始まりの話
【プロローグ】
瀬戸大橋の高架をマリンライナーが駆け抜ける。
あまりの爆音に、荷物を持っていない手で耳を塞ぐ。
蘇る子供の頃の記憶。
大きな万博で、でっかい人形に泣いたこと。
瀬戸大橋の大きさにびっくりしたこと。
溺れそうになって怖かった思い出と。
それを覆うほどの暖かい気持ち。
そして、今。
この場所で、その頃と変わらない子供達と歩いている。
広げられるシート。
上に荷物を置く。
子供達の目が興味津々。
荷物の中からお重箱を取り出す。
置いた側から、子供達の箸が伸びてきた。
その様子を、お茶を飲みながら眺めている隣の夫。
その手の上に自分の手をそっと重ねる。
「ねえ、あの時どんな気持ちでいたの?」
飲みかけのペットボトルが揺れる。
さざ波のように揺れるお茶に。
―あのころの記憶が重なる。
【出会い】
『ごめん、用事できた』
高松駅の改札口で、鈴からの通知に気づく。
時間は1時間前。
丁度家を出た辺りだ。
『今、着いたんだけど』
返信は返ってこない。
既読にすらならない。
「どうしよ。そのまま帰るのもなー」
足は自然と商店街の方へ。
目的もなく街を歩く。
「あれ?ここってこんな感じだっけ?」
普段は車で通り過ぎる景色。
歩いてみると記憶より結構変わっていることに気づく。
「普段来んしなー」
てくてくと歩いていると、美術館通りに差し掛かる。
「そういや、何かあるかな」
ボードに貼られた特別展の文字。
「あ、面白そう」
興味が沸いた私は、中に入る事にした。
美術館に来るのも久しぶりだな。
静かな館内は、基本私の足音と。
座っている人のページを捲る音が、微かに響いている。
ふと、気になる絵を見つける。
「これ、好きかも」
人が来たので通り過ぎる。
後から来た人が、追い抜いていく。
また戻る。
繰り返していた時、その絵の前で立っている人が居た。
背は私より頭一つ分高い。
細い。でも、普通な気もする。
その辺で埋もれそうな感じの男の人。
年もあまり変わらないと、思う。
2人でその絵をしばらく眺める。
お互い無言。
嫌な感じじゃない静寂。
やがて、男の人は居なくなっていた。
美術館を出た所で、返信に気づく。
『ごめん、本当にごめん。
急に仕事場から呼び出されて』
そら、しゃーない。
『おつかれ。また、こんどな』
一旦、スマホを鞄に入れて、来た道を戻る。
「今度、また美術館来ようかな」
―夜
鈴からの通知。
『結局、何してたん?』
何って街を歩いて…。
『美術館。ちょっと面白いのあった。
今度一緒に行こな』
直ぐに通知音。
『それならこの前行った。直人と。
でさ、そん時彼が騒いじゃって』
鈴の惚気に、早々に切り上げるようとするも。
最後の一文が目に入る。
『直人の友達に、和馬って人が居るんだけど。
その人から聞いて行ったんよ』
そうなんだ。
ぽいっと枕元にスマホを投げる。
美術館のパンフレットが衝撃で宙を舞う。
慌てて拾って、引き出しに仕舞う。
まさか…ね。
そんな偶然ある訳ない。
【世間は狭い】
『でさ、結局場所変わってたんよ』
鈴の話は、いつも突然始まる。
『それって、カップルが鍵付けるやつよね』
私に関係無いはず。
全く意味がわからない。
『そうそう。山の中だって探したんだけど無くって。
後で調べたら、引越してるんよ』
そうなん?
『あの辺詳しくなかった?
一緒に行こうよ』
まあ、詳しいと言えば詳しいけど。
『じゃ、迎えに行くから、よろしく』
なんで私がカップルに付いて行くんだろう?
お邪魔じゃない?
いや、誘ってくれてるからそれはないか。
場所確認しとこ。
ネット検索―
恋人たちの聖地。
塩田跡地。
なるほど。それは迷子になるわ。
―当日
「いつも、鈴がごめんね」
鈴の彼氏、直人さんはそう言って謝ってくれたけど。
「大丈夫。花音とは高校時代から仲よかったんだから」
胸を張る鈴。
私と一緒に後部座席へ乗り込む。
二人は対角線上。
私と鈴の会話。
時々直人さんが混ぜ返す。
文句を言う鈴。
謝る直人さん。
なのに、二人の空気は甘い。
だーかーら。
目の前でいちゃいちゃせんでも。
あ、こっちだ。
「そう、そこを曲がって突き当たり」
慌てて直人さんがウインカーを出す。
うん。本来の私の目的はこっちだ。
「こんなとこにそんな場所あったかな」
そうなんよね。
車のナビって、更新遅いんよ。
「で、万博跡地の方行っちゃうんですよね。つい」
それには、鈴が苦笑いで誤魔化す。
ネットで調べた場所にちゃんと存在を確認。
何故か、私の手を取る鈴。
「とりあえず、行こう!」
直人さんは、笑いながら後ろをついてきている。
無事、鈴と直人さんの2人が鍵を付けた所を見守る。
「花音。ありがとう。助かった」
いえいえ。ラブラブなようで何より。
これからどうする?
ご飯には早いよねーなどと話していると。
直人さんの電話が鳴る。
「え?鈴?一緒に居るけど?」
直人さん、首を傾げている。
「なんで俺?直接掛けたらって、鈴が出ない?」
鈴に電話を渡す直人さん。
小声で、晃からって言ってる。
鈴のお兄ちゃんの名前だ。
慌ててスマホを確認する鈴。
あー、と言いながら鈴が電話を取る。
「お兄ちゃん?今いるとこは近いけど。人多くない?」
ちらちらと、駅の方向を見ながら話をする鈴。
結局電話を切ると。
「なんか、皆で映画見ようって言ってる。
他にも人いるから、花音もおいでだって」
聞くと、この前の美術館に関連した今話題のタイトル。
さっき映画もいいよね。
これ観るのもいいかもって話してたやつだ。
「映画館なら、このまま歩いて行く方が早そう」
直人さんの言葉に鈴と2人、後ろをついて歩く。
向こうからも、歩いてくる2人の人影。
鈴のお兄さんと。
もう一人は…。
「はじめまして、じゃないですね。この前」
私が声を掛けると、向こうも覚えていたようだった。
「美術館で会いましたね」
鈴が、私と相手を交互に見ている。
「知り合いなの?」
2人同時に首を振る。
「「全然、偶然一緒の絵」」
顔を見合わせる。
鈴のお兄さんは、お腹を抱えて笑っていた。




