26:「x=x+1」の巻
魔王が蒼。魔王が蒼の人。そこで、はっとサツキは思い出した。
わたしはいつからクエストが魔王討伐だと思ったんだっけ?
ここに召喚されたとき、わたしは何て言われたっけ。
ふと、隣にいるロブくんを見る。
そう、彼が言った。確かに。まだ、小動物のようだった彼が、言った。
“あなたは皇帝の花嫁候補として召喚されたのです”
(・・・・・・)
そうだった。帰還不能イベ。帰還不能イベ発生してたんだった。あらすじにも書いてあったじゃないか。なぜ、忘れてた、わたし。
魔王、もといアルフレッド皇帝を見る。
ああ、キラキラしてるよ。彼、なんだか、キラキラしてるよ。微笑んでるよ。にこにこしてるよ。決して、正面にいるサミエルみたいに、くすくすじゃないよ。声は出さないで、にこにこしてるよ。わたしもぷかぷか笑えばヨイの? いつの間にやら、恋愛フラグ立っちゃってるよ。おい。
ああ、無理です。ムリ。だって元々恋愛体質じゃないのよ、わたし。なんたって、女勇者目指してたくらいだから、そこ、分かるでしょ?
1.ちら、とアルを見る。
2.アルもサツキの視線に気付き、にこりと笑う。
3.さっと目を逸らす。
4.そして、ちら、とアルを見る。
2へ戻る。
ルーチンです。サブルーチン入りました。
好感度x=x+1ですよ。
フローチャート式解。
start
“サツキはアルを見たか?”
↓
“はい” “いいえ”→endへ
↓
”アル、微笑む”
↓
sub1呼出
↓
“サツキ目を逸らす”→startへ
end
sub1
“アルの好感度に1足す”
return
ぐぉぉぉおおお。サツキ、見るんじゃない!
もう「65535」になるぞ。
今のうちにセーブしとかないと、別ルート入るには、最初からだよ、名前入力からになっちゃうよ! スチルすかすかになるよ!
◆ ◆ ◆
「「「・・・・・・」」」
そんな二人を生暖かい目で見ている人が3名おりました。
筆頭はサミエル。ついでロブくん。それからロベルトです。
フライは・・・彼まで顔が赤いです。意外と純情な野郎でした。
モスリンドは、そんな空気に気が付かずに、目の前の料理を食べまくっています。ある意味大物。
テーブルの整理が行われ、フロマージュが出てくる間に、サミエルは言った。
「ところで・・・サツキさん。フードは何故取られないんでしょうか?」
その言葉にサツキばかりか、ロブとモスリンドまでもがピシっと音がするくらいに固まった。
「え、え~と。その、じ、実は、円形脱毛症が!」
「嘘ですね」
円形云々の言葉にアルが驚く間もなく、サミエルは否定の言葉を口にする。
「う」
「・・・耳、あるんですね?」
「うが」
「先程から、何やらもぞもぞしていますが・・・尾もついているんでしょうか?」
「うぎゅぅ」
観念した様子でサツキは俯いた。
その様子にサミエルはくすくす笑いながら言った。
「ささ、取ってみせてください」
サツキはゆっくりとフードを取り去った。
皆が、サツキの頭の上にあるものに注目した。
耐え切れずに、フライが呟いた。
「それ・・・なんの耳?」
期待した三角の耳ではなく、丸い耳だった。熊にしては色が灰色だし、大きさもかなりでかい。
サツキは涙目で言った。
「・・・ネズミでちゅ」
それに答えるようにサツキの背後から、細く長い灰色のしっぽが飛び出した。
◆ ◆ ◆
サミエルがサツキの食べたキャンディの製作者を知っているということで、サミエルはサツキをシャルルの元へと連れていった。
「いや~ん、サミエルぅ。また来てくれたの~! 一日に二回も会えるなんてもう、さ~いこう!」
彼が、再び出会えたサミエルに抱きついたその勢いに、サツキは一歩後退した。
サミエルの肩越しにサツキの姿を捉えたシャルルは、サミエルに身体をひっぺがされながら低い声で言った。
「あら、誰、あんた。・・・その耳、クマさん? タヌキさん?」
「・・・ネズミさんでちゅ」
一通りの説明をした後、シャルルは言った。
「ん~、半獣の薬ねぇ~・・・それはそれで、ドリーミィだわぁ」
でも。ちらりとサツキを見てシャルルは言う。
「それは、さすがに萌え要素がなさすぎね」
いえ、萌えとかいいです。早く人間になりたいだけです。またまた、ベム。
シャルルがいうことには、明日の朝には戻ってるでしょ、と投げやりな回答。ありがとう。
それから、サツキはシャルルにもじもじしながら言った。
「あの、わたし、そういうの、大丈夫ですから」
首を傾げる二人。
「わたし、応援します! 陰ながら、全力で! 愛に性別など関係ありません!」
両手を胸の前でつなぎ、祈るようにサツキは言った。キラキラした瞳で。
その言葉に二人は真反対の反応を見せた。
「サ、サツキさん? 何をおっしゃっているんですか?」
「んま~~~!! サツキちゃん! 分かる? 分かってくれるぅ?」
きゃいきゃい手を取り合い、飛び跳ねる二人の乙女(?)を見ながら、サミエルはため息をついた。
◆ ◆ ◆
次の日、なんだか疲れ果てているサミエルは、フライと共に廊下を歩いている。
眉を顰め、腕を組んだフライが口を開いた。
「・・・なあ、サミエル。聞いていいか?」
「なんですか」
「いつから、アルのやつ、サツキにあんななんだ?」
昨日のアルの様子に驚いている彼だった。
アルとは長年の付き合いだが、彼があんな風に笑った記憶がなかった。
「いつからって・・・そうですね。多分、最初から、じゃないですか?」
「最初、っていつだよ」
「さあ? 出会ったのがいつなのか。私は知りませんから」
「じゃ、なんだ、その・・・・・・ひと、ひと」
「一目惚れ、ですか?」
「そう、それってことか?」
「そうでしょうね。なにせ、黒髪のアビスですから」
「ん? どういう意味だ?」
サミエルはため息をついた。
「少しは勉強してください。文献に載っていますよ」
「文献に?」
「ええ。一字一句間違えずには言えませんが、確かこんな感じだったと思います」
“―――汝、アビスの指輪を欲するもの”
“―――汝、その指輪を手にせしもの”
“―――汝、アビスを手にするもの”
“―――汝、其れ故、王となるも”
“―――汝、アビスを欲するものとなり”
“すべてはアビスのために”
“すべてはそのシグマのために”
“アビスにあるシグマのために”
まるで詠うように、サミエルは言葉を紡いだ。
ひとたびの静寂がおとずれた。
フライは首を捻った。
「ん、悪ぃ。全く意味分かんね」
「つまりですね、アビスの指輪というのは、シスル国の皇帝が継承しているのです。アルが時々つけているのを見たことがありませんか?」
「んん?」
「・・・まあ、本当に時々ですから。それも魔力のあるものにしか、見えないのかも知れません・・・とにかく、アルは指輪を持っている、としてください。いいですね?」
「おぉ」
「指輪を持っている人は、王の資格があります。しかし、それゆえアビス、つまり黒髪黒目の人物を欲するようになる、という訳です」
フライは上を向き、少し考えたあとに言った。
「・・・その指輪を持ってると、黒髪が好きになるってことか?」
「まあ、そういうことですね」
「それって、変じゃね? 人の気持ちがそんなんで変わる訳か?」
「実際に魔道具の中にも惚れ薬がありますよ。効果は非常に短時間ですが」
「ん~? じゃあ、アルがその指輪を外したら、その効果は無くなるってことか?」
サミエルはにっこりと笑った。
「でしょうね」
「うぇ、あっさり言うなぁ」
呆れた顔のフライを見ながら、サミエルは思った。
(そうではないかもしれませんが・・・)
フライは少し俯きながら言った。
「・・・で、シグマって?」
サミエルは言った。
「分かりません」
「だあ、分かんねぇのかよ」
「大体、大昔の文献ですからね。・・・単なる伝承に過ぎませんよ」
そこで、サミエルはどこか遠くを見て言った。
「アルが彼女に惹かれたことは事実ですが、結局、それが定められたことなのか、そうでないのかは・・・誰にも分からない、ということです」
◆ ◆ ◆
ぼろぼろに朽ちた建物の中に突如として小さな白い光の点が現れた。
それは、徐々に大きくなり、やがて、消えた。
その光が消えた場所に、降り立った人物は周りを見渡す。
風に吹かれ、やや乱れたその髪を鬱陶しげに振り払い、彼女は呟いた。
「いる訳・・・ないわね」
彼女は、右手に装着している腕輪を左手で包み込むように触る。
「ずいぶん遠いわね。まったく・・・」
ひとつため息をつくと、彼女は空を見上げ、無数の草がのぞく石畳の上を歩き出した。