突き抜ける慟哭(2024年編集)
~ 十二時十分、野田市みずき二丁目 みずき公園 ~
佐久間は、単身、橋本莉奈が襲撃された現場付近にいる。
佐野は、必ず自分の前に現れる。
そう信じて、疑わなかった。
佐久間が、四本目のタバコに火をつけた時、一台のバイクが、目の前で止まる。
「脱帽です。こうも簡単に、行動を読まれるとは。…初めから、分かっていたのですか?」
フルフェイスを取った佐野が、重要参考人として、現れた瞬間である。
「…刑事だからな。ここでなら、駆け引きなしの、本音で話せるだろう?」
(………)
「正直過ぎますよ。これでは、話すしかないじゃないですか」
「まあ、座って話そうぜ」
二人は、側のベンチに腰を下ろした。
「先程の答えだがね、暗号の解読を依頼した時に、佐野は、アッサリと解読してみせただろう?十六進数に長けた捜査二課なら、誰でもお手の物だろう。だが、暗号を解いた時に、食い入るように見つめる姿が、妙に引っ掛かってな」
「捜査に興味が出るのは、刑事の性ですよ。おかしくはない。それだけで、見破ったと?」
「いや、『それだけ』じゃ、無理だよ。居酒屋で熊谷と飲んだ時に、疑念が濃くなった。杉山と橋本の件では、捜査一課の捜査が届く直前で、煙に巻かれたからな。捜査状況を把握出来て、捜査妨害出来る者。…つまり、管理者権限を持つ佐野しかいない」
佐野は、佐久間に差し出された、タバコに火をつけると、溜息をついた。
「…全く、佐久間警部という人は。……お見事です。流石は、警視庁一の敏腕刑事。佐久間警部の仰る通りですよ。田中大介は、杉山京介と橋本莉奈が、共謀して殺害。リーダーの自分は、奴らを赦せず、粛清に踏み切った。…これが、真実です」
(………)
「十年前の野田中央銀行、港区中央銀行の強奪犯行も、お前達の仕業だな?」
佐野は、静かに頷いた。
「その二件は、確かに、我々四名の仕業です。ここまで、捜査が進んだんです。今更、ジタバタしても仕方がないし、佐久間警部には、正直に打ち明けます。…逆に伺いたいのですが、何故、ピンポイントで見抜けたんですか?十年間、誰一人、この二件を関連付けて、見抜けた者はいませんでした。まあ、そうなる様に、あえて千葉県と東京都で、事件を起こしたんですが」
(………)
「たまたまだよ。野田警察署の刑事に、事件現場を案内されて、地理的条件を見た時に、三叉路の特徴が、酷似していたからね。脳裏に浮かんだ印象が、重なっただけだよ。自分が、銀行強盗するなら、自分に有利な地形を選ぶし、警察と知能戦を望むなら、あえて痕跡を残す。『ほら、この地形、どこかで見た事ないか?他の事件と連動しているぞ、分かっている?これは、挑戦状だぞ?』とね。完全犯罪を望むなら、それはしないが、『近からず遠からず』と言ったところだろう?」
(------!)
「仰る通り、正解です。この事件は、自分達には、それなりの大義があった。それに、完全犯罪では面白くない。心のどこかで、組織と知能戦をしてみたかった。しかし、それだけで、千葉県の現場と、都内の現場の条件を紐解くなんて、普通はあり得ないですよ。…でもそれは、捜査を重ねた結果の賜物という事になるし、正に、刑事の鏡だ」
「なあ佐野、お前の事だ。私が、何を尋ねたいか分かっていると思うが」
(………)
佐野は、しばらく目を閉じてから、ゆっくりと口を開いた。
「強奪した金。その事ですね?」
「唯一の救いは、まだ未使用という事だ。使わなかったのは、時効を狙ったからか?それだけでは、ないはずだ。厳格な約束事を設定し、時期を待つには何かあるはず。時間が経つ程、仲違いの危険性を取ってでも、それをしたのは何故だ?奪った直後に分配すれば、殺し合う事もあるまい?」
「時効を狙ったのは、事実です。でも、本当の狙いは、銀行の倒産ですよ。バブルがはじけて、倒産する銀行が出始めた。当時、盗んだ金は、全ての貨幣番号を、銀行側が記録していると考えました。時効を待ちつつ、銀行の倒産も待ち、貨幣番号が世に流れても、疑われない時期まで寝かそうと、グループ内で決めたんです。田中と橋本は猛反発しましたが、杉山と私が、力業で押し切りました」
(そうだったのか)
「それで、各自に暗号を与えたのか。十六進数を採用したのは、佐野の提案か?」
「その通りです。十六進数の変換表を一緒にして、全員に渡しました。それぞれが、暗証番号となるキーワードを持ち、他人には見せない。十年後の八月四日、十二時五十二分に、全員で金庫を開けて、山分けしようと。…もう間もなくですが」
「解除方法は、『分からずじまい』となった訳か?」
「…残念ながら。杉山の分は把握しました。田中と橋本の分は、捜査一課に押収されたので、解除方法は、永遠に分からずじまいです」
「本当にそうかな?」
佐久間は、ほくそ笑む。
「どういう意味です?」
「十六進数を配布し、パスワードを設定したとしても、ある固定の番号になる様に、佐野なら仕向ける事が可能だと思えてね。それが、佐野の技能だし、管理者権限の権限を持つ者の思考だと考えるのが、妥当だ」
佐野は、感嘆に近い溜息をついた。
「…見事過ぎて、言葉になりません。警部の仰る通り、設定は出来ました。でも、月日が経って、パスワードが集まって、万が一にも、自分が設定していたとバレたら、その場で、仲間から殺されます。…それに、当時は、本当に全員の仲が良くて、姑息な設定など不要だったんです。どちらかといえば、分配方法に一番拘ったのは、杉山ですよ」
(杉山京介が?)
「リーダー意見に、反発したと?」
「全体のリーダーは、私です。ですが、実行部隊としてのリーダーは、杉山になります。梅郷支店長の殺害も、実のところ、杉山の私怨でしたから」
「私怨?」
「はい。杉山は、十年前に、開業資金の相談を、野田中央銀行梅郷支店にしていました。資金調整が整う寸前で、支店長の鶴の一声で白紙となり、相当恨んでましたから。栄転話を聞きつけた杉山は、襲撃の時に、あえて射殺した。それが、真相です」
(何故、一名だけ。しかも、支店長だけが殺されたのか。これで、納得出来た)
「…全容解明まで、あと少しだ。最後に、金庫の隠し場所を話してくれないか?服役後に回収しようと企み、黙秘するか。弁護士と会うまで、黙秘するか。情状酌量を考え、自供するのか。決めるのは、佐野自身だ」
(------!)
「その発言には、正直驚きです。山川刑事なら、有無を言わさず、『吐け!』と言うでしょう」
「確かに、佐野は犯罪者だ。私も、立場上、山さんと同じ事を言わなければならない。しかし、この金庫は、グループの夢だったはずだ。仲間だって、かつては、仲良かったと聞いた。佐野だって、やむを得ず、約束事に則り、粛清したんじゃないのか?…それに、同じ組織、同じ釜の飯を食った仲間だ。『吐いて貰うのにも、礼儀は尽くすべきだ』と、個人的には思ってね。非情になり切れないよ、…刑事失格だ」
(………)
佐野の頬に、涙がつたう。
「佐久間警部、あなたって人は。…そんな刑事だから、皆が慕うのでしょうね。自分も、一緒に捜査したかった。……吐くしかありませんね」
佐野が立ち上がり、佐久間に歩みよった、次の瞬間。
「警部、伏せて!!!」
(------!)
(------!)
銃声が、四発鳴った。
周囲に、血吹雪が飛び散る。
「おい、佐野!!おい、池田!!」
発砲音と同時に、近くで待機していた池田が、咄嗟に飛び込んで、佐久間を庇った。
佐野と池田の両名とも、胸と頭部に被弾し、動かない。佐久間は、別の場所で待機している山川に、号令を掛け様とした時、発砲音に気が付いた山川と日下が、飛び込んで来た。
「池田!!」
「山さん、直ぐに犯人を追え!!日下は、救急車を手配しろ!!」
「分かりました。死ぬんじゃないぞ、池田!!!」
「直ぐに、呼びます!」
山川は、佐野のバイクに飛び乗ると、逃走車両の追跡を開始する。
「二人ともしっかりしろ。まだ逝くんじゃない!!」
「けっ、警部。かっ、金の在処は…」
「そんな話は後だ。…無理に話すな、死期を早める。じっとしていろ!!」
「わっ、私は、もうダメです。かっ、金は、こ…こではありません。し、しみず…こうえ…んに。やっ、やつに脅され、移しまし…た」
(------!)
「公園のどこだ?」
「あっ、あかい門のう、…うら」
佐野徳行は、最後に、佐久間に何かを訴える様に、生き絶えた。
(佐野!!!……池田は?助かるか?)
佐久間は、池田を抱きしめて、呼びかけ続ける。
「池田、しっかりしろ!!馬鹿野郎、私なんか、助けるんじゃない。お前の人生は、これからだ。上司より、先に逝く部下があるか。もう救急車が来る、それまで、何としても生きてくれ!!」
「けっ、警部。…よ、良かった。…わ、私は、け、…けいぶの一番のぶ、部下ですよ…ね?」
「……ああ。お前は、私の可愛い一番弟子だ!立派な後継者の池田警部だ!!」
(………)
「こう…けい…。うっ、うれし…い…です」
「池田!!!!!!!」
池田もまた、静かに、短い人生を終えた。
「ぬうううおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!」
佐久間の慟哭が、空を突き抜ける。
無情にも、救急車のサイレンが、遠くから聞こえてきた。




