誠の過去
春。桜が舞う通学路。
小学生の誠は、新しいクラスでひとりの女の子を見つけた。
名前は美咲。
朝、教室に入るたびに「おはよう」と誰にでも笑顔で声をかける。
その笑顔を見た瞬間、誠の心は少しだけ騒がしくなった。
最初は、ただ同じ班になっただけだった。
消しゴムを落とせば拾ってくれる。
図工で困れば手伝ってくれる。
そんな小さな優しさが積み重なるたび、誠は美咲のことばかり考えるようになる。
ある日、遠足で山道を歩いた。
「疲れたー!」
そう言って笑う美咲。誠は何も言わず、自分の水筒を差し出した。
「ありがとう!」
その一言だけで、一日中うれしかった。
夏休み前。プール掃除の日。
ホースの水をかけ合って先生に怒られ、みんなで笑った。
その中でも、美咲の笑い声だけは、なぜか特別に聞こえた。
夏休みが終わると、運動会。美咲は応援団。
大きな声でみんなを応援する姿を、誠は競技の順番を待ちながら何度も見ていた。
徒競走では転んでしまった。悔しくて泣きそうだった帰り道。
「最後まで走ってて、かっこよかったよ。」
美咲がそう言ってくれた。
その言葉だけで、涙はどこかへ消えていた。
秋になると、教室の窓から見える木々が赤く染まった。
席替えの日。美咲は窓際。誠は一番後ろ。
遠くなったはずなのに、授業中も気づけば美咲を目で追ってしまう。
冬。雪が降った朝。みんなで雪合戦をして、手が真っ赤になるまで遊んだ。
帰るころには雪は止み、夕焼けが白い道を照らしていた。
「また明日ね。」
その言葉を聞くだけで十分だった。
そうやって年月は進み六年生。卒業まであと少し。
みんなは中学校の話で盛り上がる。美咲は家の都合で、別の中学校へ進学することになった。
卒業式の日。
体育館の外では、桜のつぼみが少しだけ膨らんでいた。
友達同士で写真を撮り、笑い合う子どもたち。誠も、美咲と一枚だけ写真を撮った。
「元気でね。」
「誠も。」
それだけだった。
伝えたい言葉はいくつもあった。
でも、言わなかった。
言えなかった。
帰り道。ランドセルはもう背負わない。
六年間歩いた通学路を、一人でゆっくり歩く。
春には桜が咲き、夏は蝉が鳴き、秋は落ち葉を踏み、冬は雪が積もる。
何気ない景色の中に、美咲との思い出が残っている。
初恋は、叶わなかった。
告白もしていない。手もつないでいない。
それでも誠にとっては、確かに「初恋」だった。
前を向いて歩き始めたその道は、少しだけ長く見えた。
だけどきっと、この道のどこかで笑えた日々は、ずっと消えない。




