1章 佐久間剛三郎爆殺計画
あの暴力教員が爆殺されればいいのに、と誰かが言った。
だから琴浦鋼志郎はヤツのドタマにロケットを叩き込んでやろうと心に誓ったのだ。
小暑――七月に突入し、微かな春の陽気さえも消え去った時期。
太陽の発する陽気は、もはや人を陽気にさせるには過ぎたるものになっていた。
その茹だるような暑さを浴びて、人々はただ顔を顰めて熱気に耐え忍ぶばかり。
だというのに、松ケ下中学校の生徒たちはわざわざ直射日光の当たる屋外へ出て、揃いも揃って学校の屋根を見上げていた。
至る所から流れる汗も厭わず、彼らが屋外にいるのには理由がある。
それは校舎の上に琴浦鋼志郎がいるからだ。
「天気よーし!」
鋼志郎は学校の屋上から果てなき光景を、遥か彼方の本土を眺める。
四方八方を海に囲まれたこの島では、高所から景色を見れば必然的に海を一望することができる。
天光を乱反射する水面、そして水平線の向こうには未知なる本土が聳えていた。
彼が足元のロケットを拾い上げて空に翳すと、プラスチック越しの太陽は陽炎を纏ったかのように揺れ動く。
ロケット内の水が揺蕩い、映る物の姿形をフレキシブルに変えていた。
半分程の水が入ったロケット、取り付けられた牛乳パック製の羽。
ホースジョイントで作られた噴射工。
DIYを思わせる手作り感満載の木製発射台、ポンピング用の空気入れ。
それはペットボトルロケット。
一見すれば微笑ましい夏休みの工作に見える――。
「……さて、始めるか」
ペットボトルを発射台にセットし、切っ先を標的方角に向けて角度を調整していく。
何度も仮発射を行ってきた、ロケットの描く軌跡は全て把握した。
しかも今日はお誂え向きに無風、角度とポンピング回数さえ間違えなければ爆殺は間違いない。
「コーシロォ、もう少し右に設置しろー。試験発射位置からズレてんぞー」
遥か眼下から指示を送っている少年は長野海司。
鋼志郎の幼馴染にして悪友で、彼もまた佐久間剛三郎爆殺計画を企てた共犯者だ。
ちなみに鋼志郎が主犯であり愉快犯でもある。
どうしてこの麗らかな夏の日にこんな物騒な計画を企てたのかと言えば、佐久間剛三郎に対して報復をしなければならないからに他ならない。
絶対にヤツの脳天にロケットをぶちこまなければならないのだ。
佐久間剛三郎は隣接する松ケ下小学校の教員で、体育の授業だけが取り柄の筋骨隆々ニシローランド系三十路。
目上には迎合して媚びへつらい、目下には持ち前の威圧感と恫喝力で独裁政権を築こうとする典型的ゴマすりクソ野郎だった。
理由なく生徒を怒鳴り散らし、因縁をつけるかのようなこじつけ説教。
学校の備品もボストン茶会事件並の手荒な扱いで、体育の時間には休憩も給水も与えない。
鋼志郎も何度殴られたことか、回数は忘れたが痛みは憶えている。
こんな何もない島から逃げ出したいという佐久間の訴えが通じて、彼は明日この島を去ることになっていた。
晩節をどう汚そうが構わないのだろう、彼の暴走はもはや擁護できないレベルに達しているらしい。
だから、誰かが言ったのだ。
奴が爆殺されればいいのにと。
そんな誰かのあどけない願いを叶える為に計画は始動した。
「よし……と」
角度調整を終え、鋼志郎がポンピングを始める。
これまで佐久間に圧を懸けられ続けていた生徒たちは手に汗握り、鬱憤が晴れる瞬間を心待ちにしている――。
「コラァーッ! テメ琴浦ァ! なにしてんだオイてめェェ!」
と、勇ましい声を上げつつ職員室から走り出てきたのは、鋼志郎たちの属す三年一組の担任である成田まもり教員だった。
あ、ヤベ……と生徒たちが狼狽しながら顔を見合わせる。
実は総勢、自習時間中に抜け出してイタズラに興じているのだ。
さすがに教員に露呈してしまうのは都合が悪すぎる、正座説教も辞さないかもしれない――。
「羽の角度曲がってんぞオルァァ! テメ、そんなんじゃ墜落すンぞ! 地べたに冷水ぶっかけてぇのかオメーは!」
想定を外れ、彼女もまた同胞だった。
島の教師という立場故、佐久間とは何度も顔を合わせているはずだ。
日頃から佐久間にストレスを与えられ続けていたのだろう。
「ウーッス!」
卸市場の漁師みたいな返事をしながら、鋼志郎は羽の修正もポンピングも済ませる。
後はそう、発射させるだけ。
鋼志郎は校舎の全員に見えるよう掌を広げて見せた。
それがカウントダウンだと誰もがすぐ気づく。
「5!」
鋼志郎が口火を切ると、全員が掌を空に掲げ、
「4!」
親友の海司がそれに続いて、一つ指折り、
「3ン!」
成田まもり教員がチンピラリティの高い掛け声を発し、
「2!」
生徒たちが期待を寄せながら高らかに叫び、
(……1)
そんな様子を一人冷めた目で見つめる少女、闇倉詞音が心の中で呟き、そして――、
「発射!」
ペットボトルロケットが、空を舞う。
まるで鳥類として命を賜ったかのように滑空し、動力源の水を排出しながら、美しき軌跡を描いて晴天を裂いていく。
弾け飛ぶ水の後ろには、七色の純色がアーチを描いていた。
その刹那とも呼べる光景に心奪われたのも一瞬――。
容赦なく小学校校舎に突き進むロケットは、開け放たれた窓を通過して、凄まじい勢いで佐久間の脳天に突っ込んでいく。
同時に彼の悲痛な叫びがド田舎の山奥に木霊していった。
生徒たちは手と手を取り合い、歓喜の声を高らかに上げる。
拍手喝采、スタンディングオベーション、万感の声援が彼処から響き渡っていた。
「爆殺完了――!」
また一つ、鋼志郎がこの島で厄介ごとを起こした。
しかしそれが娯楽のない島で生きる子供たちにとって唯一と言ってもいい娯楽だった。
この式鳴島のトリックスター琴浦鋼志郎、彼の天下はまだ衰えることを知らないだろう。
「ヤベーぞ、佐久間のヤツすげえ形相でこっち来てる」
双眼鏡で小学校の様子を窺っていた海司が、屋根上にいる鋼志郎へ喚起する。
そりゃそうだろう、あんな無体な真似をされて怒らないヤツなどいない。
しかも相手は生徒いじめが大好物な佐久間、きっとさすまた持って襲い掛かってくるに違いない。
「コーシロ、潮時だぞ」
「おう、手段は一つだな!」
鋼志郎は打ち上げの備品を抱え、屋根の縁へと移動した。
その眼下で揺らめく蒼いさざ波は、水を蓄えた学校のプールに他ならない。
迷うことなく鋼志郎は身を屈め、生徒たちが蜘蛛の子を散らすように走り出すのを見ながら――。
「逃げろ――――ッ!」
――鋼志郎が住むこの式鳴島に、未来はなかった。
島の面積は三平方キロメートル、なのに人口はたったの百五十人前後。
移り住んでくる者も当然おらず、刻々と人口は減るばかりだ。子供の総数なんか少子化の煽りを受けて、もう三十五を切っている。
そんなことを考えるたび、鋼志郎はやりきれない気持ちになる。
彼はもう中学三年生。
あと七ヶ月経てば高校進学の為にこの島を出なくてはならない。
生まれて初めての自立に対し、どうしても不安を忘れられなかった。
……これは、死を前に迎えた彼らが、音楽の力によって伊豆諸島を救う物語。




