空の極み(2024年編集)
~ 八月五日、警視庁捜査一課 ~
「警部、例の金庫なのですが、梶木が掘った側で見つかりました。今、捜査二課で解錠しています」
(………)
「暗証番号は、おそらく、6475だよ」
山川が、腕を組んで、不思議がる。
「何故、分かるのですか?自分には、何が何だか」
「今までの暗号は、十六進数で、場所を示すものだった。それらを集めて、場所は特定出来ても、金庫の解錠を示すものではないんだ」
「はあ、その通りです」
「大抵、金庫は、四文字のダイヤル数字だ。では、何故、暗号を持ち寄らないと解けないのか。分かるかい?」
(………)
「全く、見当もつきません」
「各暗号の英文字の数だよ、単純に。はじめが、六文字。次に四文字。次に七文字。最後の佐野コードは、五文字だったからね。場所を示しつつ、文字数を合わせる事で、はじめて解錠出来る。実に、面白い手法だった。捜査二課に行って、確認してきてくれ」
「はい、では行ってきます」
~ 五分後、捜査一課 ~
「警部、お見事です。中身も、無事に確認出来ました」
「それは良かった。…これで、本当に決着したね。梶木にも、聞かせたかったな」
「……はい。しかし、梶木は、自殺で良かったんですよ。遺書も出てきましたし」
(遺書?)
「梶木は、はじめから、死を覚悟していた。…どういう事だ?」
「佐野の犯行を途中で気付き、諌めるつもりで、当初は、声を掛けたみたいなのですが、佐野の狼狽ぶりを見て、態度が急変したようです。大金を手にする欲望と、上司を束縛している支配欲に、完全に自分を見失って、暴走したと。『行き着くところは、自殺する事である』と、書かれていました」
「………悲しい結末だね。十年前の強奪事件が、時を経て解決するには、余りにも多くの血が流れてしまった。後継者になるべき、若い芽も潰れてしまい、金だけが残ってしまった。正義を貫くには、…まだ程遠いな」
「四ヶ月の間に、田中、杉山、橋本、佐野、池田、そして梶木。六名もの、助かったかも知れない命を、失ってしまいました。この事は、恥として、戒めなければなりません」
「そうだね。新たな被害者が出る前に、捜査力をつけて行こう。死んだ仲間の為にもね」
佐久間は、明日への捜査発展を心に誓い、警視総監に、今回の事件について上申した。
佐久間の提案で、警視庁全捜査官対象に、一連の事件経過報告と、『捜査官とは、どうあるべきか?』のコンプライアンスについて、捜査の透明性確保を見直す事になったのである。
~ 警視庁、屋上 ~
(池田、お前の死を無駄にしない為にも、これからは、後継者を育てていくよ。勿論、一番弟子の枠は、お前だから、永久欠番だ)
山川が、コーヒーを運んでくる。
「警部、お待たせしました」
「ありがとう、山さん。……それにしても、空が低くなってきた。もう、夏も終わりだね」
「池田、どの辺にいるんでしょうね?」
「空の極みにいると思うよ。あいつは、正義感が強いから、いつまでも見守ってくれていると信じて、明日からの捜査に、備えよう」
「そうですね。ところで、警部。今日、一杯どうです?」
「良いね、科捜研の氏原にも、声を掛けよう」
山川は、喜んで、捜査一課に戻っていく。
佐久間も、山川の背を追って、屋上から屋内に入るところで、振り返って、空を仰いだ。
「池田、……またな」




