サークル
ストーキング……もとい、人間観察を終えた俺たちが次に集まったのは、二日後のことだ。
四限の講義が終わった後、ガラガラと教場の扉が開く。
「来たか、来島」
「古庵先生、今日もよろしくお願いします」
ひとまず、来島を席につかせる。彼はこの前と同じ席を選択した。
「今日がサークルの活動日だったよな? これから佐藤さんを見に行こう」
「佐藤さんを!?」
「まだお前が会話するわけじゃない。一昨日、渋谷で色々見てきたわけだけど、先生としてはやっぱり実物を見ておきたいんだよ。来島にはわからないけど、俺になら見抜ける部分もある」
焦っていたようだが、俺の言葉に納得してくれたみたいだ。
「それなら、早く行かないとまずいですよね。サークル活動が始まっちゃったら、中に入ることも――」
「できるぞ。だって、新入部員のフリするんだから」
「参加するんですか……?」
「当然。ライバル候補も見ておきたいしな」
そんなわけで、俺たちはスイーツなんたらサークルの活動拠点である八号館に到着した。
講義で訪れる機会の多い場所だが、使われていなさそうな教場も多い。ここをKLの本拠地にするのもアリだったな。
八号館の階段を登っていき、三階にたどり着いた時、来島が「ここです」と言った。
指さす方を見ると、何人かで固まっている生徒たちが、ちょうど教場に入るところだった。室内から楽しげな声が聞こえてくる。
「もう、メンバーは集まってるみたいだな」
「そうですね。……本当に混ざるんですか?」
「心配ない、作戦がある。来島は、俺と面識があるアピールだけしてくれればいい」
「りょ、了解です!」
少しばかり確認した後、俺は堂々と教場の扉に手をかけ、中に入っていく。
「お疲れ様です〜」
控えめな声量で挨拶すると、数人の生徒が振り返る。
誰か知り合いが来たのだと目には期待が浮かんでいたが、逡巡の後、それは不信感に変わった。
だが、俺の後ろから来島の柔らかな声が聞こえてくると、謎は払拭された。
同じタイミングで入ってきただけでも、人は二人を関連付けする。来島は一年時からサークルに加入していたようだし、参加率も高いらしい。
彼と一緒にいるというのは、それだけで安全性の証明になるのだ。
怪しいやつというのは、行動からそれが滲み出てしまう。
慣れない場所だから動くこともできず入り口付近でオドオドしてしまうとか、人見知りして誰とも話せないとか、怪しんでくださいと言っているようなものだ。
俺は教場の中央に真っ直ぐ向かうと、ついてきている来島に話しかける。
「さて、潜入はできたな。佐藤さんは?」
「えっと……あっ、あそこです」
前方に女子だけで構成されている数人のグループがある。
タイプはバラバラ、というか全てがバラバラな女子が多いな。
まず、グループ内の会話を回しているであろう金髪の女子。ギャルとまではいかないが、肌の露出度や話す時の仕草は特徴的。メンバーはそれぞれ、自分の荷物を近くの机の上に置いている。ギャルの持っていそうなカバンは見当たらなかったが、消去法から言ってピンクのフリルがついたトートバッグだろう。
「あのギャルっぽいのは佐藤さんじゃないよな?」
「はい、彼女は山本さんです。佐藤さんはその左の子で……」
どれどれ、と佐藤さんに意識を向ける。
初めに思ったのは、地味だなということ。緑色のリボンが付いたクリーム色のシャツ、緑色のロングスカート。ウエストがキュッとしまっているし、かなりスレンダーじゃないと着こなすことができないはずだ。
顔立ちは平均的で、茶髪のボブ。俺はあまり好きなタイプではないが、森から出てきた系の素朴な女性がタイプな人には刺さる。
前情報をもらっていた「明るさ」に関してだが、今のところはよく分からない。
「あの子か。とりあえず、見た目から傾向は理解できた。あとは実際に会話してみてだな」
「は、話すんですか? まだ僕には無理ですよ……」
「来島はなにもしなくていい。俺が話すんだよ。その機会は作れるんだよな?」
「大丈夫です。みんなに機会があります」
活動内容としては、みんなで駄菓子なりスイーツなりを持ち寄って、食べながら雑談するというもの。一定時間で席替えをして、生徒同士が多くの交友関係を結べるようにする……らしい。
コンパかよ、というツッコミを入れたくなったが、実際そのような意図があるのだろう。
男子メンバーを観察してみると、どれも下の中〜下の上レベル。一番身だしなみに気を遣っている男子でも中の中止まりだ。
少しばかり語弊がある。もちろん、中には服に気を遣っている奴もいる。しかし、オリジナリティと異質を勘違いしていたり、自分の現時点のスペックでは着こなせないデザインのものだったり、客観視ができていない。
外見で人を判断するのはよろしくないという派閥もいるだろう。
ちらほら聞こえてくる会話にしても、内容が自分本意でつまらないし、早口でなにを言っているか分かりにくい。興奮だけが一人歩きしている。
総じて有象無象だ。
そんな彼ら、または歴代メンバーたちがどうにか女子との接点を作ろうとした結果、このようなシステムが生み出されたのだろう。
よく見ると、女子側はほとんど食べ物を持っている気配がなく、男子側はビニール袋やケーキ屋の手触りの良い袋を近くに置いていた。来島も近くの店で買ったというクッキーを持参している。
男女平等が掲げられている時代だが、こと恋愛に関しては女子が圧倒的に有利。
このサークルは、男子から貢物を捧げられる対価として女子が会話してあげる、夜系の店と似たようなものなのだ。
努力の方向性を間違えるとこうなる。俺は少しばかりの寂しさを覚えながら、サークル活動開始の挨拶を聞いていた。