二十五話 気まずい
「……初めて、休んでしまったわ……」
部屋に戻って少しだけ仮眠するつもりが、一人になって安心したのか深い眠りについてしまっていたらしい。気付けばアンナが部屋に入ってきていて、朝の支度を着々と進めていた。
私が起き上がって「起こしてよかったのよ?」と言うと、アンナは笑って「お疲れのようでしたので、今日はよく休んでいただきたくて」と返してくれた。
そのままお言葉に甘えて……今日は、書類仕事を免除してもらったのだ。仕事大好き人間の私が仕事を休みたいと申し出たものだから、リュシアン様は大層驚いていたけれど……。彼も若干気まずいのか、「また明日からよろしくお願いします。しっかり休んでください」と休む許可をくれた。
本当は、リュシアン様と顔を合わさるのが気まずいだけだというのに……。
情けないな、と思う。こんなことで多方面に迷惑をかけて……。かといって誰かに相談するような勇気もないし、そもそも相談できるような相手もいない。端的に言うと、友人がいないのだ。
フローレンス伯爵家にいた時は家に閉じ込められていたようなものだし、ベルフォール侯爵家にいた時は領地経営に夢中で社交が疎かになっていた。あの時はそれでもいい、アルフレッド様がいれば友人なんていらないと思っていたけれど……。まさか、こんな風に心細さを感じる日が来るなんて思っていなかった。
「……暇だわ…………」
気まずさから仕事を休んだのは私だけれど、かといって何もすることがないと、こんなにも時間の経過が遅く感じるとは。
それに、じっとしている方が、余計なことを考えてしまう。
……こうなったらもう、散歩でもしようかしら。公爵邸内じゃなくて、公爵領を。どちらにせよ領地経営を任されている身としては、一度領地をちゃんと見て回ろうと思っていたし……。
うん、それがいいわ。そうと決まれば……。
***
「奥様がお一人で、領地を偵察……ですか?」
「えぇ、ダメかしら?」
「はい、ダメですね」
「……どうしても?」
「はい」
まさに一刀両断とはこのことか。アンナは穏やかな笑顔で、バッサリと言い放った。
「奥様は公爵夫人なのですよ? いくら領地内とはいえ、お一人で行動させるわけにはいきません」
「そ、それは……そうなのだけれど、公爵夫人として領地を偵察するのも大切じゃない?」
「護衛をつけるのでしたら構いませんが……」
「……偵察だから、公爵夫人だとバレないようにお忍びで行きたいのよ。その方が自然な領民の姿が見られるし……」
私がぽつりとそう告げると、アンナは困ったように眉を下げながら、「……昼食まで、ですよ。それと、護衛の代わりに私も同行します。私が譲歩できるのはそこまでです」と話した。
「アンナ! ありがとう!」
「奥様ったら、頑固なんですから……。では、変装の準備をいたしますよ。私の服をお貸ししますから、少々お待ちください」
「えぇ、助かるわ。私はドレスしか持っていないから……」
「では、失礼します」
そう言って、アンナが退出した。
私はさっきまでの憂鬱はどこへやら、初めての領地偵察に心が弾んでいたのだった。




