27:「美味しゅうございますぅ」の巻
「わたくしは、メアリー=ハドソンと申します」
「わたしは、ハンナ=スコットです」
サツキの目の前で二人の娘がサツキにお辞儀をした。
それに合わせて、サツキも上目使いのままお辞儀を返した。
二人はサツキの専属侍女なのだそうだ。
メアリーは、何でも侍女頭お墨付きの筆頭侍女なのだそうで、胡桃色の髪を綺麗に一つに纏め上げて、どこから見ても隙の無い格好であった。姿勢もやや逸らした形で、あごを心持ち上にあげている。男爵家の娘なのだそうだ。
対するハンナは、少し不安げにサツキを見ている。魔道医師を目指していたのだが、何の因果か、このたびサツキの侍女として配属された。本人も混乱の最中にいる。彼女の職務は、主にサツキのスケジュール管理や伝達だという。
二人のほかに、さらに三人の侍女見習いがついている。彼女らは、後宮に通う貴族の娘たちで、日中のほとんどは、行儀作法を習っているのだそうだ。その中の空いた時間、サツキの部屋の掃除や食事の支度などをするのだという。それも、ひとつの勉強なのだそうだ。
そう、サツキは本日、後宮入りした。
そういわれると、なんだか大奥的な、夜のお勤めがあるのかしらん、と思うのだが、この国では、そういったことはないのだという。
単に女子寮に入った。そんな感じだ。唯一違うのは、お付きの侍女がいる、という所だろうか。
「サツキ様には本日より、淑女になるための勉強をしていただきます」
みんな立ってて、まるで朝の朝礼みたいだなと、ぼけーっと周りを見渡しているサツキに向かって、メアリーは言った。
「勉強?」
サツキは訝しげにメアリーを見た。
「はい。作法はもちろんのこと、ダンス、裁縫、料理、お茶、音楽、歴史、読み書き・・・」
延々続くメアリーの言葉にサツキは、顔が歪んでいく。
ちょちょちょ、ちょい! 教えてあげましょうか? 私の現スキルレベル。
料理→3
踊り→7
音楽→6
作法→3
ついでに掃除は7です。
へい、全部一桁わっしょいですよ。
裁縫とお茶なんてそんなスキルはありませんし?
わたしは勇者なんです。そこんとこ、分かってます?
ほら、騎士隊入隊させろ。フライのところでいいから。
ええ仕事しまっせ。適材適所って知ってます?
「―――ということで、まずはテーブルマナーについてです。行きましょうか」
メアリーはにこりと笑った。
それはまるで悪魔の笑いに見えた。サツキにとっては。
◆ ◆ ◆
アルは呆れた顔で、執務室の窓際にあるソファを陣取っているサツキの顔を見た。
「―――で、さっそく逃げてきたのか」
「う・・・だってね、だってね、その先生っていうのがね、むきーっとか、うきゃーっとか、いっぱい叫ぶんだよね。もう、いやんなっちゃうよぉ」
テーブルマナーの担当の先生は、確か温厚で知られている婦人だったはずだ。
一体彼女に何をしたのやら、とサツキを見てアルは思った。
「それにね、あの、言ったと思うんだけど、わたし、間違いなんだよね」
またか。とアルは思った。
サツキが言うには、召喚自体が間違いだったと言い張るのだ。
自分は「黒髪のアビス」とやらとは全く関係がない。己の世界に戻るのだという。
アルはそんなサツキを見やる、と、立ち上がり、サツキの傍に立つ。
「無理だな。諦めろ」
アルを凝視してサツキは言った。
「な、何で!?」
アルは、サツキの座っているソファの背もたれに両手を置いた。
サツキを挟んだその場所に。
そして、不敵に笑った。
「俺がそう決めたからだ」
そう言って、固まっているサツキの黒髪を軽く梳き、ひと房すくうとその髪に口づけを落とす。
ひとたび気を緩めれば、その蒼い瞳に吸い込まれそうになるのをぐっと押さえ、サツキは言った。
「・・・ひとつ、聞きたいんだけど」
「なんだ?」
「アルは、わたしのこと、好きなの?」
その言葉に、アルは細めていた目を大きく開き、首を傾げた。
「好き、ではないな」
その言葉にサツキはくわっと目を見開いた。
「す、好きでは、な、な―――」
「お前は?」
眉を寄せているサツキにアルが尋ねる。
「は?」
「俺のこと、好きか?」
サツキは半ば叫びながら、言った。
「す、好きじゃないです!」
その答えにアルは何故か笑った。そして言う。
「なら、好きになれ」
そして、サツキの手を持ち、その手の甲にゆっくりと唇を付けた。
そのまま、蒼い瞳がサツキを見つめている。
「わ、わたくし、急用を思い出しましたわ!」
と、突然サツキはアルの手を払いのけて立ち上がると、お茶を用意し運んできたばかりのロベルトを突き飛ばす勢いで、退室していった。
「あれ、サツキ様。お茶は・・・?」
「いらんがな!」
お盆を持ったまま一回転したロベルトは、そんなサツキの後姿を見送ったが、アルに向き直った。彼はご満悦の様子で、執務席に座るところだった。
◆ ◆ ◆
執務室から一歩足を踏み出したところで、サツキは速攻ハンナに拉致され、次の授業に連れて行かれた。
「え~、サツキ様が逃亡なさったおかげで、刺繍の先生は帰られました。次の授業は、ダンスマナーです。ダンスの練習ではなく、全体に共通するマナーとお考えください」
廊下を歩きながら、ハンナは右手にサツキの襟首を後ろから掴み、左手で黒い手帳を器用に開いて、それを読み上げている。
ちらっとのぞいて見ると、今日のサツキのスケジュールが左のページに分刻みで書かれている。「刺繍:アイボリー先生」という文字には大きくバツが書かれていた。
そして、右のページに、
“ダンスマナー”
“練習じゃない”
“全体に共通する”
という走り書きが書かれている。
左側の今の時間には「ダンスマナー:ブルームス先生」と書かれていた。
次の授業の担当はブルームスという人らしい。
その部屋に入ると、中にはすでに5人あまりの人がおり、各々(おのおの)が窓際に置いてある椅子に座っている。どうやら皆、ダンスマナーを授業を受ける人たちのようだ。
ハンナはすっと壁際に立ち、もう一人の侍女らしき人に軽く会釈をしていた。
彼女たちは、サツキの姿を見ると、互いにひそひそと話し合っている。サツキはなんだか居心地が悪くなり、ハンナをちらりと見る。ハンナはただ、サツキも椅子に座れというジェスチャーをした。
サツキは、とりあえず、人があまり集まっていない場所を選んで座った。
それから間もなくして、扉が開いた。
「どうも、みなさん。本日のダンスマナー教室へようこそ。わたくし、講師を務めますシャルル=ブルームスですわ!」
声高らかに宣言しながら、踊るように部屋に入ってきた人物は、半獣キャンディ開発者のシャルルであった。
すぐに、シャルルはサツキに気付き声を上げた。
「あら~、あらあらあら。アビスちゃんじゃないのよ~!」
「サツキっす」
よかった。シャルルが先生か。これなら何とかなるかもしれない。サツキはほっとした。
―――10分後。
「ちっが~~~う! 手はこう! 腰はこのまま!」
「ふぎ!」
シャルルはサツキの身体をマリオネットのように扱い、彼女の姿勢を正す。
「そして、そのまま優雅に礼をする! ちがうわ! 早すぎ~~~! もっと、羽のようにたおやかによ! はい、元に戻す!」
そして、地獄の言葉を吐く。
「もう一回、最初から!」
◆ ◆ ◆
精根尽き果てた様子のサツキに、
「それは、わたくしもぜひ参加したかったですわ」
とマリアンヌが言った。
「え、でも、マリアはダンスマナーなんてもう、教わる必要ないでしょ?」
テーブルにつっぷしたままでサツキが言う。
「ええ、勿論ですわ。わたくし、マナーというマナーは、全て完璧でしてよ?」
「なら、なんで?」
「サツキさんのその、困窮するお姿を拝見したいからに決まってるじゃないですの」
いやだわぁ、とマリアは言った。
淑女とはなんたるや? とサツキは考えていた。
ここは後宮内の中庭。
今は三時のお茶の時間である。
あちらこちらにお茶会用のテーブルがセッティングされ、皆が思い思いの場所でお茶を楽しんでいる。
十代のかわいらしい笑い声が、日の当たる庭のあちらこちらで聞こえる。
隣のテーブルでは三人の娘たちが、マリアンヌにおすそ分けしてもらったケーキを食べ、「美味しゅうございますぅ」と口をそろえて言っている。
「それよりも!」
マリアは手にしたカップを置きながらサツキに言った。
「まさか、あなたがあの黒髪のアビス様だなんて、わたくし驚いてしまいましたわ!」
サツキは今、黒い髪のままで生活している。ハンナに言われたためだ。なんでも、黒髪のアビス=皇帝陛下の花嫁の存在を、周りに知らしめるためだそうだ。んなの、サツキにゃ関係ない。それより黒髪でいることで起きる、この突き刺さるような痛い視線をどうにかしてほしい。
お茶の時間だ休憩だとサツキが中庭に現れた途端、マリアンヌと遭遇し、彼女のテーブルに強制連行された。
「間違いだし。アビスなんて、そんなの知らないし」
ぶつぶつ言うサツキにマリアは横目で見た。
「あら、あなた、黒髪のアビス様でいることが不服なのかしら?」
「不服? 不服とかそういうんじゃなくって、単に違うっていうだけなの」
どうして誰も分かってくれないのかなぁ。この世界の住人は、どんなにサツキが召喚間違いだって言ってるのに聞いてくれやしない。
「そうよね。アルフレッド様の花嫁候補ですもの。不服なんてある筈ありませんわよね」
ほら、聞いてくれない。
「そうですわぁ」
と、同じテーブルについている娘たちも、マリアンヌの言葉に同意を示す。
その様子に、サツキは聞いた。
「ん、何? アルってそんなに人気あんの?」
「んまあ、アルフレッド様ですわ。軽々しく「ア、アル」だなんてお呼びにならないでくださいな!」
アルというだけで顔を赤くするマリアンヌを、サツキは正直かわいいなぁと思った。
思わず、
「マリアは可愛いのぅ」
と愛でると、マリアンヌはさらに顔を赤くした。ただし、今度は怒ったから故であったが。
「サツキさん、あなた、わたくしを馬鹿にしてらっしゃるの!?」
そんなマリアンヌもやっぱり可愛いと思ったが、これ以上怒られたくないのでその想いは心にしまっておいた。
「で、えーと、アルフレッド様? は人気あるの?」
「もちろんですわ!」
即答するマリアンヌだったが、周囲の反応はそれぞれであった。勿論、えぇはいとマリアに同調する声は上げるのだが、中には顔が引き攣っているものもいる。
そんな表情の中のひとりが言った。
「確かにアルフレッド様は、とてもお目麗しい方ですが、少々近寄りがたい雰囲気がありますわよね。それがなければ、とても素敵な男性なのですけれども」
「そうですわねぇ。もう少しお顔の表情を崩していただけると、こちらとしても接しやすいというか」
ひとりが口火を切ったことにより、次々にアルに対しての愚痴が飛び出す。
「もう少し、女性に対して優しい態度を、お取りになってくださるとよいのですけれど」
「そうですわ。この間もわたくし廊下をすれ違ったのですけれど、その時の視線といったら、凍えるようでしたわ。まさに氷の君そのものでした」
そして意外にもマリアンヌまでもが、それに同調するように頷き、
「まぁ、それがあの方の魅力のひとつでもありましてよ」
と、言った。
一月前に、アビス召喚宣言をする前には、彼の周りはそれは大変だったのだそうだ。
毎日のように、適齢の娘を持つ貴族からの晩餐会の招待状が届き、見合い写真も部屋ひとつが埋まるほどに届いたという。
あげくの果てには、夜中に寝所に忍び込む娘まで現れる始末であった。
「勿論、わたくしはそのような下衆な行いは致しませんでしたわよ」
とマリアンヌは誇らしげに言った。
サツキは周りにいた何人かが俯いたのが気になった。まさかのカマサ?
そして、お茶の時間もそろそろ終わりとなったところで、マリアンヌは立ち上がり、サツキを指差した。
「いいこと。わたくし、アルフレッド様のお后を諦めた訳ではございませんから。候補はあくまでも候補、対等な立場ですわ! わたくし、あなたなどに負けませんわよ!」
と、高らかにライバル宣言をした。
サツキは言った。
「だから、召喚間違いなんだってばよ・・・」
すでに、言いたいことを言い終えたマリアンヌは、取り巻きと共にこの場を去っていた。
秋空の下、サツキは木枯しに吹かれていた。




