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契約

 1人、キラーハウスの中に足を踏み入れた私は知っている道をひたすら進む。

 散らばった瓦礫の上を歩くのは慣れてしまった。すでに何度も歩いた道だから。

  向かっている場所はもちろんジャックが拠点としている部屋だ。

 

 今まで通りならミア達はチェーンソーを持ったジャックに殺されていた。

 今回は私の“運命”を変えるためにあいつらには生きてもらう。


「よぉ、エマ」

「ジャック――!」


 それはジャックの部屋に着く前の出来事だった。

 突然目の前に姿を現したジャックは、私のことを初めて“エマ”と呼び悲しげに微笑んだ。

 時間の旅を重ねた私達にもはや初めて会うという感覚はない。


「この短期間で2度も死ぬとは」


 ジャックは静かな足取りで私の背後に回ると、傷口があったはずの場所を人差し指でそっと触った。

 丁度、ミアの兄に撃たれたところだ。


「いいか、エマ。

時間を戻す力は“禁制の力”なんだ。本来は使うことが許されない」


 ジャックは背後から私の耳元に口を近付けてそう言った。


「・・・ごめんなさい」

「まぁ、俺はいい。だがもう時期あいつが来るだろう」

「・・・吸血鬼?」

「あぁ、でも、俺に適う者はいないから厳重に注意されて終わるだけだ」


 ジャックの言葉1つひとつには余裕を感じる。 自分の強さに絶対的な自信があるのだろう。

 そうは言っても、私のせいで“禁制の力”を2回も使わせてしまったのは事実。


「・・・迷惑かけて本当にごめん」


 私はジャックに何度も謝った。

 私なんかのためにジャックは・・・2度も禁止されている力を使ってくれた。


(ジャックに危険が及んだらどうしよう・・・)


 下を向く私の視界にジャックの大きな手が映ったと思ったら、私の顔は強制的に上を向かされた。

 ジャックの手が私の頬を挟むようにして持ち上げている。

 この状況に気まずさを感じた私はジャックから目線をそらした。


「しばらくここにいてもらう」


 ジャックは私を見下ろしながら口を開いた。その瞳は鋭いけれど恐くはない。


(迷惑じゃないのかな・・・)


「俺と“契約”もしてもらう」


 返答に悩んでいるとジャックは続けてそう言った。


「契約?」


 ジャックの口から吐かれた“契約”がよく分からなかった私は首を小さく傾げた。


「契約を交わせば、エマは俺を利用できる。 どんな時でも俺を呼び出せる」


 “利用”という言葉には思わず目を見開く。

 私は―― ジャックを利用したいなんて思ったこと一度もない。

 だって、友達・・・だから。


「悪いことではないはずだ。 俺が必要になったらすぐ呼べばいい」


 きっとジャックはうまく伝えられないだけで、私を救ってくれようとしているんだ。 


「友達には利用って言葉は使わないんだよ。だから頼るってことでいい?」


 ジャックは一瞬不思議そうに私を見つめたが「それでいい」と返事をした。


「・・・その契約ってどうやるの?」


 やっぱり吸血鬼だから血をあげたりするのかな?

 やや緊張気味に質問を投げ掛けると、ジャックは何食わぬ顔でとんでもない契約方法を口に出した。


「互いの血を口移しで飲む」


(――え?)


 衝撃的すぎる発言に私は開いた口が塞がらなかった。

 ジャックは返答に困っている私の様子を気にも留めず、私の腰に手を回すと自分のもとへ強引に引き寄せた。


「始めよう」

「――ちょ、ちょっと!」


 慌てふためく私をよそにジャックは何の躊躇いもなく自分の唇を噛んで傷付けると、ゆっくりと顔を近付けてきた。

 その動作があまりにも自然すぎて抵抗するのを忘れていた私は、ジャックの唇から滲み出る血を見て我に返った。


「⸺⸺だ、駄目だって!ジャック!」

「・・・・・・」


 両手で自分の口元を覆い隠す私を、ジャックは不可解な面持ちで見ている。

 

「契約、しないのか?」

「いや、契約は・・・したいけど、でも!」


 「口付けは駄目!」と声を張り上げた。

 “契約を交わす方法”に問題がありすぎる。


「問題?なるべく早く許可を出せ。 ・・・もう死んでほしくない」

「ジャック・・・」


 ジャックが私を守ろうとしてくれている。 その気持ちは本当に嬉しい。

 だけど―― 私には“心の準備”ができていない。

 友達と口付けをするなんて、変だ。おかしい。私の考えは正常なはず。 ジャックは男で私は女。関係性がややこしくなってしまう。


「人間のルールか?」


 そっか、心の声は全部聞かれている。1人で焦って馬鹿みたいだ。ジャックはそこまで深く考えていないと言うのに。

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