佐久間のひらめき(2024年編集)
~ 六月二十四日、九時。東京都足立区 ~
昨夜遅く、不動産業者と連絡がついたので、佐久間は、時間前に訪れている。
「この時間なら、営業に支障しないと思いまして。詳しく事情を伺いたいのですが?」
「勿論、構いませんよ。ささっ、狭い所ですが」
河端健次郎は、佐久間を奥の部屋へ案内した。着席する前から、河端の溜息が漏れる。
「商売にならなくて、参っています。一刻も早く、犯人を捕まえ頂きたい。このままでは、他の住民まで、退去してしまいます。オーナーの廣瀬武志さんからも、文句が出てるんです。『何の為の、仲介会社だ!!損失は、不動産業者が払え』とね。捜査には、協力を惜しみませんから、とにかく、早期解決をお願いしますよ」
「ご協力、感謝します」
「それで、何から説明しましょうか?」
(………)
(………)
「あっ、どうぞお座りください。すみません、気が利かなくて」
空気を察したのか、河端は、席を勧める。
「事件後、あの部屋には、どの程度来客がありましたか?『二人組が、下見に来た』と仰っていたので」
「三組です。二組は、同じカップルですが」
(該当か?)
「それは、いつ頃の事でしょうか?」
「近藤さんの退去直後と、先週の火曜日だったと思います。二回目は、『ゆっくり見たいから』と、外で待たされましてね、『契約が決まるかも』と期待しましたが、結局、その日の契約にはなりませんでした。ひかやしも、良いところです」
(………)
(………)
「どの程度、そのカップルは、下見していましたか?」
「二十分です。あの間取りなら、普通なら、五分で終わるんですがね」
(警部?)
(ああ、怪しいな)
「それで、そのカップルは、何と言っていましたか?」
「…それが、『また来るから』と言って、帰っていきましたよ。二回も見たのだから、『借りてくれよ』と思いましたよ」
(………)
(………)
佐久間は、杉山京介と伊藤奈緒美の写真を、提示した。
「そのカップルは、この二人でしょうか?」
(------!)
河端は、老眼鏡を取り出すと、強く頷く。
「間違いありません」
「そうですか、ありがとうございます」
(該当だ)
「刑事さんが、写真を持っていると言う事は、この二人が犯人なんですか?」
河端が、戸惑いの表情を浮かべると、佐久間は、やんわりと答えた。
「明言は避けますが、事件関係者として、捜査している段階です。警察は、容疑者でなくとも、関係者の写真は所持しますから、口外はしないでください」
河端は、この言葉に、『何だ、犯人じゃないのか』の表情を浮かべる。
「この二人が犯人で、すぐ捕まれば、当社としても、オーナーに叱責されないのですが」
「オーナーは、どんな方なのですか?とても、怖そうな想像がつきますが?」
「廣瀬さんは、建物経営だけしている方ではありません。普通に勤めてますし、営業も掛け持ちをしているみたいで、何か問題が生じれば、直ぐに自分で動きます。これ以上の、住民流出は、流石にまずい。当社としても、補償を求められます」
(…これ以上?他にも、退所者が?)
「近藤将太さん以外にも、退去者が出ているのですか?」
河端は、残念そうに、頷いた。
「事故物件の隣室、…望月さんが、『殺人事件のせいで、これ以上住めないから、引越し代と迷惑料を補償しろ』と訴えられまして。色々と窘めたのですが、半ば強引に、退去していきました。事故物件は、人の目にもつきますし、良からぬ噂が立つ為、風評被害を避ける為にも、素早い対応と、解決が必要なんです」
(そういえば、近藤と一緒にいたな)
「そうだったんですね。ちなみに他の一組は、どの様な感じですか?」
「…霊愛好家ですよ。事故物件になると、家賃相場が崩れるので、低家賃の確保と、『霊と交信出来るかもしれない』と、期待を込めて、品定めするんです。不動産業者としては、空き室になるよりかは、満室を望むので、多少の出費は、目を瞑るしかありません」
(…きな臭いな)
今の発言に、違和感を覚えた佐久間は、釘を刺した。
「念の為、確認させてください。空き部屋は、契約の都度、防犯上の観点から、ドアノブの鍵は交換されるのですよね?先住民が、合い鍵を持っていて、実は侵入出来てしまう。その事実はないでしょうね?」
(------!)
河端の目が、途端に泳ぎ始める。
(この刑事は、まずいぞ。嫌な部分を突いてくる)
「鍵交換は、オーナーに一任していますので、全部は把握していません。…どうだったかな?何せ、古いアパートなので。…あっ、そろそろ、開店時間ですので、今日のところは、この辺で」
(…そういう事ね)
河端の反応から、この不動産業者が、『ずさんな管理体制をしている』と、察した佐久間は、これ以上の質問を避け、話を締めた。
「有益な情報、感謝します。写真の二人が、また来る事が考えられます。その際は、警視庁に、ご連絡ください。直ぐに、駆けつけます」
不動産業者を後にした佐久間は、捜査一課に一報を入れた。捜査一課では、山川が待機しており、今か今かと、佐久間からの電話を待っていた。
「もしもし、私だ。やはり、情報提供の二人組は、杉山と伊藤だったよ。あの部屋を、まだ物色している様だぞ。池田は、監視を継続しているかい?」
「ええ、継続中です。それよりも、杉山を監視中の別班から、連絡が入ったんですが…」
(………?)
「どうかしたのか?」
「それが、一向に外出しない様です。普段なら、とっくに、出勤する時間らしいのですが」
(……妙だな)
「もう一日だけ、様子を見よう。念の為、別の捜査官を、杉山の店に派遣して、店内の様子を探ってくれ。上手くいけば、不在の理由を聞けるかもしれないしね」
「はっ、直ちに、号令を掛けます」
~ 六月二十五日、東京都目黒区自由が丘 ~
杉山京介は、相変わらず、マンションから出てこない。
店を監視している捜査官からも、店員同士が、『店長と連絡がつかなくなった』と騒いでいると、連絡が入った事で、事態が動き出した。
佐久間は、万が一を考え、昨晩のうちに、捜査令状を裁判所より取っており、捜査一課に待機中の捜査官に指示を出す。
「これより、三十分後に、目黒区自由が丘マンションを家宅捜査する。待機中の捜査官は、五名程現地に来てくれ。念の為、鑑識官三名は、屋外で待機。渋谷区のマンション、店舗、表参道のアパートは、不測事態に備え、監視体制を維持してくれ。私と山さんは、体制が整うまで待機している」
~ 三十分後、東京都目黒区自由が丘 ~
「警部、全員揃いました。大家も、立ち会えます」
(…良し、捜索開始だ)
「チャイムを鳴らすぞ。反応がなければ、踏み込むぞ」
「ピンポーン」
「ピンポーン」
(………)
(………)
(………反応なし)
「仕方がない。これより、家宅捜索を開始する。大家さん、鍵を開けてください」
「はっ、はい」
大家がドアの鍵を解除すると、捜査員たちが一斉に踏み込んだ。土足のまま、リビングに入った瞬間、全員の足が止まった。
(-------!)
(-------!)
(-------!)
(ひいぃぃぃ)
(…間に合わなかったか)
杉山が、変わり果てた姿で、横たわっている。
(………)
「鑑識官、至急、上がってきてくれ。杉山京介の死亡を確認」
山川に、大家のケアを頼んだ佐久間は、まず、遺体の前で合掌する。
杉山京介は、誰に殺されたのか。
リビングの中央で、うつ伏せに倒れるも、苦悶の表情で、目線が廊下を見て、息絶えている。
(………苦しかっただろう)
鑑識官が合流し、瞬時に死因を特定する。
「頸動脈圧迫による、絞殺です。警部、念の為、他の要因が隠れていないか、検証します」
「ああ、よろしく頼むよ。伊藤の仕業なのか分からないが、伊藤を最重要参考人として、指名手配する方向に切り替えよう。………うん?………山さん、あれは、何だろう?」
リビング中央の、丸い小型テーブルには、飲みかけのワイングラスが、二つ残されている。そして、テーブルの足元に、メモが落ちている。
(これは、犯人が残したものか?それとも、偶然か?)
「ダイイングメッセージですかね?」
二人は、メモの中身を確認する。
○ 6e 61 66 61 6e 65
「英数字?何ですか、これは?」
「暗号らしいね。…どこかで、見た事があるな」
佐久間は、側にいる鑑識官に、後を託した。
「遺体の検証以外に、女性一人の力で犯行に至るのか、ワイングラスに毒物が付着していないか、他の痕跡がないかを、慎重に調べて欲しい。検証が済み次第、司法解剖に回してくれ。…山さん、我々は、近藤のアパートに向かおう」
(………?)
そこからの、佐久間の行動は素早かった。
山川は、半信半疑で、背を追いかける。
「警部、近藤のアパートに行って、一体、どうされるんですか?」
「時間が勝負だ。さっきのメモは、間違いなく、何かの暗号だ。私の感だが、近藤が住んでいた部屋のどこかに、同じ暗号が隠されている気がする。その暗号は、杉山と伊藤が、まだ探しきれていないもので、杉山が死んだ今、なり振り構わず、探しに来るだろう。池田に連絡して、大家と、部屋の入口で待機する様に伝えてくれ」
「分かりました、すぐ伝えます」
(間に合うか?不動産業者が、オーナー経由で、大家に連絡していたら、鍵交換されてしまうし、変に介入される前に、どうしても、警察組織が、回収するべきだ)
佐久間たちは、先を急ぐ。




