◆第四話:こんなエントリーは嫌だ
◆第四話:こんなエントリーは嫌だ
今までの話を簡単にまとめよう。
俺たちIT同好会の4人は、中学生ながらUSAで起きた評価ボード盗難事件にIT、とりわけハッキングの専門家として関わることになった。
んで、渡米してスナイパーに狙われたりして日本に帰ってきた。
ほんで、PWNCON CTFというハッカーの世界大会に出場することになった。
いじょ。
「PWNCON CTF知っている人~。」
俺は放課後の理科室で4人を前に問うた。4人、3人の間違いではない。4人。
「名前を知っている程度だな。」これ、かのえ君。
「僕は、大会とか興味ないから…」これ、さっちん。
「なにそれ美味しいの?」これ、たお先生。
「私も全っ然!知りませんっ!」これ、4人目。
「えーとぉ?なんで岡さんまでいるのですか?」
「あのぉ」もじもじする岡さん。
「はい、」
「ええっとぉ…」あざといポーズに上目遣いで俺を見つめる岡さん。
「はい、」
「私も世界に連れてって。」きゃぴきゃぴるんっ──しねーよ。岡さん。自分のキャラ、よーく考えてくれや。
これには他の男衆3人も同じ意見だったようで…
「ギリシャでもイエメンでも好きなところに行けばいい、一人で。」かのえ君は”しっ、しっ”と追い払うような仕草。
「岡さんなら世界中どこでも生きていけると思うな、一人で。」さっちん。話は変わるけど、俺は君の身体なしでは生きてゆけないよ。
「いってら、一人で。」たお先生は車のワイパーのような機械仕掛けじみた動きで”バイバイ”と手を振る。
「…だ、そうですよ、岡さん。」ぐははは!最後は、俺が〆てやったわ!ぐはははは!
岡さんは少々の間ゴマ粒みたいな瞳になって言葉を失い、そして「だーーーーはははははっ!そうですか!やっぱりですか!!あんたら私をなんだと思ってるんじゃあっ!」と台風のような怒声をふき散らかした。
「まぁ岡さんはそういうキャラですから。」俺は彼女をどうどうとなだめた。
ここで突然岡さんがずばっと立ち上がって「あ!まゆちゃんっ!!」と大声で叫んだものだから、その方向に小川まゆみさんがいるものだと思って、俺たち全員岡さんが指差す方向に向かって即時に各々イケメン立ちした。
で、岡さんの一言「はいっ!ばっかがぁ見るぅー。」────誠の美少女小川まゆみさんは、実際にはそこに居なかった。
岡さん。気が済みましたか?なんかしらないけど俺たちに報復したかったんですよね?
もういでしょう。話を進めますよ。まったくつまらないことに字数を割いてしまいました。
じゃあ、じゃあ話を戻します。
横道にそれましたが、結局PWNCON CTFについて十分に心得ている者は俺たちの中にはいないというのが、ここまでの要点です。
しゃーなしなんで、取りあえず”PWNCON”でぐぐった。
出場した日本人の体験談みたいなのもヒットしたが面倒なのでイキナリ本家Webサイトをクリック。
「やーね、英語じゃない。」岡さんは関係ないから読めぬでいいでしょ。
俺とたお先生で読み進めた。ところで岡さんはいつまで俺たちの理科室に居るつもりであろうか?
「ふーん。5月の…日本でいうと連休明けのちょい後くらいにオンラインで予選があって、7月にUSAで本線が…えーと…3日間にわたってあるようだな。」
「3日って決勝戦はいくつかの競技の得点で争われるのか?」その辺りも今表示されている文章に書かれているのだが、かのえ君は十分に英文を把握できてい無いようだ。
なので俺が「いや、3日間ぶっ通しで潰し合いするみたいだぞ。ゼロサムゲームだな。」と、さりげなく補足した。
「寝れねーじゃん。本当かよ?」かのえ君、俺の言葉、信じてないの?
でも確かに3日ぶっ通しは尋常ではない。頭おかしい。ほんとかな?と、日本人出場経験者のブログをググりだして読んだ。
さっちんが目を丸くして「うわー。本気で寝ないみたいだね。」と驚いている。
”寝ない”いいね。さっちんと一つの布団で夜通しちょめちょめして、朝日を見て、さっちんに「圷君といると時間がたつのが早い」って言われたいナリー。
さっちんは身を乗り出してブログを読んで「いくつかのセキュリティーホールを持つサーバーを各チーム一つずつ貸与されて、攻防を繰り広げるんだね。」と、かのえ君に同意を求めた、なんで俺じゃないんだよ、なんでかのえ君なんだよ。
「予選だって2日間あるようだぞ。」そう言ってかのえ君はさっちんと見つめ合う。俺は嫉妬でイライラしている。
「先ずはエントリーだけ済ませようぜ。」かのえ君が俺に提案…そのセリフはさっちんに言わせてくれよ。俺とさっちんの触れ合いがねーだろーが。
でも、そうだそうだ、かのえ君の言う通りではある。早めにエントリーしないと。州警察にも「出場登録の期限が迫っている」って言われていたっけ。何時なんだろ?調べてないけど。
で、PWNCON CTF本家Webサイトに戻る。
エントリー、エントリー…リンクをたどる。
エントリーフォームを見てびっくり、申込期限を日本時間になおすと、残り1時間切っている。
これは急がねばと手早く必要項目を入力してサブミット。サブミット…出来ない????
主催者に問い合わせるったってメールでやり取りをしている時間はないし、電話か?いや、地球の裏側の人間が今起きている保証はない。
仕方がない。なんでコミットできないのかを知るためにたお先生にお願いしてPWNCONのサーバーをクラッキングしていただく。
わずか10分で見事セキュリティーを突破したたお先生が一言────「改ざんされている。」
まじか?それ、まじなんか?誰だ本家ページを改ざんするなんてぇおいたしたのはっ!
「どうするの?申込期限、過ぎちゃったんじゃない?」ええ、その通りですね岡さん。じたばたしているうちに一時間たちました。
しかし、勝負はまだ終わっていない。CGIフォルダを見るとエントリー用のスクリプトを発見。PWNCONサイトを改ざんした犯人はこのフォルダ以下には手を付けなかったようだ。これはラッキー。
エントリー用のスクリプトファイルをコピーして、開くとエントリー情報はSQLサーバーに蓄積されることが分かった。INSERT文を投げている関数だけを取り出し、引数に俺たちのチームの情報を与える。
データベースのエントリー情報を保持するテーブルにはentdateというタイムスタンプの属性があったので、これに違いないと2時間前の日時が登録されるようにSQL文を書き換えた。これで俺たちのエントリー情報は期限切れにならないはずだ。
ふーっと一息ついている俺たちを、岡さんは「大丈夫だったの?」と不思議そうに眺めている。俺たちが何をやっていたのか全く理解できなかったのでしょう。
俺が「たぶんな」と言うと「”たぶん”じゃあ困るでしょう!?」と睨まれてしまった。あーと、あのうですねぃ、腕利きのハッカーが”たぶん”と言った時はほとんどの場合”100%大丈夫”ってことなんですよ。
腕利きのアンダーステートメント表現を察してくれ。
で、ホラね。案の定、受付完了のメールが飛んできた。今日もハッキング大成功。
それからしばらくは毎日ゲーム開発に専念していたのだが、そんな俺たちを岡さんはイライラと睨んでいる。そしてことあるごとに「準備しなくていいの?」と絡んでくるのである。
大丈夫だと言い続けたのだが、その度に「何らかの”予選”に出るなら、ふつう練習とか特訓てきなことをするでしょう?」と言い返された。
そのまんまゴールデンウィーク突入。
…
時系列的には、このあたりで第6話~第10話の俺と霰さんの旅行のお話です。
…
ゴールデンウィーク明け。
PWNCONの予選まで1週間と、けっこう迫ってきたその日についに岡さんはしびれを切らした。
「特訓しなさい!ハッキングのことはイチミリもしらないけど、なんかしなさい!」
かのえ君たち3人は俺に「なんとかしろ、お前の嫁だろ」と耳打ちをする。うーん、そうですなぁー、嫁じゃないし、もし嫁でもどうにもできませんなぁー。
俺が岡さんと男衆3人の板挟みで本気で困っていると、岡さんがスマフォを取り出して誰かに電話。話の内容からしてその誰かを呼び出したようだ。
岡さんは終話した後理科室をいったん出て、一時間近くいなくて、あー平和だなーと背伸びをしていたら、また戻ってきた。
「今日はIT同好会の応援団長にお越し頂いております。」
岡さんのじゃーんという掛け声で、ひょこっと理科室に入ってきたのはチアガール姿の小川まゆみさん。
おおおおおおおおっっーーーー!!!!
って、読者様的には”また彼女か。また小川まゆみさん使うのか”と、そんな感じでしょうか。ええ、だいたいこのパターンで行きます。もう、そういう構成なのです。そういう役割なんです彼女は。
前にも軽く書きましたが理由がありまして…
なんとしたことか今回のシリーズ”YOLO!”の全10話で美少女要員が小川まゆみさんとまりすけさんしかいないのです。しかも放っておくと両者出番が少ない、ほぼ無い。あんまり美少女成分が少ないので第8話では霰さんにもちょっと頑張ってもらっております。ハイスペック残念男子4人と美少女で丁度よろしいバランスなのです。
そんな事情もかんがみつつ、キタコレ美少女小川まゆみさん。両手に持ったぽんぽんをちょこちょこと振りながら、照れくさくて小さく絞られてしまった声で「フレー、フレー」と俺たちに気合を入れてくれます。
入るわー、入ってくるわー、気合。脊髄にズンと来て神経系のハイウエイに乗って脳に直行だわ。
瞬時に俺たちの表情がモダンイケメン的に引き締まる。
俺たち4人は各々無言でモニタに向かい、CTF関係の問題をぐぐった。そして難易度の高い問題を選んで、競うように解き始めた。
そして問題を解きフラッグを得ると大げさにガッツポーズをとり、「え?これ難易度高かったの?あれぇ?簡単だったから、てっきりやさしい問題だと思た。」などとみえを切るのである。「どの問題も簡単すぎてつまらないなー。」とハッタリかましたりな。
みんな、見ていて殴り倒したくなるほど必死にまゆみさんにアピールしている。俺たちは運命的にもてないんだからな。わすれんなよコラ。無駄だから。そういう俺もかなり頑張っているがな。
ちなみにCTFはCapture The Flagの略で、問題を解くとその証拠に正しい旗…多くの場合はパスワードめいた文字列…を得るのです。
岡さんがまゆみさんと「バカどもにやる気出させるためにこれから1週間毎日来て」などと打ち合わせをしている。
ひそひそと話しているようですが、岡さんの声は遠くまで通るので聞こえちゃってますなぁ。よーがすよ。美少女まゆみさんが降臨なさるなら、これから一週間、毎日CTF解きますよ。
ゴールデンウィーク後にやってきた、女神が降臨された真の黄金の日々は瞬く間に過ぎてゆき、予選3日前。主催者から電子メールが一つ、飛んできた。内容を要約すると─「あなたたちがエントリーをしたとき、PWNCONのサイトは改ざんされ、機能しなくなっていた。何故あなたたちはエントリーできたのか?」─という問い合わせ。
非常にまずい。最悪、俺たちが改ざんした犯人だと疑われている。俺たちが深刻な顔をしているのを心配して、岡さんとまゆみさんが質問するのが怖くて喉から言葉を出せないでいるまま、不安げに俺の顔を覗き込んだ。
二人とも近いな。だが、岡さん遠ざけてまゆみさんをもっと近づけたりできぬかな。そういう仕組みになっていると嬉しいな。
岡さん、小学生の時はむしろ気弱な美少女ポジだったけど、今やすっかり女番長だなー、いやいや。
それはさておき、特に隠しだてする意味がないので、事情を説明する。
まゆみさんが「父に相談します」と申し出る。曰く、俺が説明した限りやむない事情があるわけであり、非が無いならば今USAに居る彼女の父君マッスル小川氏がPWNCONの責任者に直接説明することで解決する筈だ、とのこと。
うーん。女の子らしいウザ可愛い発想ですな。むずむずする可愛さ。
でもダメなんだな。その辺り詳しく説明しましょう。
「いや。俺たちがクラッキングしたのを知られるのが絶対的にまずいんですよ。」
「だって!」と、まゆみさん。
「クラッキングした時点で俺たちは犯罪者。主催者は正義の立場をとるので、たとえいかなる理由があろうとも犯罪者を肯定しない。俺たちは必ず訴えられます。」
これにはまゆみさんもぐうの音も出ない。ぷぅとむくれて腕をぶんぶんとやって虚空に居る空想上の名無しさんに八つ当たりをしている。
ぷぷー。もうやだぁ。いちいち可愛いなこの人は。
その一部始終を傍観していた岡さんが「で、あきらめる…なんて言わないわよね?」と一歩踏み出してきた。こっちはこっちで平常運転、いい肝の据わりっぷりである。流石番長。
そんな脅迫じみた圧力に、かのえ君が「そうは言ってもねぇ」と俺たちを代表してナイスな溜息を返してくれた。
まゆみさんは「だめなの?」と、ちょっと目がうるうるきている。可愛い、可愛い。はっ、はっ、はっ。
かのえ君は「任せてください。大丈夫です。」と即答したいはずだが、どうしても言い出せずに表情をゆがめている。
しょーがないな、俺が話すか。
「まゆみさん。正直に言って、現状、かなり厳しい状態です。僕たちの目標は犯人を釣り上げることですから、PWNCON CTFで優勝する必要はありません。しかし、予選は突破しなければいけません。決勝戦に出なければ犯人は永遠に広大なネットワークの向こう側です。実のところ本当に犯人がのこのこ現れるのか怪しいところですが、僕が直接話をしたコックニー野郎のふざけた態度、その人物像からして可能性はゼロではありません。」
突然岡さんが「私には”俺”で、まゆちゃんには”僕”なのね。」と、チャチャを入れてきた。なんだぃ、今更。
俺は仏頂面で「なんですか?岡さん。」と抗議。俺の話の途中です。
「ん?別に、使い分けるんだなーっと思って。いいから続けて。」
「では続けます。犯人が現れる可能性にかけて、僕たちは出場するわけです。予選を突破する自信はあります。でも、そもそもエントリーができなければ話になりません。」
「そうだ、すごいえらい人たちも関わっているのよね?」まゆみさんは必死だ。
「外務省とか…FBIやCIAのことでしょうか?」
「そうです。だから、大会の主催者に警察に協力をするよう、お願いできるんじゃないかしら?」
「それは僕から説明するよ。」さっちんが手を挙げた。
「”どうして警察が僕たちに依頼をしたか”の理由にもなるのだけど、つまり、主催者に犯人がいる可能性もあるってこと。」
まゆみさんは先の自分の安易な発言を恥じるように「あ、そうか。」とうつむいてしまった。
コックニー野郎は前回3話で”俺は俺が所属しているチームのためのPWNCON CTFの参加手続きをやった。”と言ったが、”参加者として出場する”とは言っていない。今回、俺たちが大会に出場するということはコックニー野郎の言葉を信じる立場をとる。そして言葉を信じるとは正確に解釈するということでもある。するとコックニー野郎が主催者である可能性も出てくる訳だ。
「うん。これは圷君の話し方が誤解させたと思うけど、そういうことなの。そして、そういう意味でも今回の主催者からの難癖への対応は難しいんだ。」
「どうしたものか…」たお先生ですら難しい顔をしている。へっへっへ。マジまいったわい。
気が付けば岡さんが自信なさげに小さく手を挙げている。全員鬱をこじらせたように黙っているので、ここは一発ムードメーカーの彼女に発言権を与える。
「コンピューターのことはよくわからないけど、もー、なんか、面倒ならしらをきってしまったら?で、別なチームで参加するとか。」
俺たち男衆4人の視線が岡さんに集中すると、彼女は「え?分らないけど」を繰り返して手をぶんぶんと振って視線を遮ろうと頑張っている。本当にテキトーを言いやがったんだな。いや、だがヒントになった。
ズバリ、その手はある。
「どうするよ。」とかのえ君が俺を肘で突っつく。どうするも何も、代案なんかない。「それで突っ走るしか無いんじゃないか」と答えた。だめもとだ、岡さんの案に賭けてみよう。
たお先生はメカニカルな動きでノートPCに向かい合った。彼は動きが機械じみているときほどたお先生は本気だ。その本気で再びPWNCONのサーバーを攻略し、日本国内のエントラントをデータベースから取得する。
かのえ君とさっちんはまゆみさんに状況を説明して、彼女の父、筋肉小川氏に協力を依頼する。小川氏と連絡が取れて用件を話すと、意外にも田中先生に相談するよう言われた。その方が話が早いらしい。
さっちんが理科準備室を覗くと先生がいない。ひょっとすると職員会議かもしれない。だが予選開始まで2日+αと事は急を要する。田中先生にはこちらの事件に参加していただかなければいけない。先生を拉致るために武闘派の二人は取り敢えず職員室へと走った。
俺は主催者の問い合わせをばっくれるためにメールの返信を書くわけだが、キーをタイプしようとしてふと手が止まった。
「岡さん。」
「なぁに。」
「ちょっと俺の代わりに英文を書いて欲しいんだが。」
「やっぱ、私に対しては”俺”なのね。まぁいいわ。で、なんて書けばいいの?」
「まず…”あなたのメールが何を意味しているのか解りません。”…で、次が…”私はあなたたちが主催する競技会に参加した覚えがありません。”…んでぇ…────」と数行書いてもらった。
岡さんが書いた英語を読んで、俺はぶばっと噴出して腰が抜けて床にへたり込んで、床をガンガンと殴りつけながら大笑いした。
すげーエキサイト翻訳。この英語はありえねー。単語のスペルも間違いだらけだし。
「ちょ!そんなに笑うこと無いでしょう?アンタが書けって言ったんでしょ?失礼ね!!」
「いーや、オッケー、オッケー。この出鱈目な英語が欲しかった。」
この散々な英語を読んだなら、まさかエントリーから決勝戦まで全て英語のPWNCON CTFに出場しようと考えていたなんて思われえない。むしろメアドを悪用されたど素人と考えるのが自然だ。
送信した後、もう一回岡さんの英語を読んで大爆笑したら、岡さんに堅いぐーで殴られた。
その時、殴られたとき俺は見た。いやね、女子のパンチにしてはやけにくっそ重いなと思ったんですよ。でも見て分かった。
岡さんの背後でまゆみさんが向こうを向いて短距離走のクラウチングスタートみたいな姿勢で四つん這いになっているの。
するってーと片足の足の裏がこっちを向くじゃん。そこにさ岡さんが利き足の足の裏をぴったり合わせているのね。
つまり岡さんの体重&蹴りの威力をまゆみさんが受け止めているというね。素晴らしい連係プレイですな。拍手喝采ですな。んで、超めり込んでるのよ拳が、俺の側頭部に!頭蓋骨陥没するわっ!!
そんなやんちゃをしているうちに、かのえ君とさっちんが田中先生を連れて戻ってきた。
たお先生もUSBメモリに整理したデータをコピーし終えたようだ。
「岡さん。」
「なんじゃい。」
「俺を起こしてくれ。脳震盪で体に上下の感覚が無い。」
俺の小学生の妹霰には放浪癖がある。
何にでも興味を持って、蝶を追いかける仔犬のように無邪気にどこにでも行ってしまうのだ。
そんな我が妹のエピソードを紹介したい。
今回、霰さんは早朝の散歩中。駅前のスタバで1台の自転車を見ていた。
何故今回自転車かというと、6話以降の伏線として俺のチャリダーぶりを説明しておきたいがため自転車なのである。
5話でチャリ談義だと勢い5話~10話とチャリが続いてしまい各話の力配分が変わってくる。次回5話はパロディー話で力を抜いておきたいので今回4話がチャリ話に選択されるわけである。
はい。話戻ります。
霰さんと高級ロードレーサーの2ショットから。
ふと思い出せば、朝近所をふらついているときに駅前の道を選んだなら、ほぼ間違いなく、同じこの自転車が、同じこの場所に止まっている。
いつもはそんなこと気にせずにすいーっと通り過ぎていたのだが、今日は長い時間とどまっていたので、駅前の公衆便所で顔を洗ってきた自転車の持ち主と鉢合わせすることになった。
霰さんはその自転車は見慣れているが、持ち主は今日初めて見た。白髪の老紳士、平たく言うとじぃさんだ。
「おっと。なんだい、この自転車を見ていたのかい?」
「いつも止まっていると思って。」
「ああ、日課なんだ。朝、小一時間走ってね、ラッテを一杯飲むんだよ。」
霰さんはまだ薄暗い店内を見て「まだ開いてない」と言った。
自転車の持ち主は、ハートレートモニタやGPS機能を搭載した自転車用のスペシャルな腕時計で時間を確認した。
「ああ、あと7分くらいだね。いつも早めに到着して10分くらいぼーっと待っているのさ。」
霰さんは高級ロードレーサー様を指さして、失礼にも「この自転車、速いの。」と質問をした。
自転車の持ち主は苦笑して…「速いよ、自転車はね。でも乗っているエンジンはさっぱりさ。」そう行って白髪頭を撫で上げるのだ。
「あのね、あ兄ちゃんも自転車乗るんだよ。」
「へー、ロードかい?」
「ロード?」
「この自転車みたいなタイヤが細くて、ハンドルが低くてグニャグニャ曲がっている、泥除けもスタンドもついていない走るためだけの自転車さ。」
「ハンドルはまっすぐだけど、タイヤは細かったかも。」
「あーぁ、じゃあクロスバイクか。」
「わかんない。よんでみる。」
「え?ええっ!?わざわざかい?いーから。」
で、例によって霰さんに子供用携帯電話で呼び出されて、5分後俺参上。
霰さんが電話で言っていた「すごい自転車」ってこのロードか。本当に単なる高級車だよ。150万円はくだらないだろうぜ。どうしよ、俺。10万円のクロスでのこのこ来ちゃったよ。
俺は霰さんの頭をぺちぺちとたたいた。なぜなら霰さんがその高級車のカーボンホイールをぺちぺちとたたいて遊んでいたからだ。
「こらこら。そのホイールだけで50万円するんだぞ。気安く触るでない。」
霰さんは自分の頭を手で押さえてきょとんとしている。
オーナーであるじぃさんは「別にいいよ」と笑っている。
じぃさんが顎を撫でながら俺のバイクを見ている。
「へー、なんかちょいちょい弄ってるんだね。」
「はぁ。」
「ハンドル詰めたんだね。」
「ええ、どうせ肩幅より外側は握りませんし。」
「でもエンドバーつけないんだ。」
「普通は握る場所が多い方がいいのでしょうけど、僕はポジション変えないので、どちらかというとDHバーの方が欲しい感じでして。でもクロスのトップチューブ長だとポジション合わせにくいので、ちょい長のステム使ってハンドルの中央部もそこそこ使えるようにしているんです。」
「なるほどねー。ステムの長さ戻してブルホーンって手もあるね。」
「そうですね。ただVブレーキなのでブレーキレバーが手に入りにくいです。完車でタイヤが28Cだったのをホイールごと変えて23Cで乗っているんです。エンド135mmなんで2.5mmのカラーで調整しているのですが…だからブレーキもロードがいいんですけど。」
「台座がね。」
はいここ。
第7話で俺のVブレーキに関する知識不足が露呈する仕組みになっております。
チャリキャラの知識レベルは個々調整されております。
是非、第7話まで覚えておいてください。色々考えて頑張ってます。よろしくお願いします。
ハイ続き。
「はい。それにVはロックしやすくって。特にターマックだと止まっちゃうブレーキだから。コントロールするキャリパーブレーキの方がいいんですけど。」
「じゃあ、ロードにすればよかったじゃない。」
「安いロードのアルミだとぐにゃぐにゃ柔らかくって。クロスだとMTBのチューブだからガンガン踏んでもパワーかかります。ロードでも高いしっかりしたアルミだと、いまどきカーボンに手が届きますんでお買い得感がいまいちです。昔は軽量な新世代のクロモリが存在したようなんですが売れなかったのか、僕の世代だとカタログ落ちしてます。」
「成程ね。でも堅いアルミだと尻にケンカ売ってくるみたいな衝撃あるでしょう?」
「MTBみたいにショックないですから。でもサドルを後方にオフセットしているのでそれほどガツンとは来ないです。」
「そうだね、オフセットシートポストなのに、さらにサドルをぎりぎりまで下げているんだね。これならたわむね。」
「僕は膝よりちょい太もも側でペダル踏むので尻の位置は後ろがいいんです。」
話し込んでしまって、気が付くとスタバが開店していた。
おじいさんに気に入られた俺らは何かおごってやるからと店内に誘われた。
俺はエスプレッソをおごってもらったお礼に「毎日自転車で鍛えていらっしゃるなら、いつまでもお若くて長生きできるでしょうね。」とゴマをすった。いいこちゃんなので。
じぃさんは「俺くらいの年になるとな…」と語りだす。
「親も恩師も友人も可愛がっていたペットも、みんな死んで天国にいるんだよ。だから、俺も死ねば大好きなみんなにまた会えるんじゃないかって、たまに考えるんだ。それほど長生きはしたくないんだよ。ただ、好きなことをしている。」
霰さんがぴくっと固まった。お兄ちゃんなので表情を見ればわかる。畑の横で子供を産んで死んだ白い犬のことを思い出しているのだ。
じぃさんが霰さんが涙目になっている理由がわからず困っていたので、理由を説明して、妹の肩を抱いた。
「そうか悪かったね。大丈夫、なんだかんだ言ってさ、俺は神様が決めたその日までしっかり生きるよ。」
僕の名前は…仮にMとしておきましょう。
僕のお話はちょっとたちが悪いものですから、もし同姓同名の方がいたら大変申し訳ないのです。
もう4月。2年目の就職活動は完全に失敗したと言っていいだろう。
とはいえ、求人というものは季節を問わずあるものだから、少なくとも親の視線が厳しい手前、仕事は探し続けなければいけない。
精神的には人生に対してギブアップ宣言をしてしまっていており、まったくの無気力だ。
僕は学生時代必死になって勉強をしていた。まるで悪魔に脅迫でもされているかのように一心不乱に勉強をしていた。
だから、その分これから、暫くの間は人生をさぼっても許されるのではないだろうか?
僕は見込みのない就職活動を続けつつアルバイトにゆく。
自分一人が生きてゆくためだけならば、このアルバイトの収入で十分ではなかろうか。
僕は根が真面目なので勤務態度は店長に高く評価されている。バイト仲間ともいい感じに疎遠だ。みな上っ面だけ仲良く調子を合わせ、あとはまるで化けの皮が剥がれるのを恐れるように距離を置く。なんていい職場なんだ、少なくとも僕にとっては。
とあるファーストフード店でバイトをしているのだが、くだらない話で盛り上がっている高校生を見るたびに、飛んで行って「君たちは正しい」と親指を立てて支援したくなる。
で、またそんな高校生のグループが入店したわけだが、
「───っ!?」僕は思わず店の裏手へと隠れてしまった。
彼女は友人に”まりすけ”と呼ばれていた。そういうあだ名なのだろう。
一目ぼれかな?と思う自分を全力で否定する。
違うんだ。ただ、見られたくないんだ。
努力して。実力をつけて。なのに失敗して。夢を失って。でも、現状に甘んじている。
今の僕を彼女に見せたくない。
彼女に見せる自分は”何かを成し遂げた自分”でなければいけない。本当にそう思う。
きっと彼女は”まりすけサン”は僕のことなんか全く気にかけておらず、視界に入ってもそれは窓際に飾ってある多肉植物の鉢植えとさして変わらぬ重要性しかないだろう。
でも、僕は嫌なのです。僕が気にするのです。
僕はバイト仲間に気取られぬよう細心の注意を払って彼女を覗き見た。見てしまわざるを得なかった。
確かに彼女は美人で顔立ちもよくスタイル抜群だが、その様な低い次元の話ではないのです。
上品に座ったたたずまい。さりげない友人たちへの気配り。全てが1段階も2段階も単なる美人とは違うのです。
彼女は本物だと、そう確信しました。
それから2度3度と彼女がやってくるのを見て、彼女は新しい1年生だと推察できました。
彼女が店に来るようになったのは、僕が2年目の就活に失敗した時より後、新学期が始まる4月に入ってからです。また彼女の友人もこの店では新顔です。
この店のロケーションは学校の帰りに立ち寄りやすく、コーヒーなど安価なため友達連れの高校生がよくやってくるのですが、まさかこのようなスペシャルな少女と出会えるとは思ってもみませんでした。
彼女たちの会話を盗み聞きし続けるうちに”まりすけ”と呼ばれていた少女の本名が”桜野まり”であることがわかりました。
一度は完全に沈黙したやる気が、こんな不純な動機で息を吹き返すとは思いませんでした。
僕は彼女が店に来るたびに、別に顔を赤らめるわけでもなく、むしろ青ざめて店の奥に隠れてしまう自分が嫌で、何か人前に出せる自信が欲しくて、今一度就職活動を頑張ろうと心に誓ったのです。
僕が桜野まりを気にしていて、彼女を物陰から覗き見たり、会話を盗み聞ぎしている事実は、ひょっとすると他のバイト仲間にばれているかもしれません。
でも、彼らはそれを知っていたとしても、少なくともこの店の中では話題にすることはありません。皆他人のプライベートには一切触れない、それがわかりました。
この店のバイトに従事できている、店に雇ってもらっているという事実が彼らにとって重要なのであり、そこにわずかでも波風を立てるような僕のそういった行動は単なる厄介ごとであり、目を瞑ってしまうのです。それがわかりました。
そんなアルバイトの現場を吹き抜ける乾いた風が、良識という霧のベールを吹き払って、覆い隠されていた僕の中のストーカーはその姿を現したのです。
次回、第五話「予選1日目」
本編と霰さんパートはパロディーです。
霰さんパートは元々パロディーに決めていたのですが、本編も併せてとあるハッカーものの作品に敬意を表しました。