◆第二話:1802秒
◆第二話:1802秒
「君が圷君だね。」俺はマッチョ親父のフランクフルトのように指が太い手でがっちりと握手をされてしまった。かるく痛いんだが。
ミニバンの中から彼の娘である美少女小川まゆみさんが表れて「よろしくお願いします」と深々と頭を下げた。
俺たちは少なくとも空港までは彼女が一緒についてきてくれると思ったので、妄想がはかどり、わくわくが心臓の鼓動を乱れさせた。
ミニバンと言う狭い密室。その限られた体積の空気を美少女と共有する。
そして、きっと彼女のことだから俺たちに気を使って、一人一人に声をかけてくれるのだ。
彼女の隣の席は屍の山を築いた掟無用の勝者のものとなろう。俺たち4人は一気に殺気立った。
しかし彼女は車の外にしゃらんと立っていて「いってらっしゃいませ」とにこやかに手を振っている。
くそう!!彼女は俺たちと一緒には載ってくれぬのかっ!!
ミニバンの中は男ばかりでむさくるしく、特に筋肉ダルマが最悪にうっとうしくむんむんとしている。なんか強烈に男瘴気を発散させている。
空港に到着すると俺たちにパスポートが配られた。
本当に一日で出来上がるとは──まさか偽造じゃぁないだろうな?
飛行機の中は致命的に退屈で皆すぐさま眠ってしまった…俺を除いて。
俺はぐっすり眠っている可愛いさっちんに忍び寄り、慎重にズボンのチャックを下げ、手を差し入れた──
──ところを機内食を配りに来たCAのおねーさんに見つかった。
CAのおねーさんは「ひ!」と顔を引き攣らせた。
俺の顔も引き攣った。
俺は機転を利かせて、彼のズボンのチャックが調子悪いようなので寝ているすきになおしていたと嘘をついた。
CAは「そうですか。」と言ったが、あの顔は信じていないな。どうやら俺の説明に何かしらの無理があったようだ。
うーん、CAたちの間で俺の悪い噂が飛び交っちゃわないように何か策を──無いな。策、無いな。うははははは。くそっ。取りあえず機内でのさっちんへの悪戯は封印するか。
さっちんの股間が最上級の怒り状態にあるとき、いったい何センチメートルなのか?
この旅が終わるまでの間に誤差0.5mm未満の正確さで測定したい。
兎に角食事が来たので皆を起こした。
俺のおかずはさっちんだ。
だから、さっちんを動画で記録するためにタブレットのカメラを向けると、かのえ君が身を乗り出してきて「いよっ!うぬっ!どぅーぅい。」と握りしめたこぶしを突き出してアピールしてきた。”水どう”かっっ!!車で横断するのかっ!!
筋肉小川氏はたお先生のメカニカルな動きをじっと眺めている。
「彼は電気仕掛けかね?」
「炭水化物駆動です。」
直行便に乗っていた10時間余りのほとんどを俺たちはぐーすか寝ていた。
かのえ君は開いたエロ本を顔の上に載せて寝息を立てている。
たお先生は正しい姿勢で椅子に座ったまま動かないのだがこれで眠っているようだ。まるで充電中のアンドロイド。
実は小川氏から機内で何らかの説明や打ち合わせがあるのではないかと考えていたのだが、むしろ寝ておけと言わんばかりに放置された。
それもそのはず。東京から見てカルフォルニアの時差はこのサマータイムの時期マイナス16時間。
ついたらすっかり夜中のつもりが、陽が昇ったばかりの朝一番なのである。
これは寝ておかないと睡眠の機会を逸して体がもたない。
俺たちはサンフランシスコの駅で降りてさらに車で南に70km移動。サンタクララに針路をとる。
いわゆるシリコンバレーと称される地域。
著名な企業の本社社屋を横目で見ながら小さなビルに到着した。
そのあまり広くない1フロアを小川氏が務める商社が借りているのだ。
小川氏は語る「以前…といってももう20年は昔のことだが。まぁ兎に角だ、以前は買い付けるだけだったので拠点は必要なかったのだが、今は世界中に客がいてな、こんな部屋を借りねば極東のへき地からでは手が届きにくい仕事が多い。」
いくつか並んでいるキュービクルの手前の一つから若い男が一人ひょっこりと顔をのぞかせてこちらに走ってきた。
「小川部長。その少年たちがそうなんですか?聞いてはいましたが、本当に中学生。いや、若いですねぇ~。」
俺は”ずいぶんとのんきな男だな”と思った。それが第一印象だ。
小川氏が彼の肩に手を置き俺たちの方を向かせる。
「コイツが盗まれた評価ボードの買い付けを担当していたバカの猪村だ。」
「部長~。学生さんの前で”バカ”はきまりが悪いな~。」
「いいから彼らに事件が起こった時の様子を説明しろ。まだ圷君たちはなぜ自分たちのようなハッカーが呼ばれたのか理解していないはずだ。」
YES。その通りです。ハッカーがらみの事件だって話は聞いたけど、ハッカー対策だけならUSAにだって専門家がいるだろうに。
打ち合わせスペースに案内された。
猪村さんに英文のビジネスカードを渡されながら個々に自己紹介。
さてやっと説明が始まる。
「3万枚の評価ボードはね、僕が小型のトラックで受け取りに行ったんだ…」
猪村さんは道を覚えるのが苦手で常にカーナビを利用し、カーナビの情報をひたすら信じてハンドルを切るのだそうだ。
事件のあった日もカーナビが誘導する通りに道を選んで目的地に到着。評価ボードを受け取り、またカーナビに従ってトラックを走らせたのだという。
「途中、道路標識の表示が、行き先がなんか違うなとは思ったんだけどね。」
彼のトラックは袋小路に突き当たって停車。
「そのときだよ。」
トラックの左右に誰かが駆け寄ってきて運転席の後ろに何かを巻き付けるように貼り──そして爆発音!
トラックの運転席と荷台が切り離された。
すかさず10tユニックがやってきて荷台を3万枚の評価ボード諸共回収。猪村さんが呆然として驚くこともできないうちに、去って行ってしまった。
「いや~もーぽかーーんだよ。でもなんかさー、事件の衝撃がだんだんとさ~、じわっじわときてね~。5分くらいの時間差で”わわわわわーっ!”って腰抜かしてさ、そんな感じ。」
のんきな人だ。でも犯人プロだな。手際が良すぎる。
例によってエロ本を眺めながら話を聞いていたかのえ君が「で、カーナビは調べてもらったのか?」と尋ねた。
「ああ、警察が調べたけど、特に問題はないと言っていたよ。」
俺たちは顔を見合わせた。成程、州警察でもお手上げだった不思議の謎解きがご希望か。ならばさっさと謎を解いてしまおう。
かのえ君がそのカーナビを調べたいというと、猪村さんはキュービクルへと戻って行った。
僕はてっきりカーナビなのだからトラックに取りにゆくのかと思ったらそうではないらしい、キュービクルだ。
こちらではカーナビを車につけっぱなしにしておくとすぐに盗まれてしまうので、大概は都度持ち運ぶのだそうだ。
「これだよ。」
パッと見1万5千円くらいのどこにでもある専用のカーナビだ。
「マップの更新方法は?」たお先生が訪ねた。
「え?SDカードだよ。地図のデータファイルをダウンロードして上書きコピーするんだ。」
取り出してみるとSDカードは標準サイズ。
俺はピンときて「これは…ひょっとしますな。」とつぶやいた。
カッターナイフを借りて、かのえ君が慎重にSDカードを割った。猪村さんは悲鳴を上げている。
SDカードの中にはマイクロSDが2枚とプリント基板が入っていた。
マイクロSDの片方には正しい地図データ、もう片方には猪村さんを袋小路へと誘導するための作為的な偽の地図情報が入っているに違いない。プリント基板にアンテナのパターンがある。外部から電波で正しいマイクロSDと偽情報のマイクロSDを切り替えていた──これで間違いなかろう。
「警察はカーナビのファームは調べたのだろうけど、SDカードは調べなかったんだろうね。」とさっちんが首をすくめる。
小川氏の表情がとたんに険しくなり「つまり、どういうことだ。」と答を迫る。
「一つだけ確かなことは、犯人は犯行のかなり以前から猪村さんに目をつけていたってことです。猪村さんがお目当ての評価ボードを運ぶことも、いつもカーナビ任せで運転することも知っていた。」俺はそれを力説したつもりはなかったのだが、小川氏の方がすでに熱くなっている。
「内部の人間が犯行に協力しているってことか!?」巨大な筋肉がずわっと立ち上がる様は迫力がある。
たお先生がギーガシャン、ギーガシャンとロボットのように歩み出でてきて「焦りは禁物」と小川氏を制した。
「そうです、落ち着いてください。内部の人間の犯行かどうかはまだわかりませんが、僕たちは重要な手がかりを手に入れたのです。」
「手がかり…だと?」
かのえ君がSDカードに入っていた小さなそして極めて薄いプリント基板を差し出した。
きょとんとしている小川氏に俺がこう説明する。
「犯人はSDカード内に必要なロジックを収めるために専用のプリント基板が必要だった。そしてこれは専門の業者以外ではちょっと作るのが難しい。」
小川氏の顔がぱっと明るくなる。なんかこの筋肉親父の笑顔、娘のまゆみさんの面影があるな。やっぱ親子なんなぁー。
「つまりその専門の業者を特定できれば…」
「ええ、犯人にたどり着けるでしょうね。さぁ、ハッカーの仕事はここまで。ここからは警察の出番です。」
小川氏は猪村さんに命じて、SDカードとプリント基板を警察に届けに行かせた。
しかし、ここで俺たちに疑問が生じる。
”これ程犯人について何もわかっていなかったのに、何故、犯人の中に凄腕のハッカーがいると断言できたのだ?”
どうやらそれはFBIが関わってから判明したらしい。
同じ手口ではないがプロファイリングの結果、犯人像が酷似している未解決の盗難事件が他の州で4件見つかったのだそうだ。
その4つの事件のうちの一つで難易度の高いサーバーへの攻撃が行われていたことから”凄腕ハッカーの存在”が浮き彫りになった。
何とも不思議な話だが、犯人はわからないけど、余罪はおおよそ特定できた。
今回の事件では州警察でもお手上げの問題があった。
では今、誰が助けになるのか?
訳が分からないこと、魔法のような出来事──ハッカーの仕業?
そんな論法のようだ。
「猪村さんの情報もそのハッカーがクラッキングで収集したんじゃないかな?」とさっちんが俺に意見を求める。
俺の答えはいつだって同じ”さっちんの身体をよこせ”それだけだ───じゃ、じゃあなくってですな。
「そうだな、サーバーも調べてみるか…」
俺たちは早速、たお先生のノートPCを卓上にひきまわされているLANコネクタに有線接続した。
こういう仕事はたお先生が断然早い。
小川氏が眉をひそめて「何をしているんだ?セキュリティーがあるから持ち込みのPCはつなげられないぞ。」と問う。
俺は「お構いなく。こちらでよろしくクラッキングしますんで。」と答えた。
セキュリティーを突破してサーバーを調べるとcgi置き場のフォルダに不審なREST APIがいくつも見つかった。
じゃあ次はhttpdのログを調べる番ですな。
リクエストしてきた相手──すなわち犯人と推測される人物のIPなどの情報が取得できた。
それをUSBメモリに保存する。
「これも警察に提出してください。重要参考人の情報です。」
「わかった。」小川氏が警察にメールし電話で念押しの確認をする。
さて他にできることはなさそうだ。俺たち4人は小川氏が手配をしてくれたホテルへと向かった。
暫くの間事件の捜査は州警察にバトンタッチ。俺たちは結果待ち。
やっと一息つける。そう思った。
部屋は2人部屋が2つ予約されていたので俺は当然さっちんの手を引いて、二人の肉欲のるつぼへと向かった。
ばっしと俺の手を振りほどくさっちん。「ぼくはかのえ君と同じ部屋にする。」
ふむ、さっちんの心はかのえ君のものと、そういうことですか。ならばよし。
「分った。では寝る前の2時間は俺とさっちん、それ以外はかのえ君とさっちんという組み合わせにしよう。」
俺のその提案は極めて紳士的で正当なものだったはずだが、なぜが空手の有段者であるさっちんの正拳突きを顔面にくらい、俺は床に長く伸びてしまった。
気が付くと俺は部屋の床に転がされていた。部屋の壁側のテーブルではたお先生がノートPCを開き俺たちのゲームの開発を進めている。
「起きたなら手伝え」
「分ってるって」
俺は鞄からタブと青歯キーボードを取り出した。
たお先生が俺にホテルの小冊子を手渡す。
「WiFiのパスワード」
なるほど、このホテルはWiFi完備ですか。これで理科室のサーバーに接続できる。
小川氏に誘われて昼飯を食い。
またゲーム開発をし。
小川氏に誘われて晩飯を食い。
またゲーム開発をする。
さぁ寝る前にさっちんを襲いにゆくかと背伸びをしたまさにその時、小川氏に手渡されていた携帯電話に着信。
誰かと思ったら、岡めぐみさんからでした。元気かと聞かれたので元気であると答えた。では何か面白いことはないかと聞かれたのでSDカードの一件を話してやったらつまらんと一蹴された。カチンときたので飛行機ではずっと寝ていたとつまらぬ話をすると、フンフンと妙に食いついてきた。分らん。岡さんのツボが分からん。
因みに電話番号は小川まゆみさんから聞いたらしい。
結局岡さんとは無駄話をだらだらとして終話となった。
時間を食ったのでさっちんを襲うのは明日にしてもう寝ようと布団に入ると、またもや携帯電話に着信。今度は筋肉小川氏からである。
犯人のアジトが判明したらしい。早いな。州警察かFBIか知らぬがやるな。
まぁ、アジトと言っても事件当時のアジトであって今はもぬけの殻に違いない。
しかし、それでもそこは俺たちにとってたった一つの犯人につながりえる、希望めいた手がかりなのだ。
明日の朝一でさっそく調査にゆくらしく、俺たちはSDカードの件を評価されたのかITの専門家として同行を求められ、つきましては深夜で申し訳ないが打ち合わせのために警察署までついてきてほしいと、まぁそういう話であった。
打ち合わせならば4人ゾロゾロと行く必要はない。それに俺たちハッカーは警察が苦手だ。いい子ちゃんの俺一人だけで行くことにした。
小川氏が運転する車の助手席に滑り込むと「こんな時間にすまなかった」と頭を下げられた。
「いいえ。それよりも娘のまゆみさんに僕たちがどれだけ活躍したか、宣伝しておいてくださいよ。」とジョークで返すとヒッヒッと苦笑され、頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。
翌日の段取りは既に州警察が決めていたので、俺は一方的に話されるのをハイハイと聞くだけであった。
本当に他の3人を連れてこないでよかった。いい子ちゃんの俺だから黙って聞いているけど、かのえ君とかぶち切れそうだ。
ハイ、細かいことは書きませんよ。さくさく進んで翌日。小汚いオフィスビルの一室。犯人グループが偽名で、今もその部屋を借り続けている。それは昨晩説明された。
今日は昨晩と違い警察の前にIT同好会の4人勢揃い。かのえ君とさっちんは英語がそれほど堪能でないことを強調して、警察とのやり取りを俺に任せている。え~、俺の英語だって全然やっつけなんだぜ?まぁ、もー、それでもいいわい。たお先生は元々ほとんどしゃべらないし、しかも俺たちの最後尾を確保している。
結果、俺が警察の相手をする。警察もなんとなく空気を読んでか、俺を選んで話してくる。
部屋に入ると閉口する散らかりよう。ハッカーという職業柄テーブルの上のデスクトップPCが気になり、吸い寄せられるように近づいた。
二十名くらい収容できそうな部屋なのだが、PCはパーテーションで区切られたそこにだけ、たった一台残されていた。
パーテーションで区切られた空間にはおんぼろのベッドがあり、椅子がない。
ベッドに座ってPCを操作するような位置にテーブルがある。
非常に個性的なレイアウトだ。
突然PCの電源が入る。そして甲高い男の声が聞こえてくる。
『罠の中にようこそ』もろっくそコックニー方言だイギリス人か?
『SDカードの秘密は君たちによって解明された、そうだね?』
俺は答えてやったさ──「そうだ。コックニー野郎。」
『君たちはサムライかニンジャだっていうのかい?』
「残念、カラス天狗さ。知っているか?」
『じゃあ俺は吸血鬼だ。』
「UKにはそれよりも面白い冗談はないのか?」
『本当さ。』
不意に、警察官が一人、頭を銃で撃ち抜かれて即死した。スナイパーがどこからか狙っているようだ。
窓ガラスに弾痕。
『俺は血を吸った。俺は血を吸った。本当に俺は吸血鬼だ!』
洒落にならねぇ。
この残虐な行為に実はさっちんが最も冷静で、警察官の頭が吹き飛ぶ直前に感じたスナイパーの気配を何度も脳内で反芻していた。時折、さっちんからは野性的な何かを感じる。
ふと気が付くと、PCのモニタにプログラミングの問題が一問表示されている。
殺されたくなければこれを読めってことか、ちっ。つかtopcoder気取りかっつーの。
かのえ君とさっちんは俺やたお先生ほど英語ができない<俺とたお先生の方がましってだけだが>ので俺が読み上げる。
「ある村でネズミの賭けレースが開催されることになった。あなたは賭けの参加者が当たったかどうかを判定するメソッドwinOrLoseを書かなければいけない。1レースあたりN匹のネズミが出走し──」
的中のルールが単勝、複勝、枠連等々、組み合わせが競馬狂じみて多い。
問題は簡単だが、プログラムのステップ数は多くなりそうだ。
問題の後に入力と出力が延々書き並べられている。
そして、最後の条件が厄介だ。
「──1秒間に1CPUで2百万以上の判定ができなければいけない。」
画面をスクロールして最後まで読み終わった<むしろ文章をスクロールした>ところでまた、コックニー野郎の声が聞こえてきた。
『制限時間は30分。問題に挑戦している期間中、お前たちのだれかが、その部屋から出るか、外部と連絡するかのどちらでも、俺はお前たちを殺す。お前たちの命は俺の気まぐれの影響を受けやすい。幸運を。』
サイコだ。
時間がない。3人を集めて打ち合わせをする。
直観的にC++で実装したとして、ざっと1500ステップを超えそうだった。
プリンターがあったので問題文を印刷して俺がボールペンで機能別にマッハで丸を付けた。
ちゃんと数えていないが60くらいかな。
俺、かのえ君、たお先生、さっちん。ノートPCまたはタブを取り出して一斉にコーディング開始。
それぞれ引き取った機能にボールペンで横線を引き、関数名とインターフェイスを明記する。
一番の戦力はやはりたお先生で、次々に課題を引き取ってゆく。
さっちんは英語に手古摺っているようで、度々俺に解らないところを聞きに来た。
この手間賃は後日さっちんの股間の手間チンで支払っていただこう。
俺たちは人間の限界を超えてコーディングをしてそして正解のソースコードをコミットした。
しかし、敵のサーバーから”正解”の応答があった時、約束の30分を2秒過ぎていた。
俺の小学生の妹霰には放浪癖がある。
何にでも興味を持って、蝶を追いかける仔犬のように無邪気にどこにでも行ってしまうのだ。
そんな我が妹のエピソードを紹介したい。
前回は月極め駐車場の隅にある小さな畑でのエピソードだった。
今回も舞台は畑である。だが前回とは違い大きな、本格的な畑だ。
学校で習った地図記号に何故かどうしてか深い感銘を受けてしまった我が妹は、家に合った地図を手にして神社、郵便局などと見て回り、最終的には電車に乗って我が家から40km離れた先にある畑まで足を延ばしてしまったのだ。
地図と畑を交互に見て満足した霰さんは、さて次は何を見に行こうかと考えながら用水路に沿って歩いた。
すると。
「犬?ちゃん?」
用水路の中に真っ白な犬が座り込んでしまっていた。
霰さんが近づいてゆくと、耳を下げてガタガタと震えている。
そんな様子だったので、霰さんは恐る恐る手を伸ばしたわけだが、犬はおとなしく頭をなでられてくれた。
犬はおなかが大きく膨れており、霰さんは随分とおでぶな犬ちゃんだなぁと思った。
霰さんが用水路をまたいでしゃがみ、両腕をうんと伸ばして犬のわきに手を回し、犬を持ち上げようとふんばった。
犬を用水路から救い出してやろうと頑張ったのだが彼女の力ではどうやっても持ち上がらない。
そのうち犬の方が焦れて、唸り声をあげながら霰さんの腕をかむ真似をして威嚇した。
困り果てた霰さんは子供用携帯電話を取り出して兄…つまり俺だが…に電話をした。
『犬を助けたい?』
「なんか溝にはまっているの。」
俺は妹のGPS情報を確認してぎょっとした。
『お前、一人でなんて遠くまで行っちゃってんだ!』
「畑見たかったの。」
『俺が今からそこに行っても2時間はかかるぞ。それにもう4時を過ぎてるじゃないか。いったん戻ってこい。』
「でも犬ちゃんが…」
『一日くらい放っておいても死なないから。明日出直そう。』
霰さんはそれでも犬を放置するのを嫌がったが、俺が説得してとにかく家に帰らせた。
で、翌日。霰さんにせっつかれて40km先の畑に向かった。
目的地の駅を降りたところでコンビニを探して水やドッグフード、タオルを数枚買い求めた。
駅から更にバスで移動すると畑が見えてきた。
目的地の停留所を降りると霰さんは犬のところへと駈け出して行った。
「ここ!あ兄ちゃん!ここ!」
俺は道のわきにタオルを敷き、服の袖とズボンの裾をまくりあげて犬を持ち上げた。
タオルの上に寝かせて別なタオルで拭いてやる。
犬はかなり疲弊しているようだ。
ドッグフードを口のそばに置いてやるが興味なさそうにみている。
「おいしいよ」
霰さんが指でつまんで鼻先に運んでやると少しだけ食べた。
彼女が犬を心配そうに撫でている間に俺は犬を保護してくれそうな団体をググって探し電話をした。
「霰、喜べ。この犬を保護してくれるところが見つかったぞ。」
「うん。」呼吸を荒くしている犬が心配でしょうがないようだ。あまりうれしそうではない。俺は慰める言葉を知らず「1時間くらいで来るから」とだけ伝えた。
しかし、その待ち時間の間に白い犬はやはり真っ白な子犬を5匹生んだ。
そして、母親になった白い犬は死んでしまった。
霰さんは犬が死んだことを認識できないでいたが、状況を察した俺が犬の胸に手を当てて心臓が動いていないことを確認した。そして「犬は死んでしまった。」と妹につたえた。
霰さんは「あ兄ちゃんの嘘つき!一日くらいなら死なないって言ったじゃない!」と俺を攻めた。
俺は生まれたばかりの小犬をどうすればいいのかわからずオロオロとして、取りあえず体をふいてやっている。
そのうち俺が手配したボランティア団体の方が車でやってきた。
俺はとにかく子犬たちを持て余していたので縋るように状況を説明した。
その人によれば、犬種は紀州犬。推定で10歳前後。高齢の妊娠に加え捨てられたのか迷子になったのか体力を消耗し、出産の負荷で絶命したのだろうと、そういう話であった。
俺はこの犬は水を飲みたい一心で用水路に降りて、でもすでに体力を失っていたので再び上に這い上がることができなかったのだろうと推察した。
霰さんはいつまでも死んだ犬のそばに座っていて離れようとしない。
妹をじっと見る。
俺はボランティア団体の方に「この犬に関してだけは僕たちにもボランティアに参加させてください。」と申し出た。
「先ほど迷子かもしれないと言われましたね。僕たちに親探しをさせてほしいのです。」
ボランティア団体の方は俺に名刺を一枚差し出した。
「ではもし見つかったら私に連絡をしてください。ただしボランティア活動を認めるのは今日一日だけです。今日中に見つからなかったら後は私たちに任せて、この件は忘れて…いや、死んだ親犬の冥福と子犬の将来を祈ってあげてください。」
俺たちは、警察などに届が出ていないか電話で確認をし、持ってきたタブレットで犬猫迷子情報の掲示板を探し、最後に歩き回って張り紙が出ていないかを調べた。
無念なことに収穫は無しだ。
俺は霰さんの手を引いて帰りの電車に乗った。
「あの犬ちゃん。捨てられちゃったのかな?」
俺は小さな妹の小さな肩を抱きしめた。
僕の名前は…仮にMとしておきましょう。
僕のお話はちょっとたちが悪いものですから、もし同姓同名の方がいたら大変申し訳ないのです。
今日、僕の夢が砕け散った。
前回第一話で、僕には夢があり、その実現のために全てを捧げてきたと書きました。
僕の夢はそれはそれはたわいないものです。
”ある企業に就職したい”
それだけです。
ある企業──そうですね僕の目標…前にあるという意味を込めて仮に”L社”としましょう。
何しろ僕は女子高生のストーカーになる人間なのです。僕の独白は誰にも迷惑をかけぬように慎重に書かなければいけません。
僕はL社のホームページを見て、その独創的な高い技術に一目ぼれし、絶対にこの会社に入るんだと心に誓った。
兎に角べたぼれで、Wiki辞典のL社の記述は内容を暗記するほど熟読し、つぶやきは当然フォローしている。
前回も述べた通り僕は大学4年生。
大学院には進まないので当然就職活動をする。
僕は大学の先生に「L社以外考えていない」と断言し、先生にも「お前なら大丈夫だ」と太鼓判を押されて入社試験に臨んだ。
憧れのL社の敷地内に足を一歩踏み入れた時の興奮は今でも忘れません。
ああ、僕はこの会社の一部になるのだと信じて疑いませんでした。
筆記試験は僕には簡単な内容でしたし、面接だって完璧に返答できたと自負しております。
だから家に帰ってからは結果通知が来るのが待ち遠しくて仕方ありませんでした。
しかし、僕が受け取った通知の内容は信じられないし受け入れられない内容でした。”不採用”
こんなことあっていい筈がないとどこへ向けてよいかわからない怒りで爆発してしまいそうでした。
翌日、結果を先生に報告しに行くと首をかしげて不思議がっております。
「あれ?どうなっているのかな。」
しばらく席をはずしてくれと言われて先生の個室から出て研究室内で待機。そして数分後にまた呼ばれました。
「L社は面接をやり直してくれると言っているけど、どうする?」
僕は悔しくて悔しくて拳を強く握りしめました。
恐らくL社の管理職には我が校の卒業生がいるのです。そして先生はあらかじめ、裏で話を通したうえで僕に「お前なら大丈夫」と言ったのです。つまり僕の入社試験は採用前提の出来レースだった筈なのです。
僕はおそらく面接を受けた者の中で一番L社に詳しくて愛情を持っており、しかも誰よりもL社で必要とされる勉強をしてきた。そして大学の先生の推薦も裏で行われていた。
それなのに僕は不採用だったのです。
「いいえ、結構です。」
先生は「うん、そうだな。面接官の顔をつぶすことになるしな。」ときまり悪そうにしていた。
きっと卒業生の管理職にもその件について言及されて、先生はそれでも僕の再挑戦のチャンスをとりつけてくれたのだろう。それには感謝している。だが、僕のプライドが許さない。
「L社には絶対に入ります。僕は正々堂々と入れるはずです。」
僕は就職浪人を決めた。
友人に就職浪人なんかやめておけと、あるホームページを見せられた。
そこには就職浪人がいかに不利であるか延々と書いてある。
「お前ならどこかに受かる。」と友人は言うが「僕はL社一択だ。」と突っぱねた。
大学の先生に「就職浪人するくらいなら、大学院に進んだらどうだ。お前なら大歓迎だ。」とすすめられたが僕はこれも断ってしまった。
僕は先生に高く評価されている。ある意味大学院生よりも評価されている。
3年生への指示は大体僕が出すことになっている。
3年生の中にA君という男がおり、彼は本当に要領が悪い。質問も頓珍漢で話していて疲れる。
大学院に入ると彼の卒業論文の面倒も見ねばならないわけで、それも考え物だった。僕はA君にうんざりしていた。
就職浪人というのは極めて居心地が悪い。大学を出て親のすねをかじってただ来年のチャンスを待つのである。
僕は自室で勉強と面接対策をしていたのですが、大学を卒業したのに働きもせずに食べる飯はのどに不快で、風呂は湯船につかりづらく早風呂になり、トイレでは水を流すのに躊躇し、しまいには親と目を合わせられないほど家に居づらくなってしまいました。
僕は少しでも家にお金を入れるためにアルバイトをすることにしました。
欲しいモノは無いのでお金なんかいりません。全額母に差し出すつもりです。
一日に5時間だけ働けば家に月数万円入れられるはずです。それ以外の時間は勉強と面接対策。
来年こそは絶対にL社に入社して見せます。
次回、第三話「PWNCON CTF」
読み方はこれで「オウンコン シーティーエフ」です。PをOに読み替えてください。