54話 後輩とリボン
翌日、登校する翔馬と会った。
「おはよう翔馬」
「翔馬君、おはよう」
「……おはよ」
一晩経って、機嫌は直ったらしい。
「お姉ちゃん、今日も私生徒会で遅くなるから……」
「わかったわ。翔馬は?」
「用事。遅くなる」
翔馬は少し早足だ。
追いつくように歩くと咲愛が遅れだしたので、咲愛に合わせて速度を落とす。
翔馬はどんどん先に歩いて行ってしまった。
「翔馬君、何かあった?」
「どうして?」
「機嫌悪そうだよ」
「急いでたんじゃない?」
「そうかなあ」
「鈴白先輩!」
後ろから女の子の元気な声が聞こえてきた。
聞き覚えがあるような、でも顔が思い出せない。
「おはよ……う?」
振り向いた私の前には誰もいない。
咲愛のほうを見ると、いた。
「おはようございます! 鈴白先輩!」
髪の毛をポニーテールにした、小柄な女の子だ。
大きめの眼鏡をかけている。
走ってきたらしく、頬が赤い。
その目はキラキラと輝いて咲愛だけを見上げている。
私の知っている子だった。
そして彼女は私のことを知らないだろう。
「おはよう、桐谷さん」
咲愛が笑顔で挨拶した相手は、『君は見る、僕は瞑る』の攻略キャラクターである、桐谷茉莉花ちゃんだった。
茉莉花ちゃんは咲愛の前に回り込んだ。
「昨日はありがとうございました! お礼がしたいので、お昼休みに教室行ってもいいですか?」
「お礼なんていいよ。気にしないで」
「いーえ! お礼させてください!」
元気だなあ。
私の目線に気づいた咲愛が、紹介してくれた。
「お姉ちゃん、この子、桐谷茉莉花ちゃん。一年生なの」
茉莉花ちゃんはそこで私に初めて気づいたらしい。
「え……お姉、さん……?」
どうしてそんなに驚いてるんだろう。
「咲愛の姉の恋華よ。よろしくね」
にこやかに挨拶した私を、茉莉花ちゃんはじっとりとした目で見上げてくる。
……何かしたかしら。
「……リボン」
「りぼん?」
「リボンがだらしないです! 鈴白先輩のお姉さんならちゃんとしてください! 先輩の制服の着方は完璧なのに!」
むう、と口を尖らせながら、茉莉花ちゃんが私のリボンを触る。
茉莉花ちゃんの小さな手が離れると、リボンは綺麗に正面を向いていた。
私が付けると、いつも下を向いてしまうのに。
「よし。まったく、先輩のお姉さんなのに……」
満足げな茉莉花ちゃんの手を、私は両手で握った。
「すごいわね! 私いつもこれ上手くできないのよ。コツがあるの?」
「え、最初に結ぶときに……じゃ、なくて! 私はですねえ」
「もう一回やってくれる? ううん、それよりも、さっきお昼休みの話してたわよね? お昼休みに、私が茉莉花ちゃんの教室に聞きに行ってもいい?」
ちょっと触っただけで、魔法みたいだった。
めちゃくちゃ器用。
「な、何なんですか! 鈴白先輩なら歓迎しますけど!」
「うんうん、私も鈴白先輩だからね。お昼休み、教わりに行くわね。茉莉花ちゃんは何組?」
「一組です。って、勝手に決めないでください! 鈴白先輩、先輩のお姉さんって」
「お姉ちゃんに何度教えても上手くできなかったの。桐谷さん、教えてあげてくれない?」
「もちろんです! あっ、違う。もちろんじゃないです! 私は鈴白先輩とー!」
「咲愛と行くから」
「いつですか!? お昼休みになったらすぐですか? お弁当も一緒に食べられますか?」
目が輝いてる。可愛い。
付いてきてほしいな、と期待を込めて咲愛を見る。
咲愛は苦笑いして、「お昼休みになったら、お弁当持って一組にお邪魔するね」と茉莉花ちゃんに言った。
お昼休みになり、賑やかな校内を通って一年一組に向かう。
その途中で小真智ちゃんに会った。
「恋華先輩、一年生の教室にご用ですか?」
「うん、一組にね。小真智ちゃんは?」
「今日は柳さんと食堂で食べる約束をしているんです」
「そうなの。日替わりランチがオススメよ。量が多めだから、千賀屋君に相談してみてね」
「そうなんですね。ありがとうございます」
「あと……」
言いかけた私の袖がくいくいと引っ張られた。
「鈴白先輩のお姉さん! 遅いです! 先輩はもう来てるのに!」
「あ、ごめんね茉莉花ちゃん」
「それに、リボンがまた曲がってます!」
茉莉花ちゃんはまた口をへの字にまげて、リボンを直してくれた。
「まったくもう」
「まあ……」
小真智ちゃんが勢いに押されている。
「この子、一年一組の桐谷茉莉花ちゃんよ」
「一年五組の姫篠小真智です。よろしくお願いします」
挨拶した小真智ちゃんを見た茉莉花ちゃんは「はい。こちらこそよろしくお願いします」と素直に応じた。
「ちょっと制服大きめなんですね」
「はい、すぐ小さくなるって言われて」
「でもきちんと着れてますね」
「そうですか? ありがとうございます」
そうだった。
茉莉花ちゃんの判定基準、制服の着方だったわ。
原作では翔馬が制服の着方について、ずっと注意されていた。
まさか私が言われることになるなんて。
茉莉花ちゃんは、原作の恋華に憧れて生徒会役員になることを目標にしていた。
いつも翔馬に会うたびにネクタイを直して、小言を言う。だけど翔馬はだんだんとその関係を楽しんでいく。
……私が翔馬の代わりかあ。
「さあ、鈴白先輩のお姉さん、行きますよ! 鈴白先輩がお待ちです!」
「小真智ちゃん、じゃあまたね」
私は手を振りながら、茉莉花ちゃんと一組に向かった。
「ここは下からです」
「こう?」
「それ上です! どうしてさっきから全部逆なんですか!」
「次はこう?」
「逆です!」
昼休みにみっちり教えてもらったけど、結局私はリボンの結び方が覚えられなかった。
「これでどう!」
「下向いてます!」
「お姉ちゃん、お裁縫も何でもできるのに、どうしてこういうのが苦手なのかな」
私も知りたい。
原作の恋華はリボンを綺麗に結んでいたのに。
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