転移された理由
今回は長い説明回です
周囲をよく確認すると、あちこち本棚だらけだった。
どこの帝国図書館だよ、というくらいに本に満ち溢れている。
「……よく来てくださいました、イチノジョウさん。どうぞこちらにいらしてください」
一瞬、ピオニアの声かと思った。
しかし、ピオニアは俺のことをイチノジョウとは呼ばない。
俺はその声のした方――本が大量に積まれたデスクの前に向かった。
そのデスクの後ろで、ひとりの少女――女神テト様が本を捲っては本棚に本を投げている。
居合抜きで本を抜き取る爺さんといい、本を投げて棚に戻す女神様といい、この世界には本を大切にする習慣がないのだろうか?
結構貴重な品だと思うのだが。傷ついたら売り物にならなくなりそうだ。
「……これらの本は売り物ではありませんから、気になさらないでください」
テト様が静かな声で言った。
「失礼しました」
心を読まれることを忘れていた。
テト様は栞を挟んで本を閉じると、俺の顔を見上げた。
「改めまして、はじめまして、イチノジョウさん」
「お会いできて光栄です」
ここで跪くべきだろうか?
そう考えると、テト様は表情を変えずに、
「……そのままで結構ですよ。こちらこそお茶を出したほうがいいですか?」
と逆に質問を受けた。
女神のお茶は少し気になるが、厚かましく思われないだろうか?
どうせ心を読まれているんだろうし、遠慮しないことにした。
「ありがたく頂戴します」
「……そうですか」
テト様はそう言うと、手を二度叩いた。
すると、デスクの上の書物が消えうせた。
そして、どこからともなく現れた女性が紅茶が注がれたティーカップを置く。受け皿はない。
「……どうぞ」
「ありがとうございます」
ティーカップに注がれているのに、紅茶はアイスティーだった。
飲んでみると、味は市販品の午前の紅茶に似ている。我が家にいつもあった味だ。
「……イチノジョウさんが慣れ親しんだ味を選びました。私はお茶はあまり飲まないので、味がわからなかったので」
「そうなのですか……お心遣い、感謝します」
神様の味を期待したのだけどなぁ……と、心が読まれるんだった。
この味は俺は好きだ。うん、これだけでもここに来てよかったと思う。
ミリもこの紅茶は好きで、アイテムバッグの中にいっぱい入っていたけれど、一生分と思うとそれほどの量がないので、俺は飲まなかった。
マイワールドでは茶畑もあるので、今後は自分で紅茶を作っていこう。
ピオニアなら作り方もわかるだろう。
「……はい、紅茶の作り方ならピオニアが知っています」
テト様が紅茶を飲みながら言った。
しまった、茶会中にバカなこと考えているのがバレてしまった。
「あ、あの、テト様はどうして私をここに呼んだのでしょうか?」
「……謝罪のためです」
謝罪?
テト様が俺に謝罪? 何か謝られることがあるだろうか?
もしかして、ミリがダイジロウさんに連れていかれたのはテト様が原因なのか?
それとも、他になにかあっただろうか?
「……大変申し上げにくいのですが」
テト様が俺の顔をじっと見つめる。
とんでもないことを言われる……そんな予感がした。
俺は息を飲み、テト様の言葉の続きを待つ。
「実は、あなたの名前が、イチノスケではなくイチノジョウと登録されたのは、私が間違えたからなのです。忌み名とかそういう制度があることを知らなくて」
予想を遥かに下回る、心底どうでもいいことを謝罪されたのだった。
てっきり、トレールール様のいい加減な仕事が原因だと思っていたので、意外といえば意外だけど、でも、今更の話だ。
この世界で俺のことを知っているひとは、ほぼ全員イチノジョウという名前で俺のことを覚えている。俺のことをイチノスケと認識して名前を呼んでくれるのは、スケ君と呼ぶミネルヴァ様くらいだ。
ジョフレとエリーズに至っては、俺の本当の名前とは一切関係ない「ジョー」というあだ名で呼んでくるくらいだし、たぶん、いまからイチノスケとイチノジョウ、好きな名前を選択できると言われてもイチノジョウと名乗るだろう。
俺に名付けてくれた父さんと母さんには申し訳ないと思うけれど、日本での俺は死に、転移してこの世界の住民となった。
「たぶん、俺の心を読んでいると思うので説明はしませんが、そういうことですから名前の件はもう気にしていません。ただ、なんでそうなったのかだけでも教えていただいてもよろしいでしょうか?」
「……私は日本人をこの世界に召喚することができます。条件として、あちらの世界で死に瀕した者をです。死ぬ直前の者を召喚し、回復し、この世界に呼ぶのです」
「……え?」
ちょっと待て、今、かなり重要なことを言われた気がする。
「俺、死んでないんですか? コショマーレ様からは俺の体は馬に踏みつぶされてボロボロになって死んだって聞いてましたけど」
「死んでいません。死ぬ直前に細胞、生きた痕跡、全てを回収し、女神の間で治療を施し、転移者――アザワルドでは迷い人と呼ばれているのですね。迷い人として天恵を授けて自由に生きていただきます」
つまり、放っておけば死ぬところを助けてくれた……と取っていいのか?
そういえば、女神様は異世界への転移と言っていた。
一度たりとも転生という言葉を使わなかった。
そりゃそうだ。俺は死んでいないのだから。
「なんでそんな嘘を……」
「……迷い人に日本に帰ることを諦めてもらうためです。この世界とあなたたちの世界は違います。日本人のステータス――肉体能力はこの世界における無職と同等。こちらの世界の力を手に入れ、日本に戻られたら困るのです」
確かに、俺のこの能力――悪用しようと思えばいくらでも悪用できる。拠点帰還の魔法だけでも、アリバイトリックに利用することで完全犯罪し放題だ。
「でも、元の世界に戻る方法があるのなら、転移した直後に、それこそ転職する前に……いいえ、天恵を授けてくださる前に戻してくれたらいいんじゃないですか?」
「……それができないのです。そもそも、迷い人をこの世界に召喚するのは、この世界を正常に保つための宿命なのです」
「宿命?」
「……運命……と言った方が的確かもしれません。精霊、魔法、職業、女神、そして魔素と瘴気。様々な要素が入り乱れるこの世界はひどくアンバランス――例えるなら、回り続けている独楽といったところでしょうか? 回転が止まれば倒れてしまう存在です。しかし、独楽が回転をし続けるには、外部からエネルギーを与えるしか方法はありません。我々女神もまた、この世界のシステムのひとつ。この世界に刺激を与えることができません。外部からの刺激として、我々は日本人を転移させています」
世界のバランス……なんて言われてもよくわからない。
そう思ったときだった。
テト様がその場に倒れた。
「テト様っ!?」
「……喋り疲れたの」
え? テト様?
「……私、喋るの嫌い。仕事があるから、後は任せていい?」
「任せてって、誰に?」
「待ってて」
それ以上俺の質問には答えず、テト様はボタンを押した。
ピンポーンと電子音が聞こえる。
これはあれだ。ファミレスでウェイトレスさんを呼ぶために使うボタンだ。
テト様に聞きたいけれど、テト様、もう自分は説明したくないのか、それとも本が好きなのか、いつのまにか書物に満たされたデスクの上にある本を読み進めた。
いったい、誰を呼んだのだろう?
さっき、お茶を運んでくれたホムンクルスっぽい女性だろうか?
俺はじっと座って誰かが来るのを待つことにした。
そう思っていたら、やはり先ほどのホムンクルスっぽい女性が台車を押してやってきた。
「お待たせしました。お客様。先ほどは申し遅れましたが、私はテト様に造られたホムンクルスのアルファと申します」
彼女はそう言って、頭を下げた
「いえ、テト様がこの調子なので、説明していただけると助かります」
「すみません、私の口から説明することはできません」
「え? なら誰が説明をしてくださるんですか?」
「こちらの方です」
アルファさんが見た――そこにいたのは、体育座りをしている――
「久しぶり、スケ君」
ミネルヴァ様だった。
「……お久しぶりというほどではない気がしますが……えっと、今日も死にたいのですか?」
どう挨拶したらいいのか困った俺は、とんでもないと思える挨拶をしていた。
「いいえ、今日は仕事があるので、仕事が終わってから死ぬことにします」
ふらりと立ち上がった。立ち上がったことで台車が動き、ミネルヴァ様が倒れそうになるが、アルファさんが支えて、先ほどまでテト様が座っていた椅子に座らせた。
「テト様の説明を引き継ぐのはミネルヴァ様なのですか?」
「ええ。頼まれたから」
ミネルヴァ様は、少しぬるくなった紅茶を飲み、
「アルファちゃん、お茶菓子を貰える?」
「はい。いつものでよろしいでしょうか?」
「ええ」
アルファが恭しく頭を下げてどこかに消えた。
台車はそのままにして。
「テト様はあまり喋るのが得意じゃないの。それに、実は人見知りで。スケ君には迷惑をかけたと思っていたから、一生懸命話していらっしゃったけど、疲れたみたいね」
「……ミネルヴァ、余計なこと言わないで」
「ごめんなさい、テト様」
ミネルヴァ様が謝った。
どうやら、女神の中でも上下関係が存在するらしく、テト様のほうがミネルヴァ様より上らしい。
「さて、説明を始めましょうか」
ミネルヴァ様の表情に真剣味というものが帯びた。
初めての出来事に、俺も息を飲む。
「お茶受けまだかしら」
緊張感が一気に無くなった。
結局、ミネルヴァ様のお茶受けが来るまで俺は待たされた。
「お待たせしました。どうぞ」
ミネルヴァ様の前に皿が置かれる。
そして、その皿の上にあったのは――
「カレーせんべい?」
黄色いせんべいが十枚、皿の上に並べられていた。
アルファは皿を置くと、いつの間にか消えていなくなっていた。
「うん、スケ君も食べる?」
「……では一枚いただきます」
せんべいにしては柔らかい食感、口の中に広がるスパイスの香り。指先について離れないカレー粉。
うん、カレーせんべいだ。
カレー味のラムネを飲むミリといい、極少単位でスパイスを調合するライブラ様といい、お茶うけにカレーせんべいを食べるミネルヴァ様といい、カレーが好きな人が多いなぁ。俺も好きだけど。
「スケ君は女神メティアス様を知っているよね?」
「はい、何度か名前を聞きました」
運命の女神って呼ばれる方だよな。
存在しないはずの七柱目の女神。
「女神メティアス様は運命だけでなく、未来と知識の女神でもあるの。遥か先の未来を見ることができる女神メティアス様は、ある日、世界の終焉を予言したの」
「……世界の終焉」
ノストラダムスの恐怖の大王や、マヤの暦といったように、地球でも世界滅亡説は山の様に存在したけれど、でも本物の女神様の予言ともなると恐ろしい。
「ええ。メティアス様の予言は絶対。そして、それはいくら女神でも変えることができない。何故なら、女神の存在もまた世界の一部だから」
「それで、さっきの話に繋がるわけですか」
「うん、内部の力で変えられないのなら、外部からの力を加えたらいい。テト様は独楽に例えたのでしょ?」
ミネルヴァ様は確認をし、独楽を取り出した。
紐を巻きつける伝統的な独楽ではなく、指で捻るタイプのシンプルな独楽だ。
ミネルヴァ様は器用に独楽を捻り、回転を――させようとして失敗した。
「あれ? 回らないわね」
何度も挑戦しても回らない。
指先がカレーせんべいの粉で滑って掴みにくいのだろう。
ミネルヴァ様は、さっきテト様が使ったボタンを押した。
アルファがやってきて、独楽をまわし、去っていく。ずっとここにいてくれたらいいのに。
「うん、イチノ君。外部から力を加えてさらに回転させてみて」
「わかりました」
俺は頷き、指で独楽を弾く。
すると、独楽は一瞬加速したが、バランスを崩して倒れてしまった。
「あっ」
「そう、力を加えるにはコツがいるの。どんな力でもいいというわけじゃない。一億人に一人――転移する人間が厳選されているのはそれが理由。そして、その人間を厳選できるのは本来、メティアス様だけだったの。三千年も前から、この世界では迷い人が召喚されていたわ。そして、迷い人を管理するため、女神という概念が生み出されたの」
「待ってください、女神が生み出された? それってどういうことですか?」
「とても簡単な話よ。死んで別の世界に転移する――そんなことをできる存在は女神しかいないでしょ? 余計な説明をする手間も省けるもの。そして、メティアス様は女神に日本人に天恵を与える力も授けた。これも理由はとても簡単。転移させた日本人に簡単に死なれたら、世界への影響が弱くなってしまうからね。転移してくれた日本人には、できるだけ長生きしてほしいもの」
転移者の年齢が十歳代から二十歳代に限定されているのもそれが原因なのだそうだ。
赤子や幼子を転移させてもすぐに死んでしまうし、この世界で長く影響を与えてもらうのが目的ならば、老人を転移させても意味がない。
「あと、天恵にはお詫びという意味もあるわね。ちなみにこれは女神の中でも私とテト様、あとコショマーレ様しか知らないことよ。セトランスは薄々勘付いていると思う。あと、人間の中ではダイジロウちゃんとカグヤちゃんも気付いているかな」
ミリも気付いていたのか、女神の秘密について。
「話がそれたわね。とりあえず、日本から転移者を呼び込むことで、世界の終焉の時期は大幅にズレたの。本来なら、この世界は千年も前に終焉を迎えていたはずなの」
「それは……よかったですよね。あれ? でも世界の終焉がなくなったのなら、もう転移者を呼ぶ必要はないのでは?」
「言ったでしょ、ズレたって。世界の終焉そのものは消えていない。そして、五百年前。未来を見て、転移者を決めるはずのメティアス様が突然御隠れなさったの。どこにいったのか誰にもわからなかった。そして、転移者の選別はメティアス様が書き残した書類に従い、テト様が引き継いで決めることになったの。転移者を決めるのは場所と時間だけだから、誰が来るのかは呼んでみないとわからないから、カグヤちゃんが転移するって決まったときはコショマーレ様もトレールールも大きなため息をついていたわ」
とんでもない情報が明らかになっていく。
でも、なんでそんな話を俺にするんだろう?
「スケ君にこの説明をするのは、メティアス様が残した書類にそうするように書かれていたから。スケ君にネクタルを渡したのも同じ理由。ね、スケ君。私が死にたい理由がわかるでしょ?」
「全然わかりません」
「私がスケ君にネクタルを渡さなければいけない。そうしなければ世界が滅ぶ。それってつまり、私が死ねば世界が滅ぶのと同じでしょ? 誰もが平等に与えられているはずの死の権利を奪われた私はとても可哀そうなの。死にたくなって当然じゃない……死にたいわ」
世界の終焉とやらが訪れたら死ねるのではないだろうか? と思ったけれど、世界の終焉とやらが迎えられたら困るので黙っておきたい。
心、読まれてないか心配だ。
「大丈夫よ。テト様の命令がある限り、私は死なないもの」
「テト様の?」
「うん、テト様は私が人間だった頃の主人だったの」
「人間だった? え? ミネルヴァ様って人間だったんですか?」
「ええ。私もテト様も元々は人間で、神への生贄として捧げられたの」
生贄っ!?
それと、神様って言った? 女神様じゃなくて、神様?
「……神に捧げるのは男を知らない無垢な少女」
テト様が呟く。
「私も神については知らないけど、私たち女神は、元々は神に捧げられた生贄だったらしいの。そして、世界を管理するシステムの一部となったみたい」
神に捧げられた無垢な少女、それが女神様の正体。
それは、女神教会が知れば騒ぎになるんじゃないだろうか?
……ん?
「あれ? 待ってください、無垢な少女?」
「……スケ君、コショマーレのことを考えているの?」
「あ、すみません。心を読みました?」
「読まなくてもわかるわよ」
そう言うと、ミネルヴァ様は立ち上がり、俺の額に右手人差し指を押し付ける。
怒られているのだろうか?
「スケ君にプレゼント。これで女神がスケ君の心の中を読むことはできなくなるよ」
「……え?」
心が読まれなくなる?
本当だろうか?
ミネルヴァ様がミリのことをカグヤちゃんと呼んで挑発するのはいい加減にやめてほしいとか、普段から死にたい死にたいと言って少し鬱陶しいと思っていることとか、そういうことを考えてもバレないのだろうか?
「スケ君はハルちゃんの尻尾並みに表情に考えていることが出るから、失礼なことを思っているのはわかるけど、具体的にはわからなくなったわ」
「……そうなのか……あの、ミネルヴァ様」
「なに? お礼?」
「凄いカレー臭いんですけど」
「カレーせんべい食べているから」
ミネルヴァ様はそう言って、もう一枚カレーせんべいを食べて紅茶を飲んだ。
俺の額を触る前に、手を拭いてほしかった。
俺は自分の顔に浄化をかける。
「ここで聞いたことは誰にも言ったらダメよ。そのための処置だから」
「でも、こんな処置をなさったら、俺が女神様に言えないことを知っているって言っているようなものではありませんか?」
「そうね。もし聞かれたら、私が集中してカレーせんべいを食べたいのにスケ君の心の声がダダ洩れなのが気になったから、ミュート設定にしたって言ったらいいわよ。実際、私が転移させた人に同じことをしたことが何度もあるから」
「……何度もあるんですか」
そうか、これで俺がコショマーレ様の前でオークって思っても、怒られることはなくなるのか。安心できるけど、少し寂しい気がするな。
「さて、ここからが本題よ」
「え? まだ本題じゃなかったんですか?」
「うん。本題はカグヤちゃんのことなの」
「ミリのっ!?」
ここでミリの名前が出てくるとは。
「世界の仕組み、女神の正体を言ったのは全部カグヤちゃんに関係するの。カグヤちゃんは、未来を見る力を持っている。メティアス様のように。世界の終焉の回避を望む私たちは魔王と呼ばれていたカグヤちゃんを第七の女神にしたいと思ったの。女神になれば、カグヤちゃんの未来を見る力も上がり、メティアス様と同じ仕事ができると思った。でも、それはできなかった」
魔王と呼ばれていたってことは、いまミネルヴァ様が語っているカグヤとは、魔王ファミリス・ラリテイのことだろう。
「……純粋無垢な少女じゃなかったから……生娘じゃなかったってことですか」
俺の問いに、ミネルヴァ様が頷く。
「それで、私たちはカグヤちゃんに提案したの。転生――記憶と能力を受け継いだまま、新たな生命に転生しないかと。当然、そんな提案をしてもカグヤちゃんは首を縦に振らなかった」
そりゃそうだろう。魔王というのは責任のある立場だっただろうし、いくら記憶と能力を引き継いだとしても、転生するというのは一度死ぬという意味だ。
「でも、あの日、カグヤちゃんは転生を受け入れた。突然のことに私は耳を疑ったけれど、私はカグヤちゃんを転生させる魔法を唱えた。でも、それは失敗したの。アザワルドで新たな生命として生まれてくるはずのカグヤちゃんの魂が突然消えた。そして、私はその追跡ができなかった。まさか、日本に逃げて、しかも結界を張って女神の監視から逃れているなんて思いもしなかったもの。スケ君から、妹がいるって聞かされたコショマーレがカグヤちゃんを見つけたときは驚いたわ。そして焦った。私たちからあっちの世界には干渉できないから。カグヤちゃんが自らこっちの世界に来たと聞いたときも驚いたけどね」
ファミリス・ラリテイの転生は女神様たちが行ったが、なんで日本人として生まれてきたのかは女神様も知らなかったのか。
「じゃあ、ミネルヴァ様はミリを女神にしたいのですか?」
「ええ。そして少しだけ納得もできた。メティアス様が無職にいろいろと細工した理由――それはスケ君のためだったんだって」
ミネルヴァ様はそう言って最後の一枚のカレーせんべいを手に取った。
「――っ!? メティアス様が無職に細工を!?」
「最初はわからなかった。でも、スケ君が引きこもりというスキルを手に入れ、女神の空間と同じ場所に世界を創り出したときに納得した。だって、あの世界は本来はカグヤちゃんが女神になったときに割り当てられるはずの世界だったのだもん」
「……ミネルヴァ、そこまで」
最後のカレーせんべいを食べ終えたミネルヴァ様に、テト様が終わりを告げる。
「うん、じゃあスケ君はもう帰ってね。ここで見たこと、聞いたことは誰にも言ったらダメよ」
「え? 待ってください――」
世界の終焉って結局なんなんですか?
ダイジロウさんがミリを攫った理由はなんですか?
マイワールドがミリのための世界だったってどういうことですか?
聞きたいことがいっぱいある。
俺は声を上げて――
「まだ聞きたいことが――」
手を伸ばした――が、そこにあったのはテト様の女神像。
どうやら、俺の意識はアザワルドに戻ってきたようだ。