間違ってたら責任取ってください
悪魔族?
それって、かつて魔王と一緒に戦った種族だよな?
「この国は激戦地だったから、魔族への憎しみが残ってるからね。しかも悪魔族は女神教会の教義においても罪を犯した魂を持つものの生まれ変わりだと言われている。悪魔族が虐待されても訴える人はいないだろうな」
「魔族への憎しみ……ハルは大丈夫だろうか?」
目の前の悪魔族から目を逸らすように俺はハルが心配になった。
彼女は現在、キャロと一緒にこの町の武器屋で剣を手入れするための道具を新調しにいっているはずだ。
「白狼族は勇者派と魔王派に分かれて戦ったからね。彼女みたいな処遇を受けることはないと思うよ。町の中でも変な目では見られなかったでしょ?」
前みたいに隷属の首輪を着けたままだったら危なかったかもしれないけどね、と鈴木は言った。
危なかった……か。
一歩間違えれば――いや、勇者がハルを南大陸から連れ出さなければ、あそこに座っていたのがハルだったかもしれないのか。
「「俺(僕)たちでなんとかできないかな」」
俺と鈴木は同時に言葉にした。
言ってしまった結果、決意を新たに彼女を救うために動く――なんてことはできない。
なにも失う者がない無職だったら。
「大切な者を得れば得るほど、自由に動けなくなる。ここはゲームのようなファンタジー世界だけど、でも優しい世界じゃない。いつもハッピーエンドとは限らない」
鈴木が歯ぎしりをするように言った。
俺も同じ気持ちだ。
手の平が痛い。気付けば、拳を強く握りすぎていたため、爪が手の平に食い込んでいた。
血は出ていないが、赤くはれた手を見る。
痛い……か。
血まみれになった彼女の痛みはどんなものか。想像するだけでも辛い。
俺はこれ以上その場にいるのが耐えられなくなり、逃げるように部屋を出た。
鈴木も俺と一緒に出てくる。
「なんでこんなことになってるんだろう」
「悪魔族は、十二年前の戦争が終わってから、頭の角と背中の翼を魔法で隠し、周囲に溶け込むように生きていた。でも、今回の騒ぎ――呪いにかかっていることがわかり、血液鑑定を行った結果、彼女が悪魔族であることが明るみになったんだと思う」
鈴木が言った。
つまり、俺のせいで?
「スズキ卿の仰る通りです。お陰で悪魔族どもを十名以上見つけることができましたよ。狂乱化の呪いにかかっている人を探すという大義名分があったおかげで、大人数の血液鑑定を行うことができましたからね。ぶひひひひ」
「狂乱化の呪いにかかっていなかった悪魔族はどうなったのでしょう」
「もちろん、教会送りですよ。彼女たちは犯罪者ですからね」
「――っ」
俺が思わず反論しそうになったが、鈴木が俺の手を握る。
査察官に逆らったらいけない。
そう言っているかのようだ。
悔しかった。
鈴木も俺と同じように悔しいはずなのに、俺を気に掛けてくれることが悔しかった。
「査察官殿、彼女はどうして他の悪魔族のように教会に送られないのでしょうか?」
鈴木が尋ねた。
「簡単なことです。彼女は犯人を見つけるための道具なのですよ」
「やっぱりそういうことですか」
鈴木がひとり納得した。
「彼女が犯人と繋がりがあるんですか? 悪魔族だから?」
俺は種族差別も甚だしいと思った。
確かに、今回の件、魔族が関わっている可能性が高いと思った。
でも、だからといって平和に暮らしていた彼女を拷問しようとするものなのか?。
俺の質問を聞いて、査察官が笑った。
なにがおかしいのかわからない。
「そうじゃないよ、楠君。彼女を使って査察官殿は、狂乱化の呪いが発動するための文言を探っているんだ。文言となる言葉はなんでもいいというわけじゃない。文言がわかれば、そこから犯人やその目的がわかるかもしれない。そう仰っているんだよ。まぁ、文言になる言葉は少なく見積もっても一万種類はあるから、そう簡単に見つかるとは思えないけど」
「――待てよ、鈴木。文言がわかったらってそれって、あの子が狂戦士になるってことだろ! 危険じゃないかっ!」
「そのために足の腱を切っていたんだろう。狂戦士になっても足が動けなければ対処がしやすい」
「対処って……」
「直ぐに殺されることはないと思うよ。この国は法治国家だ。裁判無くして裁くことはない」
「うむ、その言う通りだ。スズキ卿はよく勉強なさっておるようだ。ぶひひひひ」
裁くことはないって、あれだけのことをされたのを見て、そんなことを言うのかよ。
チクショウ。
そう叫びそうになった、その時だった。
――ドンっ。
鈍い音とともに、隣の部屋の金属製の扉が変形した。
なにかがあった――それはわかる。
そして、隣の部屋にあったはずのふたつの気配のうち、ひとつが極端に小さくなっている。
悪魔族が死にかけているのか?
でも、それなら扉の変形の原因が――まさかっ!?
俺は変形した扉のノブを握ろうとしたが、
「楠君、その扉はダメだっ! こっちだっ! 査察官殿は安全な場所に避難してください」
鈴木が隣の部屋に誘導する。
そこの窓で俺が見たのは、暴れ狂う悪魔族の少女と、死に瀕した騎士の男だった。
扉は、騎士の男が激突した衝撃で変形していたらしい。
いくら上級犯罪職でも、高レベルの騎士相手にそんなことができるのか。
なんで狂戦士のスキルが使えるんだ?
【邪狂戦士:LV1】
……っ!?
悪魔族の少女の職業が、邪狂戦士になっている?
狂戦士じゃない?
「狂乱化の呪いが発動しているのかっ!?」
鈴木は、彼女の職業が狂戦士ではないことに気付いていないのか。
そう思ったとき、混乱状態の彼女は騎士が持っていた剣を奪うように取ると、扉を蹴破って外に出た。
俺は部屋にあった剣を抜き、
「斬鉄っ!」
スキルを使って、鉄の壁を剣で切り裂き、蹴とばして別の入り口を作った。
そして、取調官の男を抱え上げて回復魔法を使おうと試みる。
「……世界の……きゅう」
「メガヒールっ! 何言ってるんだ、大丈夫かっ! メガヒールっ!」
二度目のメガヒールは発動しない。俺は同じ魔法を連続して使うことができない。
そして、仮に発動したとしても意味はない。
「楠君、彼の容態は――」
「こういうとき、小説じゃ体温が急激に失われていくとか表現するのかもしれないけどな全然そんなことないよ。まだ温かいよ、チクショウ」
急激に失われたのは体温ではない。
失われていくのは気配だ。
気配が急激に失われ、感じ取れなくなる。
「…………っ! 鈴木、この人が死んだってことは」
鈴木も気付いたらしい。
はっとした顔になり、部屋の外に出る。
レベル1で高レベルの騎士を倒した――いや、殺したんだ。
彼を絶命した時点で彼女は部屋を出ていて、俺と距離を取っていた。つまり、戦闘は終了した。
レベルが上がっている。
「鈴木、彼女の職業は狂戦士じゃない! 邪狂戦士だっ! 心当たりはあるか?」
「邪狂戦士――聞いたことはないよ。種族別の職業かもしれない」
種族別の職業。
ダークエルフやエルフたちだけが転職できるエルフ弓士みたいなものか。
キャロも平民のレベルが上がったことがきっかけで、誘惑士に突然転職した。
悪魔族が狂戦士になることが、邪狂戦士になるためのきっかけだったとしても不思議ではない。
「楠君、覚悟はあるかい?」
「覚悟って」
「彼女を殺す覚悟だよ」
狂乱化の呪いが発動した。
つまり、もうディスペルで呪いの治療はできないのはわかっている。
「ディスペルで混乱状態から治療することはできないのか?」
「無理だよ。いや、治療はできるけど直ぐに混乱状態に戻ってしまうんだ」
鈴木が悲しい顔で言う。
俺は持っている剣を見た。
咄嗟に持ってきてしまった、札を差し込むタイプの剣を。
「覚悟はできている。この剣で彼女を貫く覚悟が」
「……そうか。なら何も言わない。手分けして探そう」
俺と鈴木は頷き、別れて探す。
幸い、この施設は人があまりいないらしく、人の気配はあまりない。
「ぶひいいいいいいいっ!」
まるで豚の断末魔のような声が聞こえた。
この声は、査察官かっ!
俺は声がした方に向かった。
なにがあったのかわからないが、本棚が倒れて、査察官が挟まっている。
「査察官殿っ!」
「イ、イチノジョウ殿かっ! 我を助けるのだっ!」
査察官がそう言ったとき、ボロボロだった悪魔族の女の子が俺を見た。
体がぶれたかと思うと、俺に向かってかけてきた。
速いっ!
「くっ」
俺は少女の剣を受け止める。
剣を受け止められた彼女に苦悶の表情が浮かぶ。
受け止めた時はそれほど強いと思わなかったが、鍔迫り合い状態になると、彼女の力が強さが如実にわかる。
【邪狂戦士:LV12】
レベルが12まで上がっている。しかし、どういうことだ?
何故、足の腱が斬られているのに動ける?
何故、そんな苦しそうな表情をしている。
剣を受け止めただけなのに、つらそうにしている。
焦っているのか? 混乱状態だから?
俺が悩んでいると、少女は剣を滑らせるように引き、薙ぎ払うかのように攻撃を仕掛けた。今度は後ろに飛ぶ。
今度は表情の変化はない。
避けられても平気そうにしている。
「なにをしているっ!! 早くそいつをやっつけろっ!」
外野が煩い。
可能ならば、彼女を拘束したい。
一時間拘束すれば、混乱状態は解除される。そのためにも、彼女の力の秘密を探りたい。
俺はある決断を下す。
再度斬りかかってきた彼女の剣を受け止めた。
――いまだっ!
俺はスキル――思考トレースを発動させる。
……感情の激流に呑み込まれてしまいそうになる。これが混乱状態か。
混乱状態だけではない、全身の痛み――鞭の傷によるものだろう。
なるほど、俺は混乱耐性が低い。こんな状態になったら、一時間も経たないうちに廃人になっちまう。
だが、もう少し、ほんの一分保ってくれ、俺の精神っ!
その時、体の痛みがさらに増し、激痛へと変貌する。
激痛と同時に、同時に彼女の剣に加わる力が増した。
そうか、お前のスキルの秘密、理解した。
俺は思考トレースを解除し、後ろに飛んだ。
汗を拭う。
こいつのスキルの秘密――体の傷を広げることでその部分の力を増すことができるスキルだ。
その代価として、傷の痛みが増し、さらにHPが失われる。
彼女がこのまま戦い続けた時、仮に俺から攻撃を加えなくても彼女は死ぬだろう。
――覚悟……か。
コショマーレ様――あなたは俺に言ったよな。
異世界生活をエンジョイしろって。特に使命は与えないって。
メティアス様、あんたは俺を選んだんだよな。
この世界に召喚されることを。
それが世界の終焉を先延ばしするための独楽の紐になるから。
「俺が間違っていたとき、責任をとってくださいね」
俺の剣に魔法を纏わせる。
俺はそう言って、先ほどのように斬りかかってくる彼女の剣を、力を込められる前に払いのけ、そして切り裂いた。
俺の剣は、彼女の左脇のあたりから心臓まで切り裂きそこで止まった。
目を見開いた彼女から体の力が抜け、剣が刺さったまま倒れた。




