1.プロローグ
「和平協定の見返りとして、エレオノーラを差し出せ。エレオノーラが我が国にいる限り、リューデンベルク王国には手を出さぬ」
リューデンベルク王国とドラッヘンフェルス王国の間に、和平協定が結ばれた。
ドラッヘンフェルス王国が、圧倒的に優位な形で。
ドラッヘンフェルス王国は、武力において他国の追随を許さなかった。
特にジークヴァルト・フォン・ドラッヘンフェルスが王位に就いてからは無敗を誇り、次々と周辺諸国へ侵攻していた。
そして今回、和平の代償として要求されたのは、一人の公爵令嬢だった。
エレオノーラ・フォン・ヴァイセンブルク。
彼女は人質として、ドラッヘンフェルス王国の国王に嫁ぐこととなった。
「お父様! なぜ、この私があんな蛮族の王と結婚しなければならないのです!」
エレオノーラは憤った。
「私とて、お前をあのような国へ嫁がせたくはない」
ヴァイセンブルク公爵は苦虫を噛み潰したような顔をした。
エレオノーラには婚約者がいた。
リューデンベルク王国第三王子、アウグスト・フェルディナント・エーレンフェルト。
歴史あるヴァイセンブルク公爵家にとって、王族の血を迎えることは長年の悲願だった。
年齢の兼ね合いから王妃の座には届かなかったものの、ようやく王族との婚姻が実現するはずだった。
それが、たった一つの和平協定によって覆されたのである。
「私は、アウグスト様を愛しております。それなのに――」
エレオノーラは肩を震わせた。
♡♧♡♧
婚約発表が行われた後、世界は一変した。
社交界の頂点に君臨していた私の地位も、名誉も。
一瞬にして失われた。
蛮族に嫁ぐというだけで、私まで獣のように扱われた。
私への招待状は一切届かなくなり、こちらが招待しても、何かと理由をつけて断られる。
婚約発表の場でさえ、人々は私から距離を取った。
私に媚びへつらう令嬢たち。
婚約者がいながら、私との関係を望む令息たち。
常に人々に囲まれていた私の周りには、誰も近づかなくなった。
それどころか、クスクスと笑われる始末。
「なんとも獣臭い匂いがしますわね」
どこからか、そんな声が聞こえた。
「お前は、もう私の娘ではない。お前にいくら掛けたと思っているのだ。獣などと婚姻しおって。この恥知らずが」
お父様まで、そんなことを言い始めた。
お母様も、兄弟たちでさえ、私に近づこうとしない。
婚約発表から国を出るまでの三ヶ月間、私の生活は厳しいものとなった。
侍女や侍従たちさえ、どこかよそよそしい。
年齢さえ合えば、この国の王妃になっていたはずだと囁かれていた、この私が。
獣と同じ扱いを受けている。
人々の視線は、いつしか蔑みへと変わっていた。
表向きには、私は隣国の王妃となる身。
傅かれて然るべき立場のはずなのに。
あの視線。
穢らわしい蛮族の子をなせと。
私は、エレオノーラよ。




