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温かな王妃様

 

 その後も気まずさを抱えながら俯き加減で歩いていると、パカラッパカラッと馬が地面を蹴る足音と車輪が地面を打つ音が同時に聞こえてきた。



「あら、馬車を呼んでくれたのね!」



「俺はエマと歩く予定だった」



「ミャー」



 音のする方に視線を向けると、グレースの言った通りそこには馬車が走っていた。

 

 二頭の黒い馬車馬には独特な存在感がある。

 

 馬車は私達の数メートル先で止まり、気品のあるスーツを着た運転手の男性が降りてきた。




「殿下、お久しぶりでございます。

王妃様よりあなた方一行を()()()()()と仰せつかり、急遽お迎えに上がりました」



 話す態度や言葉遣いが、礼儀正しい男性だった。

 ジャックのお母さんはきっと気風の良い女性なのだろう。



「歩いて行くと伝えろ」



 ジャックは馬車に乗りたくない様子だった。



「しかし・・・」



「ジャック様乗ろうよ〜!」



「歩く」



「殿下、これは王妃様からのご命令で」



「歩く」



「わがまま王子!!!」




 歩く歩かないの言い合いが続く中、私は馬車をじーっと眺めていた。

 

 ジャックは歩いて城へ向かいたいようたが、私はグレースと同じで馬車に乗ってみたかった。

 広場から離れて三十分程歩き続けていたから座りたいというのが本音だ。




「乗ろう」



「はぁ?急に変わるじゃん」



「殿下、そしてグレースさんと人間の方もどうぞ」



 ジャックの意見がこんなにすぐ変わるなんて、私に懐いているようで可愛らしくも感じる。



「ありがと、ジャック」


 ジャックにお礼を言いながら馬車の乗降口へ向かう。



「人間の体力について勉強不足だった。すまない」



「何だかそれ口癖になってない? 謝る必要はないのに」



 ジャックは私の後ろに立つと腰を両手で軽々と持ち上げ、乗車を手伝ってくれた。


 グレースは「大胆なエスコートね・・・」と顔をしかめながら笑った。




 でも、自分達で移動ができる吸血鬼が馬車を使うというのも不思議な話だ。

 



「転送の力は全員使えるわけではない」



 ジャックは私の疑問にすぐ反応した。



「ジャックとグレースは使えるよね。使えない吸血鬼のほうが多いの?」



「あぁ、上位の吸血鬼は使えるが下位の吸血鬼は使えない」



「あたし達には力のランクがあるのよ。

その中でもジャック様の力は異常なの。チート王子ってわけぇ~」



「チート王子・・・ふふっ」



 グレースの考えたジャックの異名に思わず吹き出すと、隣に座っていたジャックから鋭い視線を感じた。

 睨まれても一ミリも恐くないのはきっとジャックを信頼しきっているから。




「エマはグレースと一緒に俺を馬鹿にするのが好きだな」



「はは・・・ ごめんね」



 形だけの謝罪を一応伝える。


 ジャックにはいつも困らされているから、彼が困っている顔を見るといい気分になれる。

 もしかして私は性格が歪んできているのかもしれない。



「俺を困らせたいだと?」



 ジャックは小さくため息を吐くと腕を組みながら不平を漏らした。



「心の声読むの禁止!」



「は?ジャック様って心の声読めるの?」



「あれ、知らなかった?」


 「やっぱりチート王子じゃん・・・」と、グレースは物憂げにため息を吐いた。



 


 静かな振動を感じながら車窓から見える夜の景色を眺める。


 この穏やかな時間を心地良く感じているのは私だけだろうか。





*****


「そろそろねぇ〜。レイノルズ城」



 浅い眠りに落ちかけていた私はグレースの声で目を覚ました。



「―――・・・何、ここ」



 夜闇に浮かぶレイノルズ城は、月明かりに照らされて幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 


(私は今からここへ入るの?)



 現実の感覚を狂わせるほど壮大で美しく異様なお城を目の当たりにした私は、拳をぎゅっと握り締める。


 緊張で胸が張り裂けそうだ。



「何だか俺に殺されかけた時より緊張してないか?」



 ジャックは私の手に、上からそっと自分の手を重ねながらそう言った。


 今の私にはジャックのブラックジョークに反応できる余裕すらない。



(あなたは自分の家かもしれないけど、私にとったら未知の世界なの)



「可愛い顔だ」


 仏頂面の私に対して、ジャックはそんな言葉を放った。



「・・・はぁ、」


 ただでさえ緊張しているのに、真顔でそんなこと言われたらもっと緊張してしまう。

 

 私は気持ちを落ち着かせるために目を閉じてゆっくりと深呼吸をした。




 あぁ、でも、私―――

 しばらく薬を飲んでいないのに、何ともない。


 今は不安よりも安心していられる時間のほうが圧倒的に多いから、症状が良くなってきているのかもしれない。





*****


「よくぞ戻った。我が息子、ジャックよ」


 レイノルズ城の玉座の間に案内された私達を待っていたのは他でもない、ジャックの母である王妃様だった。



 冷徹な美しさを放つ切れ長の瞳―――。


 深みと艶のあるワインレッドの髪は高い位置で束ねられていて、精悍な顔つきを際立たせている。


 外見から溢れ出る知性や力強さ。


 彼女はただそこにいるだけで、その場が引き締まるような凛としたオーラを放っていた。



(どうりでジャックが美形なわけだ)



「グレースから報告は受けていた。君がエマ・フローリーだな?」



「・・・は、はい」



 王妃様は毅然とした口調で私に声をかけると、ニヤリと笑って話を続けた。



「私はザーラ・レイノルズだ。 この非道な男の心を変えてくれてありがとう」


「昔は大変だったものだ」と、ジャックがキラーハウスに追放される前の話を聞かせてくれた。




 ジャックは自身の強さを利用して、ここノースレッドでやりたい放題だったらしい。




「特にひどかったのが血・抜・き・だ」



「ちぬき・・・」



「吸血鬼は死なないからジャックは血抜きをして遊んでいたんだ」



「吸血鬼を拘束して、少しずつ血を抜いていくの」


 血抜きの意味を理解できずにいたら、グレースがその行為について簡潔に教えてくれた。



 ・・・拘束?想像するだけで背筋が凍った。

 そんな恐ろしく惨たらしい行為を仲間である吸血鬼にしていたと言うの?

 

 いくら死なないと言っても、苦痛は感じるだろう。

 精神的にもきつそうだ。




「何でそんなことしたの?」



 私の問い掛けに対してジャックは気まずそうに目を伏せた。



「あ、あぁ、エマ、俺は―――


誰かの苦痛に歪む表情や、必死に命乞いする姿が・・・ その、好きなんだ」



「性癖終わってるじゃん」


 ジャックの突然のカミングアウトにグレースは幻滅していたが、私は驚く素振りも見せなかった。



 何故なら私はすでにその歪んだ性格を知っていたからだ。




「エマは驚かないのだな。強い人間だ」

 


 王妃様は目を丸くして私を見た。



 過去を思い出すのは辛いが、私はジャックと出会ったばかりの頃に散々弄ばれていたから―――。


 ジャックの趣味嗜好はその時から知っている。

 根っからのサディストだと言うことも。



「だが信じてくれ。エマにはもうやらない、絶対に」



「「―――もう!?」」



 王妃様とグレースの声が重なり、王座の間に響き渡った。



 ジャックに疑心の目を向ける二人に対して、私は迷いが吹っ切れたように口を開いた。



「色々あったんです」



 キラーハウスでジャックから逃げていたこと。

 自死を選んだが、ジャックの力で過去に戻って生き返ったこと。

 その後、ある人物に銃で撃たれて命を失ったこと。

 過去に戻って今に至ると言うこと。



 まぁ今となっては存在していない未来になるのだが、私の中では全てが現実だった。



「ジャックに禁制の力を使わせてごめんなさい」と王妃様に謝ると、背後から大きな手が回ってきた。


 背中に伝わるジャックの温もり。

 


(王妃様の見ている前で大胆すぎない?)



「ジャック・・・?」



 ジャックが私を抱き締めていることに気付きうろたえるも、王妃様とグレースを見ると二人は静かに涙を流していたから、私はいたたまれない気持ちになった。




「私は確かに二度死にました。

私の死はジャックと関わらなければ回避できたかもしれない。けれど、後悔はしていません。


ジャックと出会わなければ私はこの世に未練を抱えたまま一人虚しく死んでいたから」



 内気な私が心の声を口に出して言えるようになったのもジャックのお陰だ。




「ジャックへ罰を与えようと思ったが、興がそがれたな」




 王妃様はやや強引にジャックを押し退けると、私を優しく抱き締めてくれた。




(いい香り・・・)




「エマの歓迎パーティーを開こう」



「え?」



「賛成です!超楽しそう〜!」





 私の歓迎パーティー?ジャックの帰還パーティーではなくて?



 王妃様の予想外の提案に驚き、少しの疑問符を浮かべて聞き返した。




「私のパーティーですか?」



「あぁ、ジャックの大切な友人だ。手厚くもてなしたい。


一同、準備に取り掛かれ―――!!!」



「「「は!!!」」」




 王妃様がパンッと手を叩き声を張り上げると、気配を消していたと思われる吸血鬼達が一斉に姿を現し、声を揃えて返事をした。


 吸血鬼達が潜んでいたことを知らなかった私は驚いて肩を跳ね上げたが、ジャックとグレースはその存在に気付いていたのか動じずにいた。




 吸血鬼の国で人間である私が目立ってしまうのは気が引ける。

 だけど、私を歓迎してくれた王妃様の温かな気持ちが嬉しくて、思わず笑みが溢れた。


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