木曜の作戦会議
翌日、天気は晴れ。今日もまた清々しいほどの空模様を前に、俺の気分は既に憂鬱だった。
今日もまた、暑くなる。
そう考えるだけでも足に鉄球を付けている様な気さへするが、仕方あるまい。
さて、今日の予定としては午前中テスト、そして午後に対抗戦に向けての作戦会議だ。
そんな訳で今日の持ち物には昨日ばったり会った紅葉の作った弁当(デレ皆無)が入っている。
本来なら午前のテストが終わってからの午後の時間というのは、後日開かれるクラス対抗戦の準備のための時間である。
そう、明日は我が校が行う月に一度のイベント行事、クラス対抗戦。その準備も生徒が主だってしているのだ。今までは俺も準備をする側であったというのに、どうしてこうなった……。
そんなイベント行事として定着している対抗戦、その最大の特徴は規模とルールにある。
まず、規模については普通のランキングバトルから考えると規格外だ。その範囲、校舎全体。
それが対抗戦で戦う場となるステージだ。
それも一クラス五人のチーム以外は全て敵、言わばバトルロワイヤルならぬチームロワイヤル形式で競い合うのがこのクラス対抗戦というイベントである。
更にその様子を別室である体育館でモニターに映して全校生徒で観戦するというオマケ付き。
俺が対抗戦に乗り気じゃない理由のほぼ全てはここにあるといっていい。
誰が好き好んで自分の手の内を知り合いでもない人間に晒さねばならないのだ。一歩でも間違えて犯罪者予備軍にでも顔が割れれば一発で弱みを握られたも同義だ。
それに、私的だが俺は目立ちたくない。
正直勝つ気も無ければやる気も無い。静城と朝野の問題さへ解決すれば俺はそれでいいのだから。
「お、黒谷。おはよう」
「ん?」
明日への思いを沸々と募らせていた時、ふと後ろから声を掛けられる。
そして振り返った先には何とも珍しい人物がそこには居た。
「遠見か、珍しいな。いつもはお前もう少し早い時間に登校してるだろ」
「まぁな。昨日は結構遅くまで塚野と話し合ってたから……」
そう言い、遅くなったという証明をするかのように存外に大きな欠伸をする遠見。かなり眠そうにしていて心なしか目元にも隈があるような気もする。
普段は俺が登校する時間よりも早い段階で学校には着いていて見た目よりも真面目な部分があるコイツが、この時間に登校しているという珍しい事態が『遅くまで話し合っていた』という事実を何より補完していた。
「……本当そうだな、そんなに話し込んで、何か策が?」
「えっと……まぁ、一応な。それらしいことは決まったけど、具体的にどうかってのはまだだ。それに、多分黒谷が一番動かなきゃいけないと思う」
少し声を落として言う遠見は少し憂いているようにも感じる。考えなくとも、それが俺に関することなんだと嫌でも分かってしまう。
コイツはなるべく、俺に頼りたくはないはずだ。
俺がどういう人間なのか、先週に嫌という程経験したのだから。
「……別に、構いやしない。今投げたら妹にこっ酷く怒られそうだしな」
「え、いいのか!?」
遠見は眠気が吹っ飛ぶような勢いでこちらに身を乗り出して驚き、目をぱちくりさせて瞬きを繰り返す。正に信じられない物を見て聞いたかのような態度である。
まあ、それも無理ないだろう。
まして普段の俺を知るコイツは、決してこういった人間関係の問題解決に協力的な姿勢を見るのはさぞ新鮮なはずだ。
「乗りかかった船というのもあるが、……まぁ、丁度いい機会だと思っただけだ」
「……そっか。素直に嬉しいや」
そう言ってはにかむ遠見のことが、今は少し眩しく感じる。
あぁコイツはやはりどこまでいってもこうなのだろう、と。そうまるで小説や漫画の主人公の様な性格をした遠見のことが――――――。
あぁ、そうか。
そういうことか。
「フっ、はは……」
「? どうした急に」
「………なんでもねぇよ」
やっと、何故俺自身遠見と距離を置かないのか。その理由がようやく分かった気がした。
本当に、なんでもないことだ。
「それで、具体的にどうする? 原因はどっちもどっち、話し合いをさせようにも片方、又は両方とも拒否するだろ」
「確かに、事の問題点はそれだ。だから俺も塚野も散々話し合ったさ、二人の問題を解決するにはどうしたら正解なんだろうって。それで、出した結論は二つだ」
続けて遠見は数字の一を表すようにして指を一本立てて説明を開始した。
「まず一つ目、単純に二人、若しくは一人を説得して誤解を解きつつ仲介をすること。こっちは一番理想的でかつ一番現実的じゃないやり方だ。問題点としてまず説得に応じさせることが難しい事、それと二人の『誤解』している部分。……無いとは思うけどそれがもし『誤解』じゃないとしたらもう二人の仲直りができないってところかな」
少し間を置いて、数字の二を表すように二本目の指を立てる。
「二つ目、場を整えて二人が理解しあえる場を整えること。こっちは一つ目と違って、色々準備が必要だし時間もかかる。一番現実的で理想的じゃないやり方だ。まぁこっちもこっちで、まずどうやって場を整えるのかってのが問題で、そもそも理解しあえる様な仲なのかってのも問題だ」
手をおろし、説明を終えたことを遠見は暗に告げる。つまり、塚野と長時間話し合った結果以上の二つが候補に出た。そしてそれを延々と考え続け、話し合い、二人の性格も踏まえてどうすれば一番いい方向に行けるかを探った。
その過程でこれら以外のアイデアだって湧いたのだろうが、遠見は敢えてこの二つしか提示していない。それはイコールして、結果的にこの二つが一番効果的なのだと判断してのことだろう。でなければ、さっさと俺に指示を出すはずなのだから。
「まぁどれも一長一短で俺と塚野じゃ決めきれなかったからさ、黒谷に聞いてもらって決めて貰おうと思った訳だ」
十中八九、嘘だろう。
結論は出ていないにせよ、恐らく意図的に二つに絞った。そしてこの結論を他ならない俺自身に委ねるつもりだった。
言うなれば、遠見は最初から――――――昨日塚野と話している時点で俺を巻き込みたかった。この二つの内のどちらかを選択した時点で俺は『協力』すると明言した以上その全ての道筋、解決までの道筋を三人で話し合って決める必要があるからだ。
遠見が何を考えてこの選択を俺に委ねたのかは知る由もないし聞く気も無い。もしかすると遠見はこんなことまで考えておらず、普通に、一つに決めきれないモノを決める為に俺に聞いただけなのかもしれない。
だが、俺は嘘だと認識した。
遠見の行動には絶対に意味があるのだと、そう感じた。
だが、俺は俺自身の考えを否定しない。答えよりも先にその考えをまず探り出すこの行為を、俺はとてもあさましい行為だと至極当然に認識するが、かといって、俺はこれが間違っているとは思わない。
思う所が無い訳じゃない。だが、どうしても俺は先に考えるのだ。
その人の行動は、一体何の意味を以て成された結果なんだろう、と。
疑って、探って、裏打ちされた『狙い』を延々と訝しげに観察し警戒する。
「フゥー……」
紅葉曰く、俺の悪い癖だ。
だから昨日もあんなことを言ったのだろう。
優しい? これのどこが優しいと言うのだろうか。
こんなにも、俺の心は相手への打算に満ちているというのに。
「それで、どうする黒谷?」
「あっ、……ああ、そうだな……」
遠見の声で、ふと我に返る。
また、くだらない方向に考えを巡らせていた。必要ないことだというのに、それがある度に俺は思考を巡らせる。
人間関係。
俺がシロの『神託』で問題を解決することよりも厄介なそれに、俺はいつまでこうしているのだろうか。
「まぁ、明日には決める。取りあえず俺の方でも静城と朝野の現状は……できるだけ確認する」
「……そっか。それもそうだな、俺と塚野だけで話が進んでもどうしようもないしな。やるんなら三人で、きちんと共有するべきだ」
そう言うと遠見は何を思ったのか走り出す。
「なら、先行ってるからじっくり考えておいてくれよ?」
その言葉を最後に、俺が引き留める間もなく学校の方へと走り去る。
……気を、使わせたのだろうか。
確かに、俺は人と一緒に何かを考えて結論を導き出す、何てことは苦手中の苦手だと言える。
まず人の相談すら満足に受けられない人間にどうしてそんなことができようか。
もしそういったことが出来れば、俺はもう少し人付き合いというものに折り合いが付けれていただろう。
それこそ、遠見の様なポジションを確立していた可能性だってあるのだから。
けれどもやはりこういう場合は一人考え込んで潔い結論を出す方が俺の性に合っている。
◆◆◆◆
キーンコーンカーンコーン……。
「ぶはぁテスト終わったーー……」
三限目『能力学』、苦手教科を挙げろと言われて真っ先に答える教科がコレだ。
他の科目はいい、対して興味は無くとも理解さえできれば必要性など度外視で面と向かえる。
だが、俺にとって『能力学』は例外だった。
本当に、興味がない。というか湧かない。
何せ俺は中学二年まで無能力者として生きてきた人間であり、それまで完全に必要のないものとして切り捨ててきたものだからだ。
故に俺は高校生にして、他の能力者である同級生でも知っている『常識』の様に固まった概念を、ほぼ一から頭に入れ直さなければならなくなった。
そんなこんなでそういった事情やら何やらが絡まり、遂には俺のやる気が十二分に削がれるに至った唯一の科目と言っていいものだ。
そのテストの終わりを以て、今回の中間テストも終わりを告げた。
「実に……辛い戦いだった……」
「いやお前能力学苦手過ぎるだろ! 金曜日の成果はどうした!?」
「これでも良くできた方だ、いつもなら赤点すれすれの綱渡りだからな。今回は金曜のこともあって平均点くらいは取れそうだ」
「だからって能力学についてはほとんど社会の歴史と同じじゃねぇか。保健の小テスト並だぞ」
「うるせぇ、俺にとっては能力学は覚えることが多すぎんだよ」
「今までのしわ寄せが来ただろ、大げさに言うなよ」
「黒谷、そろそろ皆準備に入るらしいから、俺達は別室で作戦会議しようぜ」
遠見と話していると、まるで今までも喋っていたかのように超自然的に割って入ってきたのは、我らが三組の希望、一条駆だった。その後ろには今回のクラス対抗戦のメンバー三人。
遂に、俺を除く四人が昨日作戦会議で何を話し合っていたのかを聞く時が来てしまったのだ。
「あ、ああ。わかった」
「よし、これで全員揃って話し合いができる」
実に嬉しそうに、我がクラスのリーダーはそう言った。
その考えは果たして、まともか否か、それがこの後分かってしまう。
「じゃあ黒谷、また後でな。あの話はこっちでもやっておくよ」
「ああ、こっちもやるからそっちも頼んだ」
そう言って、遠見も行動を開始する。
さしあたって、この面倒事の解決のために。
テスト合間の休み時間、結局この時に決められなかった俺は取りあえず遠見に二人の様子見を提案した。
勿論様子見と言っても、二人が自然的に解決する事に賭けた訳じゃない。取りあえず二人が今どんな状態なのか、それをまず観察しなければ、その解決策を練ることもままならない。そういった事情で俺の方は静城を、遠見と塚野は朝野の方の様子を観察することにしたのだ。
とは言っても、俺の方は観察すらままならない状態になりそうだが……。
「なあ一条、作戦会議っつっても、何処でやるんだ? 教室はどこも明日の準備で使えないだろ?」
「いやそうでもないよ。準備とはいっても、まだ手を付けれない場所はある。だから、ひとまずそこを借りる」
「そうそう、まぁ俺達も準備はした方がいいけど、優先度的に後回しになってる音楽室とかでぱぱっと話し合ってついでにそこの片付けもすれば、一石二鳥っしょ!」
軽そうに言ったのは田辺章。名前は知ってるがその能力までは知らない、よく一条とつるんでる奴といった印象を受ける奴だ。
顔立ち含めてあまりパッとしないが、その順位は確か百四十位くらいだったはず。戦力としてはまあ十分だろう。
「まぁそんな簡単にいかないと思うけどね」
「あはは、そうだね。まぁ話し合いが早く終われば準備も早く終わるだろうし、移動しよっか」
菱田の言葉に一条は頷くと、さっさと移動を開始した。
俺もそれに続いて後を追う。
はてさて、三組最高位の作戦会議とやらを見せてもらおうじゃないか。
お手並み拝見だ。
◆◆◆◆
「はぁ……」
正午を少し過ぎた頃、俺を含む三組の対抗戦メンバー五人は音楽室……ではなく、視聴覚室で五人机を輪にする形で弁当を広げ昼を過ごしていた。勿論作戦会議もここで行う。らしい。
俺達が音楽室ではなく視聴覚室にいる理由は、単に音楽室がもう使われたいたからだ。その使っていたのは俺達と同じく対抗戦に参加する他のクラスだった。
そのクラスは一組。普通に作戦会議してた場面に出くわしてしまったが、一条の巧みな話術……というよりコミュ力により事なきを得た。
やはり一条は他人とのコミュニケーション能力が気持ち悪いくらい高いと思う。
それはそれとして、俺達は今現在、昼食がてら昨日話し合ったことの復習をしていた。俺にとっては初めて聞くことだが、他の四人にとっては復習だ。
無駄に思うかもしれないが、一度リセットした頭のスイッチを入れる意味で俺以外には有効だとは思う。勉強でも、復習が大事なように。
「それで、俺達が今回狙うのは当然あの静城風香だけど、そこまでがっつきはしない。基本は無理に仕掛けず、静城さんを狙ってきた他のクラスを狙っていく形だ。方針としては漁夫の利だね」
その考えは俺でも納得できる理由だった。
制限はあると言っても、標的はあの静城。考えなしに突撃すれば確実に無力化されるに決まっている。
それを危惧しての事かはわからないが、方針としては決して間違いではないように思える。
「それじゃ次は能力の確認だ。俺は<高速移動>で、篠原は<凍化>、田辺は<衝撃>に菱田は<犬化>で黒谷が確か<能力コピー>……だっけ?」
「ちょっと待って一条君、私<獣化>だからね!? <犬化>じゃないよ!?」
「はははっ、悪い悪い。でも犬になるのは変わらないだろう?」
「そうだけどさー……」
不服そうに拗ねる菱田にもう一言一条はごめんと謝ると次は俺の方を向いた。
「そういや黒谷ってコピーした能力って今使えるのか? <能力コピー>と言ってもその辺は色々あるだろ」
「ああ、確かに気になるな。今使えるんならその種類とか」
一条の声に反応したのは田辺だった。
そしてその言葉に興味を示したのか、菱田どころか会話に参加していなかった篠原すらもこっちを見てくる。
この時点で俺には拒否できなかった。
菱田と篠原の期待の眼差しを無下にできるほど、俺は悪人じゃない。……悪人じゃない。
「まぁ、使える。今までコピーしてきた能力は結構あって、遠見の能力とか、一条の能力とかそういう使える能力中心にコピーしてきたと思う」
「へぇ、俺の能力まで! そうか……そうなると、黒谷の役割も結構変わって来るな……。正直言うと作戦の概要自体は決まってたから、後は全員の役割をどうしようか迷ってたんだ。遠見の能力をコピーしてる黒谷がいれば、安全に周囲の様子を観察できるって訳だから、結構強みになるな」
「確かに。ねえ、他の能力って何持ってんの? あ、そういえば静城さんの能力をコピーできたって前に遠見が言ってたっけ……」
俺の言葉を聞いて感心したのか、全員の役割について考え始めたようだ。この中で一番順位が上ということもあって、勝つ意識みたいなものが一番高いように思える。それに、どうもこの場にいる全員の力で大きな目標を達成したいご様子。
俺じゃ考えられない程のやる気を前に、俺はただ感心するばかりである。
そしてそれを聞いて更に感心を強めたのは篠原だった。
篠原千冬、確か彼女のフルネームはそんな感じだった気がする。
遠見や塚野からすればクラスメイトの本名すら記憶にないとか流石にどうかと思うだろうが、生憎クラスメイト全員と仲良くできるようなできた人間じゃない。俺にできるのは精々目立たないように、波風が立たないようにのらりくらりと、話しかけられたのなら相応に返し、来ないのならこっちもわざわざ行こうとはしない。
正に鏡写し。
単純な話、篠原は俺と好んで関わろうとはしなかった人間だった。ということだ。
その辺り、田辺も同じような感じだ。
「他……<振動操作>とか、<影操作>とか」
「へぇ、確か<振動操作>って去年の日本マッチでベスト十六に入った子の能力だっけ。よくコピーできたね」
「……まあな」
「凄いよ黒谷君! どの能力も強いのばっかり、これは今回の対抗戦いいとこまでいけるんじゃない!?」
「あー……あるかもね。今回遠見がいないから状況把握辛そうとか思ってたけど、黒谷が同じことできるし心配しなくてよくなったから」
「おぉ、黒谷もあの静城風香と同じ<空間操作>持ってるし、ハンデもあるから勝てんじゃねえの!!?」
静城に勝つ、ね。
田辺の何気ない言葉に、俺は静かに一人呆れる。多分田辺の抱える欠点だろう。
田辺は物事を軽んじる傾向にある。
大体こうすればどうにかなるんじゃないか、という曖昧なものを信じる……よく言えば純粋な奴なんだろう。
「勿論、最終目的はソレだ。だから、その勝率がもっともっと高くなるよう、今から作戦会議って訳だ。黒谷は昨日いなかったけど、概要は決まってるから後は誰がどういう役割を担うか、全うできるかが勝負だ」
一条の言葉により、今さっきまで軽々しい態度であった田辺もしっかりとした表情に引き締まる。
その頃にはもう、全員があらかた昼食を食べ終えていた。
「よし、じゃあ弁当とか片付けて作戦会議だ」
「よっしゃ!」
その言葉に異を唱えるものはおらず、皆せっせと片付ける。
その手腕に、俺は確信する。
一条駆は、有能だと。
それから少しして、全員が片付け終わる。
席順は変わらず、輪になるような形で向かい合っているが、唯一変わる所として一条が黒板に向かってチョークを走らせている点だろう。
その内容は、静城を中心に偵察組と攻撃組に分かれ、基本は五人全員で動きつつ静城の引っ付き虫となり、静城を目当てとする他クラスが来たところに不意打ちをかまして俺達の手柄にしよう、という作戦概要だった。
「じゃ、決めちゃおうか。この中で即行動で攻撃できるのは?」
書き上げた後、早速一条が全員に向けて言葉を投げると、一人を除いた全員が手を上げる。
当然、俺は上げてる。何せやろうと思えば<空間操作>なり、<高速移動>なり、<振動操作>と、パッと出てくるだけでこんなにも凶悪な能力を発動することが可能なのだから。
その辺りの実力に関して、今嘘をついてバレた時に余計な衝突を生むよりも、正直になった方がむしろ楽でありやりやすい。
上げなかったのは、菱田だ。
「俺も含めて五人中四人か。菱田はあれかな? 変身する時間が必要だから?」
「うん、そうだね。ちょっとだけ時間がいるから即行動とはいかないかな。あっでも五感は別だよ。聴覚と嗅覚は特に、他の部位より早く変身できるよ」
「なるほど……じゃあ菱田は偵察側が適当かな」
「なら、俺も偵察側でいいか? 菱田が感知して俺が確認すればより正確になるし、攻撃組も楽になるだろ」
ハッキリ言おう。俺は楽をしに行った。
当然だ。俺は望んで対抗戦に参加する訳じゃないのだから。
「あー確かにな。でも、黒谷の持ってる能力は凄く使えるから、いざって時の戦力ってことでいいかな? 俺達が危なくなった時でもいいから攻撃組に混ざって欲しいんだよ」
一条の判断は妥当だった。
俺の意見もしっかりと取り入れつつ、俺と言う人材をしっかりと使うための交渉を忘れない。こうなっては、俺が何か反論をしても、仲のいい田辺あたりに問い詰められるのが関の山だ。
故に引き際はここだろう。
偵察組で後ろにいればいいし、攻撃組の状況が悪くなれば俺が助力に入ればいいから十分楽な役割だと言えるだろう。
「それでいいよ。文句ない」
「よし、決まり。他はどうする? 偵察と攻撃で分けたけど、別にこれがあった方が良さそうって言うならどんどん取り入れるし」
一条はそう言うが、この作戦概要自体はこれ以上ない程単純化しており、理解しやすく実行する時にも迷わずに済むので作戦を聞く立場からすると口を出す隙間がないのだ。
「……じゃあ、攻撃組に手順をつけない? 例えば、他クラスを見つけていざ攻撃するとして、最初に攻撃する人、次に攻撃する人、また次に攻撃する人を決めておくとか」
それを言ったのは篠原だった。
俺はこれに素直に驚いていた。何せ篠原はこの単純化された作戦を更に細分化してみせたのだから。
だが、よく考えてみれば確かにこの作戦には攻撃と偵察の主に二つの役割しかない。
言ってしまえば大雑把だと言えるのだ。
だからこそ、その中でも明確な役割を持たせようとのことだろう。
「いいねそれ。………じゃあ、こうしようか。他クラスの奴らを見つけたらまず篠原が<凍化>で動きを封じて、俺か田辺が攻撃する、でどうだ?」
「ああ……確かにそれならスッゲェ速攻ができるから楽に倒せそうだな」
「決まりだな」
そう言って一条はまたチョークを使って段々と図を完成させていく。
篠原、田辺、一条の順で番号が振られていることから、恐らくあれが攻撃する順番だろう。
そんなことを考えていると、クイクイと、右腕の制服の裾を引っ張られる感覚がした。
見ると、菱田が俺の方を向いていて、俺が気づいたとみるとまるで内緒話をするように手を口元に当て、少し体を寄せてくる。とはいっても物理的にくっつく程ではないのでまぁ問題は無い。
「えっと、私達はどうする? 黒谷君が先に<千里眼>でみる?」
どうやら小さい声で話したかったらしい。
俺は菱田の行動に疑問を持ちつつも、菱田の様に身を乗り出す訳でもなく同じように菱田に聞こえるような小さな声で答える。
「先に菱田が耳で聞いてくれ。俺が全体を見てたら見落としかねないから、菱田が先に聞いて次に俺が目で見た方が効率良いと思う」
「そっか、わかった」
そう頷くと同時に菱田は手をおろし元の位置に戻る。
何がしたかったのかは謎である。
「なにしてたの?」
「別になんでもないよ、黒谷君と話してただけ」
「ふーん」
篠原は菱田の隣で気になったのか声を掛けるが、菱田の言葉にそれ以上の追及をやめた。
頬杖をつきながら、そんな場面を見る。
何となく、それが不思議と綺麗なものに見えた。
菱田と篠原の間に、見えない糸みたいなもので繋がれていて、信頼し合っているような、そういう感じだ。
「よし、だいたい決まったな。意外とすっぱりと決まってよかったよ。後は明日がどうなるか、だな」
作戦が決まり、役割が決まった。
それによって他の四人のやる気、士気も上がっていく。それぞれに想像を膨らましているだろう。明日はこうしてやろうとか、こうされたら弱いからこれは頼もうとか。四人それぞれ対策であったり、戦術であったりを頭で回していたりするだろう。
だが、俺が考えるのはただ一つだ。
静城について。
俺がこの対抗戦に参加する理由は正直ない。順位を上げようとは思わないし、実力を示そうとは思わない。
俺にとっては面倒な行事でしかない。
だが、静城が俺達の話、塚野の相談を解決ができないというなら、どっちを選ぶにしろ対抗戦は説得の材料にできると考えれば、その面倒も少しは緩和されそうではある。
明日は、皆待ちに待ったクラス対抗戦だ。
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