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推理の先(2024年編集)

 ~ 六月二十三日、警視庁捜査一課 ~


 佐久間が、三人の身辺調査を開始してから、二週間が経過する頃には、杉山京介の生活実態が、徐々に明らかになってきた。杉山は、居住を三箇所に分けており、三日毎に、寝床を変えている。


「警部の仰る通り、きな臭い奴ですね」


「寝床を三箇所に分けるのは、何らかの危険回避だろう。税金対策なら、国税局(マルサ)が彷徨いているかもしれないし、極道(ヤクザ)と揉めているのなら、介入の余地があるね」


「国税局に聞いてみましょうか?」


「いや、組織が違うから、嫌みを言われるのがオチだ。それよりも、行動パターンから、内情を分析した方が早い。事件対象者(マルタイ)と言っても、まだ犯罪者だと断定出来ないからね」


 杉山の居住先は、店舗近くの渋谷区道玄坂マンション、渋谷区神宮前青山の、表参道から少し中に入った、閑静なアパート、目黒区自由が丘のマンションである。


「本拠地が分かりませんね。道玄坂のマンションと表参道のアパートでは、女の影がありますから、どちらかが、本命で間違いなさそうですが」


 山川は、各所に出入りする、杉山と女性の写真を見て、悩んでいる。


(………)


 佐久間は、写真の日時を確認する。


「自由が丘のマンションは、女性の姿はない。もう少し、粘ってみるしかないな」


「店舗近くの道玄坂マンションが、普通に考えて、生活と仕事の動線が、直結しています。表参道のアパートは、愛人との愛の巣かもしれません。自由が丘のマンションは、まだ目的というか、用途が不明です」


(………)


 佐久間は、住宅地図を広げると、杉山の行動パターンを予想してみる。


(道玄坂のマンションは、店を出る時間と帰宅時間が、整合が取れている。仕事を終えた杉山が、寝る為だけに帰っている感がある。自由が丘のマンションは、週に一回、多くても二回か)


「道玄坂マンションは、除外して良いだろう。一緒に写っている女性は、奥さんかな?」


「だと思います」


「表参道のアパートには、昼間・深夜問わず、不定期に行っているね。時間の合間に、行っている感じがするし、親密度が高そうだから、愛人っぽいね」


「この女性ですが、自由が丘のマンションにも、一度だけですが、昼間に立ち入ったと、日下から報告を受けています」


(ほう?)


「一度だけと言うのが、きな臭いね。自由が丘のマンションは、何かがありそうだ」


(………)


(………)


 佐久間は、左手で、顎先を撫でるように触った。


(愛人は、一度だけ出入りした。これは、何を意味するのか?)


「…もしかすると、伊藤奈緒美の潜伏先かもしれないぞ」


(------!)


家宅捜索(ガサ入れ)しますか?」


「それは、裁判所が許可しないよ。現段階では、結婚披露宴の報酬を滞納してるだけだし、民事裁判か刑事裁判かも、決まっていない。そもそも、形式上は、相談を受けた案件の調査だ」


「そう言われてみれば、そうでした。私とした事が、民事トラブルを忘れてました」



「警部、ちょっと宜しいですか?」



 捜査一課に、期待の新人、池田友憲が、息を切らせて戻ってきた。


 池田は、元探偵社員で、捜査権を行使したい為だけに、警視庁に転職した、異例の捜査官である。異色な経歴であるが、遮二無二構わず、捜査する姿勢を、佐久間は評価し、育てている。


「どうした、池田?」


「朗報です、繋がりました!」


(ほう?)


「お疲れさん、息が上がってるぞ。まあ、コーヒーでも飲んで、落ち着け」


 同僚に対して、あまり接しない山川も、池田の事は気に入っている。自分のアイスコーヒーを、池田に差し入れた。


 池田は、山川の気持ちを汲み取る事が出来ず、礼を言う前に、飲み干してしまった。


「…少しは、味わえよ、俺のコーヒーを」


(------!)


 山川が苦笑いすると、やっと、山川に想いに気が付いた様だ。


「すみません、せっかちなもんで。一刻も早く、警部にお伝えしようと、勝ち気が過ぎました」


「…それで、元探偵ならではの捜査力で、何を掴んできたんだ、ワトソンくん?」


 池田は、嬉しそうに口を開いた。


「実は、近藤将太が部屋を契約したのは、今年の三月なんですが、近藤の前に、()()()()が二年間住んでいました。しかも…」


(-------!)


「何だと!それで、結論は?」


「まあまあ、山さん。落ち着いて、話を最後まで聞こう。池田の手柄だ、察してやろう」


「申し訳ありません」


「池田、話の腰を折ってすまんな。話を続けてくれ」


「えーと、…そうだ。これは、大家情報なんですが、田中大介の部屋には、伊藤奈緒美が一緒に暮らしていたらしいです。最初は、『個人情報だから』と、口を閉ざしていたんですが、殺人事件の捜査に協力する様、お願いすると、口を開いてくれたんです」


「良くやった、お疲れさん。聞き込み開始の時に、ちゃんと、警察手帳は見せたか?」


「ええ、勿論です。…ですが、不審がられました。言葉に重みがないからでしょうか?」


(………)


「お前は、まだ若いからな。俺の様に、凄みを身に付けるこった」


「山さん、冗談はそのくらいにしておこう。思ったよりも早く、線で繋がったね。これで、伊藤と田中の関係性が見えた。伊藤と田中が、元恋人で、羽鳥の結婚披露宴の段取りを、杉山が代行した。当然、杉山は、田中の存在を知っている事になる」


「では、杉山京介を、田中大介殺害の事件対象者(マルタイ)として、正式に捜査出来ますね!」


 佐久間が、微笑しながら山川を見ると、山川も、佐久間の意図を察し、池田に問いかける。


「ああ、そうだ、ワトソンのお手柄だ。一つだけ、お前さんに尋ねよう。この展開から、ワトソンならどう動く?思いつきでも構わないから、言ってみなさい」


(………)


 池田は、しばらく考えたが、明確な答えが浮かばない。杉山を事件対象者として、任意で事情聴取する事は、考えるまでもない。刑事なら、誰でも思いつく事だ。


(思いつくとすれば、これくらいしかない)


「杉山京介に、任意同行を求めて、事情聴取し、自供させます」


「何を自供させるんだ?」


「えーと、伊藤と共謀して、田中を殺害した事をです」


「伊藤が見つからないのにか?自白すると思うか?」


(………)


「…三十点だ。なっ、山さん?」


「…ええ、そうですね。もう少し、考えてみろ」


(………)


(もう少しって、完落ちすれば、全て解決じゃないか?)


「浮かばないんです。杉山の身柄を確保したら、事件が前に進みます」


 佐久間は、ホワイトボードに書いた内容を、もう一度、池田に示す。


「近藤将太のアパートに、田中大介が住んでいた。田中は、現在の居住地に遺棄されたのではなく、()()()、この古巣で発見された。これは、何を意味する?」


「はあ。……正直、分かりません」


(まだまだの様だな)


「私だったら、こう考える。田中大介と伊藤奈緒美は、かつて、恋人同士として同棲していた。結婚披露宴に、田中が出席している事から、田中と伊藤の関係を、羽鳥慎吾は知らないだろう。杉山京介は、結婚披露宴には出席していないが、配役を雇ってまで、伊藤が失踪する手助けをした。…つまり、失踪のドタバタ劇で、周りが騒いでいる間に、田中を共謀して殺害したんだ。どこで殺害したかは、まだ明らかになっていないが、殺害を終えた二人は、近藤将太が帰宅するまでの間に、遺体を部屋に運んだ。ここまでは、理解出来るか?」


 池田は、ゆっくりと、頭を整理した。


「何となく、分かります」


「宜しい。では、続きを話そう。単純に、田中大介を殺害する為だけだったら、結婚披露宴の日でなくても、良いだろう?わざわざ危険を冒してまで、何故、この日で決行したのか?…この部分が、最大の謎なのだが、強行されてしまった。しかも、田中の現居住地ではなく、旧居住地に遺棄した。これは、何を意味するのか?」


「全くわかりません」

「…私も、そこまでは、分かりかねます」


 山川と池田が、顔を見合わせると、佐久間がほくそ笑む。


「思考を、()()()に飛ばすんだよ。部屋を指定して、遺棄するという事は、第三者に対して何かを示す、その部屋に負の意識がある、その部屋に秘密がある、の三択に絞られる。田中大介の現居住地は物色されず、旧居住地は物色された。これで、確定だよ。更に思考を進めよう、遺棄された部屋は、普通に考えると、どうなる?」


(-------!)

(-------!)


 山川は、神妙な面持ちで、何かを考え始めている。


「山さんは、分かったようだね。池田、お前はどうだ?」


「…山川さん、教えてください」


「この部屋は、事故物件になり、空き家になる。そうなれば、いつでも不法侵入して、物色出来る。それか、新たに部屋を借りて、堂々と探し物を見つける。…という事ですね?」


「その通りだ。だから、継続して、杉山の身辺を監視しつつ、近藤将太の部屋を張り込むんだ。おそらく、事故物件となった、空き部屋を見に来る客の中に、伊藤奈緒美がいるはずだ。…池田が最初に言った様に、現段階で、杉山の身柄確保を優先し、その事を伊藤が気付いたらどうなる?」


「捜査の手を逃れる為に、身を隠すと思われます」


「そうだ。だから、杉山・田中・伊藤の関係性が、繋がったからといって、浅はかに、身柄確保や任意聴取をする前に、余波を考えて、策を講じる。…刑事は、時には、直感で動く事も確かに必要だし、一分一秒を争う現場では、迷いは禁物だ。しかし、先見の明を磨き、逮捕までの絵図を描く事が出来れば、配置する捜査官数と、危険頻度が格段に軽減される。そんな刑事になれる様、期待している」


(何て、賢い人なんだ。これが、佐久間警部か)


「はい、ありがとうございます」


「山さん、杉山京介は、おそらく頭が切れる。既に後手になっているかもしれないが、不動産業者に問い合わせをしてくれ。池田は、近藤将太の予定を、大至急確認してくれ。引越しが完了しているなら、張り込み中の捜査官で、伊藤奈緒美が、部屋に侵入してくるところを確保だ。但し、不法侵入ではなく、客に扮して、下見に来る時は、営業妨害に抵触してしまうから、配慮してくれ。それと、手の空いた者は、杉山の動向を、監視する応援に回る様、伝えてくれ。佐久間からの指示だと、つけ加えてな」


「はい、分かりました」

「了解です」


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