プロローグ
夜空を、一筋の光が切り裂いた。
誰も、それが流れ星ではないことに気づかなかった。
——観測は、すでに始まっていた。
宇宙船の中で、ルキアは静かに目を開く。
「エルセリア第九観測士、ルキア・エルヴァン。これより地球領域への潜入を開始する」
ルキアは、淡々とチェックを続ける。機体の状態。着陸予定地。すべて、問題ない。
地球は観測対象の星だった。
ルキアは、人の姿でこの星に紛れ込む。
一度目を閉じた。
遠くの熱、音、気配——拾いすぎる感覚を順に沈め、力を規定値以下に抑える。
素性も、力も、すべて隠す。
それが、異星から来た者に課された責任だった。
この星で異常がないことを確認し、記録する。
それが観測士の役目だった。
「言語データのインストールを開始します」
地球の言語と文化データが、異物のように脳へ流れ込んでいく。
ルキアは少しだけ口角が上がった。
——嘘のある星なんだね。
同時に、補助プロトコルが起動する。
エルセリアに関する情報は、地球側の既存記録へと再構成される。
すべては、最初からそこにあったもののように書き換えられる。
「全プロセス正常。地球上陸まで、あと三分」
モニターの一角が一瞬だけ揺れた。
ルキアは、静かに息を吐く。
宇宙船は、音もなく降下を続ける。
やがて、人けのない海岸に着陸した。波の音だけが、夜の闇の中で静かに続いている。
ハッチが開くと、冷たい夜の空気が船内に流れ込んできた。
ここに立つのは、これが最初で最後になるだろう。
ルキアは深く息を吸い込み、初めて地球の空気を肺に通した。
塩気を含んだ冷たさが、喉の奥に残った。
人知れず、地球の片隅にルキアは降り立った。
観測が始まるはずだった。
ルキアは、一歩を踏み出した。




