28:「勇者、現る」の巻
サツキは、料理に奮闘していた。
食材の切り方、下ごしらえ、調理時間、火の加減。調味料の量も、先生に言われた通りにやった。
レシピの通りに作った筈だ。
盛り付けの時に、サツキは思った。
(なんで、こうなっちゃうかなぁ?)
ドンっと音を立ててテーブルにサツキ作の皿が置かれた時、食味係として常連の三人娘は、凍りついた。
本日の品は3品。
オードブルとスープと魚料理だ。
パンは先生が焼いたものが配られた。
そのパンの茶色以外、彼女たちのテーブルの上は、すべてが「黒」に統一されていた。
さすがはアビスである。
スープと魚料理、液体と固体の区別も付かないほど真っ黒である。
かろうじて、皿の形で判別が出来る代物だった。
三人娘の一番太った体型の彼女が、勇気を出して、魚らしきものに手を伸ばしたが、口に入れて聞こえた音は「ガリ」だった。
まるで石を砕いたかのような音であった。
三人娘はその後、懸命な判断でパンのみを完食した。
「お、美味しゅうございましたぁ」
三人娘は声をそろえて言い、その場を逃げるように去った。
◆ ◆ ◆
「で、これをもってきてくださった訳ですか?」
「うん。だって、もったいなくて。ロブくんたちは、いらないっていうし」
アルとロベルトの前に、先ほどの料理で余ったものが並べられている。
「・・・このタールのようなものは、何でしょうか」
「あー、それはねー、ほうれん草とトマトのスープだよ」
ささ、召し上がれと、サツキは二人の前にずずずいっと差し出す。
成程、とロベルトは思った。
先程ロブと廊下ですれ違ったのだが、何も言わずにロベルトに胃腸薬を渡してくれた。
彼女には前科があるようだ。
アルは黙ってその物体たちを凝視していた。
若干、額に汗がにじんでいる。
長いため息をついた。
「よし」
覚悟が出来たらしい。
彼は、その黒いタールをスプーンですくい、口に運んだ。
その様子を、ロベルトは固唾を飲んで見ていた。
サツキもキラキラした目で見ていた。
どんな困難も、その愛で超えられるのか。
アルの喉仏が上下に動いた。
◆ ◆ ◆
モスリンドはそのままお嬢付きの警護員になっていた。
しかし後宮内は、モスリンドの容貌がアウトとなり、出入りが禁止になってしまった。
なので、お嬢が後宮の外へ出るときだけの警護要員である。
もしくは、お嬢がいなくなった時の捜索隊員の隊長の任についている。
空いている時間は、馬車の修理や荷の上げ下ろしを手伝っている。
これでも、あらくれ者からの、どえらい出世である。
しかしサツキの中では、モスリンドはあくまでも下僕なのだが。
今、モスリンドはアルフレッドの執務室前にいる。二人の衛兵と共に。
そして、その叫び声に慌てて室内へと突入した。
「なんだーーー! これはーーーー!!」
モスリンドはその光景に固まった。衛兵たちも固まった。
どうすればいいのだろうか。
アルがサツキの首を締め上げながら、宙に浮かべて振っている。
サツキが柱時計の振子のように横に揺れている。ぶらんぶらんと揺れている。
「おぉ~れぇ~をぉ~、殺す気かーーー!」
竜兵会の会長ぶりの言い方です。
あ、サツキの魂が口から出ていっています。
その白い塊がだんだん、サツキ自身の形を取りました。
にっこり笑っています。
「お、お嬢・・・・・・」
サツキの魂はモスリンドに手を振ります。
頭には輪っかが、背中には羽が生えています。
そして、サツキの魂はどんどん空へ高く舞い上がり――――。
◆ ◆ ◆
サツキはひとり海を見ていました。
ザッパーンザパーンと波が打ち寄せては返します。
あと数秒、アルが正気に戻るのが遅かったら、サツキは異世界のこの地でその生涯を終えるところでした。
貴重な体験でした。幽体離脱です。太った双子も真っ青です。
無事、生還を果たしたサツキでしたが、呆然と立ち尽くすアルの腹に、強烈な膝蹴りを入れました。
そして、
「アルのヴォァ~カ~~~!!」
と言って、執務室を飛び出しました。
走って走って走りました。
ついた先は、海でした。
決して迷子ではありません。
元々、海が目的地だったのです、多分。
体育座りの格好で、身体を丸めます。
膝の上にあごをガンガンと乗せます。
「うぅ・・・」
がむばった。わたし、がんばったのに。
食材も全部みじん切りにしなくなったのに。
小麦粉とベビーパウダーは違うものって知ったのに。
かくし味ってのは、履き古した靴下じゃないんだよって、知ったのに。
◆ ◆ ◆
サツキの座る砂浜に、もうひとつの影が現れた。
サツキはちらりと、右側に立ったその影の人物を見た。
だから、左にぷいと顔を背ける。
その人物はサツキの背面で屈みこみ、左からサツキの顔をのぞく。
だから、右にぷいと顔を背ける。
ふわりと抱きしめられる。
「・・・ごめん」
アルはサツキの肩口に顔を埋めて呟いた。
「うぐぅぐぐ・・・一所懸命作ったのに」
「うん」
「料理レベルも一気に5にあがったのに」
「・・・うん」
「作法レベルだって4になったんだもん」
「うん、頑張ったな」
大きな手がサツキの頭をぐりぐり撫でる。
まだ少しふくれた顔で、サツキは正面の海を見た。
キラキラと海は輝いていた。
サツキはぽつりと呟いた。
「あのね」
「ん?」
「アルの瞳は、海の蒼みたい」
アルは海を見た。
王領に面するシスラビス湾だ。
シスル国の皇族はほとんどが、紫の瞳をしている。
アルも姉もそうだった。
しかし、初代の皇帝は蒼い瞳をしていた。
そしてたまに皇族に、蒼い瞳を有したものが生まれる。
彼らはすべて、皇帝となった。
アルはこの瞳のために、次代の皇帝として、周囲から熱い期待を寄せられていた。
その期待が重過ぎると感じることもあった。
ゆえに、アルは自分のこの蒼い瞳が好きではなかった。
だが、彼女がそう例えるのは、嫌ではなかった。
アルは自分が例えられたその海を眺めた。
「海の、蒼か」
「うん」
二人はしばらくそのまま海を眺めていた。
そして立ち上がり、身体についた砂を軽くはたくと、どちらからともなく手を繋いで歩き出した。
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サツキは、あ、と言った。
そして、アルを見上げながら、にこにこ笑った。
「あのね、明日はショコラケーキを作るんだって」
「・・・そうか」
◆ ◆ ◆
ロベルトは、執務机に向かい頬杖をついて、熱心に書き物をしているアルを見た。
どうやら、何かの魔方陣を描いているようだ。
机の上には何冊もの術式関連の本が積み重ねられている。
「どちらかを選ぶしかないか・・・。味覚を変えるか、人体に影響の無い物質に変えるか・・・」
アルは、くるくると術式ペンを回し始める。
「無表情を使えば・・・耐えられるだろうか・・・ここに付け加えたらどうだ?」
ペンがさらさらと走る。緑の炎が上がり、アルの書いた文字が宙に浮かび消えた。
それを見てアルは呟いた。
「駄目か・・・」
ロベルトは時計を見た。
もうすぐ夜の八時になる。
まだ終わりそうもないアルを残して、夜食の用意をするために、彼は静かに隣の部屋に消えた。
その日、アルフレッドの執務室では、ランプの灯が消えることはなかった。
◆ ◆ ◆
「うん、うまい」
アルはにっこりと笑った。
「ホント?」
サツキは手を叩き喜んだ。
やったやったと飛び跳ねるサツキを横目に、男たちは目の前に置かれている物体を見た。
またもや色は黒の物体。
ショコラケーキということなので、元々黒っぽいっちゃ黒っぽい。
色目はいい、としよう。まだ、耐えられる。
だが何故ペースト状なのだろう?
ここは、宇宙だったか?
彼らは思った。
(((勇者アルフレッド現る・・・)))
勝ち誇った顔のアルフレッドは、己の腹を撫でた。
アルの腹には、彼の作成した魔除札が貼られている。
彼が昨日、徹夜までした努力は実を結んだらしい。
◆ ◆ ◆
ベッドの上で久々に「Iネットくん」でステータス画面を閲覧していたサツキは、いつもの如く笑いをもらしていた。
みてこれキタコレ作法レベル二桁の大台に乗りました! がんばったね~良かったね~。踊りスキルもあと1上がれば同タイです。料理スキルはなぜか5で停止してるけど、知らんがな。ひ~ひっひと引き笑いしておこう。知らぬ間に同化スキルが10も上がってるし。脱走し続けた甲斐があったってものだ。
「おろ?」
クエスト確認が出来る。あ~一応、クエスト受けた形になっているのか、どれどれ、とボタンを押す。現れました。
『タスカニース世界シスル国、皇帝の花嫁候補になること』
ああ、この異世界ってタスカニースっていうのか。初めて知りましたよ。
その下に詳しい内容が表示されています。スクロールっと。
「・・・・・・え」
寝転んでいたサツキは起き上がり、姿勢を正してその文を読んでいった。




