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観測士ルキア  作者: 蒼
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18話 次元解放

 寮の部屋で、ルキアが明日の支度をしているのを、清之助はベッドに寝転がったまま見ていた。

 多分、それはラジェルの分も含まれているのだろう。

 自分ですればいいのに、とは思うけど、二人の関係を見る限り、そうはいかないんだろうなとも思った。


 ラジェルは窓際のベッドに腰を下ろし、外の景色を眺めていた。

 窓の向こうには、夜の校舎と街灯の明かりが続いている。


「……思ったより静かな星だな」


 ルキアが手を止めて問い返した。


「そうですか?」

「ああ。エルセリアの都市部は、夜でも光に満ちている。ここには、ちゃんと暗闇がある」


 清之助は、天井を見上げたまま口を挟む。


「そりゃ、田舎だからな」

「田舎……」


 ラジェルは、その言葉を確かめるように繰り返した。


「地球は、時間帯で雰囲気がかなり変わります」


 ルキアがそう補うと、ラジェルは小さく鼻を鳴らした。


「面白い星だな。移動は面倒だったが」


 そのひと言に、ルキアの手が止まる。

 指先だけが、畳んでいた制服の上に残った。


「……移動、ですか?」

「ああ」

「そういえば……殿下は、どの航路で地球へ来られたのですか?」


 ラジェルは一瞬だけ視線を向けると、あっさり答えた。


「次元を折っただけだが」

「……え?」

「次元解放だ」


 ラジェルは、当然のことのように言った。


「空間を折って、ここへ出ただけだぞ」


 ルキアの表情が、一瞬で強張る。

 清之助は黙って聞いていたが、何かとんでもないことを言っているのだけは分かった。


「ちょ、ちょっと待ってください。今の……本気で言ってますか」

「嘘をつく理由があるか?」


 ルキアは息を詰まらせた。


「王家の力を使って、もし世界に歪みが生じたらどうするんですか」


 ルキアの語気が強まる。

 ラジェルはそれを受けても表情を変えなかったが、わずかにルキアから視線を外した。


「問題は起きていない」

「たまたま何も起きなかっただけです」


 清之助がベッドの上で身を起こした。


「何それ。次元? 折るって? ワープみたいなやつ?」

「似ているが、違う」


 ラジェルが答えた。

 

「じゃあテレポート?」

「それとも違う」


 ラジェルは少し考えるように上を向いた。


「空間そのものを折り曲げる。移動ではなく、位置を書き換える行為だ」

「……は?」


 清之助の眉が深く寄る。


「だからわかんねえって」


 その言葉に、ルキアが小さく息をついた。


「簡単に言えば、近いのはワープです。ただ……」

「ただ?」

「……同じものだと思わないでください。危険性がまるで違うので」


 ラジェルは否定も肯定もせず、ただ静かに言った。


「理解できなくていい。結果だけ見ていればいい」


 ルキアは目を伏せる。

 清之助は腕を組み、低くうなった。


「……すげーのはわかったけど、たぶん、やばいんだろ」

「王家にしか使えない力です。世界の法則そのものに干渉する。……歪みが残ります」


 声を荒げてはいない。

 それでも、その言葉が落ちたあと、部屋の空気がひやりと冷えた。


「でも、来ちゃったんだろ?」

「ああ。必要な移動だ」


 ルキアは大きく息を吐いた。

 怒鳴る代わりに、その息だけが長く残る。


「……ラジェル様。本当に、以後は控えてください」

「善処しよう」


 その返事に、清之助は顔を上げた。

 どこかで聞いたことのある言い回しだった。


「まあでもさ。そんな力あったら……使うよな」

「必要なら使う。それだけだ」


 ラジェルの言葉に、ルキアは一瞬だけ目を閉じた。

 諦めるようにも、腹をくくるようにも見える短い沈黙だった。


「……ラジェル様」

「なんだ」

「エルセリア本部には、報告しておきます」

「報告?」

「はい。殿下がこちらに来られたこと。そして次元解放を使用されたことは、正式に記録へ残します」


 ラジェルはしばらく黙っていた。

 

「……勝手にしろ」


 そっぽを向くように窓の外へ視線を戻す。


「どうせ、私がここにいることくらい、もう知られているだろう」

「それでも、正式な手続きは必要です」


 ルキアの声は静かだった。

 けれど、今度は一歩も引かなかった。


「殿下の身の安全のためでもあります」


 ラジェルは答えない。

 ただ、夜の空を見つめたまま動かなかった。


 ルキアはその横顔を見て、小さくため息をついた。


 清之助はそれ以上は口を挟まなかった。

 何も言わず、もう一度ベッドに寝転がって天井を見上げる。


 わからないことばかりだった。

 けれど、その中に混ざって普通に話している自分も、だいぶおかしい気がした。

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