29:「ならば寄付じゃ!」の巻
サツキは寝室から居間へと続く扉を開け、そしてそのまま閉めた。
もう一度、ゆっくり開いてみる。
小さく開けたその隙間からは、最初に見た光景がそのまま存在していた。
(うおぅ、またですか)
そこにはメアリーとハンナが互いに腕を組み、互いに火花を散らせている。
両者、睨みあったまま、微動だにしません。
他の侍女見習いの娘たちは、部屋の隅に固まって震えています。
お、ゴングの音が聞こえました。
カーン!
「だから、何がいけないんですか? 私は思ったままを言っただけですけど」
「ですから、まずそのお話しの仕方が間違っていると、わたくしは言ってるのですけど。おわかりになりません?」
「ん? 何? なにが間違ってるの?」
「あなたが、そのような口調でお話しするものだから、サツキ様もなかなか口調を改めないのだと、わたくし思いますわ」
「言っとくけどね、今どきそんな「わたくし」なんて話し方、一部の人しか使ってないし。私は私の思う範囲で、サツキにもきちんと礼儀は教えてるつもりです」
「主を呼び捨てになさるところから、間違ってますわ!」
「サツキがそう呼べって言ったんだもの。私だって外ではきちんとサマ付けで呼んでます!」
「どこで誰が聞いているか、お分かりにならないでしょう!」
「だーかーらー! 私が言ってるのは、この部屋の中でだけでも、堅苦しい話し方はやめようよって事なの!」
「ですから、それが駄目だと言っているのです!」
「だから、何で駄目なのよ!」
あ、ループ入りました。
サツキは二人の間で、{技:ゴングの鐘}を使った。
サツキの合わせた手の平から、カーンという音が響いた。
「はい、そこまで! 判定! {技:ドラムロール}(両膝を叩く)・・・・・・両者、引き分け!」
{技:ゴングの鐘}三回。
「{技:マイクエコー}以上を持ちまして、貴族出身メアリーVS平民出身ハンナの対決を終了致します! ご来場の皆さん、ありがとうございます。ありがとーございます」
「「サツキ(さん)! ふざけないで(ください)!」」
「ひゃい」
時々二人は、こんな風に意見をぶつからせているが、二人の仲は決して悪くない。むしろ良い方だ。
だが、サツキの教育方針に対して、二人とも何かしらの思いがあるようで、しばし、このように火花を散らす。
二人ともサツキを思っての行動なので、サツキはどちらの味方にもつけないでいた。
一番の被害者は、この騒動に居合わせた侍女見習いたちだと思う。
基本メアリーはサツキに細々(こまごま)した諸作法や、貴族たちの上下関係など、処世術に必要な事を教えてくれる。
対するハンナは事務能力が主な仕事で、サツキの体調管理や時間配分に気を配っている。
元々、二人の仕事内容が違うのだから、それぞれの考え方が違うのは当然だと思うのだが、サツキは上手く二人にそれを伝えられないでいた。
なので、サツキは二人に今日も言う。
「人類、皆兄弟。仲直りをしましょう! はい、握手!」
二人は互いに顔を背けながら、サツキに無理やり握手をさせられた。
◆ ◆ ◆
王宮には、大きな国営図書館がある。
城下にも図書館はあり、そちらの方が蔵書数は多い。
だが貴重な本や、より専門的な文書は、国営図書館に置かれているので、そういった職業についている者ほど、その利用率は高い。
その図書館は東の宮に併設されており、一般人にも開放されている。
一部の書物は禁書となっており、その書物らは本宮の図書室に置かれている。
皇帝の許可なしでは、その図書室には入室することが出来ないので、常に何重もの魔術が施され、侵入者を拒んでいる。
本日、ロベルトはその図書室の蔵書整理をしにやってきた。
そして、彼は中に入り、まず呟いた。
「・・・何故、いるのでしょうか」
ロベルトは振り返った。入ってきた扉に異常は感じられなかった。
ため息をつき、本を読みふけっているその人物に声をかける。
「サツキさん、どうやってこの場所へ?」
らせん状の階段に座っているサツキは、本からは目を離さずに上を指差した。
「ん~~? 天井から?」
ロベルトは首ごと見上げた。丸い天井は、ああ、確かに何も術を施していない。
その中央から長いフックロープが一本揺れていた。
確か、上の階には円卓場があったはずだ。
一応、円卓場も入室しやすいとはいえないのだが。
―――どうやら、彼女には関係ないらしい。
図書室の警備方法を、再度検討する必要がある。
そう考えたロベルトはサツキに聞いた。
「何を調べているのですか?」
「ん~、黒髪のアビスについて」
ロベルトはサツキの軽く言ったその言葉に、危うく手にしていたファイルを落としそうになった。
そんなロベルトにサツキはページを捲りながら問う。
「アルってさ、指輪なんてしてたっけ?」
ああ、彼女は知ってしまったようだ。
ロベルトは頷き言った。
「ええ、普段は幻術で隠していますが。常に嵌めております」
「ふぅん、そっか」
何かを納得したように、サツキは頷いた。
「・・・シグマ、の意味は分かりましたか?」
逆にロベルトは質問した。
サツキは初めて顔を上げ、ロベルトを見た。
「うん。まあ、ね」
サツキはそう言って笑った。
その悲しげな微笑みにロベルトは、胸に不安を覚えてサツキに言った。
「―――どうか、信じてください」
「それはアルに言ってあげてよ」
そういうと、サツキは手にした本を棚にしまった。
そして、垂れ下がっているロープを掴む。
「それじゃ~ね~」
「サ、サツキさん!」
ロベルトの叫び声と共に、ロープは縮んでいき、サツキを天井へと導き、彼女はその上へと消えていった。
ロベルトは、ずり落ちた眼鏡を直しながら呟いた。
「・・・何故、普通に扉から出ない」
◆ ◆ ◆
いつものように執務室で執務を行っていたアルフレッドは、ふと窓の外が騒がしいことに気が付いた。
立ち上がり、窓から覗いて見ると、人々が何やら西側へ走っている。特に危険な感じではなく、皆の表情は、楽しげである。料理人、騎士見習いの姿や、侍女、魔導師の姿も見える。大人から子供まで、皆、 何か急いだ様子で走っている。その様子を見ながら、アルはロベルトに聞いた。
「今日は、闘技場で大会が開かれていたか?」
その声にロベルトは手にしていた本から顔を上げると、首を傾げた。
「いいえ。そのような事は聞いておりませんが」
そう言って、ロベルトもアルと同じように窓から外を見ると「確認して参ります」と言って部屋を出ていった。
◆ ◆ ◆
うおーー! という大歓声が闘技場で沸き起こった。その歓声の対象となっているのは、やはりというべきか、サツキの姿であった。
サツキの隣にいるモスリンドが声を張り上げる。
「さあさあ、次の挑戦者は誰だーーー!!」
それは単に西の騎士食堂で始まった。
昼飯を食べていたサツキが、食堂のテーブルの真ん中で、騎士たちが腕相撲をしているのを目に留めたところからだった。
その騎士たちをサツキが倒していく様に、周囲に人だかりが出来てしまった。食堂の営業妨害となるとして、なら場所を移動すりゃあいい、というフライの声と共に闘技場へとそれは場所を移して行われた。調子に乗ったモスリンドが、参加料を取り始め、まるで一大イベントになってしまったのだった。
◆ ◆ ◆
サツキとフライとモスリンドの三人は、正座をさせられていた。
ロベルトによって。
「という事で、賭け金は没収致します」
「「「ぅえ~~~~!!」」」
参加費だけだったのなら、ロベルトも目をつむった。
しかし観客たちと賭けをし始めたのがいけなかった。
負けた客が騒ぎ出し、それがロベルトの耳に入った。
参加料と賭けの儲けは、しめて7343リオン、ベールに換算すると734万3千ベールだった。
「すべて、国庫に入れますので。それでよろしいですね?」
「ならば寄付じゃ! 寄付をするがよい!」
サツキが異議を申し立てる。
「どちらに寄付を?」
「王宮猫たん保護団体じゃ!」
以前王宮内に繁殖した、猫を守ろうの会が発足されていた。
それが「王宮猫たん保護団体」という名称で活動している。
ちなみに会長はシャルル、副会長はサツキである。
「・・・ご自身が関わっている団体なので、却下です」
ロベルトは冷たく言い放った。
「猫たん・・・猫たん・・・」
「俺の剣、おニューの剣が・・・」
「お嬢・・・お嬢への貢物が・・・」
それぞれが、それぞれの思いを呟いた。