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日記の片鱗(2024年編集)

 ~ さいたま市大宮区桜木町 ~


 捜査一課による、橋本莉奈の家宅捜査が始まった。


 部屋は、一見整頓されているが、佐久間は、妙な違和感を覚えた。


「警部、どう思われますか?」


(………)


 ほんの僅かであるが、書籍の棚が、煩雑になっている。日記類が、第三者が雑に頁を(めく)った形跡があり、所々が折れ曲がっている。


(犯人も、おそらく、手掛かりを探したのだろう)


 佐久間は、そのまま、日記に目を通す事にした。犯行を臭わす文章は無いが、目につく部分が見つかった。


(十一月三日。田中が、久しぶりに会いに来た。羽鳥と結婚する事を知って、慌ててきたみたい。田中は、自分との関係をバラされたくなかったら、結婚しても、愛人になる様に脅してきた。それが嫌なら、『口止め料を払え』と言った。本当に、人として最低な男。あんただって、妻子あるくせにと思いながら、その場は我慢して、抱かれる事にした。元彼との関係も、これが最後。…我慢、我慢だ)


(三月二十四日。杉山と犯行を練った。あいつは、当然知らない。…バレたら怖い。あいつにも、声を掛けておこうと、杉山に提案したが、却下された。私に残された選択は、杉山につくしかない。羽鳥には悪いけれど、もう前に進む事しか、私が生き残る道は、無いのだから)


(四月十八日。田中、羽鳥とお別れ。今日から、杉山が私の男。杉山に抱かれ、私の中で何かが終わった。…とことん、自分が情け無い。失って分かった。私は、羽鳥を本気で愛していたと。…でも、もう戻れない。許されるなら、今直ぐ、彼の元に飛んでいきたいのに)


(六月二十五日。杉山が死んだ事を、ニュースで知った。次は、私だ。もう警察に自首して、匿って貰おうか?それとも、羽鳥に本当の事を話して、一緒に逃げようか?…いや、ダメだ。折角、羽鳥と縁が切れたのに、今戻ったら、巻沿いを食らって、羽鳥まで一緒に消されてしまう。こうなったら、是非もない。あの場所で、金庫を奪って逃げよう。…そうでないと、人生に負ける。負けて暮らすのは、絶対にイヤ)



 日記は、ここで終わっていた。



「破かれた頁があるな。犯人(ホシ)は、この頁を持っていったのか?」


「他も捜索しましょう。貴重品や通帳は、そのままの様です。少しだけ、お待ちください」



 ~ 二十分後 ~


「警部、これを見てください」


 山川は、引き出しの奥を探り、家計簿に挟まっている、日記の片鱗を見つけた。


『野田の取り分は、七千。港区の取り分は、三千。田中、杉山、橋本、佐野にて分配』


(どちらも、中央銀行で決まりだな)


「間違いないね。先程の破かれた頁だ。身の危険を感じた橋本莉奈が、家計簿に隠したんだろう。…なかなか考えたね。だがこれで、佐野の関与が確定してしまったな」


「自分としては、まだ認めたくないですが、誰かに嵌められている事は、ないのでしょうか?」


「可能性は低いだろう。それよりも、山さん、耳を貸してくれ」


「ボソボソボソ…」


(------!)


 山川は、驚きを隠せない。


「本気ですか?…かなりの賭けですよ。しかし、いつから、そんな事を考えていたのですか?」


「ふふふ、お尋ねは愚だよ、山さん」



 ~ 家宅捜査開始から、二時間が経過 ~


「よし、この辺で良いだろう。引き揚げよう」


 佐久間の号令で、家宅捜査は終了した。頃合いを見計らって、梶木に電話を入れる。


「どうだ、佐野の動きは?」


 梶木は、佐野の死角に移動すると、小声で返事をした。


「朝から、挙動が不審です。しきりに、捜査一課の捜査状況を探っています」


「そうだろうな。梶木(お前)に、頼みがある。佐野に、偽情報を流してくれ。『橋本莉奈が襲撃された場所付近で、野田警察署が、金庫の様なものを発見。その場で開封を試みるか、公的機関に解除を依頼するか、警視庁捜査一課と連絡を取っている模様』とな」


(------!)


「大丈夫ですか?もし、佐野が追っているものが、金庫じゃなければ、『偽情報で泳がされている』と、勘ぐられますよ?」


「大丈夫だよ。この偽情報に、必ず佐野は食いつく。現場に呼び出した佐野を、野田市(そこ)で、確保する。佐野も、同僚達(みんな)の前で、恥をかくこともない。…せめてもの、情けだよ。あくまでも、秘密裏に、現行犯逮捕したいから、誰にも聞かれない様に、細心の注意を払って演技してくれ」


 梶木は、一度、佐野の様子を確認して、腹を括った。


「大一番の勝負、承ります」


 山川も、電話越しに状況を理解し、心配を隠せない。


「本当に、乗ってきますでしょうか?…かなり、危険な賭けですが?」


「大丈夫だよ。橋本の暗号は、捜査一課が握っている。橋本が、何故、あの場所で死んだのかを考えると、付近の公園に、『金の隠し場所がある』と、考えるのが妥当だ。別のやり方を考えてみたところで、身柄確保しても、佐野は、口を割らんだろう。金の所在と身柄確保を、同時に解決するには、これが、上策だと思うよ」


 山川も、腹を括った様だ。


「警部を信じます。私の方も、警部に言われた通り、段取りを開始します」


「ああ、頼んだよ」



 ~ 同時刻、警視庁捜査二課 ~


 梶木は、捜査状況を確認している佐野に、佐久間からの情報を、メモで伝えた。


「……だそうです。解除方法の相談が、間もなく、捜査一課から来るでしょう」


(------!)


「この話は、誰かに話しましたか?」


「いいえ、管理者権限(アドミニストレーター)を持つ、佐野さんだけです」


 佐野は、満面の笑みを浮かべる。


「中々、捜査というものが、分かってきましたね。…梶木()の成長を、嬉しく思います。少しだけ、外出する事が出来たので、戻りは、十四時頃にしておいてください」


「承知しました。お気を付けて」


 佐野は、静かに、捜査二課を出て行った。

 

 佐久間の思惑に、佐野が、『まんまと乗った』瞬間である。


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