表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/46

リーネの絵本読み聞かせ会 その4

「初稿」


 長く議会制が続く国にて、内戦が起こった。恒久の権力を得るために、議員たちは自らを貴族と称し、王政の復活を目指して、かつての君主の血を引く者を探した。そして、山沿いの小さな町に住む少年が見出される。


 軍が町に押しかけ、彼を首都に連れ去り、傀儡の王として擁立する。故郷の町を人質にとられ、逆らうことができないまま、彼は成長した。だが、操り人形でいるのをよしとせず、徐々に味方を増やし、力をつけていく。


 そんな彼を主人公とする物語、その結末部分……



 永久に続くと思われた混乱は収束しつつある。邪心を持った議員は追放し、他国と協力関係を築いた。政治を主導する腹心は信頼できる者たちで固めた。かの王の名の下に、主権は漸くひとつになるのだ。

「やっとここまで来れましたね、陛下。あなたの指揮のおかげで当初の計画よりも、ずっと早期にことが運びました。あと、危惧すべきことは反乱の可能性ですが、それも明日、決着がつくでしょう」

「……そいつらを率いた英雄の処刑をもって、か」

「はい……」

「宰相、今からその英雄に会うことはできるか?」

「えっ?」


 王が牢獄に向かうころ、警備兵が騒ぎ出す。


「将軍! 侵入者です、"戦場の亡霊"が城内に現れたとの報告が……ぐあっ!!」

「おまえら退けっ!! 奴の相手は俺がする。陛下をお守りしろ!」

 剣を抜いた若き将軍は、侵入者の双剣を受け流す。二人は戦場にて何度も顔を合わせた間柄。

 "戦場の亡霊"と呼ばれた存在は、特定の陣営にも属さず、ただ英雄を狩りたいがために、戦況を引っ掻き回した。

「ここに"あの人"がいるんでしょう? 明日、処刑されるというのなら、私にください」

「ふざけんじゃねえ、戦闘狂が。おめーはここで俺が止める……この戦いで全部終わりにしよう」

「いいでしょう。あなたもすでに英雄並みの人傑。私の獲物にふさわしい」

 激しい打ち合いのさなか、将軍の胸に帰来するのは、どうしてこうなったという切実なる問い。それも、もはや言葉として表せず、ただ持ちうる全ての力を駆使して戦うしかない。どちらかの命尽きるまで……

「……強くなったね」

 双剣を弾き飛ばされ、胸を貫かれた亡霊は、彼にしか聞こえない至近にて告げる。

「信じてたよ……あなたなら、私を返り討ちにしてくれるって……」

 崩れ落ちた体を見下ろす将軍。味方が寄ってくる前に、どうしてこうなったんだよ、と再び思う。

 ある時まで、彼らは家族であったのに。



 王を先に行かせた宰相は、侵入者の報告を警備兵から受ける。


「狙いが陛下ならば、ここを通るしか道はありません。罠と伏兵の配置を!」

 侵入者は凄腕の暗殺者であるようだったが、事前の策と多勢の兵により鎮圧され、宰相の前に引きずり出される。

 覆面を剥いだその顔を見て、彼は激しく動揺するも、表情には出さなかった。

「どうぞ、わたしを殺してください。恩人を手にかけたあの日から、こうなることはわかっていました」

「……っ、それには、及びません。これは誰の差し金ですか? 答えてくれるのなら、命までは……」

「ああ……相変わらず、キミは優しいっすねえ……」

 一瞬だけ笑ったような表情を見せ、次の瞬間にはがくりと項垂れる。取り押さえた兵士は、暗殺者の脈を取り、すでに生き絶えたことを報告した。口内に仕込んだ毒により、自決して果てたのだ。

「……そのまま埋葬してください」

「しかし、死体を暴けば、刺客を放った者の手がかりが残っているやも」

「いいんです。心当たりならありますから……今は、静かに眠らせてあげてください」

 宰相は自ら暗殺者に触れ、その瞳を閉じた。

 来世こそ、誰の所有物ものにもならず、自由に生きてほしいと祈りを込めて。



 王は護衛を侵入者の対処に向かわせ、単身で牢獄へ赴いた。


「最後に一目、顔を見に来た。投降時の約束通り、他の仲間は解放する。おまえの命をもって、反乱軍の罪を赦そう」

「……ありがとう。意外と、義理堅いんだね。もっと冷酷な王様だと思ってた」

 フードを目深に被った反乱の英雄は、王が話の通じる相手と信じ、もうひとつだけ教えてほしいと願う。

「私はただ、あの子を取り戻したかっただけなの。どうか無事でいるか教えて? 故郷の町から、首都に連れて行かれた男の子……私の、弟みたいな存在だった」

「……ねーちゃん?」

 ばっと顔を上げた勢いで、フードの下の赤茶髪が露わになる。英雄と呼ばれた女性は、王が故郷にいたころ、家族のように過ごした大切な人。

 立場も忘れて、彼は鉄格子に縋りつく。

「俺がこの地位についたのも、権力を求めたのも……人質に取られた故郷を解放したかったから! あんたを守りたかったからだ!! だからこそ、主権を奪って、国を平定したのに……どうして!」

「私も、どうしてもあなたを取り戻したかった。利用されるのが耐えられなくて、剣を取ったの……ごめんね。私たち、すれ違っちゃったんだね」

 儚げな笑みに、王の心は瓦解した。故郷の街にいた頃のように、幼子に戻って泣き崩れる。

「……すべてを捨てて、俺と逃げよう。もう何もいらない。国なんかどうでもいい……あんたを殺させたくない」

「ダメだよ。私が死なないと戦いは終わらない。私のことはもういいの。あなたが無事だと知れたから、悔いなく逝ける」

 明日の朝には、この英雄の命は散る。声を上げて憂い、檻を挟んで嘆くのが許されるのも、このひとときだけ。

 優しく彼の髪を撫でる手つきは、あのころと同じなのに。

「私たち、あの町から出なかったら……ずっと仲良しでいられたのにね……」




「こんなのってないよぉ! あんまりだよおおおおお!!」


 下書きを読み終わったリーネは、大声で抗議を叫ぶ。長椅子にてうたた寝していた父親のリーンベルゼは、何事かと飛び起きた。


「お父さんのばかぁ! 鬱作家! バッドエンド症候群!! なんで久しぶりに書いた小説が、こんな悲しい結末になるのぉ!?」

「落ち着くんだリーネ! こ、これは、あくまで初稿であってぇ……今後の展望次第で変わってくる、可能性もなくはないというか、そのぉ……」


 しどろもどろに答えるが、結末が明るくなるとは言い切れない。作家のリーンベルゼは"真実の語り部"のひとり。生み出す物語には"未来の厄災"が秘められている。


 その技能により、視たままの悲劇を綴ったが、それが"どの国"の"誰"を指すかは彼自身にもわからない。リーンベルゼも災禍の実現を望んでいないのだ。作品を世に出すのは警鐘の役割を果たすため。


 瓶に入れた手紙を海へ流し、意中の人へ届けるように。

 あの物語を読んだ者が、悲劇を止めてくれることを願う……そのような望みの薄い、賭けをしている。



 ◇ ◇ ◇



「すばらしき銀たぬきの冒険 ~第十四話 泉のねこ~」


 真夏の日光が緑をより鮮やかに照らしていました。ふんわりつやつやした芝生の上を銀たぬきと、体に赤いしましまのあるリス、"赤縞"は歩いています。


 世にも珍しい食べ物や、心躍る冒険を探して、二匹が探索しているのは広大な自然公園です。草木が生い茂っていますが、きっちり整備されており、自然にはない形をした植え込みが続いています。

 暑い日差しをさえぎる大木がないので、銀たぬきと赤縞はのどがかわいておりました。


「あちぃー、銀たぬきの旦那……そろそろ一休みしようぜ」

「そうしたいのだが、身を隠せるような日陰がないのだ。疲れたならワガハイの上に乗るといい。もう少しだけ我慢したまえよ」

「……いや、あっちを見ろよ旦那ァ! 泉だ! 水がたくさんある!」


 銀たぬきの背に乗った赤縞は、茂みの向こうに水のきらめきを見つけました。

 駆けつけた二匹は、水のにおいを確かめた後、夢中で飲み始めました。


「そういや旦那、ねがいを叶える泉の話を聞いたことあるか?」

「ふむ。はじめて聞く話だ」

「なんでも、泉に何かを投げ込めば、中からヤベー奴が出てくるんだ。そいつの質問にうまく答えられたら、いいものをくれるんだと」


 のどのかわきをうるおし、二匹がなごやかに話をしていたとき、風もないのに水が波立ちました。泉そのものが生きているかのように盛り上がり、ぶるんぶるんと動きます。


「うわあああああ! こいつはやべぇぜ旦那ァ! 逃げないと飲み込まれちまう」

「待ちたまえよ赤縞の。もしかすると、これこそがさっきの話のふしぎな泉かもしれない!」


 銀たぬきはおどろきましたが、逃げずに様子を伺います。すると、盛り上がった水の中から、きれいな声が響きました。


「 こんにちは 」

「なっ、なんだぁてめえは!?」


「 わたしは ねこです 」


「はあ!?」

「もうしわけないが、とてもそうは見えない」


 急にしゃべり始めた水のかたまりは、"泉のねこ"と名乗りました。もとは本物のねこだったようですが、ふしぎな術により水に溶けられるようになったのだと説明しました。


「なるほど。貴女もワガハイたちと同じく、ふしぎな術を使う動物なのだな」

「 ええ 先ほどはわたしの毛づくろいをしてくれて ありがとうございます 」

「泉の水なめたら毛づくろいになるのかよ! っていうか本当にねこなのかよおまえ! ねこの要素なんかどこにもないぞ!」

「まあまあ、せっかく知り合えたのだ。仲良くしたまえよ」

「 ねこです よろしくおねがいします 」

「うるせえ! オレは信じないからな!」


 自己紹介がすんだところで、銀たぬきと赤縞はふしぎな泉の話を思い出しました。もし、このねこがその噂の正体なら、ねがいごとを叶えてくれるはずです。


「そうだ! おまえがうわさのふしぎな泉なら、オレたちのねがいを聞いてくれるんじゃないのか?」

「 そのようなことはできません でも よかったら わたしのおねがいを かなえてくれませんか? 」


「おまえがねがいごと言う方なのかよ!」

「ふふっ、おもしろそうだ。言ってみたまえ」

「旦那ァ!?」


 泉のねこは、水底のなにかにしっぽがはさまって、ここから動けなくなっているそうです。そこで、銀たぬきたちに、水の中に潜って原因を突き止めてほしいとお願いしました。


 銀たぬきはよろこんで引き受けました。泉のねこは銀たぬきを空気のあわで包み、水中探検へ送り出しました。


「おい! こんなやり方で大丈夫なんだろうな? 旦那のことだから、おぼれたりはしねえと思うが……」

「 おふたりは 本当に仲良しなのですね うらやましいことです 」

「オレはおまえのことを信用したわけじゃないからな! なんだって旦那も、こいつなんかのためにそこまでするんだよ」

「 おや あちらの方々は? 」


 赤縞が後ろを見ると、狩人の一団がこちらに向かってきていました。先頭を歩くのは、長いつばのある帽子を被った古狩人、国際猟師のエフ氏です。


 銀たぬきとその冒険仲間を追いかけて、自然公園にやってきたようです。赤縞はあわててめくれた芝生の下にかくれました。


「 どうしたのですか 赤縞様? 」

「しっ! あいつらは狩人のエフ氏とその手下どもだ! オレたちを捕まえに来たんだ!!」


 全員整列! とエフ氏は泉の前で号令をかけ、部下のマタギたちを並ばせました。そして、泉の周りを調べ始めます。


「なんだこれは! どういうことだ!?」

「どうなされましたか、エフ氏? いたって普通の泉ですよ。銀たぬきが潜んでいるとは思えませんが」

「馬鹿者! そうじゃない、この王立自然公園に水場などないはずだ!!」


 動揺してざわざわしだす部下たちを叱り、エフ氏は指示を出します。


「総員、ゴミ拾いの陣形をとれ!!」

「はっ!!」


 狩人たちは装備から袋を取り出し、ゴミを片付けていきます。よく見ると、泉のまわりには、酒瓶や葉巻のすいがらなどが捨てられていました。

 公園の管理は狩人たちの仕事ではありませんが、エフ氏は落ちているゴミを見過ごすことができませんでした。


「 まあ わたしの寝床をきれいにしてくれるなんて なんとおやさしい狩人様でしょうか 」

「バカ言うんじゃねえ! あんなおっかない人間はそうそういねえぜ」

「 そうなのですか 」

「ああ……今出てきたらまずいぞ、銀たぬきの旦那……」


 赤縞が心配しているとき、また新たな一団がやってきました。十人ほどのガラの悪そうな集団です。酒や食料の他に、大きな箱を背負ったチンピラもいます。


「おいおいおい! 貴様らどこの組織の連中だあ? ここが俺たちのシマだってこと、知らねえのかあ?」

「我々は国際猟師の一行。そして、ここは公共施設だ! 酒類の持込は禁止されている!!」

「嘘をつけえ!! ここで酒飲んでも注意されたことねえよ! さては、俺たちの宝の隠し場所をあさりにきたんだろ!?」


「遅くなったな、泉のねこよ! 貴女のねがいごとを叶えたぞ!」


 狩人と悪党たちのにらみ合いのさなか、銀たぬきはひょっこり水中から顔を出しました。

 抱えているのは古めかしい箱でした。泉のねこのしっぽに当たる部分は、この箱の下敷きになっていたそうです。陸に引き上げた衝撃でふたが開き、中から古めかしい王冠が出てきました。


「こ、これは!? 先日、博物館で盗まれた年代物の王冠……おまえら窃盗団か!」

「悪党も銀たぬきも全員確保だ! かかれー!!」


 盗賊の征伐は狩人たちの仕事ではありませんが、エフ氏は社会のゴミも見過ごすことはできませんでした。部下たちを率いて、窃盗団との乱戦に挑みます。


 銀たぬきは赤縞と合流し、王冠を胴体にはめて動き回ります。ここにいる人間たちを、泉のねこから遠ざけたかったのです。


「泉のねこ! 貴女はもう自由だ。ここにいたら狩人のエフ氏に捕まってしまうぞ! 彼はワガハイたちのような術を使う動物を追いかける人間なのだ!」


 宝物も銀たぬきに横取りされ、狩人たちに押されている窃盗団は、捕まる前に最後のあがきを始めました。


「これを見ろ! 箱いっぱいの爆弾だ! 本当は隠し場所の拡張に使いたかったが、捕まるよりマシだ! おまえらみんな吹き飛ばしてやる!!」

「いかん! あいつを押さえ込め! 火をつけられたら、この公園が大変なことになるぞ!」


 エフ氏は獣追い棒で悪党を気絶させましたが、爆弾の導火線に火がついてしまいました。このままでは狩人たちも、銀たぬきたちも爆発に巻き込まれてしまいます。


「ワガハイから離れるな! 爆風をどこまですり抜けられるかわからないが、冒険仲間は守り抜いてみせる!」


「 銀たぬき様 おやさしい狩人様 わたしのためにどうもありがとう 」


 爆弾の箱に火がつく瞬間、泉のねこのきれいな声が聞こえました。



「 みなさまは わたしがまもります 」



 急に泉が盛り上がりました。動き出した水のかたまりは、ねこの前足のような形をしていました。

 ねずみを捕まえるような動きで、爆弾が詰まった箱をぺしっと押さえつけます。


 ドカーンという大きな音や、火や煙すらも発生しません。

 泉のねこは、すべての爆発の衝撃を、自分の水の中で受け止めたのでした。




「ねこー! 泉のねこー!! どこに行っちまったんだあああー!?」


 狩人も窃盗団ですらも、びしょ濡れになったほかにけがはありませんでした。

 爆発のどさくさにまぎれて、銀たぬきたちは芝生の下にかくれて、捜索をやりすごしました。エフ氏が悪党を連行して、去っていったあと、二匹で泉のねこを探します。


 爆発の影響で、泉の水は全部吹き飛んでしまいました。泉のねこがいた場所には、ぽっかりと穴だけが残っています。

 いくら二匹が呼びかけても、きれいな声からの返事はありませんでした。


「オレ、最後まであいつを疑ってばかりだった……!」


 赤縞はがっくりと座り込み、なげきはじめました。ひどいことを言ってしまったと気づいても、謝りたい相手はどこにもいません。


「あいつ、ぜんぜんねこっぽくなかったけど、すごくいいやつだった。オレたちのために、吹っ飛んじまうなんて……」


「いや違う! 赤縞よ、空を見たまえ!!」


 銀たぬきの言うとおりに、空を仰いだ赤縞はとてもおどろきました。


 真夏の青空に、大きな白いねこの姿がありました。


 蒸発した泉のねこは、雲となって空を流れていきます。その形は、うれしそうに飛び跳ねているようでした。


「なんだよ、あいつ……ちゃんとねこらしいところ、あるじゃねえか」


 赤縞はしみじみとつぶやきました。おたがい遠く離れてしまい、声は届きません。ですが、次会った時は、必ず今日のお礼を言おうと心に決めます。

 二匹は泉のねこと、いつかまた別の形で再会できると、信じて疑いませんでした。


 水は、形を変えて、まためぐり来るものですから。



 ◇ ◇ ◇



「無題」


 むかしむかし、森の中に魔女が住んでいました。愛らしい少女のような見た目をしていますが、何百年も前からずっと生きてきた存在です。


 ある日、魔女が散歩をしていたとき、罠にかかった小さな動物を見つけました。

 檻の中で小さくなって震えているのは、まだ子どものたぬきでした。魔女が覗き込んでくるのに気づくと、小さな体でいかくをします。

 毛が逆立ってほわほわした様子を見て、彼女はおもしろそうに笑いかけました。


「捕まっちゃうなんてばかね。というか、あなたなんて動物?変な子犬かしら?」


 おどけて笑う魔女は、子たぬきのことを助けようとはせず、ただ檻の隙間から指を差し込んで、やわらかい毛の膨らみをつついておりました。


 子たぬきは驚いて、思わず魔女の指に噛みつきました。

 小さな牙は、彼女の愛らしい指に食い込んで、血をにじませます。

 怪我をしても、魔女は痛みを感じるそぶりを見せませんでした。それどころか、子たぬきに向かって笑いかけます。


「そこから出たいのなら、好きにすればいいじゃない。そのための力なら、もう宿ったはずでしょう?」


 言葉のあと、子たぬきはぶるりと体を震わせました。魔女の指を噛んでいたところから、毛皮の色が変わっていきます。


 最後に耳としっぽをぷるぷるすると、黒茶の毛並みは色が落ちたかのように白く変わり、風がそよぐのに合わせて、銀の光を流しはじめました。


 変化が終わった子たぬきは、檻の隙間を"すり抜ける"ようにして外に出ました。



 "自由になりたい"。そう願い、宿った魔法です。



 変化を見届けた魔女は、満足そうに微笑んで、子たぬきへ手をのばします。

 好奇心の強い子たぬきは、今度はその手を受け入れました。彼女の肩に登り、軽快な足取りに付き添います。



 美しい森の中での散歩に付き合ううち、魔女は丘の上の花畑に行きつきました。色とりどりの花が咲き乱れるなか、彼女は森の奥に向かって手を振ります。


 暗がりから現れてくるのは、子たぬきと同じような動物たち。どれも本来の姿とは異なる色、形状をしておりました。

 新しいお友達よ、と肩の上の子たぬきを紹介します。


「力をあげた代わりに、みんなにはやって欲しいことがあるの。あたしの王様を探して。あたしの王様に伝えて。またすぐに会いに行くってことを」


 協力してくれるわよね? と、魔法は歌うように問いかけます。


「あの人に会いに行く前に、新しいドレスが必要なの。だから、あなたたちに旅に出てほしい。この広い世界を巡っていって、見つけた美しいものを、あたしにちょうだい」


 魔女が軽く手を振ると、風が吹いて雲が流れ、明るい日差しが花畑に注がれます。

 森を覆う霧も晴れて、見渡す山々の果てに、きらびやかなお城が見えました。


 大切な人に想いを馳せるように。再会を待ち遠しく思うように……魔女は、重いため息をついたのち、動物たちを解き放ちました。


 極彩色の鳥たち、さまざまな魔法を帯びた動物たちが野山を駆けていくなか、最後に子たぬきが魔女の肩から下ろされました。


「いってらっしゃい! あたしのかわいい使い魔たち! いつか世界を……してきてね!!」


 自由を手に入れた子たぬきは、思いのまま走り出します。

 途中、一度だけ魔女の方を振り向きました。


 花畑で笑っていた少女の姿は、忽然と消え去っておりました。






「……え、何? 何なのよ、この話は?」

「あの、博士……私たちは、"黒き獣たち"について、改めて解説するって聞いて集まったんですけど……」


 大事な話があるからと、研究所に呼び出され、真っ先に聞かされたお話。これは事態を一番やさしく表した寓話であると、博士は言った。


 魔法少女(略)たちには伏せてあるが、これもまた、とある誰かが視た"過去の真実"である。

 書き手は物語として表したかったらしいが、あまりにも不可解でまとめられず、学校の先生に相談しようと持ち込んだ。


「お話に出てくる"魔女"って、博士と同じ不死者なんだよね?これは、獣たちが誕生したきっかけの出来事ってこと?」

「ぐわああああ降参っす! かわいい女の子が動物と遊んでるってことしかわかりません!!」


「それで構わない。彼女の考え方なんて、わからないままでいいんだ」


 捕捉しよう、と博士が付け加えた情報は二つ。



 魔女はいかなる不死者か。


 この世界で永く生きていくためには目的が必要だと、博士は確信している。彼にとっての研究、世界のすべてを識ることがそうであるように……魔女は"王様"を手に入れることを至上の命題としていた。

 世に不死者は七人。魔女が会いたいと言った"王様"なる人物も、そのひとりだ。彼女の執着はすさまじく、不死であるはずの彼を殺し尽くす。あるいは彼と自身、二人だけの世界を生きたい。そのような欲望を抱いていた。



 魔女の不死性について。


 不死者の復活方法はそれぞれ異なるが、僕と近しいよと博士は無感情に話した。彼は自分が作った機体に魂を移し替えることで生存を続けている。理屈としては魔女も同様だ。

 ただし、彼女の器には"他者の亡骸"が用いられる。

 若く美しい少女の死体を特に好み、それら素材たちを縫合して着飾る。彼女の言う"ドレス"とはつまりそういうもの……


 エイプルたちは青ざめた顔で互いを見渡した。意味がわかれば、先ほどの寓話を恐ろしく感じる。

 魔女が動物たちに託した願い。求めるドレス作りとは、絹や宝玉、きれいな素材を集めてもらうことではなく……



「獣たちを解き放って、欲したのは汚染された死の大地。そこはもう魔女の領土だ。すべての命を消し、土地を侵しきれば、彼女はこの世界自体を器にできるだろう。彼女なりの言葉でいえば、最高のドレスが出来上がる……そうやって自分と王様、たった二人だけの世界を創りたかったんだ」


 なんて身勝手な……と、オーガスタは声を漏らす。周囲も同じく、規模の狂った魔女の目論見に圧倒されていた。

 博士が前々から言う通り、戦うべき相手ではない。彼女は間違いなく忌避すべき厄災だ。

 寓話のなかで、潰れた台詞の意味を察する。


 "いってらっしゃい! あたしのかわいい使い魔たち!"



 "いつか、世界を殺してきてね!"



「人界にたくさんの被害をもたらしたとはいえ、獣たちも巻き込まれただけなんだよ。汚染の片棒を担がされた背景を知ったうえで……"彼"の話を聞いてほしい」


 読み聞かせを終えた彼らは、病室のような部屋に通される。

 中は白い内装に寝台がひとつ。彼は、万が一を想定してからか、四肢を拘束した状態で横になっていた。


「話してくれるかな? 過去、君の身に何が起こったのか」


 普段の熱血教師の片鱗もなく、オータムは静かに、目を閉じたまま頷いた。



 彼もまた"魔女の使い魔"。

 博士の知る限り、人語を介する唯一の獣である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ