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おいでよ研究所地下。再会!森園のゆかいな仲間たち

 朱色に染まる町中をオーガスタは足早に歩いていく。そのあとにエイプルとメイが続き、足を向けるのは博士の研究所。新しく"魔法少女(略)"になった、ジュディの様子を見に行くのだ。


 温厚かつ理性的な性格をしてるとはいえ、博士は不死者。世界屈指の危険人物であることは疑いようもない。そんな者の近くで暮らすジュディが心配で、オーガスタは学校にいる間も落ち着かなかった。

 この懸念が的中していたかのように、助けを求めて走りくるジュディの姿がある。


「オーガスタお嬢さまあああ! たいへん、たいへんっす!!」

「ジュディ! あなた、やっぱり博士に何かされたのね! 人体実験を受けたの? 変な薬を飲まされたりしてないでしょうね!?」


「なんというかその……とにかくやばいっす、あの研究所! すぐ来てください、なんかもう相当アレっすよ! 本当にまじでどうかしてます!!」

「へえ、そうなんだ。おもしろそう! オーガスタちゃん、メイちゃん、早く行ってみようよ!」

「え……エイプルさん。今の発言だけで、何がわかったんですか……?」


 研究所にて衝撃的な光景を目撃したらしいが、ジュディは説明できるだけの語彙力を持たなかった。身振り手振りで表現しても無意味と悟り、仲間たちを現場まで案内し始める。



 不死者"博士"との共同生活は、オーガスタが予測したとおり、実に珍妙なものであった。ジュディは走りながら報告する。


 まず彼は食事をしない。食料の備蓄はあるが、すべて客人をもてなすために使われるという。

 掃除、洗濯という概念もない。研究所の建物や、博士の身体にすら、自動洗浄の魔法を埋め込んであるため、何もせずとも清潔で保たれる。


 あの工房内において、ジュディだけが完全なる不純物であった。異質な存在にふさわしい、浴場つきの綺麗な個室をあてがわれ、衣食住に何不自由なく、至れり尽くせりの仕打ちを受けた。


「それってすごくいい待遇なんじゃないの?」

「何を言ってるんすか、エイプルさん! メイドとしてのわたしが全否定されたんすよ! 働けないんだったら、わたしは誰からゴミを見るような目を向けられたり、虐げられればいいんすか!」

「オーガスタさん……首都でジュディさんに、そんな扱いを……?」

「違うの! 染みついた奴隷根性だけは矯正できなかったのよ!」


 博士は自警団の集会に出かけており、少女たちの侵入を止める者はない。一同は客間を通り過ぎ、未踏の奥地へ。一本道の廊下を突き進んだ果てに、大きな扉が見えた。


 入ればすぐに行き詰まる。小部屋というより箱のようだ。少女たちが全員収容されるや否や、扉が勝手に閉まり、錠の落ちる音がした。


「あ。今から落ちるっすよ」

「えっ、なに?」


 警告にならない言葉のあと、突然の浮遊感が少女たちを襲う。箱全体が急降下しているのだ。

 落下とまではいかないが、かなりの速度で沈んでいく。果てを知らないゆえに、エイプルたち三人は悲鳴をあげ、互いの身体に掴まって耐えた。


 はたして、彼女たちは研究所地下にたどり着いた。底まで降りきったことにより、扉は開かれる。

 ジュディがそこを発見した時と同じく、皆の表情は驚愕で固まった。


「ええええええ――!?」



 箱から出た先は、一面に広がる大森林であった。



 ◇ ◇ ◇



 あたたかい陽光が降り注ぐ。そよ風が心地いい。踏みしめる大地、見果てぬ青空……この場で目にするものすべてが、室内に収まらないはずのものばかりだった。

 信じ難いが、この森は研究所の敷地内にある。不死者である博士は、地下空洞に森ひとつ生やしてみせた。


 更に、驚くのはこれだけじゃないっすよ! と、ジュディは繁みに突入する。


「ほら、みなさん見てくださいっす! このもこもこした生き物――――!!」


 捕獲してきたのは、茶色の綿っぽいかたまり……"茶毛綿玉兎モカ・モスモ"。

 きめ細やかな体毛で覆われた、極上のさわり心地を誇る獣である。


「きゃあああああ! 魅力されちゃううぅ!!」

「み、みなさん、気をつけてくださいっ……さわったら一巻の終わりですよ……!!」

「ジュディ、そいつを持ってこないで! もとの場所に返してらっしゃい!!」

「なんでみんな逃げるんすか? 名状しがたいもふもふっすよこれ!」


 目にもやわらかで、おとなしく人懐っこい獣だが、見た者の正気を奪い、己の下僕とする魔法を得意とする。以前に戦闘した際は、エイプルとメイを使役してオーガスタを襲わせ、仲間同士の死闘をけしかけた。


 必死でジュディから距離を取る三人だが、ふとエイプルが異変を口にする。


「あれ? 前ほど、あのもふもふに執着しないよ?」

「そういえば……この前、魔道具の改良で、洗脳耐性が実装されてました」

「なら、さわっても同士討ちの危険はないってことね。それなら……」


 同時に踵を返し、反対方向に突撃する少女たち。走り寄るジュディごと獣に抱きつき、思うさま撫で回した。

 黄色い歓声を聞きつけて他の"綿玉兎モスモ"も顔を出す。過去に捕まえたのは全部で五匹。いずれも撫でられるのが大好きな気質をしていた。地面の上をばっふばっふ跳ねて、少女たちの腕に飛び込む。


「へえー! "魔法少女(略)"って、こういう生き物と戦うお仕事なんすね!」

「はうう……すっごくふわふわでしあわせ……この子たちがいるってことは、博士はここに捕まえた獣を住まわせてるのかな?」


「あっ、気をつけてください! 向こうの枝にも、獣がいます……"必眠鼯毛布エナミンツ"です!」

「逃げてオーガスタちゃん! 眠らされちゃうよ!!」


 獣をもふるのに気を取られた一同は、上からの急襲に対応できなかった。

 光を溜めた皮膜は、すでに滑空を始めていた。真っ先にオーガスタの頭上を通過する。"綿玉兎モスモ"を抱えて、三人は軌道を外れたが、元令嬢は動かなかった。


「いいえ! 逃げも隠れもしませんわ! わたくしはもうすでに夢を打ち破ったのよ。眠気なんかに負けたりしない。絶対の絶対に眠らされないですわ! さあ、どこからでもかかってらっしゃ……すやぁ」

「オーガスタちゃーん! 予想してたけどもー!!」

「お嬢様あああ! おやすみなさいませえええ!」


 眠りの魔法を使うむささびは、オーガスタを眠らせて満足したらしく、"綿玉兎モスモ"とじゃれ合って遊びだす。エイプルたちと戦闘する気はないようだ。

 幸せに眠るオーガスタが冷えないよう、少女たちは手持ちの獣を、彼女の近くに置いてあげた。



 研究所地下の大森林は、捕まえた"黒き獣たち"を収容し、観察するための施設である。家主の不死者は、ありのままに活動する獣を研究せんと、彼らに檻でなく、広大な生活環境を提供した。

 そして、この待遇を受けたのは、おとなしい獣だけではない。


「わあああっ! たくさん狼が来たっす!」

「"影狼ラルフ"!! みんなっ、すぐに状態変化して!」

「お、起きてください……オーガスタさんっ。寝てる場合じゃないですよ!」


 かつて三度にわたりカーレル・シズネ町を襲った獣、"影狼ラルフ"。飢えきったところを捕獲されたが、今もなお少女たちに敵意剥き、影の群れを召喚して取り囲む。


 大勢の狼がいるよう見えるが、実体があるのは一匹のみ。群れの奥でキャンキャン吠えかかる子犬だけだ。

 獣の特性をジュディに教え、寝起きのオーガスタも加わって、四人は戦闘の陣形をとる。目標となる幼犬に狙いを定めたとき、その姿が吹き飛んだ。



 本体に当身を食らわせた銀色の獣は、続く影たちの反撃もすべて"すり抜け"、俊敏かつ最低限の動作で、敵を沈めていく。

 特徴的な毛色と、使用する魔法はエイプルも見知ったものだが、あの獣がここまでの動きを見せるとは思わなかった。"影狼ラルフ"とは踏んできた場数が比べ物にならない。野生動物としての格が違う。


 子犬を追い詰め、堂々と草むらに立つは"銀たぬき"……"激走透過狸ステルスポコ"である。

 弱々しい吠え声も鼻であしらい、どやあぁぁと威厳たっぷりに胸毛をふわふわさせた。



「やあ、みんな。いずれは案内する予定だったけど、もう見つけちゃったのか。ジュディくんのおかげかな」

「あ、博士!」


 爽やかな風に白衣を靡かせ、微笑みを湛えて歩み寄る不死者"博士"。家主である彼は、少女たちが乗ってきた動く箱も使わずに、この場に顕現した。

 不法侵入についても咎めない。むしろ、彼女たちにここを紹介つもりだったとも話す。


「そう……あなたのことだから、捕まえた獣は即日解剖か、危険な実験をしているものかと思っていたわ。大事な秘密を知られたら、わたくしたちも平気で消そうとするんじゃなくて?」

「相変わらず偏見がひどいな、オーガスタ。非合法な研究していたら、協力者が得られなくなるじゃないか。少なくとも僕は、生産性のある未来を考えて活動している。あと君、寝てたのかい? よだれの跡ついてるよ」

「なっ!?」


 非道な研究をしていないのは本当のようで、獣たちは博士を恐れず、あいさつをするかのように身をすり寄せる。

 捕まえた獣たちのことは、研究所にいるとだけ認識していたが、このようにのびのびと過ごさせているとは少女たちも思わなかった。


「博士、ここは……いったいどういう場所なんですか? 獣たちが、こんなに集まってて……」

「使用目的はわかるだろう? 捕まえた獣を観察する場所なんだけど、一番汚染の影響を与えない方法がこれしかなかったんだ」


 悪逆なる不死者、"魔女"の魔力を与えられ、変異した動物たちは、魔法で悪さをすることも脅威だが、死後、その力が漏れ出すのも問題となっている。

 器を失い、流出した魔力は土壌を侵し、命の住めない地に変えてしまう。獣たちにも寿命が存在し、数が増えていく以上、汚染の拡大はどうあっても免れない。


 博士なりに獣たちの処遇を考え、現在の住処を創造したのだ。獣を自然界から隔離し、魔女の魔力を拡散させず、命尽きたあとも適切に処理できる。

 そして、この判断は正しかったと、彼らの様子を見て頷く。


「今まで何度か獣と戦ってきたけど、君たちは全匹殺さずに済ませた。その点は、彼らも感謝しているだろう。全力で打ち負かしたからこそ、自分たちより上位だと認め、襲いかかってこない。僕の研究にも協力してくれるようになった」


 ほら、これがその証拠だ。そう言って、飛んでくる鳥の一軍に指をさす。

 遠目から見ても豪速で、風を切る音が木々に響く。黒い羽根に、胸の部分だけ白十字を刻んだ鴉、"鋭羽十字鴉グラアベム"だ。


 地上に降り立つと隊列を組み、一羽根乱れぬ動作で、少女たちに一礼する。彼らの指揮を執る"隊長からす"だけは博士の腕に留まった。その立派な嘴の先端に、何かを咥えている。

 意図を察した博士は、微笑みながら少女たちへ呼びかけた。


「エイプル、彼は君をご指名だ。さあ、こっちに来て勲章を受け取るといい」


 過去、彼らと遭遇した折に、エイプルは"鋭羽十字鴉グラアベム"の長を守り、群れ全体を破滅の運命から救っていた。

 敗北はしたものの、彼女たちの勇気ある行動と優しさは、獣の心にも響いていた。感謝と、寛大なる処遇への礼に、羽毛で編まれた羽飾りを、エイプルに進呈する。



 ◇ ◇ ◇



 地下大森林はいつでも気持ちのいい天候で保たれている。獣たちとも仲良くふれあうことのできたエイプルは、上機嫌で草むらに寝転んだ。


 "魔法少女(略)"である彼女たちに、博士はこの場所へ自由に出入りしていいと述べた。今は施設の説明と注意事項を語り、少女たちはひとり一匹ずつ"綿玉兎モスモ"を抱きながら聞いている。

 博士の近くにいる"白毛綿玉兎ブランカ・モスモ"だけは、まったく撫でてくれない腹いせに、彼の白衣をもしゃもしゃ食んでいた。


「……そうか、ジュディくんは仕事がしたかったのかい。だったら、ここの獣たちの世話なんかをお願いできるかな? いっしょに遊んだりして、運動させてやってほしい」

「わかりましたっす、博士! お安い御用っす」

「さて、ここの使い方についての解説は以上だ。何か質問はあるかな?」


 はい、はーい! とジュディは元気に手を上げる。学の乏しい彼女は、この説明だけで何度も疑問をぶつけてきた。

 その都度、博士は嫌な顔一つせず、わかりやすく答えていたが、次の質問の内容は……


「"魔法少女(略)"を発動したときの服装って、博士の趣味なんすか?」



 急に撫でる手が強張ったので、"綿玉兎モスモ"たちは動揺した。ジュディを見つめる仲間の視線は、その件は触れちゃだめだという警告を含んでいた。


 冷静に考えればわかるが、魔道具が発動した際、服装までそれらしく変化するのはおかしい。


 エイプルは、ふんわり燃える炎を模したスカートに、導火線の黒リボン、金刺繍をあしらった姿。

 メイは両手足と頭部に雫の玉飾り、青透明の長いスカーフを二対に纏うほかは、胸当て、腰布と最低限の覆いしかしていない。

 オーガスタは気高さを表したように、白金の冠を戴いている。貴族のドレスに似ているが丈は短く、右脚は黒、左脚は白のタイツブーツが覗く。

 ジュディは緑髪をひとつに括り、翡翠色の羽衣を全身に流している。ゆったりした布を着崩し、大きく肩を出した装いだ。


 使う魔法の色彩が基調になっているのはわかる。けれど、融合時点で知りようのない、本人の性格が反映されるのはどういうことか。



「それに関しては、最初に言ったはずだよ……装備の意匠デザインは外注したものだって」


 ばつが悪そうに頭をかき、博士は白衣の下から分厚い本を取り出す。共同研究編纂と小さく題された表紙には、博士と"不死の騎士団"の連名がある。


「獣が発生して間もないころ、僕は迅速な対処のために、不死者"騎士"と協定を結んだのさ。これはそのときにまとめたものの一つだね」

「"騎士"って、自警団でも話題になってた人だよね? たしか、私たちの正体もその人たちにしてあるって」


「そうだよ、エイプル。彼らは複数の魂から構成された不死者。仲間たちといっしょに戦う場合、そういうことにしたほうが都合いいと思ってね。そして、彼らは比較的話が通じる相手だ。僕の設計した魔道具にも、喜んで意匠案を提供してくれたよ。それがこの設定資料集」


「えっ……服の絵だけで、こんなに?」


 絵が得意だという"騎士"の一人に、実用的な図案を求めたところ、できたのがその一冊だ。魔道具を単独で使用する図もあったのだが、絵師は早々に飽きたらしく、人……それも少女が装備する絵ばかり描き連ねた。

 ページをめくっていくにつれ、その偏執的な熱意が読み手に伝わってくる。


「なんなの……いったい何なのよこれはっ! よくもまあ、こんな破廉恥な服ばかり考えられるものね!!」

「うーんうーん。よくわからないけどーすごいね?」

「やだ……この服、いろんなところが見えちゃいます……」

「うわっ、これはもうアレっすね! 獣じゃなく、別のものを狩りにいってますね!」


「だろう? 君たちも不可解に思うよね? これじゃまったく性能の良さが伝わってこないよ。もっと重厚さを前面に押し出していかないと」


 エイプルたちと同じく、博士も理解できないと話すが、苦言の内容もどことなくズレている。

 ひとつ纏えば都市を落とせるほどの装備なのだから、もっと威圧感ある装甲が欲しかったとのこと。見た瞬間、敵が投降を決意するほどの。


「僕の意見案も巻末に載っているよ。ほら、ここ」

「博士の? うわっ、ああ……」


 博士の理想を詰め込んだ意匠画は、金属の箱を着たような出で立ちであった。一目で話し合いの余地はないと直感するような冷たさ、難攻不落の趣きがある。


 最終的に予算の関係から、騎士の意匠が採用された。彼は残念そうにしていたが、今の服装でよかったと、少女たちはほっとする。

 バケツをかぶったような頭部の形が、どうしても受け入れられなかったのだ。



「ときに君たち、門限はいいのかい? ここはずっとこんなだけど、外はもう真っ暗だよ」

「ああっ!」


 すっかり忘れていたが、どんなに広くてもこの場所は室内。入ってきた時は夕方だったが、それからどれだけ時が経ったか……



 魔道具を高々と掲げ、エイプル、メイ、オーガスタは状態変化の光に包まれる。

 出撃時さながらの気合を入れて、"魔法少女(略)"たちは帰宅した。

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