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Strange of strangers.  作者: 工藤るう子
番外編
13/13

      薔薇の花なんて

こっちで大丈夫かな? 







 鼻先をくすぐるコーヒーの香ばしい匂いに、オレは、目が覚めた。と、それに気づいたらしいヤツが、


「ねえ、りんたろうくん」


 静かだった空間に、穏やかな声で、波紋を描く。


 少し語尾が跳ね上がる、低くて耳になじんだ、心地よい声だ。


 けど、その奥底に含まれた何かに、オレは、ちょっと緊張しちまった。


 で、全身も心持ち硬くなってたりして。


 けど、


「お願いがあるんですけど」


 コトリ――と、マグカップをサイドボードに置く音が、やけに大きく聞こえた。


 お願い――――そのひとことに、ああやっぱりと、オレは、思った。


 や、こいつのお願いって、突拍子のないことが多いんだよなぁ。


 やっぱ天才さまは、どこか、ねじが抜けている。


 そんなことを思いながらだったから、


「はい。なんでしょう」


 なんて、間の抜けた反応をしちまったんだ。


「なんです、それは」


 面白がってるような響きが、耳の付け根をくすぐる。


 オレは、思わず、肩を竦めてた。と、それだけで、ちょっと障りのある箇所に、障りのある感覚が襲ってきた。いや、まぁ、その、“事”の後ってやつでさ、今。


 ベタな表現をすると、夜明けのコーヒーってヤツだよな。正に。いつもは紅茶のくせに、こんな朝は、いつも、コーヒーなんだ。刺激が強いから、事の後にはちょっとごめんしたいって言ったら、コーヒーにこだわりがあるのか、カフェ・オ・レに譲歩してくれたけど。そ、砂糖多めの、甘いやつな。


「いいかげん、こっちを向いてくれませんか」


 面倒なんだけどなぁ。


「からだ、辛いですか?」


 オレのボヤキが通じたのかね。時々こいつは超能力者じゃなかろうかって思っちまうことがある。時々だから、超能力者にしたって、とんだザルか、確信犯だろうけどさ。


 オレが辛くっても、あまり悪いなんて感じていないんだろうなぁ。クスクスと、楽しげに笑いながら、オレの頭を撫でてるこいつに、オレは、背中を向けたままだ。意地もあるけど、正直、まだ、恥ずかしいんだ。どんな顔をしていいのやら、わからねぇし。


「こっち向かないと、朝ごはん、食べられないでしょ」


 さぁ――とか言って、オレを抱きかかえようとするから、


「そ、それがお前のお願いなのかよ」


って、オレは、焦っちまった。かすれた声が、どうも、その、夕べのことを思い出させて、情けない気分になってくる。


「かすれた声が、セクシーですね」


 耳もとでささやかれて、背中がぞくりと震える――と、同時に、駆け抜けた痛みに、オレは、硬直する。


 腰砕けになりそうなセクシーボイスに、どこがだよと、反論も力ない。


「ま、それはともかく」


「えっ? ぎゃっ」


 よいしょとばかりに抱き起こされて、オレは、一条の腕の中だ。


 まだ、心臓が喚きたててる。


 ベッドの上、ぬいぐるみよろしく抱っこされて、オレは、肩口に、一条の顎を乗っけられてる。


 掛け布団を放さなかったのは、上出来だよな、オレ。


「お願いっていうのはですね」


 覚悟しとこ。


 一旦一条が口をつぐむ。


「薔薇の花をいただけませんか」


 照れくさそうな声の響きに、しかし、オレの頭の中は、真っ白だ。


「なにも花束で――などとは言いませんよ、一輪、そう、一輪でけっこうですから」


 真っ白な頭の中、一輪の薔薇の花―――――――という言葉が、リフレインしていた。




「ああ、そーゆーことね」


 オレは、でかでかと飾られた広告を見上げながら、む~んと、唸っていた。


 そこには、セント・バレンタイン~とかなんとか、チョコレートと薔薇の花束を手に笑ってる女優の姿があった。


『大好きなあなたへ』

 

 ポスターには、ハートマークとピンクとが飛び交ってる。


 一条とそういう関係になって、二度目のバレンタインだった。


「まぁ、チョコが欲しいとかいわないのがあいつらしいけどさ」


 チョコなんていわれてたら、多分、即座に却下だったろう。


 次に会うときに――と、そう言われた期限は、実は、今日だったりする。


 そりゃあ、いつもいろいろしてくれるあいつのお願いを聞くのは、やぶさかじゃない。ないんだけど。


 ほかのもの――と、返したら、やけにきっぱり、『薔薇がいいんです』と、言ってくださった。ああいうときのあいつは、絶対譲歩しないからなぁ。


「お前は、乙女かい」


 いや、面と向かって言えてりゃあ、たいしたもんだったんだけどな。オレ。


 オレは、あきらめの溜息をついて、花屋のドアを開いたんだ。






「も、いちじょ………」


 オレは、もう、限界だった。けど、やけに張り切ってる一条は、一緒にとか言って、まだ、解放してくれる気配もない。


 一条のピッチでゆすられながら、オレは、視界の隅に映った薔薇の花を、にらんだ。


 『ん』と、自分でもぶっきらぼうに渡したそれを、一条はめちゃくちゃ喜んでくれたんだけど、けど、それのお返しがこれでは、オレの身が持たない。


「うっ」


 一条の動きがひときわ早くなった。


 そうして、オレは、


 薔薇の花なんか、きらいだぁ―――――そんなことを考えながら、果てたのだった。






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