俺はただの紐だ
即売会の前日。
俺は鈴木に呼び出された。
「狂乱化の呪いについて魔学操作研究所の職員による調査が行われた。結果、狂乱化の呪いにかかっている者が見つかった。彼らは現在、保護施設に収容されている。イチノジョウ君、ディスペルを修得したって聞いたけど、解呪を頼めないかな」
「あぁ、わかった。ふぅ、これで一件落着だな」
俺はそう言って笑ったけれど、鈴木の顔が晴れない。
何故だ?
そう思って、さっきの鈴木の言葉を思い出す。
『彼らは現在、保護施設に収容されている』
……彼ら?
「鈴木、待て。狂乱化の呪いにかかっていたのはひとりじゃないのか?」
「うん、三名見つかった。しかも、楠君が見つけた髪の持ち主はその三名の中にいない」
「それって、つまり最低一人、狂乱化の呪いにかかっている奴がいて、しかもその数は残り何人かわからない――ってことか? それっておかしいだろ」
人を呪わば穴ふたつ。
狂乱化の呪いを使えば、レべルが1になるか職業を失うか、最悪死に至るって言ってたはずだ。呪術師も珍しい職業なのに、そんな大人数を呪えるのだろうか?
「考えられる可能性としては、呪術師の協力者、もしくは本人に取得経験値二十倍などのいわゆる成長チート系の天恵があることが考えられる。成長チート系のスキルがあれば、通常の何十倍の速度でレベルを上げることができるからね。週に二人くらいなら呪いをかけることができるだろう」
そう言われて吹き出しそうになった。
俺は何百倍の速度でレベルを上げている。
なるほど、呪術を発動させるための対価がレベルだというのなら、成長チートの天恵とは相性がいいだろう。
「でも、それはないと思ってる。日本人がこの世界に来たとき、ダイジロウさんの指示通り近くの町の教会で転職したとき、天恵はすべて教会に報告される。そして、経験値倍増の天恵を持っている人の多くは領地持ちの貴族か王族のために働くことになっているし、レベルアップに必要な経験値が減る天恵を持っている人は国家事業でパワーレベリングされたのち、将軍として重用されるんだ。つまり、国が管理していない成長チートの人間はいない」
……いや、ここにいるぞ。とは言えないな。
俺が素直に転職していたら、どこかの国で将軍をしていたか、貴族のパワーレベリング要員になっていたのか。そうしたらハルとは出会えなかっただろうけれど、貴重な就職の機会を潰した気分だ。いまさら報告するつもりはないけれど。
「まぁ、楠君みたいな例外はいるみたいだけど」
「ぶほっ」
今度は本当に吐き出してしまった。
「な、なにを言ってるんだ、鈴木」
「別に鎌をかけたわけじゃないよ。だって、楠君、この世界に来たばかりだって言ってたじゃない。なのに、魔王竜を圧倒する魔力がある。それだけ聞けば魔力強化系の天恵の可能性もわずかにあるけど、僕から話を聞いて短時間で法術師を極めた。もう成長チートとしか思えないよ」
「……黙っていてくれると」
「黙るもなにも、君はもう准男爵――しかもパウロ伯爵の配下に加わっている。他の貴族の配下の情報は口外してはいけない。それを決めたのはシララキ王国の国王だ。君の正体を報告するのは、シララキ王国に背くことになる。僕もシララキ王国の貴族だ、それはできないよ」
そう言って鈴木は苦笑した。
外見だけじゃなく行動もイケメンだな、こいつは。
俺が女だったら惚れてるぞ、バカ野郎。
「でも、楠君の例を考えても、成長チートの件はないと思う。たった数日で狂乱化の呪いにかかっている人は三名見つかった。この町全体で考えれば、五十名近くの人が狂乱化の呪いにかかっていると思う。いくら成長速度二十倍の天恵があっても現実的じゃない。狂乱化の呪いを短期間に何度も発動できる条件がもう一つある。こっちも全然現実的な話じゃないんだけどね」
「現実的な話じゃないのなら違うんじゃないか?」
「ほら、有名な推理小説でも言ってたでしょ? 『不可能なものを除外していって残ったものが、たとえどんなに信じられなくてもそれが真相なんだ』って」
「コ〇ンだな」
「うん、コナン・ドイルのシャーロック・ホームズの台詞だね」
……俺は漫画のタイトルで言ったんだけど、その主人公にリスペクトされている方だった。そういえば鈴木が推理小説だって言ってたな。
「で、鈴木・ホームズの辿り着いた結論ってのはなんなんだ?」
「鈴木・ホームズって、ファミリーネームの連続だよね。せめてシャーロック・鈴木にしてよ。いや、そう呼ばれたいわけじゃないけど。うん。レベル以外の対価を使うことだよ」
「レベル以外の対価? そんなのが可能なのか。それなら、それが正解じゃないのか?」
「うん、でもその対価に必要なのが、職奪の宝石というとても珍しい道具なんだ」
「――職奪の宝石だってっ!?」
「なにか心当たりがあるの?」
「いや、なんでもない」
職奪の宝玉は俺が転職したとき、無職になるために必要な道具だ。
とりあえず、ドラゴンが持っているという噂だったのに、ほとんど残っていなかったことだけ伝えておいた。
「へぇ、そんなことがあったんだ。ドラゴンから職奪の宝石を盗んだというのはあまり考えられないかな? 報告をするにはまだ証拠が足りないし、証拠があったとしてもやることは狂乱化の呪いにかかったひとの発見と治療することしかないね」
「だな。発見については任せるから、治療はしてやるよ」
「恩着せがましいね。楠君が発見したせいで、僕が動き回る羽目になってるんだけど」
「いいじゃねぇか。ほら、主人公の宿命ってやつだろ?」
「ドラゴンと何度も戦ってる君のほうがよっぽど主人公じゃないか」
「違うな。なぜなら、主人公はあーれーをしないだろ?」
あれをするのは悪代官かバカな殿様くらいなものだ。
「あーれー?」
「俺はただ、独楽をまわすための紐だってことだ」
自由に生きることを許された独楽をまわすための紐だよ。




