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乙女ゲームの転生モノ

乙女ゲーの攻略対象に転生した少年の場合

作者:幸水
本作は『乙女ゲーの悪役(端役)に転生した少女の場合』の恭介視点です。
恭介のイメージを叩き壊されるのは嫌、という方は読まないほうが無難です。
 この世界が、とあるゲームの世界と酷似していると気づいたのは中学生の時だった。
 中二病というなかれ。俺自身、所謂前世の記憶とやらを部分的に思い出した時には非常に苦悩したのだから。
 そのゲームは『乙女ゲーム』というジャンルだった。ギャルゲーの女版であるらしい。
 断っておくが、俺が前世それをプレイしていたとか、俺の前世が女だったとかいうわけではない。
 単に、嫁さんがゲーマーだったのだ。
 嫁さんはその乙女ゲーム『夢幻回廊』にはまり、飯時に非常に熱く語ってくれた。同じことを何度も繰り返し熱心に。時には攻略本や資料集を持ってきてキャラについて熱く語っていた。
 後で判明したが、先日病気で亡くなった嫁さんの妹が、結婚前、このゲームをやたらとプッシュしていたらしい。
 妹さんを思い出して再度ゲームに手を出し、そしてハマってしまったのだそうだ。その割には贔屓のキャラがいないという矛盾はスルーした。
 それでも、ずっと落ち込んでいた嫁さんが元気を取り戻したこともあり、俺は根気よくゲームの話に付き合った。
 お陰で耳タコ状態になり、プレイしていないのに攻略方法だの全く必要ない知識が俺の脳裏に刻み込まれた。まさか、転生してまで覚えているとは思わなかったが。
 しかも、思い出し方が何とも言えない。誰かにあった、だの、場所や場面がキッカケで、とかよくある設定は全くなかった。
 中学一年生の一学期、いつものように寝て、起きて、そして思い出したのである。
 自分が、嫁さんのハマってた乙女ゲームの攻略対象だと気づいたのもその時だ。
 非常に莫迦莫迦しい話だ。この世界に嫁さんはいないのに。
 ……本当に?
 記憶を探ってみる。そもそも俺がここにいるということは、恐らく何かが原因で死んだのだろうが、嫁さんはどうなったのだろうか。
 生きていてくれているのか、それとも?
 その答えは、実にあっさりと思い出せた。

 嫁さんは、俺より先に死んでいた。

 身重だった嫁さんは、俺の実家に帰省した折、お袋に階段から突き落とされて流産した。
 お袋が何故そんな真似をしたのか理解できなかった。自分の孫を殺しておきながら、入院中の嫁さんを口汚く罵っていた姿は、正しく鬼婆そのものだった。
 俺が糞婆を殴るより先に、親父が殴り飛ばしていた。糞婆を無理やり土下座させて謝罪していたが、嫁さんの目は虚ろで、誰の声も、俺の声すら届いていなかった。
 そしてあの日、俺が別室で医者の説明を受けていた隙に、看護師の目を掻い潜って侵入してきた糞婆は、何を思ったか嫁さんを果物ナイフで何度も刺した。看護師が異変に気づいたときは手遅れだった。
 病室に飛び込んだ俺の目に映ったのは、真っ赤に染まった彼女のパジャマとベッド。
 医者が俺を押しのけて部屋に飛び込んできた。看護師が駆けまわっている。周りは騒がしい筈なのに、世界から音が消えていく。
 力なくだらりと垂れた腕、その指先から赤い雫が滴り落ちる。
 苦悶に歪んだ顔、見開かれた目は瞳孔が開ききったまま、力なく空を睨んでいる。赤い、彼女の口が、顔が、髪が、部屋が、全てが。
 誰かに連れ出されるまで、俺は動けなかった。思考が完全に停止していた。
 嘘だこれは夢だと何度も繰り返し、けれど鉄錆に似た血臭が室内に充満し、嗅覚で否応にもこれが現実だと理解させられる。
 俺を寝盗ったアバズレだの叫んでいた糞婆は、そのまま警察に連行された。精神を病んでいたのかもしれない。だがもうそんなことはどうだってよかった。
 嫁さんの血縁は既に全員亡くなっていて、俺だけが彼女の家族だった。
 だから、子供ができたとき、彼女はとても喜んでいた。これからどんどん家族が増えるね、そういって笑っていたのはついこの間のことだったのに。
 気がつけば彼女は小さな箱に収まる位小さくなって、俺は何もかもやる気をなくして。
 浴びるように酒を呑んで、それ以降の記憶がない。多分、死んだのだろう。アルコール中毒のせいか、それとも酔っ払って何かしでかしたのかは不明だが、つまりそういうことだろう。
 この世界は、嫁さんがやたらとハマっていたゲームの世界だ。
 もしかしたら、と俺は思う。
 彼女もまた、この世界に転生しているのかもしれない。俺のように。
 では、俺がこの世界でするべきことはひとつだろう。
 俺が攻略対象だというのは分かった。ならば、本筋通りに動いていれば、もしかしたら転生した嫁さんがどこかで関わってくるのかもしれない。
 もし、嫁さんに会えたなら。
 もう一度、やり直したい。もう鬼婆もいない。今度こそ、彼女を幸せに。
 そのためには、どんな仮面でも被ってみせよう。どれほど外道な真似でもしてみせよう。
 もう二度と後悔しない。俺は、そのためだけに生きていく。








 ゲームの攻略対象の一人である長谷部恭介(はせべきょうすけ)という人物は、中学時代からつきあっている彼女がいた。名を、水無瀬彩音(みなせあやね)という。
 本筋通りに進めるならば、長谷部恭介である"俺"はとりあえず彼女とそういう仲にならねばならない。
 同じ中学の筈なので、見つけるのは容易い……そう思っていた時期が俺にもありました。
 甘かった。
 クラスを確認して休み時間ごとに探しにいくが、ことごとくタイミングが合わない。
 放課後はこちらの部活が忙しく探せず、朝登校中に探してみるものの何故か見つけられない。
 一年次はそれでもよかったが、二年、三年と続くとさすがに異常だと気づく。むしろ何故今まで気づけなかったのか俺。
 水無瀬彩音は、どうやら実に巧妙に俺を避けていたようだ。
 避けられるような真似をした覚えはない、顔写真は手に入れたものの直接の面識は全くない相手だ。
 そして彼女は、設定資料にあった絵とは微妙に違う人物だったのも印象的だった。
 どちらかというと派手目な化粧をしていた筈の水無瀬彩音というキャラは、現実だと『化粧なにそれおいしいの?』といわんばかりに地味な娘だった。
 手入れはしているようだが、どこか野暮ったいストレートの黒髪。毛先は肩甲骨あたりまで届いている。
 顔立ちも平々凡々というか、特にブスではないが、美人でもない。見苦しくはないが、見惚れるほどではない。友達と笑っている顔はまあ愛嬌があって可愛いと思わなくもないが、基本的に正面の顔をみたことがないからなんとも言えず。
 背は高くない。ぎりぎり150cmあるかないか。痩せてはいない。太ってもいない。目は悪くないので裸眼らしい。
 家族構成。母方祖父母と両親と妹がいる。但し父親は世界的な音楽家であるらしく、基本的に海外を飛び回っていて、家にあまりいないらしい。
 但し、彼女に音楽の才能は全くないらしく、トライアングルかカスタネットが精々だと噂で聞いた。どんなだそれは。
 しかしこれらの情報は全て第三者からもたらされたものであり、直接本人から聞いたわけではない。そもそも会話以前にまだ真っ当に会ったことがない。全校集会やらでチラ見する程度だ。
 正直、ここまで見事に避けられると、かえって追いかけたくなるのが人間心理。しかし彼女は、イベントの隙を狙って近づこうとしても、うまく友人等を利用して俺からすりぬける。
 もはや意地となった追いかけっこが終わったのは、なんと卒業式の日だった。
 それも、校門から出て行く後ろ姿を見つけ、追いすがる後輩や女どもをなんとか振り払って追いかけ、やっと捕まえたのである。
 問題は、捕まえた後どうするか、全く決めていなかっただけで。
 なんだこいつ、という水無瀬彩音の怪訝そうな視線に慌てた俺は、『長谷部恭介の彼女』という設定を思い出し、思わずとんでもない言葉を口走った。

「好きです。付き合ってください」

 ……ああ、うん。ないな。これはない。いくらなんでもない。
 向こうもそう思ったのか、その場で断られた。まあそうだろうね、俺が君でもそうするよ。
 だがここで引くわけにはいかない。
 本筋通りに進めるためには、俺と彼女は付き合っていなければならない。彼女にとっては不本意だろうが、俺はしつこく追いすがった。
 結果的に、俺は周囲に恥を晒しながらも彼女をなんとか確保した。
 とりあえず水無瀬彩音は妙な女だった。
 彼女はイマドキの少女の割に貞操観念が堅いようで、成人までキスまでで我慢するという約束をする羽目になった。
 まあいいけど。相手子供だし。そんなにガッツクことはないよな、どうせ高二になったら別れるんだし。
 それはいいんだが、口調と言動が妙なのは何故だろう。
 口調に関しては
「気にするな。伝染っただけだ」
 という妙な理由を口にしていた。伝染るってそりゃ誰からだよ。という質問には答えてもらえなかった。
 古風だなあと思うところは他にもあった。高校に入ってすぐの土曜日、強引に約束してデートに誘ったものの、金のかかるデートは嫌だと拒否られて図書館までの往復になった。
 なあ古風すぎね? 健全すぎね? いやいいんだけどね。なんかおかしくないかこの女。
 ふと、近くのコンビニにたむろする袴姿の高校生の姿が目に入った。
 部活の途中で抜けだしたのだろう、それぞれ手にペットボトルを持って談笑している。
 ふと過去が甦る。中学時代はサッカーをしていた。原作の長谷部恭介はサッカー小僧なので、高校もサッカー部に入る予定だ。
 しかし、本当の俺はずっと剣道をやっていた。理由は簡単、母方の祖父が道場主だったからだ。
 幼い頃から通い続けたので、もっとも就職してからは通う頻度は減ったものの、腕はそれなりだと自負していた。
 嫁さんだって、竹刀を振るう俺の姿に惚れたといってくれていた。
「武道をやっている男は、立ち姿からして非常にかっこいいな」
 ふと気づけば、どこかうっとりと彼らを眺めている水無瀬彩音の姿があった。
 ちょっと待てこら。お前、俺に対して一度もそんな顔したことないよな? なかったよな?
 一応攻略対象キャラだし、今の俺の顔は相当整っているという自覚はある。中学時代もやたらモテたし。年上にだって誘われた。
 なのにこの女の態度はひどい。本気でこいつにとって俺は眼中外であるらしい。
 これはまずい。本筋では、この女は俺に振られた後、それを逆恨みしてヒロインを刺す予定なのだ。
 このままでは、別れたらそのままハイさようなら、で終わる気がする。イベントが発生しないじゃないか。それはまずい。
 正直に言おう、俺は嫁さん以外どうでもいい。誰がどうなろうと構わない。だから
 この小娘が犯罪者になろうと、ヒロインが刺されようと、俺は何とも思わない。
 本筋通りに話が進み、それで嫁さんが傍観者よろしく好奇心丸出しで近寄ってくる可能性があるなら、好きなだけ踊ってくれとすら思う。
 その為にはまず、この小娘を俺に惚れさせないと話が進まない。
 多少本筋とはズレるものの、俺は剣道部に入部することにした。
 そして、バイトをするとか言い出した小娘を止める言い訳を考える。
「女性ばかりで男と接する機会のないバイトならともかく、そんなの無理だろうからダメ」
 俺に惚れさせなければならないのに、他の奴らにちょっかいかける隙を与えてどうするか。
 手を出されなくとも、こいつの意識が他人にいってもダメだ。なのでそれは妨害しなければならない。
 長谷部の家はそれなりに裕福なので、自由に使える金が高校生の基準を遥かに超えている。しかしその分、自炊もしなければならないのでまあトントンといえる。
 両親は基本的に家にいない。父親は仕事人間で、母親は浮気がバレて離婚した。この時俺は十三歳。前世の記憶を取り戻してすぐの時だった。
 金さえ渡せば義務は果たしていると考えている父親から、毎月高額の生活費が振り込まれる。
 一応結婚前は一人暮らしで自炊していたし、特に苦ではなかったが、一人きりの飯は嫁さんを亡くした直後を思い出して辛かった。
 外食オンリーは、成長期の体には酷だと判断し断念した。もしかして嫁さんに会えるかもしれないのに、醜く肥えた体を彼女に晒すのは避けたかった。
 栄養バランスのとれた食事、そして運動。今の俺はいつでも主夫になれる気がする。というか既に主夫だろう。
 まあそれはともかく、金のない高校生二人でどこに行くかといえば、公園とか図書館とか近所限定になる。どこの小学生のデートですかと。
 結果的に図書館デートになるわけだが、この小娘は相変わらずつれなかった。
「長谷部恭介、私はお前に好きな人ができたらすぐにでも別れてやるからいつでも言っていいんだぞ」
「そんなの未来永劫現れないって言ってるだろうが」
「何をいうか。出会いなど星の数ほどあるんだ。この歳で視野を狭めてはいかんぞ」
 本当にこの小娘は癇に障る。
 無理矢理抱きしめて、強引に口腔内を舌で蹂躙する。
 ここが図書館だということは、意識からさっぱり消えていた。
 お子様には強すぎる刺激だと思う、わかっていて、しかし手加減はしなかった。
 自分でも何故ここまで苛ついたのかわからなかった。ただ、この小娘には理屈より力技のほうが有効かもしれない、ということにやっと気づいた。
 一度解放して呼吸するのを確認した後、俺は低い声で脅しをかけた。
「絶対、何があろうと、別れる気ないから」
 今別れても意味がない。この女を落として、犯罪を犯すよう仕向けるまでは別れない。絶対に。
 俺はもう一度、嫁さんに会いたい。その為ならば、女一人騙すくらい何でもない。外道な真似だろうが何だろうとしてみせる。
 それは俺の決意表明だった。そのはずだった。








 振り回す筈が振り回される。こんな筈じゃなかったと悔やんだことはないだろうか。俺はある。現在進行形で。
 俺に惚れさせる筈が、相変わらず水無瀬彩音は逃げまわる。
 あの一件で図書館に出入りしづらくなったので、これ幸いと家に連れ込み室内デートに興じているが、基本的にイチャイチャするよりゲームか勉強というこの現状。
 たまに隙をみて強引に口付けるものの、恐ろしいことにこちらが溺れ始めている気がするから怖い。
 彼女は全てが柔らかくて、甘い。
 女というモノはやたらと痩せたがりダイエットに走る生き物だが、嫁さんには結婚時に過度なダイエット禁止令を出したので、彼女の抱き心地は非常に柔らかくて心地よかった。
 水無瀬彩音も、ダイエットはしていないようだ。決して太ってはいないが痩せてもいない。抱きしめると実に柔らかくていい匂いがした。
 そして、思ったよりも胸がでかい。布越しにねっとりと撫で回してこね回すと、感じているのか熱い吐息を漏らす。
 この女はやたらと人の情欲を煽るのがうまい、しかも無意識だ。とんだ悪女の資質があったらしい。それでいて潔癖で純情とかなんだそれ。
 一応こちとら元既婚者(前世)だ、経験値はそれなりなので、初な小娘をゆっくりと開発していくのもまた一興ではある。
 禁欲生活が長いせいだろうか。そんな余裕はあっさりと吹っ飛んだ。
 あれだ、一応ヤりたい盛りの十代にこれは、下半身にキた。俺の中身が年齢そのままだったら、とっくに約束など破棄して襲っていたに違いない。 
 二人きりで、俺の部屋のベッドの上で、最後までヤれないとか何この苦行。
 入れるのは無理でも、手とか胸とかでお願いしようか悩む。間違いなく拒絶されるだろうが。
 正直そんな悩みを抱えながら、月日はあっという間に過ぎ去った。驚いたことにあの仕事人間の父親が再婚した。予告なく突然に。あの、俺一応息子なんだけど。まあ反対しないし別にいいけど。
 新しい義母は仕事関係の人間らしく、やはり基本的に家にいない。
 会ってみると、まず美人でスタイルがよかった。そしてやたらと明るく元気で、美人なのに大口で笑ったりする。それでも外では猫を被るらしい。
 実母とは正反対の性格である。まあ、どちらでもいい。俺の邪魔にさえならなければそれでいい。
 巡る四月。高二になり、転入生が来たことでやっと、俺は当初の目的を思い出した。
 転入生の名は、宮原静香といった。ヒロインのデフォルト名だ、間違いない。
 彼女は本筋通り俺の横の席に座った。よろしくね、と可愛らしく微笑む。
 美少女で可愛くて笑顔が実に魅力的、スタイルもよくて人好きのする性格で、あっという間にクラスに溶け込む。間違いなく主人公気質。
 だが、それだけだった。
 原作の長谷部恭介は、この女の何処に惚れたのか理解に苦しむ。
 世間一般では、確かにモテるだろう彼女は、俺の営業用スマイルに頬を染めて俯いた。うん、ちょろい。
 なんとも張り合いがない。どうせなら、彩音程まではいかずとも、それなりに抵抗してほしい。
 そして同時に、この女は違う、とわかってしまった。
 宮原静香は、嫁さんではない。
 嫁さんの性格を思い出す。
 基本的にはノリがいい、しかし慣れるまでは野良猫のように警戒心が強い。
 そのくせ、一度相手を懐にいれると、やたらと寛容になる。
 基本的なところは真面目で、お陰で結婚までこぎつけるのは非常に苦労した。
 婚約と同時に妹さんの深刻な病気が判明し、危うく破談になりかけたこともある。その時は言い包めて、むしろ結婚を早めてしまったが。
 兎に角、たとえ転生したとしてもこうはならんだろう、と直感で思った。
 だとしたら、嫁さんは何処にいるのだろう。
 ヒロインに表向き親切にしながら、俺は未だ会えない嫁さんのことを想った。
 周囲には美少女と一緒で羨ましいと妬まれたが、「俺、彼女いるんだけど?」と笑顔で黙らせた。うぜぇ。
 ある日、剣道部の顧問に、今度の地区大会の選手に選ばれたことを教えられた。
 このところ宮原に付きまとわれていた鬱憤を部活で晴らしていたせいか、うっかり実力をセーブするのを忘れていた。
「俺、まだ剣道始めて一年しかたってないんですけど」
 今世では本当だが、前世では有段者だった。しかも剣道五段。小学校に入る前から竹刀を持たされたのは伊達じゃない。ついでに言えば居合も剣舞も段持ちだ。あくまで昔の話だが。
「莫迦。お前は素人じゃねぇよ。見る人がみりゃ一発でわかる。所作が他の奴らとは全く違うからな、高校生の域じゃねぇ」
 約15年のブランクは、そう簡単に取り戻せないだろうと思っていたのだが(そもそも体が違う)、元々運動は続けていたので、感覚はかなり戻っていた。多分若いせいもあるだろう。
 だが、それはそれで問題がある。目立つのは得策ではない。ああ、しかしイベントで全国優勝が必要だったか。あれ、待て。サッカーと剣道は違うよな。あれ?
「まあ、お前が何考えてるのかは俺にはわからんが。その歳でそれだけの実力があるんなら、タイトルさえとっておけば大学は推薦で余裕だぞ。出ておいて損は無いはずだ」
 大学か。そう言われて初めて、来年より先のことを考えた。
 今までゲームの本筋にばかり拘っていたが、俺はこの世界で生きている。ならば、ちゃんと先を考えねばならない。嫁さんを見つけたとしても、将来が無資格無職のプー太郎では格好がつかないし。
 俺は試合にでることを了承した。先輩方に睨まれるかもしれないが、まあ仕方ない。代わりに、団体戦では活躍するから許してほしい。
 大会といってもインターハイ予選の他にも色々ある。五月は練習試合や大会ばかりだった。
 六月も東海大会に出場するため、メールで水無瀬彩音に会えないことを謝罪した。多分彼女はなんとも思わないだろうが。くそ。
 一人で拗ねていたら、彼女からいつもの一行返信メールが来た。
「地区大会頑張って」
 ……いや、違うんだけど。地区大会はとっくに終わってるんですけど。つうか、もうインターハイは出場決定してるんですけど。それも五月の段階で。本当にこの女俺に興味ないよなあ。
 だが、あえてそこはツッコまない。珍しく彼女からの激励メールが来たので、慌ててロックする。
 俺、何してるんだろう。
 そういえば六月だ。彼女と別れるのは六月の予定だった。しかし、いいのか。今別れても彼女は決して犯罪者にはならない気がする。
 大会が終わり、ヒロインとのイベントもなんとか終わらせた翌日、俺の携帯に、同中学出身の友人からメールがきた。
『水無瀬が風邪で休んでる。珍しいこともあるもんだ』
 俺は迷わず部活を休んで、彼女の家に向かった。
 途中、見舞いの品をどうするか悩んで、ふと嫁さんを思い出した。
「風邪には桃缶! しかも黄桃! これ絶対だから!」
 その言葉通り、俺が風邪をひくと必ずコレが出てきた。なので嫁さんが寝込んだ時には出してやった。
 辛そうに寝込んでても、いざ桃を食べると、凄く嬉しそうな顔をする。そんなに好きなら普段も食べればいいのにと思うが、
「わかってないなあ、病気の時に食べるのがいいのですよ」
 ちっちっと指を振って駄目だしをされ、そんなものかとその時は納得した。
 ふと気がついたら、桃缶を買っている自分がいた。
 彼女がこれを好きかどうかもわからないのだが。まあいい、嫌がれば持って帰って自分で食べればいい。









 水無瀬彩音の母は、何というか、彩音そっくりだった。
 流石親子というか、彩音が歳を重ねたらこうなるんだろうな、と、思わず納得した。遺伝ってすげぇ。
 だがしかし、病気でまともに動けない娘と俺を二人きりにして買い物にいくとか、いいのか水無瀬母、俺に留守番頼んで。俺確か初対面ですよね?
「まあ、彩音と付き合えるなんて貴重な性格と根性を買ったということで」
 どういう意味ですかおばさん。
 手土産の桃缶は、水無瀬母によって開封され、ガラスの器に盛られ、お盆ごと渡される。
 ついでに持っていけということらしい。まあいいけど。
 ドアをノックしてから中にはいる。
 部屋の中はきちんと整頓されている。本棚のジャンルはジャンルごちゃまぜの小説本、そしてやたらでかい実物大皇帝ペンギンのぬいぐるみが部屋の片隅にある。
 なんという存在感。つか、でかい。メタボな小学生並のでかさだった。
 その足元には子ペンギンのぬいぐるみ。恐らくこれも実物大。
 机の上にはデスクトップPCがあり、今は電源が落とされている。室内のインテリアは青系で統一されている。壁紙が白なので妙に映える。
 ベッドの上にはこの部屋の主が寝ていた。
 荷物を適当な場所に置き、彼女の傍らに腰を下ろす。人の気配を察したか、彼女がゆっくりと目を開けた。
 なんというか、嫁さんの時も思ったが、風邪ひいた女ってのは妙に色気があるのはなんでだろうか。
 赤く染まった頬、少し荒い吐息、とろんとしてどこか焦点の合わない潤んだ瞳。
 何これ皿に乗った兎? 食べていいの? 食べちゃうよ?
 ぐらり、と一瞬で焼き切れそうになった理性を引き戻したのは、手にある黄桃の存在だった。
 気づけば、彼女の視線は一点……桃に集中している。あれ、もしかして。
「食べる?」
 彼女はぱくぱくと口を開けた。しかし声にはならない。どうやら喉を痛めて喋れない模様。
 しかし、寝たままは無理なので、彼女の背に腕を回して上半身だけ抱き起こす。
 近くにあった綿入れ半纏(柄はやはりペンギン。好きなのだろうか)を羽織らせて、左手に器、右手にスプーンを握らせた。
 だが、力がうまく入らない様なので、俺がスプーンを奪って食べさせることにした。
 彼女は少し挙動不審だったが、桃の魅力に負けたのか、大人しく口を開けた。雛に餌付けしている気分だ。
 小さく一口、口に含むと、彼女はふにゃり、と無防備に微笑んだ。
 既視感。
 一瞬、彼女ではない誰かの影が重なる。
 ああ、やっぱりおいしいねぇ。風邪のときはこれが一番。
 嬉しそうに微笑んだ記憶の中の"彼女"。
 もっとほしい、と、目で訴える目の前の彼女。
 まさか。姿形は全く異なる。口調も性格……性格?
 怪訝そうに俺を見つめる首を傾げる目の前の彼女。
 何か企んでるでしょう? と怪訝そうに顔を覗きこんできた"彼女"。
 ああ。なんだ、"ここ"にいたのか。
 すとん、と心の中で何かがはまった。
 なんで今まで気づかなかったのか。あれか、あの妙に時代がかった奇矯な言動に振り回されたせいか。
「ああ、うん。もう一口食うか?」
 彼女はこくりと頷くと、期待に瞳を輝かせる。そんなに好きか。本当に、そういうところは変わらない。
 結局、一つまるごとペロリと食べて、彼女はようやく落ち着いたらしい。何か俺に聞きたそうにしていたが、声がでないので俺がカバンからノートを取り出した。
 筆談でしばらく会話していたが、なんというかもう、段々と限界になってきて、気づけば彼女を強引に押し倒して唇を貪っていた。
 しかし相手は病人、無体を働くわけにはいかない、俺は泣く泣く体を離すと、掛け布団を直してからもう一度傍らに座り直した。
 しばらくは警戒していたようだが、すぐにうとうとし出し、そのまま寝てしまう。無防備だなおい。まあ、今はコレ以上はしないけど。
 それよりも、と、先程から異様に存在感を醸し出す実物大皇帝ペンギンに視線を向ける。
 昔から、嫁さんはもふもふしたものが好きだった。
 ペンギンはもふもふしてたっけ? あれ鳥だっけ。羽毛あるのか。まあ、ぬいぐるみは彼女好みのもふもふだ。
 しかしなんというかあれだ。灯台下暗し。
 気づいてみれば、あの警戒心丸出しなところも最初会った頃の嫁さんそのままだった。言動が妙過ぎて気付かなかったが。もう一度いう。あの言動。あれが諸悪の根源だ。
 彼女がせめて普通の口調だったなら多分もっと早くに気づいただろう。何というか、言動一つで翻弄されるとは俺もまだ修行がたりない。
 現に今、喋れない無防備な彼女と対面したら、一発で気づいた。何とも莫迦莫迦しい遠回り。
 それでやっと自分のこれまでの行動に納得がいく。利用するつもりなのに振り回されていた。そらそうだ、転生しても嫁さんにべた惚れな俺が、彼女に対してそんな扱いできるわけがないのだ。
 単に俺が自覚していないだけで、心も本能も気づいてたんだ。彼女が嫁さんだって。 
 だが、これでもう茶番は終わり。
 嫁さんがいる。
 今は水無瀬彩音という名になって、ここにいる。俺の傍に。
 もう無理にゲームの本筋を追う必要も無ければ、あのヒロインの小娘に愛想を振りまく必要もない。一応、一般常識の範囲内での社交辞令は必要だろうが、それだけだ。
 と、いうか。俺、嫁さんに刃傷沙汰をさせようとしていたのか。
 今更ながら、自分がしようとしていたことに身震いする。
 気まずい思いで、傍らに眠る彩音の様子を伺う。すやすやと眠っている。顔はまだ赤い。額の冷えピタがなんとも憎い。ちょっとそこ代われ。
 少し呼吸が荒くて辛そうだ。加湿器は稼働している。軽く頬を撫でると、やはり熱い。俺の手が冷たくて気持ちよいのか、無意識に頬摺りをする。くそう可愛い。
 寝ている女に手も出せず、必死でこみ上げる衝動を抑えつけていると、やっと水無瀬母が帰ってきた。
 留守番役も終わったので早々に辞して、帰路につく。しかし、足取りは軽い。
 内側から溢れる、笑い出したい衝動を必死で堪えて走る。無理矢理歯を食いしばり、こみ上げてくる笑みを噛み潰していたせいで、多分俺は凄く変な顔をしていただろう。
 外でなければ、踊りだしていたに違いない。
 結局、浮かれすぎて風邪が伝染ってしまったのか、俺も熱でぶっ倒れることになる。
 まあ、メールで彩音に訴えたので、きっと彼女は見舞いに来てくれるだろう。そういうところで律儀なのだ彼女は。
 想定外のオマケがついてきたのが残念だが、彼女は来てくれた。
 プリントとノートを持ってきてくれたことには感謝するが、とっとと帰ってくれないか宮原。俺は彩音と二人きりになりたいんだ。そう言いたいが喋れない。
 俺が自室のベッドで寝ている横で、女二人は雑談に興じている。主に喋っているのは宮原だが。うぜぇ。彩音の声が聞こえない。
「ところで、水無瀬さんは長谷部君とはお友達ですか?」
「まあ、一応そんなところです」
 オイコラァァァァァァァァァァァァ!!!?
 反射的に叫ぼうとし、激しく咳き込む。喉いてぇ。くそ、彩音訂正しろコラ。
 俺の咳と視線の抗議に屈したか、結局彩音は
「正確には、友達ではなく彼女です」と訂正した。うむ、それでいい。











 自分でも自覚はあるが、この日を境に彩音に対する態度がかなり変化した。
 前は、打算で落とそうと色々迫っていたが、今は本能のままに迫っている、あれ、同じ?
 けれど、込めている気持ちが違う。現に彩音の反応も、戸惑いながらも徐々に受け入れている。可愛い。
 夏になると薄着になり、俺の理性の限界を試される日々が続いた。
 夏休み前半はインターハイの練習に打ち込んで煩悩を無理矢理昇華させていたが、大会の数日前、彩音が何やら握った右手を差し出してきた。
「応援は無理だが、代わりにこれを持って行くがいい」
 それは、お守りだった。裏に『必勝』の二文字が刺繍で描かれている。
「一応勝負事の神様を選んだのだが、周囲が競馬新聞片手のおっさんばかりだったので実に微妙だった。しかしまあお守りはお守りだ、それなりに効果はあるのではなかろうか?」
 こてん、と首を傾げながら手渡されるお守り。
 この女が。基本的に他人(というか俺)に無関心を貫いている彩音が、俺のために、これを。
 感極まって、あっさりと理性の箍が吹っ飛んだ。更に彩音にとって間の悪いことに、ここは俺の部屋だった。
 本当に、よくもまあ、ギリギリで踏みとどまったと思う。よく頑張った俺。えらいぞ俺。もっとも彩音にとっては刺激が強すぎる真似を強いたが、こればっかりは彼女が悪い。
 お守りの効果か実力か。多分どちらもだろう、俺はインターハイ個人戦優勝で、うちの学校は団体でも三位になった。去年は県大会どまりだったのに、皆、恐ろしい成長っぷりだ。
 ああ、うん。正直、手加減忘れてました。
 一応高校生らしい動きをしようと思っていたのに、お守りに浮かれて全力で戦っていた。
 ブランクは長いが剣道歴は三十年以上。昔は指導者として、大会の審判になったこともある。長年の経験に加えてこの若さ、気力体力が充実している今、同年代に負ける要素が見当たらない。
 お陰で、やたらと周囲の視線が痛い。これで剣道始めて一年半といって信じる奴がどこにいる。後でそれらしき言い訳を考えるべきだろうか。うん、無理。言い訳なんて思いつかねぇ。
 ふと視線の端に、このゲームのヒロインたるあの女の姿が過ぎった。
 そういえばイベントか。サッカーと違ってここは九州なんだが、わざわざご苦労なことだ。だが。もうそれに合わせる気はない。彩音に逃げる口実を与えてなるものか。
 大会が終わってから宮原に話しかけられたが、早々に切り上げた。疲れていたので愛想笑いする気力も惜しい。
 地元に戻ると、やっと夏休みの到来だ。いや、元々休みだったんだが、部活で毎日学校に行っていたから休みの実感がわかなかったというか。
 彩音とはじっくりねっとりイチャイチャした。最近の彩音は観念したらしく、殆ど抵抗しなくなっている。よい傾向だ。
 それでも、いやだからこそむしろ、このお預け状態がいかに生き地獄なのかお分かりいただけるだろうか。
 俺の脳内を覗き見たら、彩音は間違いなく全力で逃げるだろう。暇さえあれば頭の中で、彼女を裸に剥いてあらゆるポーズを取らせて犯していた。
 成人と言わずに高校卒業でなんとか妥協してもらえないだろうか。責任はちゃんと取るから。むしろ誰にもやる気はない。
 彩音との逢瀬は俺の家ばかりだった。彼女が暑さに弱いので、涼しくて二人きりになれるとこといったらここしかないだろう。
 問題は、何故か時々宮原が人の家にやってくることだ。用もないのに来るな、鬱陶しい。
 もはや宮原に対しては愛想を浮かべる気も失せる。とっとと他の攻略対象にいけ。彩音との逢瀬を邪魔するな。こら、逃げようとするな彩音。
 無慈悲に宮原を追い返すと、去り際に実に嫌な顔をした。
 ふと、妙な感じがした。まああんな面見せられたらそうなるだろうとは思うが、何かが違う。
 この女と彩音を近づけちゃいけない。何故か、そう思った。
 だが、この女はしつこかった。
 二学期が始まると、やたらと纏わり付いてくるようになった。うぜぇ。心底うぜぇ。
 最早この女には愛想笑いすら浮かべる気になれない。友人達も俺の不機嫌を察したのか、この女を俺から遠ざけるように動いてくれた。
 宮原からどんどん表情が無くなっていく。本気でうぜぇ。とっとと他の攻略対象と遊んでろ。俺はもうリタイアだ。
 九月だというのにまだ残暑は厳しい。異常気象だ。だがそれでも35度越えの猛暑日は殆どなくなったので、久々に彼女を連れて外デートをした。
「ペンギン好きなの?」
 地下鉄内で単刀直入に彩音に聞くと、彼女は珍しく目を見開いた。そして何か納得していた。
「ああ、見たのかアレを」
 多分あのでかい実物大皇帝ペンギンのぬいぐるみを指しているのだろう。俺は頷いた。つか、見るだろう誰でも。あの存在感は半端ない。
「そうだな……ペンギンも好きだが、私が好きなのは基本的に"もふもふ"だ」
 だろうなあ。嫁さんはもふもふした動物が好きだった。彩音もそうらしい。
「アレは親に買ってもらったのか?」
「いや、あれは……なんというか、父の信奉者からの貢物というか」
「なんだそれ」
 なんでも彼女が小学生の頃、家族で名古屋港水族館に行った折、彩音は皇帝ペンギンのぬいぐるみに釘付けになったらしい。
「いかにももふもふ感に溢れていて、触り心地も非常によろしかった」
 この時のペンギンのぬいぐるみは精々40cm程だったので、親は娘二人に一つずつ買い与えた。
 彩音はあまりに嬉しくて、しばらくの間、家ではこのぬいぐるみを片時も手放さなかったらしい。
 その様子が愛くるしかったのだろう、水無瀬父はその姿を写メして携帯の待受にして、仕事先で自慢しまくったらしい。
 見事な親ばかだ。しかし気持ちはわかる。むしろその画像俺にもください。
 水無瀬父は世界的に有名なヴァイオリニストで、とある海外公演の時にもその親ばかを発揮した。
 その結果、待受で心底嬉しそうに皇帝ペンギンのぬいぐるみを抱えている少女をみせられた彼の一ファンが、娘さんは皇帝ペンギンが好きなのだと勘違い(あながち間違いでもない)し、実物大の皇帝ペンギンの親子ぬいぐるみをドイツの某有名ぬいぐるみメーカーに特注して、日本に空輸してきたそうだ。
 今、そのメーカーは44cmサイズの皇帝ペンギンのぬいぐるみを日本でも売っているが、値段が約一万五千円。44cmで。彩音の部屋のアレは130cmくらいは確実にあった。しかも特注。
 水無瀬母は卒倒しかけたらしい。当の彩音と妹はそんな事情も知らずにでかいぬいぐるみに飛びついて喜んだとか。
「凄いな親父さん」
「ああ、うん。あの人外見は妖怪だが実力は確かだからな。ファンも多い」
 水無瀬父は、実年齢は四十代なのに外見は二十代後半にしか見えないらしい。確かに以前写真でみたがやたら若かった。お陰で夫婦で出かけても、似ていない姉弟もしくは親子と間違われるらしい。水無瀬母、哀れ。
 日本人で二十代後半ということは、海外だと十代に見られるということだ。先日雑誌で永遠のアドニスと書かれていたらしく憤っていたとか。そりゃ四十路でそれはキツかろう。
 何故だか水無瀬父の話題で一頻(ひとしき)り盛り上がった頃、名古屋港水族館に到着した。ちなみに、義母から招待券を貰ったと彩音には言ってある。でなきゃ割り勘魔な彼女を連れてこれるわけがない。
 魚には「ほー」程度の反応だった彩音は、やはりペンギン水槽で動かなくなった。実は凄く好きだろう、ペンギン。
 本来、見どころはベルーガの赤ちゃんらしいのだが、彩音が好きなのはもふもふだ。ベルーガに毛はないので「ふむ」で終わった。本当にわかりやすい。
「涼しくなったら東山(動物園)でもいくか?」との問いに、彩音は目を輝かせた。きっとふれあい広場が目当てなんだろうな。兎やモルモットに触れるし。
 そうだ。今度義母に、家で猫か犬を飼うことを提案してみようか。確実に彩音が釣れる。
 ああ、猫カフェに連れ込んでもいいな。そうしよう。









 十月になり、学園祭間近になった。本筋通りならば、ここで彩音が宮原を刺すのだが、刺す理由がないのでそのイベントは起こらない。
 だから彩音を誘うことは可能だと判断した。
 もっとも当日は極力、彩音から宮原を遠ざけなければならない。彩音が妬いてくれるかは疑問だが、少しでも不快な思いはさせたくない。
 ならば誘わなければいいんじゃないかと言うなかれ。それでも彼女と一緒に回りたいと思う自分は、そうとう重症なのだろう。
 俺はこの選択を、後で激しく後悔することになる。
 彩音は待ち合わせの時から挙動不審だったが、いつもの事なので深く気にしなかった。
 宮原に絡まれたが、拒絶してとっとと二人で学園内を巡った。彩音も徐々に楽しそうに笑うようになって、俺も正直浮かれていた。そう、油断していた。
 ほんの一瞬、友達に話しかけられて意識を逸らした。その隙をついて、あの糞女は暴挙に出た。

「あんたさえいなければ!」『おまえさえいなければ!』

 突然の怒号に振り返った俺の眼前に、二つの光景が重なる。
 腰を低くして彩音に体当たりしている宮原。
 ベッドで動かない嫁さんに、尚も執拗に刃を突き立てる狂った女。

「しんじゃえ!」『死んでしまえ!このアバズレ!』

 彩音から引き抜いた刃を再度振りかざす宮原を、俺は全力で駆け寄り殴り飛ばした。だが後一歩間に合わず、刀身は彩音の体に沈む。
「彩音!!」
 力なく崩れる彩音の体を抱きとめる。何故今まで宮原の正体に気づかなかったのか。気づいていれば決して彩音に近づけさせなかったのに。
 刺されるのは宮原の筈だった。なのに、彩音の体から赤い血が止めどなく流れ落ちていく。
「救急車を!」「警察!」「止血が先だ!」
 周囲の叫びも、泣き喚く女の声も遠くなっていく。
 彩音、彩音、彩音。
 上着を脱ぎ、シャツを破る。
 彩音は二ヶ所刺されていた。フラッシュバックが起こったのは俺の方で、その為に反応が遅れた。くそ。
 二つ目の傷にはナイフが突き刺さったままで触れない。素人にできることは、一つ目の傷を布で抑えるくらいが関の山だ。
 救急車はまだか。またか。また彼女を失うのか。
 教師が駆けつけてくる。遅い。今の彼女は動かせない。
 事情を説明しろだと? うるさい、他の奴に聞け。彼女の命より優先すべきことなどない。
「彩音、しっかりしろ。俺の声が聞えるか? なあ」
 意識が途切れぬよう話しかける。なのに彩音の瞳から、ゆっくりと光が消えていく。
「おいしっかりしろ! 意識を手放しちゃダメだ。返事をするんだ!」
 俺の声は無力で、彼女の元には届かない。願いも虚しく彼女の意識は途切れ、掴んだ手からするりと力が抜けていくのを、ただ見守ることしかできなかった。



なろう投稿のため、エロ妄想は可能な限り削りました。
うっかり削り残しがあるかもしれませんが、そこはご愛嬌ということで。
お月様は自分には無理だと痛感しましたorz

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