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第三十二話 意地の張り合い

 ジルヴィーナの蟄居が明けて以降、第一王子派からのリーゼへの攻撃は日に日に激化していった。


 顔を合わせれば嘲笑と中傷、社交界では不名誉で事実無根の噂話をばら撒かれ、嫌がらせの贈り物は遂に開封すると致死の攻撃を放つ祈術具が紛れ込むまでになった。

 宮の倉庫に備蓄しておいた食材にまで毒が盛られ、毒の混入に気づかずに摂取して一度倒れてからは、リーゼは三人の毒見役を経なければ自宮であっても食事を取ることを禁じられた。


 成人の儀を翌日に控えたその日も、ガイウス以下側近を引き連れて王族用の控え室に足を踏み入れるなり、リーゼは先に案内されていたらしい第一王子一派――とりわけジルヴィーナから因縁をつけられた。


「優雅なご到着ですこと。さぞやんごとなきご身分でいらっしゃるのかしら。お生まれになったときから王族であられた第一王子より、愛妾の娘ごときが高貴さで上回ることなど、ありはしないというのに」


 王侯貴族の入室順は序列の低い者からと決まっているので、自分たちが先に呼ばれてリーゼに待たされる格好になったことが気に食わないのだろう。

 敵意に満ちた二対の水色の双眸にも慣れてしまって、リーゼは取り合わずに微笑みだけを返した。


「ご機嫌よう。ジルヴィーナ様、ジオルク兄上。お言葉ですけれど、わたくしは国王陛下付きの城官の案内の通りに参じただけですわ」


 王族の成人の儀の前日には、王国に十ある一等爵家の各当主たちを王城に招いて、王族と高位貴族で昼餐会を開くのがブロア王国の伝統である。

 それぞれ色の異なる土地を預かる高位領主たちから祝福を贈られることで、すべての神々からの加護を得る王への道を歩み出すという意味があるのだという。

 ユスブレヒトに代わり王太子候補と目されているリーゼも当然その通過儀礼に臨む必要があり、こればかりは国王ライドルフといえども先例を覆すことはできなかった。


 しばらくするとライドルフが右左席の両宰相と騎士団長を引き連れて控え室に入ってきた。

 リーゼの悪口で盛り上がっていたジルヴィーナとジオルクを冷淡に一瞥して「騒がしいな」とひと言で黙らせ、対してリーゼには一転親しげな仕草で腕を開く。


「ああ、リティーツィア、このような場所にひとりにしてすまなかった。なるべく急いだつもりだったのだが、そなたより先に入室していると口さがない者たちがまた騒ぎ出すのでな。そなたに無礼を働く者はいなかったか? この父に話してごらん。そなたを悲しませる害悪は父が遠ざけてくれよう」

「お父様、ご心配には及びませんわ。少しお喋りが過ぎてしまっただけですの。わたくしは悲しんでなどおりません」


 リーゼは微笑みながら首を横に振った。ライドルフが心配そうに「本当かい?」と念を押すのにも「わたくしったらはしゃぎすぎてしまったようですわね」で押し通す。

 リーゼに情けをかけられてさぞ矜持が傷つけられたのだろう、ライドルフの背後で第一王子一派が物凄い形相をしているのが見えた。


「そなたがそれほど言うならそういうことにしておこう……。それにしても、リティーツィア、今日のそなたの装いは格別に美しく可憐だ。そなたの赤い髪に淡い若草色がよく似合っている。まるで草原に咲き誇る赤き花の精霊のようではないか」

「緑は始まりの季節の色ですもの。今は秋ですから、季節の象徴色と考えればそぐわないかもしれませんけれど、わたくしが始まりの一歩を進むための祈りをこめて、春の女神の象徴色を身にまといたかったのです」


 本当は理由はもうひとつあった。

 春は母ユ―リアの誕生季でもあり、彼女が亡くなった季節でもある。

 成人の儀当日は自分の誕生日を司る神の象徴色をまとわなければならないので、その前日はリーゼにとっての母を象徴する色を身につけることで母に成人を報告したかったのだ。

 墓もないユ―リアにそれ以外にどう語りかけていいのか、リーゼにはわからなかったから。


「なんということだろう。リティーツィア、そなたは今日の昼餐の始まりの歴史を知っているのか」


 成人を迎える王族が各地の領主を呼び寄せて正餐を囲む伝統は、もとは初代建国王のあとを継ぐ王位継承者が『自分は王の道を歩む始まりに立っている』という自戒を示すために、緑の衣をまとって諸侯に覚悟を語ったという逸話から生まれたものだと謂われている。

 驚くライドルフにリーゼは微笑んだ。


「今はほとんど忘れ去られた歴史なれど、お父様よりも上の年代の方々にはよく知られた話だと、帯同神官を始めとして優秀な側近たちが教えてくれました。わたくしも連綿と続くブロアの歴史を編んできた先人たちに倣いたかったのです」


 側近たちを振り返って謙遜するリーゼを愛おしそうに見つめ、ライドルフはリーゼの手を取って引き寄せた。昼餐の開始を告げにきた案内官に頷く。


「余はリティーツィアをエスコートする。先に側妃と第一王子を入室させよ」

「な――父上!」

「お父様、それは……」


 ジオルクが非難の声を上げ、リーゼも控えめに窘める。

 国王の妃の中で最も高位に立つ正妃が不在の今、国王が伴うべきは側妃ジルヴィーナであるはずだからだ。

 リーゼがライドルフから公務に呼ばれて彼と連れ立っていたこともあったけれど、それは国王の唯一の妃であるジルヴィーナが蟄居の命令に付されている最中で、ライドルフの隣に侍るべき女人が他にいなかったからであって、国王の相手役を務めるのに側妃と王女では王女のほうが一段劣る。

 いくら今夜の主賓がリーゼだといっても、だ。


「父上、それはあまりにも、父上の妃である母上を蔑ろにするなさりようではありませんか。これまでは公の場では母上を伴っておられたのに、なぜ急にそのようなことを」

「今日のリティーツィアの装いは王家の伝統の古き始まりをもよく理解したものだ。余とてそなたの成人の前日にも今夜と同じように緑の衣を選んだ。余と並び立つのに相応しいと諸侯の目に映るのがどちらか、第一王子よ、神学に関心の薄いそなたもその程度のことは理解すべきであろう」

「では母上にも衣装の色を合わせるようにと事前におっしゃってくだされば――」

「――リティーツィアは、いちいち余が指図などせずとも余の意図を汲み取ったのだ。そなたらはそなたらで衣装を合わせているのだから、母にエスコートがつかぬことが気にかかるのならそなたがついてやればよかろう」


 ライドルフは国王専用の王家の紋章の描かれた紅焔の真紅のマントの下に深緑色の礼装を身にまとっていた。

 リーゼの選色と同じ理由で選ばれた衣装であることは明白だ。


 対してジルヴィーナとジオルクは青色の衣装で揃えている。

 母子で示し合わせたのかは知らないが、同じ水色の瞳に合わせて衣装を選べば自然とそうなってもおかしくはない。


 リーゼが今日の衣装を緑色にしようと思い立ったのは、直前に副帯同神官からその逸話を聞かされていたからだ。

 成人を機に第一王子付きの側近に神官を置かなくなったジルヴィーナとジオルクが思い至らずとも不思議ではない。

 一方で、リーゼが色を指定した途端、先回りしていたかのように衣装室から緑色の衣装が出てきたのをリーゼは見ているし、そういう入れ知恵を時にガイウスの頭すら飛び越してリーゼの周囲に言い含めるアッシュヴァルツ一等爵は、ライドルフの右腕とも言える側近中の側近である。

 こういう展開になったことは偶然だとは思えなかった。


 ――よりにもよって、正帯同神官たるメーア老師が王女の成人の儀の準備のために王城を空けた途端に、副帯同神官を丸め込むだなんて、随分と姑息な小細工を弄してくれたものだと思う。

 彼らにも彼らにとっての利というものがあるのだから、その小細工自体をどうこう言うつもりはないが、リーゼの与り知らぬところで勝手にリーゼを祭り上げるようなやり方を、王女リティーツィアが漫然と看過すると思わせてはおけない。

 自分の支持基盤を御することも王女としての責務のうちのひとつだ。


「お父様。兄上のおっしゃることはもっともですわ。国王陛下たるもの、ご自身の妃に迎えられた貴き方さえ大切にできずして、どうして民のすべてを愛することができましょう。諸侯の待つ昼餐の席にはどうぞ、古き慣例の通りジルヴィーナ様をお連れくださいませ。今日の昼餐の古き始まりと同じように、歴史あるブロア宮廷の伝統を蔑ろになさってはいけませんわ」


 ジオルクの肩を持ってみせたリーゼに、ジオルクもジルヴィーナも、アッシュヴァルツ一等爵も、ライドルフも驚愕に目を見開いていた。

 側妃を差し置いて国王の相手役を務める王女と目されれば、宮廷でのリーゼの立場もより強固なものになるというのに、いったいなぜ、とアッシュヴァルツ一等爵が苦虫を嚙み潰したような顔で睨んでいる。

 ライドルフが頑是ない幼子に困り果てたような顔をして首を振った。


 仕方がない。リーゼはため息を微笑みの裏に呑み込みながら、するりと肩にかけていたショールをほどいた。

 若草色の衣装に合わせて侍女が選んだ、衣装より一段濃い緑色で美しく染め上げられたものだ。

 色合いとしてもライドルフの深い緑色の衣装と吊り合うだろう。


 ジオルクに軽く一礼してからジルヴィーナの前に進み出て、当惑と疑心を露わにするジルヴィーナの手を掬い上げて立たせ、「失礼いたしますわね」と囁きながらその肩にショールをまとわせる。

 慣れない香水の強い匂いにくらりとしながら微笑みかけた。


「わたくしのお下がりのようになってしまいますけれど、今日下ろしたばかりの品ですから、昼餐の間だけはご容赦くださいませ。ジルヴィーナ様はわたくしと違って髪色が淡くていらっしゃいますから、どのようなお色でも着こなしてしまわれますわね」


 言うなり水色の目にみるみる警戒心を募らせ、今にも打ち捨ててしまいそうな手つきでショールを掴んだジルヴィーナの耳元に顔を寄せて、リーゼは他の者には聞こえないように声を落として囁く。


「――このような下らない意地の張り合いで、諸侯をいつまでも待たせておくわけにはいかないのです。諸侯の前でこれ以上の恥を掻きたくなければ、このままわたくしの言うことに従うほうが身のためですわ。それとも直前に同席を取り止められる側妃と、地方領地にまで悪評を立てられたいとお考えですの?」

「な……な、貴女……っ、」

「さあ、ジルヴィーナ様。お手を」


 わなわなと怒りに震えるジルヴィーナの手を有無を言わさず掴んで、ライドルフの前まで連れ出して、手ずから引き渡す。

 ライドルフが苦りきった表情で見下ろすのにも構わず微笑を返した。


「ジルヴィーナ様の冬の象徴色の装いは、わたくしの成人王族としてのこれからの旅路が順調なものであるように、冬が到来して風雪の厳しい道のりになろうとも正しき帰路を見定められるようにという、冬を司る旅人の守護神の加護を願う祈りがこめられているのですわ。お父様、これで装いの問題は解決いたしました。わたくしはわたくしの側近とともに入室いたします。お父様はお父様の果たすべき役割を今一度ご再考くださいませ」


 ライドルフはあまり頷きたくなさそうな顔でもごもごと口を動かしていたが、背後に控えていた騎士団長や左席宰相にも諫められて、遂に城官に「第一王子と王女を先に案内せよ」と命じた。


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