最後の別れがこんな形だなんて
間に合ったーっ。
洪水はズボンのふちを掠めただけで、本流は音を立てて地面へ放たれた。
間に合った。いや、厳密に言うと、少し突破された数滴と、ズボンのふちに少し付いてしまったので、完全勝利いうわけには行かなかったが、この本流をズボンの中でぶちまけていたと思えば全然マシである。
大きなため息がでて、冷や汗がすっと引いていくのが分かった。つーんと匂いが漂ってくる。ぴちぴちっと残ったのを絞り出して、おれは紙がないことにふと思いを致す。
仕方が無いので、手頃な葉っぱをちぎって拭いた。葉っぱ一枚で拭いたのがまずかった。破れて指についた。葉っぱはいくらでもある。けちらずに、数枚重ねて拭けばいい。
意外にケツ当たりはよく、柔らかい吹き心地であった。もちろん、葉っぱの種類によって様々な吹き心地を体験できることであろう。
街道に戻ると、座るのに手頃な岩の上に、アウラが小さく佇んでいた。
「大丈夫だった?」
おれを心配してか、おれに持たせている荷物を心配してか、彼女は言った。
「大丈夫。どうにか最悪な事態は免れた」
彼女は鼻で笑った。かくれなき美少女はおよそうんこなどという概念すら持ち合わせぬのであろう。おれも、いちいち腹の具合を説明するのは気が引ける。今日が最後の1日なのだ。その1日が腹痛に悩まされるなんて最悪すぎる。
そう。敵の攻撃は第一波では終わらなかった。第二波に襲われたおれは、
「さ、さきに行ってくれ」
と言い残し、再び森の中に姿を隠す。
第二波との戦いに、多少の手傷は負った(ウンコが付いたが)がどうにか撃退し、再び街道に戻ると、アウラはそこにいた。
どこに行くのか分からないのに、先に行けもなにもない。第三波が来ないことを祈って、おれたちは出発した。が、耐えられたのは30分ばかりだろうか、おれは追いかけてくる敵と戦い、また戦う。
ひりひり痛む肛門を引きずりながら、目指すべき町に到着したのは、夕日に建物が赤く染められている時分であった。
「もう。あなたのおかげで遅くなったわ」
おれだって、遅くしたくて遅くしたわけではない。仕方が無かったんだ。
それにしても、胃袋の中身も大腸小腸の中身も全部出してしまったみたいで腹が減った。どうせ食っても下すだけかも知れないが。
「で、こっからどうやって兄さんを探すんだ?」
彼女は手を顎に当てて考える。そして、閃いたように、
「そのまえに、あなた服を買ってきなさいよ」
顎に手を当てていたのではない。きっと彼女は、ひん曲がりそうな鼻を、曲がらないように押さえつけていたのだ。
やっぱり、おれは臭うのか、と思ったのもつかの間。手が透けて見える。
「アウラっ……」
彼女を呼ぼうとしたおれの声は、音として結ばれることはなかった。
彼女の驚いたような、焦ったような表情。
そうか。タイムリミットがきたってわけだ。
そして、おれはあの金属バットで殴られたような衝撃。意識が薄れていく。そんな消えそうな意識の中、美少女との最後の別れがうんこくさいだなんて、とんだ異世界体験だった、と泣けてきた。
いやはや。こんな後味がわるい、ある意味バッドエンドな作品を、生まれて初めて書きました。
次はハッピーエンドな作品を書くぞ。