4話 大魔導師ルウと大泥棒クロ
「話は聞いてたけど……」
そういいながら、ベッドから半身を起こしクロはルウをじっと見据えた。そして、次の瞬間、プっと吹き出した。
「ダッセ~!!その格好何?!それ~!!趣味?あんたの趣味??」
大泥棒は、いきなり現れたルウに不躾な視線と言葉を送った。
ルウの顔はみるみるうちに怒りで真っ赤になっていった。
「うるさい!黙れ悪党!これは、魔道服ブランドでも有名なミシェール・パイパルというデザイナーの作品で、一品物だ!すごく高級で誰にでも手に入るという物ではないんだぞ!まあ、お前のような下衆な輩に理解できるわけもないだろうがな!」
「へぇ……。センスの悪い服だが、高く売れそうだな」
何かを企んでいるような表情で、クロがぽそりと呟いた。
「ちょっ!何を企んでいる?!売る気か?!私のこのローブを売る気だろう!この盗人が!!」
喚き散らしながら怒るルウと、それを全く意に介さないクロの間で、オロオロしながら二人の顔を交互に見上げる少年。
「クロさん……魔法使いさんをあまり怒らせちゃダメだよ」
心配そうにクロを制する。
「あぁ、そうだな。悪かった、ミュウ。俺が大人しく魔法使いの言う事を聞かなければ、ミュウをゴキブリに変えてしまうんだったな」
少年の顔を優しく見詰めた後、ルウの方に向き直り、クロは簡単に詫びを入れた。
「ミュウ?」
クロの口から飛び出した、聞きなれない名前にルウは反応した。
「ああ、こいつはミュウ。俺の相棒」
クロはニコニコしながら、改めて傍らに座る少年を紹介した。
「ってか、ゴキブリだろ?それは」
ルウは訝しげに少年を見た。
「元はゴキかもしれないけど、だからといって『ゴキ』って呼ぶのも味気ないだろ?人間だって、『人』なんて呼ばれてる奴はいないんだしさ。そんなわけで俺が愛称を付けてやったんだよ」
そう言いながらクロは愛しそうにミュウの頭を撫でて、自分の元に引き寄せる。クロに頭をガシガシと撫でられ、嬉しそうにミュウはクロの胸に顔を埋める。一人少し離れた所に立つルウは、そういった感じで二人の仲良しっぷりをたっぷり見せ付けられる。
王様の密室にある魔法の水鏡で映し出された過去の映像がルウの頭の中に蘇ってきた。
それと同時に、当時の屈辱と、それをちょっとだけ上回るなんだか理解しがたい羨ましさも蘇ってきた。
「くそっ、こら、いちゃいちゃするな!!私たちはこれから過酷な旅に出るんだ!そんな浮わついた気持ちではすぐに死んでしまうぞ!気を引き締めろ!!」
別にルウには使命感などこれっぽっちもなかったが、目の前で楽しそうにしている奴は許せなかった。
一緒に落ち込ませてやると言わんばかりに脅しをかけた。
「分かってるよ。こっちはいつでも出発できる。アンタを待ってた状態だ」
ルウの予想とは裏腹にクロは少し嬉しそうな様子で、返事を返した。
「何だ?嬉しそうじゃないか?お前ら、魔物の山を舐めてないか?!死ぬぞ!?聖騎士団は全滅したんだぞ?!つまり死にに行けと言われてるようなもんなんだぞ!」
意外な反応にルウは納得いかず、さらに脅しをかけた。
「魔物の山のあるバカルティ島には何度か行った事がある。危険も伴うが、あそこは眠れる宝の宝庫だからな。さまざまな罠が張り巡らされてるし、魔物もいっぱい居る。下調べ無しで乗り込めば、どんな奴でも生きて帰れないさ。聖騎士団ってのも、何の下調べも無しに乗り込んだくちだろ?全滅して当然だ。それより、久しぶりに外に出られるんだから、俺はめちゃくちゃ嬉しいね!」
ああ、なんという能天気っぷり!このバカ泥棒は事の重大さを全く分かってないらしい。
「お前、外に出られるから嬉しいとかバカじゃないのか?!死ぬのだぞ!それなら、ここで一生寝て暮らしてた方が100倍マシだろう!魔物の山から無事に戻れた者など居ないんだぞ!……って、あれ?お前、行って戻ってきた事あるんだ……」
強い語調でけしかける様に喋り始めたはいいが、途中で失速して言葉につまるルウを、ぽかんと呆けた顔で見ていたクロは、再びニヤリと笑った。
「何?俺たちの心配してくれてんの?」
「そ、そんな訳あるか!!勘違いするな!私はお前らを脅かしたいだけだ!」
「何だそりゃ?」
少し不思議そうな表情を浮かべ、ちらりとルウの方を見たクロだったが、ルウの言葉の意味など別に気にする風でもなくクロは続けた。
「まぁ、どうでもいいけど、あそこに行って帰ってきた奴は俺を含め何人か居る。
つまり、バカルティ島へ行ったことのある経験者が俺の知り合いに居るってことだ。その中でも重要なのが、バカルティ島までの海路を航海してくれる輩だ。
あそこの海域はかなり危険だから、一般の船だとどんなに頼んでも絶対に島に近づいちゃくれねぇ。だけど、あの島に渡る船を出してくれてる奴らがいる。それが海賊で名が知れてるサウザー一族。金さえ積めば多少の危険な事でもやってくれる連中だ。
奴らの高速船なら、あの島まで無事に渡ることができるはずだ。
その港までは、ここからだと陸路で約3週間くらいだ。陸路は普通に安全だし、問題は無い。海路も大陸に近いところではまず何も起こらない。
ただ、バカルティ島が近づくにつれ、魔物が襲ってくるようになる。
サウザー一族は猛者の集まりだから、なんとか無事に島まで船を着けてくれる事ができるはずだ。
島までたどり着くにはは約10日間ほどかかる。だから普通に行けば、ここから約1ヶ月で島まで着くって算段だ。
島の中は、迂闊に歩けば命を落とす仕掛けがたくさん張り巡らされている。
問題は島に入ってから、魔物の山まで行く道筋だな。
食料や装備も船に乗る前までに整えておく必要があるからな。」
クロの頭の中は、すでにバカルティ島の攻略へと移っていた。
「まあ、今回は世界でも名高い凄腕の魔法使いが一緒だから、島内の移動もかなり楽になるだろうな」
そう言いながら目線をルウの方へやった。
「あっ?え?私?」
「そうだ、ルウとか言ったよな、名前。かなり有名だったぞ。有名魔法学校を歴代類を見ない程の高い成績で卒業し、その若さで、王宮付きの魔道師たちを取り仕切る総督へと成り上がった魔法使いだろ?未だその実力の全てを見たものはおらず、そのレベルは神をも凌ぐのではないかと噂されてる伝説の魔道師。『冒険家が一緒に組んでみたい魔法使いランキング』は常に断トツ1位。実力者で有名なモニークやギルギアを遥かに凌いでる。だが今まで誰とも組んだ事はない。まぁ、王宮付きの魔道師だから当たり前かもしれんが。しかし、そんな伝説の魔法使いと、王命とはいえ、一緒に組んであの島に入れるんだから俺もツイてるよ」
クロの口から、ルウを褒め称える言葉が次から次へと流れ出た。
「ほぅ……。巷ではそんなに凄い噂になっていたか。で、他にどんな素晴らしい噂が飛び交っていたのだ?苦しゅうない。話していいぞ」
実力で得た噂ではないものの、自分を賞賛する言葉を聞くのは大変嬉しいものだ。ルウはこぼれ出る笑みを抑えきれずにニヤニヤ不気味に笑いながら、クロに話をせがんだ。
「そうだな、あとは、謎のベールに包まれすぎて、本当はとんでもなくへたれなんじゃないかとか、全く魔道が使えないんじゃないかって噂があるな」
クロは、あははっと全く信じてない風に笑いとばしながら、ルウに促されるまま話を続けた。
(意外と核心を突いているな。あなどれん……)
ルウの表情から笑みが一瞬で消え去った。
その様子を不安そうな顔で見ていたミュウは、おずおずと小さい声でルウに質問した。
「ルウさんがもし死んじゃったら、ボクはゴキブリに戻るの?」
「そりゃ~当然だ!(嘘だけど)。縁起でもない事を聞くなゴキブリ!」
ミュウをきつく睨み付けながらルウは怒ったように返答した。
「やっぱりそうか。そりゃそうだろうな、でなきゃ、俺がアンタをこの場で殺すもんな」
ルウの答えに返事を返したのはクロだった。
表情は笑っていたが、目は全く笑っていない。ルウの答えが正直なものだったら、クロは間違いなく次の瞬間ルウを殺していただろう。
クロの視線には殺気が十分に込められていた。その表情に、ルウは一瞬体を硬直させた。
「まあ、なんか知らないけど、ミュウを送り込んで、ずっと人間の姿のまま俺の側に置いてくれたり、なんだかんだ言いながら俺たちの命の心配したりと、結構いい奴みたいだから安心したよ。これからしばらくの間よろしくな!」
寸前までの殺気を打ち消すように満面の笑みを浮かべながら、クロはそういった。
(ってか笑って流してるけど、やっぱり殺そうとしてたぞ!コイツ!!これだから犯罪者は性質が悪い。こりゃー絶対にゴキを元に戻せないって事を喋っちゃいかんな。
しかし、なにか知らんが、勝手に勘違いしてるみたいだ。
なんだか色々気に入らないが、まあその方が扱いやすい。
泥棒やゴキブリと一緒に命を掛けた旅をするのは気が進まないが、こいつら上手く使えばなんとかなりそうだ。いざとなったら、こいつらを盾に逃げればいいのだ)
心の奥底でルウはニヤリとほくそえむと、部屋の溶接された扉にある呪文を唱えた。それはもともと扉に施されていた封じの呪文で、解呪の方法をあらかじめ教わっていたのだ。
重々しく扉が開き、クロたちは一斉に外へと向かって長い長い螺旋階段を降り始めた。




