観察
教場を飛び出した俺たちは、そのままの勢いで大学まで飛び出してしまった。
そして、その足で最寄り駅まで向かうと、あれよあれよといううちに渋谷駅に到着する。
本当は佐藤さんを直接見に行きたかったが、今日はサークルがないらしいし、またの機会にした。
「まずは渋谷だな」
ハチ公口から出ると、平日だというのに溢れんばかりの人。観光の外国人だけでなく、日本人もかなりの数だ。
「若者の街といえば、やっぱり渋谷だな」
「ひ、人が多くて、僕は少し苦手です……。それで、渋谷でなにをするんですか?」
「人間観察」
来島の顔からは不安や心細さが読み取れた。人間観察という行動自体は理解しているが、その目的までは分かっていない。そういう顔だ。
「佐藤さんのどこが好きなんだ?」
「えっ!?」
一瞬で耳まで赤くして狼狽えている。初心な男だ。
「えっと……あの……可愛い、ところ、です」
「あとは?」
「あと、ですか? あとは……服も可愛いです。派手ではないんですけど存在感があるっていうか、佐藤さんがいると場が明るくなるんです」
「愛嬌とか話術があるタイプか」
本当はもう少し情報を引き出したかったが、彼は佐藤さんとほとんど会話すらしていない。そもそも手持ちのカードがないのだ。情報を引き出すというより、絞り出すに近い。
これ以上は無駄というか、多少の危惧もある。
プロファイリングはやめにして、講義に戻ることにした。
「恋愛には多くの傾向が関係してくる。完全に同じ人間はいないし、その時の気分や外的要因によって付き合う相手が変わる。でも、服装や持ち物から、そのジャンルの人間が好む傾向は推測できる」
「例外はあるけど、概ねその傾向に現実が合致するわけですか?」
「おお、理解力があるな。来島って何学部だっけ」
「経営です」
経営を学ぶ際に、同じような考え方が出てくるのだろうか。
一般的な恋愛初心者が好むノウハウは表面的で、泥臭い現実は敬遠されることが多いが、来島は思ったよりも飲み込みが早い。
「つまり僕は、佐藤さんと似た系統の女性が一緒に歩いている男性を観察して、それを目指すってことですよね」
「傾向的には正解だな」
どういうことですか、と来島が問いかける。
「佐藤さんの好みを探るのはマストだけど、もう一つ、上振れを狙う手もある。こういう都会を歩いてると、『どうしてこいつがこんな可愛い子と腕組んでるんだ!?』ってカップルがいるだろ?」
「い、いますね……その、僕みたいな男性が、アイドルみたいな綺麗な女性と一緒に歩いてること……」
「もちろん、パパ活とか被写体撮影のような可能性もある。でも、割合的には半分くらいかな。彼女側のセンスを疑うようなカップルは実在する」
そう言ったのを神様が聞いていたのか、俺たちの目の前を一組のカップルが通過した。
「あれを見てみろ」
男性の方はヨレヨレのシャツに情けない猫背、会話の内容は分からないが、早口で何かを話している。
それに対して、女性の方はフリルのついたワンピースを身につけ、頭からつま先まで綺麗に手入れされていた。
「腕、組んでますね」
「あぁ、しかも金銭が絡む時にありがちな表情の強張りもなかった。あの子が役者じゃない限り、付き合ってるな」
来島の目は、明らかに「羨ましい」とアピールしている。
「これが上振れだ。閉鎖的なコミュニティにしか所属していない美女に対して、そのコミュニティ内で高いヒエラルキーを持つ男、もしくはスペックの差を気にせずアタックすることでジャイアントキリングを成し遂げる。人間性にも寄るが、そういう付き合いの場合は浮気の心配も低い。傾向を学びつつ上振れを狙う、これが佐藤さんに対する作戦だ」
一つの要素で勝てる確率が20%ほどだったとしても、それを二つ組み合わせることで勝率は50%くらいまで上がる。恋愛に限らず、多くのスキルを磨くことは勝利への近道だ。
「もちろん、上振れの方が実例が少ないから、基本的には傾向を探っていく」
「その途中に上振れの例が見つかった場合、そっちに意識を向けるわけですね」
「さすが。それじゃあ、1時間くらいここでターゲットを探して、見つかり次第、尾行していこう」
・
「この日は大漁ってやつでな。カップルも多かったし、上振れてるのもそこそこいた」
「でも、来島さんの言葉じゃ不足だったんじゃないですか? なんていうか、いまのところ彼が佐藤さんを好きな理由が不明瞭っていうか……」
「そう、そこなんだよな。人間に想像力があるのは良いことなんだけど、時にそれは進む道を見誤らせる。つまり――」
次の言葉が喉から出る前に、コトン、と俺のトレイの上に何かが置かれた。どうやらそれは、紙コップ……お茶が入った紙コップだ。
「……ん。古庵くん、おはよ」
最初に目に入ったのは、黒いショートパンツから伸びたスラリとした脚だった。健康を疑ってしまうような細さと白さ、陶器のような滑らかさ。
続いて視線を上に持っていくと、くびれのある腹部、ぴっちりとした黒いシャツ、涼しげなポーカーフェイス。黒髪の毛先には、それぞれ左右に赤と青が入っている。
音羽紫は、俺たちと同じく両手にトレイを持っていた。それを俺の正面に置くと、少しばかり七緒と睨み合い、トレイに残っている二つの紙コップのうち一つを渡す。
「ありがとうございます」
「気にしなくていいよ、古庵くんのついでだから。お礼がしたいなら、私と席を変わってほしいな」
「残念ですけど、先輩の隣でさわさわする権利は安くないんです。角の席をとった甲斐がありました」
いきなり無言になった二人。しかし、その視線はバチバチと音を立てんばかりにぶつかり合っている。
「……まぁ、今回は譲るよ。前の席だって捨てたもんじゃないよ」
そう言って席に座った紫は、モデル並みの長い脚を伸ばして俺のものに絡めてくる。
細いと言っても骨の感触がダイレクトに伝わるわけではなく、しっかりと柔らかさがある。
「それで、古庵くんは何を話してたの? 私にも聞かせてほしいな。あ、何か食べたいものある?」
「大丈夫だよ。そもそも俺たち、同じメニューだし」
なんなら、捕食者二体に囲まれてるようなこの状況から逃げ出したいし。そう言いたいところだが、太ももと腕は七緒に撫で回され、脚は紫に優しく固められている。逃げようがない。
仕方ない。俺は一度ガックリと首を垂れると、話の続きをすることにした。
「去年の新歓の時期の話なんだけど――」
そう言うや否や、紫はガタッとイスを震わせた。
「あぁ、あの前だったか、後だったか、その辺のことだよ」
「そ、そうなんだ……」
昨年の新歓の時期、俺と紫の間で何かがあったことは彼女から聞いていた。内容は何故か教えてくれなかったが、彼女が純度100%の好意を向けてくるということは、過去の俺は中々良いことをしたはず。
彼女が頬を染めて動揺していることからもそれが理解できたし、もう少し話を掘ってみたかったが、俺の横に座っている女子が強烈な負のオーラを出しながら睨みつけてくるので、今回はやめておこう。
「……二人って、協力し合う感じになったんじゃないのか?」
「時と場合です」
「そうですか……」




