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黒と白、分けられない者。善と悪の共存ー聖女の母と副団長の父に愛された子供たち、そして“魔王の生まれ変わり”が目覚めるまでの物語ー  作者: ココアバナナ
第二章 笑っているのに

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第十五話「頼れる友人」


 ──頼れる人間というのは、だいたい面倒くさい。

 これは長年の経験から得た、極めて信頼性の高い結論だ。


「呼ばれて飛び出て、じゃじゃーん」


 軽やかな声と共に、空気がわずかに揺れた。


 転移魔法特有の、滑るような魔力の残滓。


 警戒はしない。する必要がない。


「遅い」


 短く言うと、目の前の女──アイリーンは肩をすくめた。


「ひどいわねぇ。これでも最速で来たのよ?」


 アメジスト色の髪がさらりと揺れる。


 いつも通りの余裕。いつも通りの軽口。


「ミレイユ」


 名前を呼んだその瞬間だけ、声が少し柔らいだ。


「ええ」


 短い返事。

 それだけで、二人の間には十分らしい。


 だが次の瞬間。


 アイリーンの視線が、ミレイユの全身を一瞬でなぞった。


 上から下まで。

 まるで、異常がないか確かめるように。


「……無理してない?」


「してないわよ」


「そう」


 それ以上は踏み込まない。

 納得した顔でもなかった。


「で?」


 今度は俺を見る。


「“ただのお茶会”じゃないんでしょ?」


「まあな」


 空気が、少しだけ締まる。


 俺は状況を簡潔に説明した。

 影のズレ。魔道具の件。異様な移動。そして──落ちないこと。


「……ふーん」


 アイリーンは腕を組み、わずかに視線を落とした。


「落ちない、ね」


 ぽつりと呟く。

 軽い声。

 その奥では確実に何かを測っている。


「トール、こっちにおいで?」


 柔らかい声で呼びかける。


「ぅ?」


 トールが振り向き、こちらへ向かってくる。


 (……やっぱりだ)


 動きに“継ぎ目”がある。


 歩いているはずなのに、途中が抜け落ちているような──


「……」


 アイリーンは何も言わず、しゃがみ込んで視線を合わせる。


「こんにちは、トール」


 にこりと笑う。


「あい!」


 トールも笑い返す。


 ──その瞬間。


「……あら」


 ほんの僅かに。

 アイリーンの瞳が、細くなった。


「どうした」


 低く問う。


「……いえ?」


 すぐに笑みに戻る。


「可愛いわねぇって思っただけ」


「嘘つけ、それだけじゃないんだろう?」


「まぁね」


 軽口を叩きながらも、その手は止まらない。


 そっと、トールの額に触れる。


「……」


 沈黙。


 ほんの数秒。

 それが、妙に長く感じる。


「──なるほどね」


 小さく、息を吐いた。


「何が分かったんだ?」


「分かったことが多すぎて困るわ」


 苦笑混じりの声。

 だが、その目は笑っていない。


「とりあえず一つ」


人差し指を立てる。


「この子、普通じゃないわね」


「それは知ってる」


「でしょうね」


 軽く頷き合う。

 当たり前の確認だ。


「でもね」


 アイリーンの視線が、トールから外れる。


 ほんの一瞬だけ。


 ──ミレイユへ。


「普通じゃないのに、崩れてないのよ」


 ミレイユが、わずかに目を細める。


「……制御されてないのに?」


「ええ」


 アイリーンが、ゆっくり頷く。


「普通はね、崩れるの」


「暴走するわね」


「そう。それがない」


 一度、言葉を切る。


 そして。


「……だから余計に厄介なのよ」


 吐き出すように言った。


 その視線は──また一瞬だけ、ミレイユへ向く。


 トールの胸元に、軽く指を当てる。


「まとまってるの。歪なまま、でも壊れずに」


 理解しがたい状態。


 だが、納得はできる。


 その時。


「……っ」


 アイリーンの指が、止まった。


「どうした」


「今……」


 言いかけて、止まる。


「……気のせいかしら」


 だが、その目は確実に何かを捉えていた。


「何を見た」


 短い沈黙の後。


「──この子、見えてるわ」


「……何がだ」


「魔力」


 空気が、止まる。


「私の流れを、正確に追ってた」


「……一歳児が?」


「ええ」


 あっさりと頷く。


 理解したくはなかったが。


 理解できてしまった。


「結論」


 アイリーンが立ち上がる。


「この子は──放っておくと、とんでもないことになる」


 軽い口調。

 だが、その重みは明確だった。


「対処は」


「今すぐじゃない」


 ミレイユを見る。


「でも、観察は続けるべき」


「ええ、それと」


 アイリーンの表情が、わずかに変わる。


「絶対に、目を離さないこと」


 そこまでは、いつもの調子。


 だが──


「……ミレイユ」


 名前を呼ぶ声が、少しだけ低くなる。


「ええ」


「一人で抱え込まないで」


 短い言葉。


 だが、強い。


「これは、あんた一人の問題じゃない」


 ミレイユが、わずかに目を伏せる。


「……分かってるわ」


「分かってない顔してる」


「無理したら、許さないから」


 それは、命令ではなく。


 ──願いだった。


「……ええ」


 静かに、頷く。


 トールは、何も知らずに笑っている。


「きゃは!」


 その笑顔は、あまりにも無邪気で。


 ──だからこそ、目を逸らせなかった。


「……ほんと、厄介ね」


 アイリーンが呟いた。


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