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黒と白、分けられない者。善と悪の共存ー聖女の母と副団長の父に愛された子供たち、そして“魔王の生まれ変わり”が目覚めるまでの物語ー  作者: ココアバナナ
第四章 崩壊の兆し

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第四十話 「たすけて」


 僕が学院を休むようになったのは、その次の日からだった。


「当然でしょう」


 アイリーンさんはぴしゃりと言い放った。


 ──屋敷の談話室。


 父さんと母さん、姉さんと兄さん、そして僕を囲むように、アイリーンさんとレオンおじちゃんも来ていた。


 昨日のことはみんなに話してある。


 頭の中で声がすることも。


 黒い影が自分の意志とは関係なく動いたことも。


 “魔王”の魂に飲まれそうになったことも。


 全部…… 全部話した。


 なのに、誰も僕から離れようとはしなかった。


「トール」


 母さんが僕の隣に座る。


 優しい手が髪を撫でた。


「怖かったわね」


「……うん」


 声が小さくなる。


「ごめんなさい」


 そう言うと。


「どうしてお前が謝るんだ」


 低い声。


 父さんだった。


 向かいのソファで腕を組みながら、眉を寄せている。


「傷付けたくなくて、必死に止めたんだろう?」


「でも、ユリウスを突き飛ばした……」


「それが結果的に助けることに繋がったじゃないか。 寧ろお手柄だ」


「そうよ!」


 姉さんが勢いよく身を乗り出す。


「あんた、ちゃんとユリウスを守ったじゃない!」


「……っ」


「僕もそう思う」


 兄さんが静かに頷いた。


「トールは怖くても、苦しくても、しっかりユリウスを守った。 トールは“怖いもの”なんかじゃない」


 昨日ユリウスに言われた言葉と同じだった。


 胸がぎゅっとなる。


 その時。


「……で?」


 アイリーンさんがパタンっと扇子を閉じた。


「問題はそこじゃないのよ」


 空気が少しだけ重くなる。


「昨日のその話を聞いてハッキリしたわ」


 アメジスト色の瞳がまっすぐ僕を見る。


「あんたの中にある“魔王の魂”は、確実に覚醒し始めてる」


 ごくりと、喉が鳴った。


「……僕、どうなるの?」


 誰にも聞こえないんじゃないかってくらい、小さな声が零れた。


 だけど、みんなちゃんと聞いていた。


 しん、と静まりかえる。


 僕は膝の上でぎゅっと手を握った。


「僕……」


 怖い。


 言いたくない。


 でも、言わなきゃ。


「僕、みんなも傷つけたくない」


 震える声。


「父さんも母さんも、姉さんも兄さんも、アイリーンさんもレオンおじちゃんも、もちろんユリウスもノクスも……」


「もし、僕が僕じゃなくなったら……」


 そこまで言って、堪え切れなくなった涙がぽろっと落ちた。


「……いなくなった方が、いいのかな」


「駄目よ」


 母さんだった。


 間髪入れずに、そう言ってくれた。


 優しい声。


 でも、びっくりするくらい強い声だった。


「そんなこと、二度と言わないで」


「でも……」


「でもじゃない」


 今度は父さんだ。


 低い声が談話室に静かに響く。


「お前がいなくなって誰が喜ぶんだ」


 顔を上げる。


 父さんは真っ直ぐ僕を見ていた。


「俺もミレイユも、メリアもフレイもお前を愛してる」


「だからお前がいなくなるなんて、絶対に認めない」


「父さん……」


「それに」


 そこでレオンおじちゃんが口を開いた。


「俺も困る」


「……え?」


「お前がいなくなったら誰がノクスの世話をする」


「そこ!?」


 姉さんが叫んだ。


「いやだって、絶対元気がなくなって衰弱していくだろうが」


 レオンおじちゃんは真面目な顔で続ける。


「それに、俺はお前に剣の稽古をつけてやる約束をしている。まだ一度たりとも果たせていないだろう」


「……っ」


「騎士の約束を果たす機会を奪う気か、この馬鹿者が」


 不器用な言い方だった。


 でも。


 優しかった。


 気づけば、少しだけ笑っていた。


「……ふふ」


「あっ、笑った!」


 姉さんが僕を指さす。


「良かったぁ……」


 兄さんが小さく息を吐いた。


 その様子を見てアイリーンさんも、ふっと笑った。


「ま、そういうこと」


 そして扇子で僕を指す。


「あんた一人でどうにかしようとすのは禁止」


「でも……」


「でも、じゃない」


 父さんとアイリーンさんの声が重なった。


 顔を見合わせる二人。


「……気が合うわね」


「不本意だな」


「私もよ」


 なのに、少しだけ笑っていた。


 そんな二人を見て、母さんも姉さんも兄さんも笑う。


 談話室が少しだけ明るくなった。


 ああ……


 まだ、怖い。


 きっと、これからもっと怖いことが起きる。


 昨日みたいに、また誰かを傷つけそうになるかもしれない。


 でも…… それでも。


「……僕」


 小さく息を吸う。


「みんなに…… たすけてほしい」


 初めて、言えた。


 一人じゃないって。


 頼ってもいいんだって。


 そう思えたから。


「当たり前だろう?」


 父さんが笑う。


「任せなさい!」


 姉さんが胸を張る。


「僕も、ずっと傍にいる」


 兄さんが頷いた。


「何度でも、どこにだって、迎えに行くわ」


 母さんが優しく微笑んだ。


 その時。


「……あら?」


 アイリーンさんが、じっと僕を見た。


「え?」


「少しだけ、落ち着いたわね」


「そう、なのか?」


 父さんが僕を見据える。


「ええ。さっきまで魔力がざわざわしてたのに」


 アイリーンさんが少しだけ目を細める。


「なるほどね……」


「なんだ」


「この子、“愛されてる”と実感すると安定するみたい」


 一瞬、みんなが黙った。


 そして。


「……何それ」


 姉さんが呟く。


「可愛すぎない?」


「分かるけど。メリア、今はそこじゃない」


 兄さんが呆れる。


 でも、少しだけ。


 本当に少しだけ。


 胸の奥の苦しさが薄れた。


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