1話 ついてない日
まったく今日はなんてついてない日なんだ。
宮廷魔道師のルウは怒りを床にぶつけるかのように、大きな足音をたてながら大股で城内の広い廊下を歩き、自分の館へと向かっていた。
お城の北に位置する金色に輝く広くて豪華なお屋敷と、年中美しい薔薇が咲き誇る庭。
ルウの住む館である。ルウはこの館がとても気に入っている。このキラキラ光る黄金の館の扉を開け、豪奢な絨毯が敷かれた日当たりの良い自室に入り、ふかふかの広いベッドに横たわり、夢の中に落ちていく瞬間が至福の時なのだ。
お金と労力をたっぷりと掛けて作られた最高級の館。
城内にお情けで住まわせて貰っているような、貧乏で下賤な輩(下働きの従者)たちは、キラキラと光る金の彫刻が数え切れないほど埋め込まれたこの館を悪趣味だと噂している。
下々の貧乏人には一生働いてもこれほどまでの黄金をあしらった建造物など造ることはできないだろう。
それ故の嫉妬だ。
そう思うと、その嫉妬の声すらこの館を賞賛しているように思えてくる。
というか、そんな下々の者たちや嫉妬や賞賛-はされてないが-などどうでもいい。
今日は自室のフカフカのベッドに横たわっても全く楽しくないのだ。
ルウはつい先ほど王様から課された難題を思い出し、深いため息を吐いた。
『東の魔物の山にある命の木の果実を取って来てこい』
焦燥しきった王様の勅命である。
というのも、王様がそれはそれはとても大切にしている一人娘・イライザ(16)が誤って呪いの果実を食べてしまい、重い病気にかかってしまったのだ。
このままでは衰弱して1年後には死んでしまうのだ。
物知りの医者が言うには、この病には『命の木の実』が効くらしい。
王は『命の木の実』を取って来た者を王女の婿にするというお触れを出した。
だが、誰も王女の為に果実をとりに行こうという者が現れなかった。
それは、東の魔物の山がとんでもなく危険で、行けば必ず命を落としてしまうと恐れられているからでもあるが、もうひとつ別の大きな理由があった。
王の愛娘イライザは、お世辞にも綺麗とは言えない容姿をしていたからだ。
というか、はっきり言って、ブサイクなのだ。
体格は、野生のゴリラの如き逞しさ。
顔の彫りがめちゃくちゃ深く、人へと進化する前の人種を彷彿させる。
その上、顔が他の人より少し大きめなので、侍女たちと横一列に並んでいると、一人だけ前に飛び出してるように見える。遠近感が若干狂ってしまうという空間をも歪ませる力の持ち主なのだ。
その上、声だけは何故か妙に甲高い。
そして、とても早口で喋り、一人で笑っている(もちろん甲高い笑い声でだ)。
脳天にガンガン響いてくる声なのだ。
二日酔いの後にこの声を聞くと、殺意すら芽生える。
身長はそれほど高くはなく、美しい金色に光るの長い髪を持っている割には、後姿美人というわけでもない。
やはり、ごつい体形は後から見てもごついのだ。
どんなに美しいドレスを身に纏っていても、一瞬「女装?」と思わせる井出達。
夜中に中庭で胸を両の拳で叩いて雄たけびを上げ、野犬を威嚇していたという噂まで聞く。
このような娘を嫁に貰わなければいけないというリスクを背負ってまで、危険に挑む男はこの国には存在しなかったのだ。
余談だが、王女が食べたという「呪いの果実」だって、幾重にも鍵のかかった箱に入れて、厳重に管理されていた上に、その箱には「食べるな!危険」とまで書かれていたにもかかわらず、食い意地の張った王女が『何かとんでもなく美味しいものが隠されているに違いない』などと勘違いしたために、起こった出来事だった。
普通なら食べた瞬間死ぬくらいの危険な果実らしいが、無駄に体力だけはある王女だったため、死が1年後まで引き伸ばされたらしい。
ってか、食べた瞬間死んでくれてたらこんな面倒な事にならなかったのに……
ルウはそう思いながらまた深く溜息を吐いた。
「ルウ……お前しか居ない。お前のような優秀な魔道師なら、魔物の山にある果実を取ってくることなど容易いだろう?」
王は、縋る様な目でルウを見つめそう言った。
「いや、それは……」
ついに来たかという面持ちで、言葉を濁しながらルウは視線を泳がせた。
王女イライザが倒れてから、面倒を避けるため、なるべく王に近づかないようにしていたルウだったが、直々に呼び出しをくらい、すでに逃れようがなくなっていた。
「あの山はとても危険です。私一人ではとても行くことはできません。王直属の親衛隊である聖騎士達に頼んではいかがでしょうか?」
「ああ……。すでに頼んで行かせたが、全滅した……」
(はぁ?!聖騎士軍が全滅?!あの、精鋭の騎士部隊が全滅だと?!!そんな危険な場所、行けるワケねーだろ!!)
危うく口から漏れそうになるその言葉をようやく飲み込み、眉を顰め玉座に座っている王を見下ろした。
「お前は、あの神童たちが集まると言われる魔道学校の最高峰『マーカーフー魔道神学校』を主席で卒業してるだろ?それに、国中のトップクラスの魔道師達を集めたこの王宮魔道師の『総督』というトップの地位にある。いわば国内では並ぶもの無しの最高の魔道師ではないのか?」
期待を込めつつ、なおも縋るような目でルウを見つめながら王は言葉を続ける。
(そんなもの、全て親の金と権力で買い取った地位と名声なんだよ!
ウチは代々大臣を排出してる家系だ。金と権力はありあまってる。
だが実力なんか皆無だ!魔道の力はこの宮廷内にいる魔道師達の足元にも及ばねーよ!!
世の中全て金なんだよ!金!!期待を込めた目でコッチ見るんじゃねぇ!)
脳内で反論を繰り返すも、それをそのまま口にするわけにもいかず、ルウは一息置いた。
「それならわざわざ私が出向かなくとも、私の有能な部下の魔道師たちに果実を取りに行かせましょう。彼らなら間違いなく国内外あわせてもトップクラスの有能な実力者揃いですから」
「いや、他の者たちに聞いた所、誰もが口を揃えて、お前の魔力には遠く及ず、お前が適任だというのだ」
(くそう……あいつら……私の実力を知ってて言ってやがる!!!)
あくまで自分に行かせたがる王に、ルウは負けじと食い下がった。
「お言葉ですが、私は宮廷魔道師。危険な場所へ行くにはあまりにも体力がなさすぎます」
「一人ではない。今、牢に閉じ込めている、大泥棒のクロとゴキを連れて行けば役に立つはずだ」
(はぁあ?!なんで泥棒とゴキブリと一緒に行かなきゃならん?!つーか、なんですか?!これは何かの罰ですか?!)
さすがのルウもそれには反論を返した。
「役に立つという問題ではございません、王!そもそもあの大泥棒のクロが大人しく王様のいう事を聞くとは思えません。それに、私はあのような者を上手く操る術を知りませんし」
「そこは、ほれ、クロが可愛がっているゴキを元のゴキブリの姿に戻されたくなければ大人しく従えと脅せばいいのだ」
いいこと思いついた!と言わんばかりの顔で、ルウを見ながら王は言った。
「そんな脅しを言えば、牢から出た瞬間、私は殺されるに決まってます。それに私はゴキをゴキブリの姿に戻せないし……」
ブツブツ文句を垂れるルウに、少し強い口調で王は言い放った。
「いつものように上手くやればよい!!とにかく行け!!!これは命令だ!」
そんな訳で、結局反論など聞いてもらえず、果実を取りに恐ろしい魔の山へ行くことになった。
しかも、王は去り際に「もし、上手く行けば、イライザをお前の嫁にしてやろう」などと、とんでもない条件まで付け加えてくれた。
(あほかー!いらんわーーーーーっ!!!!!)
心の中で拒否するも、口には出せず、しばらくその場で固まっていた。
ただでさえほとんど無かったやる気が、その一言でごっそり削られた。
しかし、この仕事、やらねば明日から自分は国を追放され、住むところもままならぬまま、食うや食わずで放浪を強いられる事になる。
今まで挫折も知らず、甘やかされ傲慢に育ってきたルウに、そんな事は耐えられない。
この優雅で贅沢な時間を維持するためにも、果実を取りに行くという選択肢しか残されていなかったのだ。
ルウは重い気持ちのまま、ベッドに入った。
1話を最後まで読んで頂きありがとうございます。
大泥棒のクロとゴキのストーリーが最初にあるので、上手くこの小説に組み込めなかったら後日公開します。ゴキ苦手な方すみません。




