで、未来あるあいつらが生きてくれるのなら本望だった」
「オータム先生……」
悔悟の涙に暮れるオータム。その心情を思い、自身も啜り泣くエイプルに対して、彼は首を振る。
「すまない……今の俺はもう、“先生“と呼ばれる資格はない」
◇ ◇ ◇
オータムの悲劇はまだ続いた。新兵たちを失った一夜から、どれだけ時を経たかわからないが、彼は白蛇の腹中から脱した。しかし、待っていたのは、耐え難い事実。
「……だから、護衛なんて必要ないと言ったのに。やはり今の軍には話が通じないなあ」
「ぅ……あ、なたは?」
「君! 目が覚めたのかい!? よかった!」
何事かぼやきながら作業をしている白衣の男性。部隊の護衛対象でもあった“博士“だ。合流場所に迎えが来なかったのを不審がり、探しに訪れた先でオータムを発見したという。
状況の説明を求める彼に、博士はすべての質問を澱みなく答えてくれた。
「残念だけど、君以外の兵士は全滅してしまったよ。けれど、君は幸運だった。僕と出会わなければ、あの状態から蘇生することはできなかったろう」
本当に難しい施術だったんだよと、博士はしみじみと話す。うわばみに飲まれたオータムが、助かる方法は一つしかなかったという。
「命を繋ぐためには、君を飲み込んだ獣と融合させるしかなかった」
「……意味が、よくわかりません。雑音が酷くて思考がまとまらない。少女の声が、頭に響いて……」
「ああ、それは不死者“魔女”の呼び声だよ。変異した獣は、常にこの声を聞かされるんだ。動物は理解できないから平気なんだけど、人の身では耐えられず発狂してしまう。正気を保つためには、君の人格を分けて、他方に押しつけるしかなかった」
目覚めてから、絶え間なく聞こえる声。
“王様を探して。あたしのところへ連れてきて“
“どこにいるの何をしているのあたしの王様“
“ここに来て何度でも何回でもいつまでもあなたを追うわ“
“あなたをあたしのものにするあたしのものになるまで殺す“
“ああ王様あたしを罰してあたしを殺して早く早く早く、あたしを見てよーーーー“
……これらは獣にしか聞こえぬ、呪いの調べだ。博士といえど、この声を止めることはできない。
人は肉体的、精神的に強い心的外傷を受けた際、耐えきれなくなった心を守るため、別人格を生み出し、そちらに苦痛を押し付けることがある。
過去の研究成果として、博士はその現象を活用でき、オータムの廃人化を防ぐため施した。それが、のちに“獣を名乗る人格“の土台になるとは知らずに。
親身かつ愛想よく接する分、話す内容の残酷さがオータムの恐怖を煽った。
博士が超常の存在であり、自身が大変な施術の末、生き長らえたことはわかる。しかし、人格の分割や獣との融合という、不穏極まりない一文には、動揺せずにいられない。
「君たちを襲ったのは“霧消白蛇”と呼ばれる獣だ。体を霧に変えて、餌とみなしたものを際限なく飲み込む。捕食範囲に限りはないけれど、体内から燃やされるとは思いもしなかったようだね」
「ええ。その獣は倒しましたが、あいつらは……」
「倒しきったわけじゃないよ。だって、君がまだ生きている」
「は……?」
「“霧消白蛇”自身の魂は燃やされて消えてしまった。けど、まだ腹の中に命が残っていただろう? 餌として飲み込まれた時点で、それらは獣の一部となった。残った力は、流れ出して大地を汚染することなく、新しい器に宿る」
それが君だよ、博士は淡々と告げた。
「人の器に獣の力を宿した存在、まさに半人半獣だね。勝手だけど、“堕天者“という識別名をつけさせてもらったよ。そうだ! 魔女の声が収まってきた今なら、自覚できるんじゃないかな? “霧消白蛇”の魔法が、君にも使えるってことに」
「……え? あ、ああ……?」
少女の声が退いていくとともに、思考が澄んでくる。博士の説明した通りに、特異な力が宿っているのを感じる。
これはかつて白蛇が行使した抹消の魔法。今は、生まれ持っていたかのように振るえる。融合の影響か、獣の原始的な感情も、違和感なく馴染んでいる。
攻撃的な本能。飽くなき生存への渇望。獲物を捕食する恍惚……
「思い、出せる……」
「使い方がわかったようだね。うん、素晴らしい! これは世界初の事象だよ! 獣との融合と、その魔法の引き継ぎなんて……」
「あいつらを喰った感触……あの味すらも思い出せる」
知りたくなかった。思い出したくなかった。そも、自分だけ生き残りたくもなかった。
ここにいるのは、大切な生徒を貪り食らった獣が一匹。
「嫌だ嫌だ嫌だ! 消えろ!! 消えろおおおおおおおおおおお!!」
不快な現実を。教え子が犠牲になった事実を。目の前にあるものすべてを否定すべく、オータムは力を行使した。
“霧消白蛇”から受け継いだ魔法は、際限なく周囲を飲み込んだ。博士の機体も仮の研究所も、痕跡すら残さず抹消した。
「じゃあ、その僕は同期の途中で消されてしまったから、わずかな情報しか残せなかったんだね」
「申し訳ありません……あの時の俺は、現実を受け止められなかった。自分の中の獣についての記憶も……都合の悪いことは全部、別の人格に押し付けて、思い出せなくなっていたんです」
「謝るべきなのは僕の方です。オータム先生の気持ちに配慮せず、強引な施術を行った。壊されても文句は言えません。今は人格間の記憶と力を統合したので、あなたの獣の一面……“堕天者“が表に出てくることは、もうないでしょう」
その後の調整もできなかったせいか、オータムの内面は人と獣、それぞれに分かれて発露した。
昼は善良な教師、夜は怒り狂う獣としてこの町を闊歩した。最後の一戦にて捕獲されてからは、博士の手によって、力を記憶を主人格に統合させた。
「それを聞いてホッとしたっす! もうあのこわい人は出てこないんすね」
「その点は問題ない……ところでジュディ、メイ。堕天者の記憶の中に、おまえたちが俺の家に侵入した光景があるんだが、どういうことだ?」
「うぐおっ!!」
二人は何とか弁明して魔道具の悪用をなかったことにし、ともあれ脅威はなくなったと皆が実感した後、改めてオータムは少女たちに頭を下げた。
「本当にすまない!! おまえたちを何度も襲い、ウェザーを傷つけたのも俺だ。別人格のやったことでも、俺の過ちに違いない。いくら詫びたって足りないのはわかっているが、謝らせてほしい」
「違うんだ、この事態は僕の施術のせいで起こったことだよ! 無理に心を分断したせいで、無意識人格がいつからか自我を持ち、君たちを襲うようになってしまったんだ」
「博士は必要な処置をしたまでです! 自覚なく暴走した俺が一番悪い……ああ、やっぱりこれじゃあ気が済まない。このあとみんなの親御さんのところにも謝罪に……」
「よしてよ! 説明がややこしすぎるから、わたくしのうちへは来ないでちょうだい!」
「ど、どうか……私のことも、内密にしてください……」
「もう謝るのはいいってば! それなら、私だって大罪人だよ! あの時、本気で博士と先生を殺そうとしたんだもん!!」
エイプルの問題発言に、大人二名は血相を変えて否定したが、少女たちは黙って聞けと促した。
このまま謝罪合戦を続けても、何も進まないと判断したからだ。
「博士だってそう。誰が悪いって話じゃないよ! もう戦わなくていいってことが一番大事でしょ? 私、“魔法少女(略)“として博士のお手伝いを始めてから、いっぱい大変なこと、悲しいことがあったけど、それでも嫌だって思ったことはないよ!」
暴走したことの自省も込めて語りかける。一歩間違えれば命が危ぶまれる経験であったが、得るものは大いにあった。
他の少女たちも同意して頷き、大人たちに微笑みかけている。
魔法少女(略)として活動し、全員で数々の交流を経た結果、オーガスタは自身の虚栄心、名誉欲を昇華できた。
メイは戦闘欲が露と消え、本当の故郷を見つけられた。ジュディは心を真に解放できた。その身は自由な風となり、もう囚われることはない。
「普通に暮らしてたら何も気づかないままだった。みんなのこと、獣たちのこと……私自身のことも、知ろうともせずに生きてくところだった。“魔法少女(略)”になってから得られたものもいっぱいあるし、それも大切にしたい。なにより、博士といっしょに、すごい発見もできたからね!」
「いったい……何を見つけられたというんだ?」
エイプルは胸を張り、晴れやかに笑って答える。
「世界を救う方法!」
「やはり、この町の子どもたちはすごいな」
互いの正体と過ち。過去と本心を明かし合ってから、やっとオータムは笑顔を見せた。それは、少女たちも見覚えのある、頼れる教師の顔だ。
悔恨は残さず洗い流せた。これでようやく、新しい明日へと歩み出せる。
「なんとも希望のある話だ。その歳で、世界のことを考えられるのもすばらしい。おまえたちを見ていると、こっちまで気力が湧いてくる……大人の俺も、もっとしっかりしないといけないな」
「おっと、話し込んでしまったみたいだ。もうじき夜になってしまうよ。君たち、おうちに帰らないと」
「わあ! もうそんな時間なの!? じゃあね、オータム先生。また明日、学校で会えるよね?」
「なんにせよ、分かり合えてよかったわ。いろいろあって気まずいのはわかるけど、ちゃんと逃げないで授業するのよ? あなたはわたくしの師として認めてるんだから」
「ははは、手厳しいなあオーガスタは。期待に添えるかわからないが、努力はするつもりだ」
「まだ体調も万全ではないでしょうから……決して、無理はしないでくださいね」
「そうっすよ! しばらく宿題を大量に出すのは控えた方がいいと思うっす!! 絶対に!!」
「ああ。みんなに迷惑をかけるのは、これで最後にしたい」
そう朗らかに言って、オータムは寝台を降りた。滞在への礼を言おうとしてか、家主の博士と正対する。
……あまりにも自然な動作だっただけに、誰も違和感を覚えなかった。
四肢の拘束具が、土台から消失していることに。
「……何を、しているの?」
受け入れ難い光景に、少女たちは“なぜ?“という疑問すら湧いてこない。
一片の躊躇いもなく、最初からそうすると決めていたように……オータムは手刀で博士の胸部を貫いた。抹消の魔法による攻撃は、破壊音も機体の破片すら零さず、不死者を行動不能にする。
「俺もさ、あいつらを死なせてしまったあの時から、ずっと考えてきたんだ」
腕を引き抜くと同時に、博士は崩れ落ちた。
「世界を救う方法を」
◇ ◇ ◇
無機質な病室に霧が立ち込める。白色の建物ゆえに発見が遅れた。
かつて堕天者が扱った魔法は元初の力を取り戻し、現在オータムの支配下にある。本来の魔法は“侵掠の黒靄“より容赦なく、包むものみな完全抹消する白霞。薄くだが、確実に室内を満たしていく。
「博士の獣探知機能は、この部品の効果でしたよね。最初のあなたを壊したとき、残った資料にそう書いてありました」
抉りとった博士の部品、獣探知の魔道具を手の内で転がしながら、しばらくお借りしますね、と一方的に言い捨てるオータム。
目の前にある壁、扉などを消し去り、一直線に外へと向かう。抹消の魔法を操る彼を、阻めるものなど存在しない。
「オータム、せんせ……なんで……?」
「知りたいなら、追ってくるといい」
まるで授業の終わりを告げるような声音。教室を出ていく時と同じ足取りで、教師のオータムは抹消の一歩を刻む。
わけもわからないまま状態変化し、恩師を追う。研究所を出たところで彼の姿を見失うも、薄暗い通りに白靄の痕跡がある。
追えと言わんばかりのそれに戸惑いを覚えつつも、真意を問いただすため、向かわずにはいられない。
「早いな。もう追いつかれたか」
「オータム先生っ!! 博士のこと、ちゃんと説明してよ!」
「博士のだいじなところも返してくださいっす!!」
「先生……いったい、どういうことですか? その、姿も……変わって……」
町を出て、林の中の街道に佇み、オータムは待っていたかのように声をかける。その出で立ちは、研究所で見たものと違っていた。
純白の武装。この国、エドラサルム=ジ・エラの国民軍の軍服に近いが、過去を白紙にしたいとばかりに漂白されている。茶の短髪も白に転じた。自然界にあり得ない配色は、“獣“として変異した証。外套の端は白霞と同化し、全貌が窺い知れない。
その姿に、一同は“堕天者“の黒衣を思い出した。かの別人格と同様に、オータムも改めて自身の魔法“抹消の白霞”を纏い、戦いの装いとしたのだ。
「こんななりだが、警戒しなくていいぞ。みんなと争うつもりはないんだ。これからやることのために必要だからな」
「だから、何がしたいのかって聞いてるのよ!! 獣の方はもう出てこないって言ったじゃない!!」
「“奴“のことは関係ない。これは俺自身の意思で決めた宿願、俺にしかできない解決方法なんだ。“全ての獣と、その元凶を消し去る“……もう二度と、あいつらのような犠牲を出さないためにな。俺の生徒たちの未来に、獣はいてはならない存在なんだ」
オータムが宿した魔法は“抹消”。その力をもって世界中の獣を、汚染された大地を、元凶たる不死者“魔女”すらも葬り去る……それが、彼の目指す救世の方法だ。
「だから、博士の獣探知の機能が必要だった。獣を痕跡もろとも消去したいのに、居場所がわからないのでは、話にならないからな。もっと早くに行動するべきだったんだが、記憶と力を“奴“に奪われたせいで、時間を無駄にしてしまった。けれど、もう大丈夫だぞ。すぐに獣のいない世界をつくってみせる!」
「待ってよ! じゃあ、獣と融合したオータム先生はどうなるの!?」
「“全ての獣を“と言っただろ? もちろん俺も該当する。役目を果たしたあとは、すみやかに消え去ろう」
「そんなのダメだよ!!」
誰よりも先に否定を叫ぶエイプル。三人も彼女に続き、険しい表情でオータムに詰め寄る。
「わたしだって嫌っす! オータム先生にも消えてほしくない!」
「人と仲良くなれる獣だっています……残さず消すなんて、かわいそうです……!」
「……ねえ、獣の痕跡っていうのは、汚染のことよね? あなたの力でどうやって消すっていうの?」
「俺の魔法では、汚染された土地を元に戻せない。が、その場所を汚染の範囲外まで抉り取ることはできる。あとに残るのは広大な空洞だが、いつかは人の住める土地になるだろう」
最後の質問に答えたあと、オータムは快活に笑って手を振る。
「卒業までおまえたちを導けず、悪かったと思っている。本当にすまない! だが、何よりもこっちを優先させないといけないんだ」
踏み出しかけたオータムを追って、少女たちは恩師の名を叫び、一歩たりとも進ませないとばかりに止めかかる。
名残惜しさからではなく、痛烈な危機感が皆を駆り立てる。獣の汚染が地中にどれだけ影響しているか想像もできない。それをオータムが切除するというのなら、世界はどれほど削られるか……
「そんなやり方、間違ってるよ!! オータム先生っ、お願いだから止めて! 私たちは浄化の魔法っていう、獣をもとの姿に戻す方法を考えたの。一回でも実現できれば、きっと先生も……」
「夢のある話だが、エイプル。奇跡を待っていられるほど、時間は残されてないんだ。もう行かせてくれ。時が進めば汚染はその分広がっていく。少しでも無事な大地を残すためには……わかるだろ?」
ふざけんじゃないわよ! と蹴りかかるオーガスタを最低限の動作で躱し、臨戦態勢の生徒たちを見て、オータムは嘆息する。
「ごめんなさい、先生……! だけど、それ以上行かせるわけにいきません」
「研究所に戻りましょうよおおお! 話し合えばわかり合えるはずっす。あと博士に謝ってください!!」
「そうまでして俺を止めたいのか? これは全部、おまえたちのためでもあるんだが……まあいいさ」
軽く手のひらを振る動作で霧が沸き立つ。近くの木が白霞に飲み込まれ、木盾の形を残して消えた。
オータムがそれを拾い上げた瞬間、他の武装と同じ白色に染まった。彫られた軍章と装飾から、これもまた従軍時に使っていた得物なのだろう。
「将来何かあった時のために、戦いの技術も学んでおいて損はないよな! これから最後の授業を始めよう……全力でかかって来い!!」
両手盾を構えたのを見て、堕天者の時と戦闘法がまったく違うことを察する。あくまで生徒を傷つける気はないのか、盾以外の武器を出す気配はない。
「……何を仕掛けてくるかわかりません。ここは、私が出ます!」
メイ一人が出ることを了承し、他三人は援護、追撃の用意をする。
「まずは精鋭を繰り出してくるか。特にメイは手強いらしいな。魔法にも応用力があったと、奴は記憶していた」
“突撃水珠“での遠距離攻撃の後は、持てるだけの“青の短剣“を次々と投擲して様子を見る。どれも通常の盾と変わりない防御力だが、破壊しても周囲からいくらでも削り出せる。
遠方から攻撃するのみでは埒が明かない。メイは接近戦に切り替え、短刀を両手に踊りかかる。
「精鋭を行かせて、仲間は相手の隙を狩る。その考え方は悪くない。だがな……」
「……っ!? きゃ……!!」
「そんな先鋒が一瞬で制圧されたとき、隊の士気は大いに下がる」
オータムの盾を構えての突貫に、メイは回避も反撃もできずに吹き飛ばされる。彼女が体勢を崩してもなお止まらず、近くの大木に全身を押さえ込む。
「何やってるのよ、メイ! 早くそこから出てきなさ……え?」
少女たちの位置からでは、大木と盾の間に挟まれたメイの左手のみ視認できる。
それが何の抵抗も起こさず、脱力したままなのを見て、じわじわと絶望感が心を蝕んでいく。
「うそっす! そんなっ……あのメイちゃんさんが!? 信じられないっす……」
「メイちゃん待ってて、今助けるから!!」
「早まらないで! こうなったら数で攻めるしかないわ!!」
残った少女たちは三方向に散る。エイプルとジュディを先に向かわせ、滞空したオーガスタは眩い光を発した。
“轟々たる白金の閃き”により、目の眩んだオータムの左右から、炎と風の包囲攻撃が迫る。
「“赤玉一号“! “二号“!」
「風編み“緊縛包囲網“! って、あれ? うおわっ……!?」
怯んで動けないはずのオータムは、花火魔法を盾で受け、縛めの風を白霞で相殺した。そのままジュディに向け距離を詰め、空へ逃げる彼女の片足を掴む。
オーガスタの目眩しの効果など、まるでなかったかのような対応だった。
「あっ! もしかして、最初から目線を下にしてて、わたしたちの影だけ追ってたんすか!?」
「正解だ。連携してかかるのなら、もっと互いの立ち位置を考えるように!」
「ふおおおうわああああ!!」
一回転のち、放り投げられるジュディ。メイのいる大木の方向に衝突し、激しく土埃を上げた。
エイプルの仲間を呼ぶ声が悲壮に響き渡る。
戦いの中でも、オータムは教師として生徒を導こうと行動している。抹消という破格の魔法を扱えるにも関わらず、決して深刻な攻撃を繰り出さず、手加減しているのが証拠だ。
こんなにも生徒思いなのに。同じ世界の危機に立ち向かおうとしているのに、分かり合えず拳を交わしていることへのやるせなさ。迷えば迷うほどエイプルの戦意は鈍った。
それと反対にオーガスタは激昂し、単身でオータムに特攻する。
「あなたってどうしようもない分からず屋ね!! 自分が何をしでかそうとしてるか、本当に理解できないの!?」
「それはこっちも同じ気持ちなんだが、参ったな。俺からしてみれば、不確実な理想論に期待をかける、おまえたちのほうがわからない」
非難の言葉と雷撃を帯びて蹴りかかるオーガスタに、真摯に応えるためか、オータムは盾を放棄して向かい合う。
“白金閃光脚”、“魁る千々の雷電”……持てる戦闘技を気迫たっぷりにぶつけていくが、オータムは組み手の相手を務めるような余裕を持っていなしていく。
「息が上がっているぞ! もう疲れたのか? 基礎体力がまったく足りていない。鍛錬内容を見直した方がいい」
「……うる、っさい……わね。はぁ……防いでばかりじゃなくて、正々堂々と闘いなさいよっ……!」
「おっ、反撃してもいいんだな」
言うやいなや足払いをかけ、オーガスタを転ばせる。受け身くらいしっかりとれ、と苦笑しながら手を差し伸べるさまは、完全に教師の振る舞いだ。世界の命運をかけての戦いに見せるものではない。
これを侮辱とみなしたオーガスタは、頬を怒りの朱に染め、オータムの手を取らず仲間のもとへ退避した。
「エイプルはどうする? 二度とない機会だぞ。かかってこなくていいのか?」
「……私たちが戦っても意味なんかないよ。お願いだから考え直して!! 先生の生徒だった人たちも、これからやることを知ったら、きっと悲しむ」
「おまえにあいつらの何がわかる?」
「わかるよ!! 私もオータム先生の生徒だもん!」
地面に突き立てた白い盾を再び手に、オータムはエイプルに歩み寄る。
……そのまますれ違う。力ずくで引き留めようという意志を、彼女からは感じなかったからだ。
「何を言っても俺は止まらない。人は本気で守りたいものを守るとき、なりふり構わず、どんな手段にも手を染める。俺にとっては子どもたちの未来がそうだ。幸福な人生を歩んでいけるよう、俺にできることなら、何でもしてやりたいんだ」
「だからって、獣を全部消すなんて……私たち、先生にそんなこと望んでない!!」
「そうか。絶対に無くしたくないものがあるおまえなら、わかると思ったんだがな。ともかく、授業は終わりだ……ちょうど今、準備が整った」
オータムが見上げるのにつられて、少女たちは夜空を仰ぐ。戦闘という名の最後の授業に気を取られて、背後の災厄に気づかなかった。
町全体に靄が漂う。明らかに自然発生でなく、オータムの魔法によるものだ。エイプルたちとの戦いの合間、少しずつ霧を発現し、集落全土とその上空まで覆いきった。
「今までのは時間稼ぎだったのね! 町をどうする気よ!?」
「なあ、ここまで話していて本当にわからないか? 全ての獣を消すと言う俺が、研究所に収容された獣どもを見逃すわけないよな?」
捕らえた獣の情報は自警団にも共有されていた。“少女騎士たち“の協力のもと、博士のところで隔離されていることも。
彼らを消し去ると言えば、少女たちは必ず反発するだろうと、オータムは踏んでいた。長年、生徒たちを指導してきた彼にとって、皆の心優しい気性を見抜くのはたやすい。
ゆえに、あえて注意を引いて自身を追わせた。事が終わるまで、彼女たちを町から締め出すために。
「心配しなくても、住民たちは傷つけないさ。獣を全匹根絶し、呪われた場所も消すまで、邪魔しないでくれないか」
「うきゃあああ地下大森林のみんながやばいっす!!」
「やめてください……あの子たちの中には、ラリィ君のお友達もいるんです……!」
「ちょっと待ってよ、あいつらは町の地下にいるのよ。それでも場所ごと消そうというの!?」
「もちろん。汚染の可能性のあるところはすべて抹消だ」
確固たる足取りで町へ戻るのを見て、エイプルはやっと走り出した。獣の収容地、地下大森林を削るというなら、その上にある町は壊滅する。オータムの足に縋りついてでも止めなくてはならない。
「オータム先生!!」
それ以上近づけば消されてしまう、オーガスタの警告を受けても、彼女は追うのをやめなかった。
「みんなの進路相談は終わってないよ。新しくなった町から巣立ってく、最初の生徒たちを見届けてくれないの!?」
最後の一秒まで対話を諦めない。
生徒思いの教師を信じ、その背に言葉を投げかける。
「私は、最初戸惑ったけど、今ならわかるよ。あなたの存在は、私たちの心を未来に向かわせてくれた。みんなの進路を繋いでくれた……獣のいない世界をくれるより、私たちを信じて見守ってくれる方がずっと嬉しい!! これからも先生がいてくれるなら、いつもと違う日々がこわくても、夢への道を歩み出せるの」
純白の後ろ姿からは何の表情も伺えない。しかし……町に向かう足は止まった。
魔法少女(略)エイプルはオータムへ呼びかける。
「あなたは、私たちの“明日への架け橋“です」
「……俺に付けられた識別名を覚えているか?」
振り向きもせずに言う。
「その橋はもう"堕ちて"いるんだ」
再び進み出したオータムは、霧の中に溶け、輪郭すら朧げになる。
混沌のように湧き立つ夜霧に紛れ、やがて見えなくなった。




