会合
対抗戦が開始してから三十分以上が経過し、残存する者はもはや半分もいない。その状況のなかついに、クラスのメンバー二人が失格した。
それもメンバーのリーダーである一条を抜けば、主力といえる二人だ。対抗戦に勝つことを念頭に考えると、これほど痛手になることはない。
だが、俺の目的と照らし合わせると、逆に望ましい展開だ。
残りのメンバーはこの場にいる俺と菱田、それとリーダーである一条の三人になったということはそれだけ自由に動きやすくなったこと。
それだけ静城と接触しやすくなる。
さっきは他のメンバーと鉢合わせることが酷くマイナスなことになるが、結果的にはそうでもない。
今はもう菱田と合流することになってしまったが、それはそれであちらの状況を確認できる良い伝達役としての役目を持っている。
それは俺にとって、知りたいことを知るための手順の短縮になる。
チームリーダーである一条が退場しない限り、静城と話し合うチャンスは必ず巡ってくるのだから。
「それで、あっちの状況はどうなってる?」
「あ……うん。それが、えーっと……一言で言うと静城さんの一人勝ち状態で、向かっていった人は全員退場してるの。さっきまでは時間稼ぎにちーちゃんと田辺君の二人で相手をしていたんだけど……」
「それでか……」
成程、それでほぼ同時に退場したのか。
菱田の話を聞く限り、教室棟の戦線は静城の一強らしい。
そうなるとやはり藍田は退場したとみていいだろう。
だが気になるのは、一条だ。
静城がそこまでの猛威を振るっているというのに、我らがリーダー様はどうやってそれを躱している?
「一条はどうしてる?」
「一条くんは最初の作戦通りに、ギリギリの距離で静城さんを追ってたんだけど、さっき見つかっちゃって――――――」
「は? ちょっと待て、それってつまりさっき言った時間稼ぎって……」
「運悪く静城さんに見つかったから逃げる為に……」
「あぁ、クソ……」
それを早く言ってくれ。
つまり、菱田や一条達は既に教室棟の方で合流を果たしていたという訳か。
俺以外の四人が揃えば、事前に用意していたあの作戦を決行することは可能だ。
だが、まさか一条のやつしくじったのか?
「あぁ……考える時間も惜しいな。菱田、場所はどこだ?」
もしも一条が失格になれば、芋づる式に俺も失格扱いとなってゲームオーバー。それでは勝利どころか俺自身の目的も半ばでとん挫することになる。
それだけ絶対に避けなければならない。
「こ、このまま真っ直ぐ行った二階の階段だったよ!」
「よし」
俺は即座に<高速移動>を発動させて、最高速度で向かう為に腰を落とす。
一分一秒でも惜しい今、少しでも早く教室棟に行って静城を見つけなければならない。
故に菱田についてはここで置いて行くことになるが、文句は言われまい。
「悪いが先に行くからな」
「う、うん。でも静城さんに捕まったら絶対に逃げれないから注意して!」
「なに?」
絶対に逃げれない?
どう言う事か問い詰めようにも、優先事項としては一条の救出が最優先。菱田の言ったことは気になるが、それが聞けただけでも心構えはできる。
つまりは、現地で確認する他ない。
「……クソ」
振り切って、前を向く。
もやもやとした不安も今は思考の外に追い出して、ただ疾走するために低く保った姿勢を解放する。
瞬間、俺の体はゼロから一気に最高速度を叩きだし、普段歩く渡り廊下をおよそ自動車程の速度を以て駆け抜ける。
正に疾走足り得る走りを以て教室棟へとたどり着き、まずは横目で階段の方面を確認。はずれ。
そのまま右足で急ブレーキをかけて床を削るように姿勢を保ったまま廊下の方を確認。
またしてもはずれ。
「て、ことは……」
二人の居場所は一階か三階、若しくは教室内なのだろう。
だが、虱潰しに全教室を回るなんてことは出来ない。時間的に不可能だ。
「運任せってか畜生」
故に、俺の取れる行動といえば、すぐそこにある階段を上るか、下りるかの二択。
間違えれば失格の可能性を孕んだ最悪の賭け。
「目的も果たしてないのに勝負を降りられるかよ」
そんな博打も、迷ったのは一瞬だ。成功か失敗か、どちらかがあたりでどちらかがはずれ。教室内に入っていればあたりだとしても気づけないかもしれない。
だが、ここにおいてそんな失敗は考えない。
廊下の方に出ていてほしいなんて祈るよりも、あと数瞬後の結果が全てなのだから、今更そこで願う様な、運に任せることはしない。
結果が全て、これに尽きる。
「まぁ、その時はその時だ」
だから、そう、最早自分の勘に従って俺は階段を駆け上がった。
そして、その先に見たのは――――――。
「当たりか」
向かい合っている、静城と一条の姿だ。
だが、その位置関係は丁度、俺と一条で静城を挟み込んでいる。
本来なら歓迎すべきそれは、単純明快な挟み撃ち。一見して囲まれたのは静城の方だ。
……だが。
「……まずいか?」
これは、クラス対抗戦。代表が失格すればそのクラスは失格となる。
挟み撃ちとはいっても、一条と静城の距離と、俺と静城の距離は違っている。遠いのは当然俺の方であり、全力で向かったとしても十秒は切れるがそれでも五秒以内とはいかない。
場所はおよそ廊下の中央あたり、真ん中の渡り廊下に程近い位置であるため、どう考えても静城が一条を失格させる方が断然早い。
兎にも角にも、今は一条を失格にさせる訳にはいかない。
「……蒼太」
俺が再び走り出すと同時に、静城は俺に気づいたらしく視線がこちらに向いた。
十mという範囲を<空間操作>によって感知しているとはいえ、それは明確な隙だ。
「あ? 何でアイツ今動かなかった?」
だというのに、一条はまるでその場で縫い付けられたかのようにピクリとも動かなかった。
「馬鹿! 何で逃げない!!」
「逃げられないんだ!! 体が動かない!!」
たまらず叫んだが、一条の返答によって俺は悟った。
体が動かないと言った一条に干渉しているのは、間違いなく静城だ。それはどう転んでも疑いようのないこと。
だが、遠距離攻撃をルールによって封じられている静城が何故一条に干渉することが出来ているのか。
疑問はそこだ。
けれども静城が失格となっていない以上、それはルール上に則った行為に他ならない。ならばひとまず今はそんなことを考えるよりも、一条をどうやって助け出すかを考えた方が建設的だ。
静城との距離は、今ようやく先ほどの半分くらいにまで詰められたが、だからといって静城が一条を失格させることを待ってくれる訳じゃない。
寧ろ静城は俺が接触する前に片を付けるだろう。
ルール上、各個撃破をするよりもリーダーを狙って叩いた方がよっぽど早く終わる。無駄な交戦もせずに済む。
故に静城が俺に背を向けるのは当然の結果だ。
「間に合わないか……」
いくら半分にまで距離を詰めたとはいっても、どれだけ早く到達できたとして五秒は確実にかかるその時間内に一条の腕章を引っぺがすことは容易い。
だがそれを止めるにはあまりにも遅すぎる。
どう足掻いたとして、この距離を詰めるには根本的に走るだけでは足りない。
「なら――――――」
<空間操作>で転移を試みるしかない。
未だ正確に転移できたことは一度も無いが、それでも確実に走るよりも距離を詰められるそれに賭ける価値は十分にある。
「頼むぜホント」
だからこそ、こればかりは頭に浮かべるイメージが頼みの綱だ。
少しのズレなら許容できるが、大幅にズレてしまえばそこで終わり。
この機会を逃せば、俺が対抗戦にまで出た意味が無くなる。
挑戦回数一回限りのクソゲーの様な仕様だが、この土壇場で成功させる他に道はない。
これまで空間転移を行った回数は十回にも満たない些細な経験でしかないが、それでも確かに得るものはあった。
景色が移った後の急変した視界をより鮮明にイメージするのだ。
一条のすぐ前、つまりは静城の目の前、あの場に俺はいると言う確固たるイメージを、認識を変えるのだ。
後は、俺が今いる場所と狙うべき空間を<空間操作>によって入れ替える。
それは丁度、一本の線の様にしっかりとしたイメージを繋げた瞬間であった。
(ドンピシャ!!)
俺は静城の目の前へと転移していた。
正に絵に描いたように想定通りの場所へ移った俺を逃がさんとするのは、更に俺が動くよりも前に俺の着地点の方へ手を伸ばす静城。
「く……!?」
そして訪れる、それは絶対とも言うべき法則に則った現実。
「まじ……かよ……」
何かの比喩でもなく、大げさな誇張でもなく、あるのはただの事実であり確かな体験であり、それはまさしく『停滞』であった。
――――――体が、動かない。
「……成程、確かにこれじゃ逃げられない」
「……」
静城は依然として言葉を発しない。
まさに先週の地下鉄の時とは雲泥の差だと言える。
静かであっても、雰囲気は口よりもよく表情を出していた静城が、今では能面のように無表情を貫いている。
――――――コツ、と。
こちらへ伸ばしていた手を下げて、再び静城は歩き出す。
次に手を伸ばしたのは――――――。
一条の方だった。
「……」
この場に置いて、一条と俺の関係は『チームメンバー』。そのリーダーは、腕章の線が示す通りに一条だ。
俺と一条の行動を制限した以上、どちらを狙うかなんてその辺の子供にだって分かることだ。
けれど、だからといって。
「それに納得がいくかは別問題だよな」
「――――――!」
目を見開き、感じたであろう違和感に従ってこちらに振り向いても、既に遅い。
「お前でも、判断ミスすることもあるんだな」
俺は笑みを浮かべながら、自由になった体で足を踏み出した。
当然、やることは一つだ。
「一条!!」
叫ぶと同時に、俺は一条の方へ手を翳す。更に踏み出した足から振動が伝いおびただしい数のヒビが入り、崩落する直前であることは明白。
「……!!」
珍しく驚愕に顔を歪める静城を差し置いて、状況は一気に動き出す。
「悪い」
まずは自由になった一条が能力を発動させ、あっという間に距離を離して離脱する。
当然、静城が簡単にそれを許すはずも無く、一条の方へ手を伸ばした。
先ほどの様に動きを止めるつもりだろうが、この状況を前に一条の方へ意識を向けるのは、悪手だ。
何せその行為は、唯一であり絶対のアドバンテージを投げ捨てる行いなのだから。
「<空間操作>を使えるのはお前だけじゃないだろ」
その絶対の優位こそ、<空間操作>に起因する。
恐らく、静城がやっているのは<空間操作>による干渉で対象の人間の周りの空間を固定して動けなくすることだ。
その精度は正確無比。知覚範囲内であれば例え目を瞑っていたとしても対象の人物の自由を奪うだろう。
ならば、どうやって抜け出せばいいのか。
能力を発動させて距離を取らせる、それもいい。むしろそれは定石といっていいだろう。
だが、俺は同じように<空間操作>を持っている。
だからこそ、固定化した空間を解くと言う形で、俺だけは直接的な解決法を実践できる。
つまり、今この瞬間静城が一番意識を向けなければいけない相手は、警戒を示さなければならないのは、他の誰でもない俺であるべきなのだから。
「悪いが、暫く足止めだ」
足元が崩れる中、静城はその抜群な能力精度で一条を捉えようと魔の手を伸ばす。
だが、それをはいそうですかと俺が無視をする訳がない。
同じく<空間操作>を使い、干渉しようとした空間に新しく力を加えることによって狙いを逸らす。
そうすることによって、一条を捕まえるはずだった不可視の拘束具は横に逸れて教室の窓へと向かい、やがて到達して窓を割るに至る。
正に一陣の風の様に吹き荒れた能力同士の衝突が終わると同時に、俺と静城は崩壊した床から二階の廊下へと降り立った。
俺の方に余裕なんてものはなく、何とか着地点を絞って衝撃を殺し、瓦礫を避ける。
「……」
静城の方へと目を向ければ、それはまさしく堂々たる女王を想起させた。
静城の周りにだけ瓦礫はなく、むしろ瓦礫が彼女を避けるようにして降っている様にも捉えられるそれは、一転して神々しさすらも感じさせるほどだ。
そんな彼女の瞳は、酷く冷たく無機質なものだ。
感情の一切を割り切り、眼前の敵を一掃する事以外を排除した様な、まるで見透かされているかのような視線。
「ようやくだ、やっとお前と話せるよ。静城」
かくして、巻き戻るように瓦礫が修復されている様を背景にして、俺と静城は会合を果たしたのだった。
遅くなりました。ほんとに、スマヌ……。
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