漕ぎ出そう
「……よし。好きなところに座ってくれ」
「あ、ありがとうございます」
顧客第一号を見つけた俺は、早速KLの拠点――と言っても無断で占拠しているだけだが――に連れて行くことにした。
着席を促すと、来島は控えめにイスを引き出して座る。
それを確認して、彼と机を挟んで正面のそれに腰を下ろした。
「最初にこれだけは言っておきたい」
「……はい。な、なんですか?」
目に見えない頑張りが得意でない人は多い。
どれだけ頑張っても成長している気が薄いし、なんの成果もないまま一年が過ぎてしまうなんてザラだからだ。
恋愛はこれに当てはまるが、決まった技なんていうのも再現性が高くないし、人間それ自体が不安定な生き物。つまり、こちらがどれだけ最善の動きをしていようが、失敗に終わってしまう可能性が高い。
だからこそ、最初に言っておかねばならないことがある。
「――多分、佐藤さんは無理だ」
えっ。言葉としては表れなかったが、来島の顔はそう言っていた。
そんな彼に、自分の考えていることを余すことなく伝えるべく、口を開く。
成功が確実でないもの、試験なり告白なり、そういうのは全て「運」で左右される。自分が勉強した範囲が出るとか、前日に食べたものがたまたま当たってしまったとか、自分の顔が相手の好みのタイプだったとか、一週間前に恋人ができてしまったとか。
こういった運のせいで、本来の実力以上の結果が出ることもあれば、反対に勝てるはずの相手に負けることもある。
じゃあ、努力はなんのためにするのか。
運が絡んだ上で、勝てる確率を上げるためだ。運で実力を下げられた時にカバーできるような経験を積むこと。これが努力の意味である。
「――ここまではわかりました。でも、それが佐藤さんに繋がるのはどうしてですか?」
「努力っていうのは、戦いが始まる前に終わらせておくべきものなんだよ」
「試験だったら、試験日の前日までにってことですよね?」
頷く。
「んで、恋愛においては、その相手を初めて認識した時が試合開始の合図なんだ。仮に相手が……ちょっと言い方は悪いけど、人気のない女子だったら別だけど、自分が惹かれた相手なんだろ? 素敵じゃないはずがない」
「他にも、佐藤さんのことを狙ってる男子がいる……ってことですか?」
「その通り」
俺の言葉を聞いて来島は悩む素振りを見せたが、良い反論が思いついたようで、明るい表情で口を開く。
「で、でも、それならいち早く行動を始めた僕が有利じゃないんですか?」
「一理ある。人生って、結局は早い者勝ちだからな」
「なら、僕にだってチャンスは――」
「恋愛はそう甘くない。全員のスタート地点が同じなら通る理論だが、人間は生まれた瞬間から優劣がついてる。来島が五年間努力を続けて、ようやく同じ場所に立てる相手がノー勉のこともあるし、そもそも遥かに昔から頑張ってるやつもいる。素敵な子には、素敵な男が釣り合う。今の来島に、その自信があるか?」
希望に満ちていた顔が一変し、みるみるうちに絶望に染まっていく。
だが、事実なのだから仕方がない。夢を見させるだけ見させて、一気に現実を直視させるよりショックは薄いはず。
「でも、可能性が0なわけじゃない」
「諦める必要はないんですか?」
「もちろん。恋愛はタイミングが重要だ。実力以上の相手を倒せることだってある。それに、もし佐藤さんに振られたとしても、それまで培った力は次の恋に活かせる。次の恋では、今度は自分が有利に立ち回れる」
「……次の恋は、まだ考えられないです……」
「それはそうさ。俺も、佐藤さんをモノにできるよう精一杯アシストするから」
来島が頭を下げる。
ひとまず、座学座学するのはこの程度でいいだろう。
「ここからは、実際に人を見て思考を深めていく。ついてこい!」
「はい、よろしくお願いします!」
果たして教場に戻ってくる意味はあったのだろうか。
そんな考えが頭をよぎりつつ、俺たちは次の一歩を踏み出すべく、扉を開いた。
・
「あ、あそこの席、空いてますよ」
「ナイス」
チキン南蛮定食を乗せたトレイを置き、腰を下ろす。
七緒はというと、何故か俺の正面ではなく隣に座った。
「……なに?」
「生姜焼き定食です。知ってますか、生姜焼きって元々は豚肉の獣臭を抑えるために――」
「メニュー聞いてるんじゃないんだよ。こういうのって、普通は正面に座らない?」
「先輩ふうに言えば、それは友達同士の定位置じゃないですか? 私、先輩を友達だなんて思ったことは一度もないですよ」
「じゃあなんだと思ってるんだよ」
じとっと俺を睨んでいた七緒は、少しばかり考えると「蝶です」と答える。
「蝶ぅ? じゃあ、七緒ちゃんはなんなの?」
「蜘蛛です」
「絡め取って喰う気じゃねぇか」
「安心してください、本当に食べるわけじゃないですよ」
「当たりま――」
「性的な意味です」
言いながら、俺の太ももの辺りを優しく撫でてくる。
手つきが完全にエロ親父だ。
「昼の食堂で言うことじゃないよな」
どんな意味でも怖かった。
話の流れを戻すべく、一度ため息をつく。
「……ってことで、もう少し実地的な勉強を始めるわけだ」
「ちなみに、スイーツを楽しむサークルっていうのは、今でも存続してるんですか?」
「もちろん。なんならサークル員は百人を超えてるらしいぞ」
「百人って……インカレですか?」
「いや、うちだけでこの人数だよ」
インカレサークルとは一般的に、複数の大学の生徒たちで構成されているサークルのことだ。
ただ、その関わり方に関してはまちまちで、他大学の生徒同士で頻繁に集まって活動に勤しむ場合も、あくまで活動自体は一つの大学内で行い、年に一度の合宿のみ他大学と合同で行う場合もある。
メリットとしては、同じ県内だけでなく時には遠く離れた地方の生徒と知り合うこともでき、恋愛や友情へと発展することがある。
デメリットは、変な噂を立てられる可能性が高いことだ。
変な噂については、ある程度メンバーの多いサークルならインカレかどうかを問わず立てられるものだが。
おそらく、七緒が次の言葉で証明してくれるだろう。
「そこまでの人数……ヤリサーですか?」
ほらな。この噂が八割といったところだ。
「そうだよ……って言いたいところだけど、違う。あのサークルは受け皿なんだよ」
「受け皿?」
「大学デビューしたいけど、人との距離感だったり垢抜け方をミスって浮いちゃった生徒。そいつらが集まって、閉鎖的な空間で一軍に入っているロールプレイをする、みたいな場所ってこと。大海に出ずに、井の中の環境を整える方に意識を向けたわけだ」
「……割と散々な言い方してません?」
「事実だからな」
前進せず、その場に留まり続けることを選ぶのは青春とは言えない。
「ともかく、俺たちは次の段階に踏み出したわけだ」




