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「先程から随分とご機嫌ですね」


 地下室から帰り、タオとユイと夕食を共にしていると、不意にユイが口を開いた。


 膳の上には麦飯と焼き魚、そして野菜をふんだんに使った汁物が並んでいる。

 ちょうど口に魚の身を運ぼうとしている所だったので、少し止まってから食べた。

 

「そうかな」


「はい」


 正面に座るユイが小さく頷く。

 斜め横に座るタオに確認しようと顔を向けると、彼は椀を持って汁を啜り、こちらを見ようともしない。


「なんかこう⋯⋯面白いもの見つけたー、みたいな雰囲気です」


「おぉ⋯⋯よくわかったね」


 彼女の観察眼がいつの間にか育っている。

 体調が悪い母の世話をずっとしてくれている賜物だろうか。それが何に役立つかは分からない。


「で、何を見つけたのですか」


 ユイの膳の上は、既に綺麗に平らげられている。

 これから母に夕食と薬を与えに行くため、私達より早く食べていたのだ。


 数時間前あの地下室で見つけた興味深い記述。

 それまで役に立ちそうに無い占いや宗教の話ばかりだったのが、固く重い扉が開けたかのように、それまでと打って変わって、その内容は私の頭の中に新鮮に鮮明に吸収された。


 たった1度読んだだけだが、その内容を諳んじる自信がある。


「うーん、この城をさらに堅くする方法⋯⋯かなぁ」


 とだけ言って麦飯と魚を口に運び、汁で流し込む。

 ここで2人に話しても、正直仕方がない。

 それよりも、ユイには早く母の食事を済ませてもらって、少しでも早く休んでもらう方がいい。


 私が詳しく語る気がないと悟ったのか、ユイは立ち上がって膳を持った。

 先に彼女が居なくなると、それまで多少の明るさを醸し出していた食卓は静寂に包まれる。


 タオは口数が少ない。必要な業務の話以外は自ら話しかけてくることは無いし、私が雑談しようと話しかけても、いつも巧みに切り上げてしまう。


 だが、私も元々口数が多い方では無いので、タオとふたりになるのも居心地は悪くない。


「それで⋯⋯何を見つけたんです⋯⋯」


 そんなタオが、珍しく自分から口を開いた。

 汁の入った椀に口をつけながら、下から覗きこむように私を見ている。

 彼も男だ。城を堅くすると聞いて、興味を抑えられなくなったのだろうか。


「タオは、攻城兵器って聞いたら何を思い浮かべる?」


 逆に私が質問を質問で返す。

 タオはくいっと椀を傾け、喉を鳴らすと、空になった椀を静かに膳の上に戻した。


「兵器だったら⋯⋯投石器とか井闌(せいらん)車とか⋯⋯後は破城槌(はじょうつい)ですかね」


「うんうん⋯⋯じゃあ逆に防衛の為の兵器といえば?」


「それは⋯⋯弩くらいでしょうか⋯⋯」


「そうだね。まあ防衛側は城壁の上から熱湯をかけることも出来るし、それこそ排泄物だって立派な兵器になるから、あんまり必要ないんだよ」


「それで⋯⋯何を見つけたんですか」


 タオの眼光が力強くなる。

 久しぶりの会話を楽しもうと回りくどい話し方をしたのが気に触ったのだろうか。


夜叉擂(やしゃらい)って名前、聞いたことある?」


「⋯⋯⋯⋯いえ、今初めて耳にしました⋯⋯」


 ほんの少し首を下に傾け、下を見つめながら唇を動かすという、想像通りの驚き方をしてくれた。


 私もその名を知ったのはつい先程である。

 ご丁寧に絵付きで書かれたその兵器の説明を読むと、それなりの効力を発揮てきそうであることが判明した。


 タオにその形を説明するため、両手の人差し指を伸ばした状態で、指で長さを測るように横に腕を広げる。


「こう長い丸太とか棒見たいな物に大量の鉄の棘を付けて落とすんだ」


「それなら丸太でよろしいのでは⋯⋯」


 まだ説明は途中なのだが、よほど興味が湧いたのか、タオが先走る。


「まあまあ、この兵器のいい所はね、縄で繋ぐから何度でも使えることなんだよ。重いから引っ張りあげるのが大変なんだけど」


 急速に興味を失ったのか、タオは茶碗にこびりついた米粒を掠り始めた。


 この兵器が、今の説明通りのものなら、私だって見つけて浮かれることなんてない。

 それこそ丸太でも落とせばいいのだから。


「この兵器のいい所はね、吊るすから車輪を付けて運べるし、梯子くらいなら上から叩き割ることが出来ることなんだ」


「梯子⋯⋯ですか」


 またタオがこちらを見る。

 その目には関心が戻っている。


 防衛戦において、梯子というのは存外厄介なものである。

 まず軽いから城壁に張り付く速度が早く、そして容易く大量生産が出来る。

 重く大柄な井闌などは、その移動速度が遅く、敵の備えが不十分であれば火をつけて燃やすことも出来る。  


 だが梯子は基本、それ自体を破壊することが困難だ。


 梯子を1度掛けられ、何人か登り始めてしまうと、

壁の上から押し倒すことも儘ならない。


 攻め側が多少の人的被害を受け入れれば、井闌と変わらない威力を発揮する。


「ただの梯子も存外厄介なんだよ。100年前に西で起きたウイとエストとの戦いじゃ、ウイは国軍のほぼ全てを投入してエストの首都を落とした。その時猛威を奮ったのが、兵士の数と梯子の数だったと言われている」


 しかし、その戦いで勝者となったウイは、その後エスト領の統治が上手くいかず、相次ぐ反乱に見舞われ、エストを滅ぼしてから10年ほど経って、カリスタン王国に滅ぼされた。


「ではその夜叉擂を太守に進言してお作りになるのですか」


 タ綺麗に膳の上を片付け、タオは手を合わせて言った。


「まあ作るかどうかは太守様の判断だけど、明日にでも報告したいとは思ってるよ。あの地下室の中身から活かせる物を探し出すことが私の仕事だからね。ようやくまともな報告ができる」


「よかったじゃないですか。これから沢山見つかりますよきっと⋯⋯」


 私に賞賛の声を掛けながら、立ち上がって膳を持った。

 だが彼は私の膳にまだ食事が残っているのを目視すると、またその場に座り込んだ。

 私をこの場でひとりにはしないという、彼のささやかな配慮だろう。


「さあそれはどうかな。正直、過去を書いた歴史書にそれほど有用な未知の記述があるとは思えない。夜叉擂だって、過去の遺物だってことも考えられる」


 手を早めて食べ進めながら、今日は本当に運が良かっただけだと改めて思った。


 タオは私が食べ終えるのを確認してから私の分も片付け、どこかへ行ってしまった。



 ────


 翌朝、もう太陽がこの城壁の中を照らしていていい時間帯だが、その姿は雲に隠れてしまっているのか、その輝きが確認できない。


 窓の外の薄暗い外の景色を、布団の中から眺めながら、知らない間にユイが用意してくれた服に着替える。


 絹で編まれた浅葱色の服に袖と足を通し、腰を帯で締める。


 自室を出ると、そのふたつ隣に母の部屋があるが、わざわざ出向いて起こしてしまうと申し訳ない。


 部屋の前を素通りし、縁側に出ると、朝早くからタオが繁茂した雑草と格闘していた。


「おはようございます」


 屈んで草を右手で掴んだままタオがお辞儀をした。


「おはよう。朝から珍しいね」


 タオとユイはこの家で住んでいるが、朝から活発なユイと比べ、タオはいつも朝はのんびりとしている。

 ユイの後にふらふらと目を覚ましては、彼女の手伝いをしているが、ひとりで朝から作業するということはまず無い。


「今日は気分がいいので」


「あっ、そういうことか」


 草を勢いよく引き抜き抜くタオから、顔を空に向ける。

 青空を蓋した分厚い雲達、タオは雨が降らない程度の曇り空が好きなのだ。

 なかなか珍しい趣味をしている。


 そんなタオの手元に、生い茂った茂みの中から小さな黄緑色のカエルがぴょんっと軽快に飛び乗った。

 特に驚きもせずカエルを優しく反対の手で摘んで降ろす彼を見て、心が少し和む。


「それで、ご主人はこんな時間からお出かけですか」


 調子が良いおかげか、彼の舌はよく回っている。


「うん。さっそく太守様にお話に行こうと思ってね」


「早すぎませんか? 太守はまだ夢の中かと」


「そうなんだけどね。あそこの書物は持ち出しも写本も禁止なのに、あの人狭くて暗いところ苦手だから、口で説明するとなると時間かかるから早く終わらせたいんだよ」


 

 書物を持ち出すことはもちろん、その内容を不用意に広めることも禁じられている。

 そう、あの地下室のことは極わずかな人数の秘密なのだ。

 具体的に言うと、太守と私、そしてこの国の王とその側近達だ。


 側近達がなぜあれだけの書物(ざいほう)を自分達で直接管理し解読しないのか、それは単に読めるのが宮中には居ないからである。

 学者の中にはもちろん読める人は何人もいるが、あまり情報を広げたくない国と太守は、たまたまこの地に住んでいた私に任務を与えたのだ。


「まあのんびり行くよ。それじゃあうちの事よろしく頼んだ」


「はい。お気をつけて」


 しゃがんだまま体をこちらに向けて、タオは頭を下げた。

 タオに見送られて玄関を出て、屋敷へ向かう。

 まだ太守が夢の中だとしても、行くとしたら今がいちばんいい。

 太守は通常、昼頃から屋敷を空けているらしいのだ。

 

 早朝の街は騒がしい。

 農家や漁師なんかは道具を持って城門が開かれるのを待ち、少し離れたところで承認は荷車を引きながら待っている。

 朝から商売のために駆り出された馬車を曳く馬も、城門が開くのを心待ちにしている人達も、皆眠たそうだ。


 城門前の人達から遠ざかるように、太守の屋敷に向かって歩を進めた。

 こんな朝早くでも、城壁の見張りと同じように屋敷の衛兵はしっかりとその任務についている。 


 昨日の雨のせいか、土の地面は微かにぬかるんでいて、古くなった皮靴の靴底がすり減って滑りやすい。


 転けないように一歩一歩踏みしめながら進み、ご苦労様、と門を守る衛兵に頭を下げて屋敷に向かう。


 重厚感のある杉の木の門の前に立ち、門を叩く。

 拳をトントン、とぶつけると、中に向かって音が響く。


 私が地下室に向かわず入口前で立っているのが珍しいからか、門を守る衛兵はしきりにこちらに振り返っている。


 しばらく待っていると、中から人の足音が聞こえ、閂を外して床に置いたのが分かった。


 門が外側に向かってゆっくりと開かれ、太守の使いが顔を覗かせた。


 若い男で、寝癖が跳ねている。


 朝早くに来られて迷惑だったのか、動きが鈍重だ。


「あぁ⋯⋯あなたですか。こんな朝からどうされました」


「早急に太守様に知らせたい報告がございます。いま何処におられますか」


「太守様ならお部屋に⋯⋯少々お待ちください」


 男性はそう言うと門を閉め、太守に確認しに行った。


 暇になって門の前に立ったまま顔を見上げると、瓦屋根の裏に鳥の巣が1つ確認できた。

 漆喰の壁と屋根の角に作られたその小屋に、親鳥と思われる1羽が戻ってくると、何羽かの子供達が巣から顔を出して鳴いた。


 親鳥の口には獲物が咥えられているのか、接吻するように子供達の口に餌を運んでいる。


 漠然とその様子を眺めていると、また門が動き擦れる音が響いた。


「お待たせしました。太守様がお会いになるとおっしゃっています」


「そうですか。どうもすみません」


 現れた男性に頭を下げ、手で中へ招かれる。

 屋敷は入るとまず大きな玄関がある。

 板張りの床が広がる空間の壁際には、いざという時の槍や剣が並べられている。


 玄関からは左右と前に細い廊下が伸びていて、土足のまま玄関を真っ直ぐ進んだ。

 屋敷の人とすれ違いながら途中で左に曲がり、さらに少し進んだところで、右手に大きな扉が見えた。

 白い壁と対照的な両開きの黒い木の扉には、鳥や花が彫られ、そこだけが異彩を放ち、この屋敷の重要な場所だということが一目でわかった。


「太守様、グリヴァン殿をお連れしました」


 男性が扉の向こうに向かって言う。

 人から性を呼ばれるのは、随分久しい。


「わかった。通してくれ」


 中から太守の返答が聞こえ、男性は私に向かって頷いて扉を示した。


 小さく男性に礼を言い、扉に手をかけて内側に引いた。


 扉を開けるのと同時に、男性が廊下を歩いて離れていく。

 開けた部屋の中は、太守の寝室になっていて、大きなベッドが中央奥に設置され、その左横に小さな丸いテーブルと椅子が2組あり、ベッドの右側には奥方が使う化粧台が整えられている。

 

 そのテーブルに備えられた椅子に、太守ユルドは鉛色の着物と袴姿で座っている。

 太守になってから既に20年は過ぎている壮年のユルドは髪が白く、肩にかかっている。

 鷲のような鼻と、深い眼窩の奥にある大きな翡翠色の瞳は、いつも圧を感じる。

 つい目を逸らすと、化粧台の鏡に、私の姿が反射するのが微かに確認できる。

 きちんと身支度を整えてきたので、不備は無い。


「朝早くから申し訳ありません。ようやく太守様にご報告できる内容が見つかりましたゆえ、いても立ってもいられずつい」


 私は拱手し、頭を下げながら口上を述べた。


「おおそうか。さあ、こっちへよれ」


 顔を上げると、喜色満面に太守が手招きをしている。

 この人は顔に似合わず社交的で、朗らかな人となりをしている。


 招かれるまま寝室に入り、椅子に腰を下ろす。


 太守のような高位な立場の人間が、家族以外を寝室に招き入れることなんてほとんどない。

 むしろ他人を招くなんて、この人くらいだろう。


 白薔薇王もきっと、まだ独身であるなら寝室には従者以外入れないはずだ。





「それで、こんな朝早くから来たということは、期待してよいのか」


 太守が薄ら笑を浮かべる。


「いえ、この時間に参ったのは昼は太守様がお忙しく、私も学校の方があって足を運びにくいからでして、中身の是非は太守様がお決めください」


「そなたも熱心よなぁ⋯⋯流石は王都にまで出向した人材だ」


 太守がほんの少し伸びた白い髭を撫でながら言う。

 このまま世間話でも始めそうな雰囲気が私と太守の周りを取り巻くが、咳払いして本題に切り込む。


「此度、と言うより昨日見つけたのは、城を守る兵器についてです」


「ほう、兵器とな」


 流石は太守兼城主、城に関することだと食い付きが良い。


 夜叉擂について説明すると、太守は興味深そうに何度も頷きながら聞き入った。


「つまりまあ、何度も使える丸太のようなものか」


「はい。それに城壁の上で組み立ててしまえばある程度車輪で動かせますし、丸太のように何度も運ぶ手間もありません」


「弱点は?」


「私見でよろしければ、敵と味方が入り乱れると動かせないことと、いちど吊り下げられると戻すのにかなりの人力が必要ということがまず浮かびます」


「なるほど。井闌は潰せるか?」


「橋板を壊すことなら出来るかと思います。ただ機動力は無いのでひとつの夜叉檑につき壊せるのはひとつだけかと」


「なるほど」


 太守は腕を組んで背中を逸らし、首を左右に捻った。


「王都や東の城ではそれほど効力を発揮せんかもしれないが、ここじゃ十分使えるだろうな」


 太守がそう呟くのには、地形が関係している。


 太守が治める国の北西部分、ノーリスという名が付けられたこの広大な地域は、西と北が他国と隣接しているが、ちょうど国境線に険峻な山脈が囲うように広がり、責めるのが(かた)ければ、守りには最適という地形を成している。


 このノーリスに敵が攻め込むとすると、かならずこのミレード城を落とさなければならない。

 この城を放置して東や南に攻め込んだところで、この城から出兵した兵に背後を突かれるからだ。


 敵の目線に経てば、この僻地の城はやっかない事に城壁が高く、さらに周囲は肥沃な穀倉地帯が広がるおかげで、籠城するとしてもそれなりの蓄えを備えてある。


 となると、敵はこの城を落とすためには、援軍が来る前に強行するしかない。

 だが山脈を馬や人が超えることできても、井闌や破城槌のような大きな兵器を運ぶことは出来ない。


 つまり、必然的に主力の兵器は、梯子のような比較的運びやすいものとなる。  


「よし、1度木で模型を作って他の者共に意見を聞いてみたい。製作の指揮を任せてもよいか」


 一介の教師に過ぎない私からしたら、太守からの依頼というのは大変ありがたいものであり、断りにくいものである。

 それこそ、実務能力を認められれば取り立てられるかもしれない。

 だがそのような出世には興味が無いし、褒美として与えられる手当にもそそられはしない。


「お役人様か将のどなたかに私が教え、その方が指揮する方がよろしいかと思います」


「ほぉ、どうしてだ」


 太守の瞳が私を捉えて離さない。

 声色や表情に変わりはなく、怒気は見受けられないが、緊迫感は沸き立つ。

 だがこの人の人となりは知っている。


「私の本職は教師ですから。太守様のご命令としても、有事でも無いのに彼らを放って置くことは出来ませんゆえ」


「⋯⋯完成したら報酬は弾むと言ってもか?」


「はい」


 一時の沈黙の後、太守の口から息が漏れ、小さく笑い声を発した。

 白い歯を覗かせながら、太守の体が小刻みに揺れる。


「そうかそうか。そなたは生真面目だなぁ。よし分かった。では今度人を決めるからその者に教えてやってほしい。それならばよいのだろう?」


「はい。承知しました」 


 私からも無意識に笑みが零れる。

 この太守は専断的な人間では無い。

 常に周りに耳を傾け、人の言葉を受け入れる広い心を持った方だ。


「では兵器の構図や説明を訳して書いておきますので、それをまたお届けに参ります」


「ああ、頼んだぞ。まあ、作り始めるとしてもまだ先の話ではあるがな」


 私の後ろ、壁よりももっと遠くも見るような目をして太守が言う。


「ああ、王都に許可を貰わねばなりませんね」


「ああ、その通りだ。使者を飛ばしても片道3日近くかかるからなぁ」


 この国の王は、各地の責任者の専断を嫌う。

 税の免除や追加の徴兵などは当然のこと、壊れた城壁の修繕や、それなりの地位の士官の家の増築などでも、勝手に行うことを認めず、逐一伺いを立て無ければならない。


「まあ防衛のためとはいえ、兵器を作るんだから当然と言えば当然かもしれんな」


 そうは言うが、太守の顔はどこか不満気である。

 内政に関することであれば、常に許可を求めなければならないのは理解できる。

 だがこの国の王は、戦争であっても将軍達の専断行為に顔を顰める、独裁的な人物であった。


「だがもっとも、この国で唯一、后にも王子にも認められていない独断行動が認められている将軍がいるらしいが」


 太守の発言には、皮肉がたっぷりと込められていて、その将軍が誰であるかは、すぐに分かった。


「白薔薇王⋯⋯」


「そうだ。しかし王は将軍のその呼び名はお好きではないらしい。女性でありながら王と呼ばれることもそうだが、なにより王家でもない人間をそう呼ぶなど本来あってはならん事だ。ましてやあの方は敗戦国の遺児のようだしな」


 白薔薇王が遺児だということは知らなかった。

 もっとも、私はあの方を噂と一目見た印象でしか知らない。


「太守様は白薔薇王のことをご存知で?」


「いや、会ったことは無いし、実は名前を聞いた覚えがないんだが、この僻地にも彼女の噂は流れてくるせいかな、良い噂も悪い噂も覚えてしまうのだ。それに、1度は私もその武勇をこの目で見てみたい」


 落胆したのを悟られないように、小さく肩を撫で下ろす。

 せっかくなら、太守にあの方について聞きたかったが、知らないと言うならば仕方がない。 


 だがひとつ、太守も拝見したのことないあの方の武勇をこの目で拝めたのは、少しの自慢だ。


 あまり太守を話に付き合わせるのは申し訳ない。


「では念の為、私は先に指示書を手配しておきます」


「おおそうか。すまんな」


「いえ、本日は朝早くから失礼しました」


 席を立ち、太守に拱手する。

 太守も返答代わりに頭を下げ、私は寝室を出た。


 寝室を出てすぐの所で、案内してくれた男性が壁にもたれていた。


 何かあったらすぐに駆けつけられるように待機していたのか、だが武器の類は見受けられない。


 軽く男性にお辞儀し、屋敷を出る。

 まだ時間としては早い気がするが、学校へ行けば先生はもう起きていることだろう。



 ────


 子供はやはり、単純明快なものに興味がそそられるらしい。

 新しい文字を覚える。新しい言葉を覚える。

 簡単で単純なものは好きだが、それが少し複雑に絡み合うと、知的好奇心を失ってしまう。


「王都から役人が派遣され、アリストリア国首都の官僚達は皆総入れ替えとなって⋯⋯」


 朝から子供達に昨日の続きをせがまれたので読んでいるが、ほとんどの子はまともに耳を傾けてすらいない。

 ここの子供達⋯⋯いや、この国の人は勇ましい人が多い。


 とくに、輝かしい歴史を持つ国だけあって、過去に勝利した戦争などの話や伝承には精通する者は多い。

 だが政治面では今も各地で小さな問題が多発していることから分かるように、皆それほど詳しくないし、学ぼうともしない。


 要するに、文官より武官が尊ばれる国なのだ。


 私は両手で持っていた書物を机に置き、ゆっくりと閉じた。

 子供達は私が怒り出すのではと、急に静まり返って様子を伺っているが、そんなつもりは毛頭ない。


 子供は嘘つきだが正直という不思議な生き物だ。

 嘘と真実、決して自分を計算して飾ることなく、純粋無垢なままに、その両面を持ち合わせている。

 自分の非は嘘で隠そうとするが、好きなことには抗えず、嘘がつけない。もしくは下手になる。


 つまり、この話が彼らにとっては本心から退屈なのだ。勇猛に戦う英霊も、軍を指揮する司令官も登場しない。

 ただ内政と国の引き継ぎという、宮廷内で行われる静かな(まつりごと)を、子供達は好きになれない。


「ま、この話はおいときましょう。皆興味無さそうですし」


 漠然とした表情で皆は、私を眺めている。

 怒らなくて拍子抜けしたのか、はたまた、遊びながら話自体はちゃんと耳で受け止めていたのに、いきなり中断したから困惑しているのか。


「ルシュ、君に質問だ」


 それは、ひとりの男子に話を聞けば分かるかもしれない。


「なあに先生」


「君は将来何になりたい?」


「そんなの決まってるよ! 僕は将軍になるんだ」


 バンバンッと勢いよく両手で机を叩きながら、ルシュは高らかに言った。


「そうか。じゃあ次は皆⋯⋯男子に質問」


 興奮気味のルシュから、彼を見ている皆に視線を向ける。


「ルシュみたいに、将来国のために戦う兵士になりたい人は他にいる? 居たら手を挙げてください」

 

 この教室にいる男子10人、ルシュを含めて、手を挙げなかったのはたったの3人しないない。


「おぉ、皆立派でだね。どうして国のために戦いたいのか、その理由を説明できる子はいる?」


 子供にはやや意地悪かもしれない問いかけに、前の席の男子が反応した。


「説明してくれるかいグレム」


 小柄ですばしっこいグレムが立ち上がった。


「だって先生。俺達は皆国の子供だから。お父さんもお母さんも兄ちゃんもおじいちゃんも。皆国の子供だから国のために戦うのは当然でしょ」


 私は教卓に肘をつき、腰を曲げ、頬杖つきながらその語りを聞いていた。

 臣民は全て国家の子。それがこの国の、いや、この大陸に存在する殆どの国の教義だろう。

 私も子供の頃は、先生にそんなことを聞かされた。

 何度も何度も、それこそ耳にタコができるくらいに。


 だが当然、母はそんな教えを認めなかった。

 それまで学校で習ったことは逐一母にも教え、語り合っていたが、その話だけは拒絶された。

 

 母は別に、臣民は全て国家の子であり、子は国のために働き戦うという考えを否定した訳では無い。

 ただ母は、私がアストリアの子となることを恐れ、私の中に根を張ったその教えを抹消したかっただけで、きっと今は亡きカリスタン王国も、同じようなことを国民に布教していたはずだ。


 そして私は、母とは別の理由で、子供達にそんなことを説いたことはない。


「うーん。立派なんだけどねグレム。それは教科書通りの答えであって、君自身の考えじゃないだろう? 国王の教えを諳んじているだけだ」


 小さな子に対して、意地悪な返答をしている自覚はある。

 だが、ここは彼らの素直な声が聞きたい。

 その上で、戦いの歴史だけでなく、もっと様々なことを学ぶことの尊さと必要性を説きたい。

 グレムの目が泳ぐ。答えとして自信はあったのだろう。

 もしこれが、入隊試験で唱えたとするならば、間違いなくグリムは合格している。

 恥ずかしそうにグレムが俯いてもじもじしているせいだろうか。子供たちがざわつき、笑い声さえ聞こえた。

 だが、今は道徳の授業をするつもりは無い。


「じゃあルシュ、君はどうして将軍になりたいんだ?」


 静かに黙っていたルシュは、突然指名されたことに戸惑い、周りを何度も見回した。


「え、えっと⋯⋯かっこいいから!」


「そうか、じゃあどんな所がかっこいいのかな?」


「まず鎧がかっこいいし、絵本で読んだユミルタス将軍がかっこよかったから! 将軍みたいに国を守りたいと思ったから」


 ルシュは目を輝かせている。

 ユミルタス将軍とは、何十年か前に実際に存在した将軍で、その武名は大陸中に響き渡り、様々な民間伝承も作られた、この国の英雄のことだ。

 

「よく答えられたね。見事だルシュ」


 頬杖ついた手を離し、軽く拍手をすると、皆もそれに続いた。

 喝采を浴びたルシュは照れて鼻の頭を指で擦りながら、なんども軽い会釈をし、隣の子と談笑した。


「さっき手を上げたみんなも考えてみるんだ。どうして軍に入りたいと思っているのか。その理由がしっかりと見えてくれば、君達はその目標に向かって努力できる立派な人になれる。無論、これは他の夢を持つ子達も同じだ」


 背筋を伸ばして語り始めると、皆の集中が私に向けられる。


「そしてねルシュ、ユミルタス将軍はただ槍や剣の扱いが巧みなだけでなく、凄く頭のいい将軍だったんだ」


「そうなの?」


「うん。将軍は君達くらいの頃には読み書きを完全に覚え、様々な学問書の内容を記憶していたらしい。だから、ルシュや軍人になりたい皆は、体を動かすことじゃなくてきちんと座学も学んで隙のない人間になるんだ。そうしたら、君達はこの国の子として国を富ませることが出来る」


 皆の気持ちが高ぶっているのが、表情から伝わる。


「そして、女の子やさっき手を上げなかった子達。君達も同じだ。料理人になるにしても商人になるにしても、農家になるにしてもだ。知識は蓄えられるだけ蓄えておいたほうがいい。知識は君達の道になってくれる。途中で夢を変えたくなった時、知識があれば道は無限に広がるからね。そしてそういう子達を育てるのが、先生の役目だ」


 皆の顔色が変わる。一時的にでも、勉強に対する意欲が沸き起こっているのだろう。

 こんなご高説のような事を語っているが、私としては、ただ皆が、今生きていて幸せと思える生き方をしてくれるなら、それ以上に望むことはない



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