エピローグ 『全てを叶えたスローライフ』
鳥の囀りと、部屋に差し込む朝日で目が覚める。
「ん……朝か」
とは言え、今日も特に予定らしい予定はない。
この南方の田舎町に移住してはや数ヶ月。
俺はスローライフという名の隠居生活を悠々と楽しんでいた。
平和としか言いようのない日々だが、今はそれが心地いい。
「ん〜……おきたのお、キバぁ?」
俺の腕枕で眠っていた美女が、目を覚まして、甘い声を出す。
「おはよう、メアリ」
「んふふ。おはよ〜」
薄桃色の髪を撫でてやれば、気持ちよさそうに喉を鳴らす。
まったく、猫みたいだ。
メアリ・マーネの姿は初めて見たあの日と変わらず――いや、それ以上に美しい。
昨夜も俺と激しく愛し合った彼女は、今も一糸纏わぬ姿を晒している。
「ねえ、キバぁ」
「なんだ?」
「今日も予定は……ないんでしょ?」
ああ、まただ。
彼女の体から発せられる、この匂い。
俺はこの魔性の匂いを嗅いで……理性を保っていられたことがない。
「だったら――んんっ!」
発言の途中で唇を塞ぐ。
ここから先は、言葉は必要ない。
ただ、感覚に身を委ねていく――。
✳︎ ✳︎ ✳︎
日もすっかり昇りきった頃に、ようやく遅めの朝食を取る。
「郵便受けに色々来てたよ。えっとこれは孤児院の聖女様からで、これはギルドからで……」
「もらうよ」
メアリが持って来てくれた四通の手紙を受け取る。
「何が書いてあるの?」
「孤児院はいつも通り、子供達の近況報告だ。みんな元気そうだな」
「あの子達、すくすく育ってるもんね。また会いに行きたいな〜」
巨大蜘蛛討伐報酬、および素材の売却費の総額はとんでもない額になった。
派手に遊びまわっても人生十週は余裕で過ごせそうな額だ。
個人でそんなに金を持っていてもしょうがない。
そう判断した俺は、その大半を孤児院や貧困層向け基金への寄付などに回した。
……と言っても、残った額だけでも普通に暮らす分には余裕なのだが。
俺自身、スラムの浮浪児だったところを師匠に拾ってもらった身だ。
少しでも子供達のために使いたい、素直にそう思った。
その縁もあって、時々孤児院に様子を見に行ったり、こうして近況報告をもらったりしている。
「ギルドの方も相変わらず。細々と事件はあるみたいだけど……大した事件はないな」
ギルドマスターとの仲は変わらず良好だ。
最近では有望な新人パーティーが実力を伸ばしてきている、なんて事が楽しそうに書いてある。
もしかしたら……俺もそのうちスローライフに飽きて、またダンジョン探索を始める事もあるかもしれない。
でもそれは、あるとしても遠い未来の話だ。
ただ、手紙の最後にこんな記述があった。
『アンドリュー達の消息が途絶えた』
……ふむ。
「なんか気になることでも書いてあった?」
「いや、何でもないよ。ギルマスも色々忙しいみたいだけどな」
「元々キバに頼りすぎなんだよ。ざまぁ、だね!」
びくっ。
思わず反応してしまう。
「ん? どうしたの?」
「いや、何でもない。こっちの手紙は……師匠からだな」
内容は師匠の近況報告と、こちらの生活の心配だ。
メアリとは上手くやっているか、そんなことが書いてある。
メアリと出会い、誘拐から助け出した運命の日。
あの日以来、メアリと俺は熱愛を続けている。
俺が南部に移住すると言った時も、彼女は即座に一緒に来ると誓った。
大商会の一人娘がそんな自由に動けるのか、とは思った。
だが、意外にも彼女の父親は前向きだった。
もっとも、彼女の父の方は損得勘定もした結果ではないか、と睨んでいる。
誘拐されるよりは、腕の立つ俺の傍にいた方が安全だ、との計算が。
メアリ本人は天真爛漫、と言った様子で素直に俺を愛してくれている。
素直に、というより本能的に、というべきかもしれないが。
先程の痴態を冷静に思い返すと、こちらが赤面してしまいそうだ。
そんな事を思い返しながら読み進めると、驚きの情報があった。
「メアリ……師匠によると、近々、姉弟子がこの町に住む事になったらしい」
「え? 姉弟子って……キバがよく話してくれるあの? ずっと遠方に修行に行ってるあの?」
「そうそう。ようやくこちらに帰ってくるみたいだ。いや、でも何でこの町に……?」
住んでる自分が言うのも何だが、この町にはほとんど何もない。
スローライフ目的でもなければわざわざ住むメリットはない、はずだ。
「はぁ〜……キバって嗅覚は鋭いのに、そういうところ鈍いよね」
「え? 何のことだ?」
「言っておくけど、正妻は私だからね?」
「本当に何の話だ!?」
姉弟子とは別にそういう関係ではないし、なった事もない。
いや、確かに修行時代は密かに想いを寄せた事もあったけど……いやいや、ではなく。
「その様子だと……もしかして隣のアーシャちゃんの気持ちにも気付いてない?」
「いい子だなとは思っているが……え? え?」
「……にぶちん。大体キバはさあ――」
他愛ない会話だ。
こんな風に、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。
俺たちの物語は、そんな結末でいい。
■ ■ ■
だから――ここから先は語られる事のない物語だ。
メアリが話に夢中になっている隙に、そっと一通の手紙を懐に隠す。
特徴的な黒い便箋に入ったその手紙。
中は見なくても、何が書いてあるかはわかっている。
そこにはたった一行、こう書いてあるはずだ。
『依頼達成』
と。
依頼主は俺。
依頼内容はこうだ。
『アンドリュー達、四人の抹殺』
当然だ。
実質的に俺を殺そうとしたあいつらを、許せるはずがない。
かと言って、公には罪に問われていない彼らを殺せば、今度は俺が殺人罪に問われかねない。
だから俺は、コネクションを持つ師匠を通して暗殺を依頼した。
冒険者であっても間違いなく殺せる、そんな暗殺者に。
師匠は条件を完璧に満たす暗殺者を紹介してくれた。
彼の通り名は特徴的だ。
先程メアリが「ざまぁ、だね」と言った時には、一瞬この件がバレたのかと思った。
誰であっても間違いなく殺す、恐るべき暗殺者。
彼は畏怖の念を込めてこう呼ばれている。
――ザ・殺戮者と。
ざまぁだあ。お後がよろしいようで。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
本作品はここで一旦完結と致します。
多くの反響頂き迷いましたが、当初書こうと思った事は書ききったためです。
既にブクマして下さった方、評価してくださった方、感想下さった方、大変励みになりました。ありがとうございます。
まだの方も、少しでも「面白かった」と思って頂けましたら、是非ブクマと評価の方をお願いいたします。
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本当にここまでありがとうございました。
またご縁がありますように。
また、下部にリンクがある拙作『クズの異界流儀』もよろしくお願いします。




