幕間 占い師レイラの日常〜ここにいる意味
「いらっしゃいませ」
占いの天幕の中でぼんやりしていたら、入口の幕が上がった。反射的に声をかけたものの、入ってきたのは見慣れた男だった。
「あら、また来たの」
「先日の礼を言いに来た」
そう言って椅子に腰かける。
「ご丁寧にどうも」
「あれから、君のことを調べたんだが――」
「本人に向かって身辺調査したことを言うのも珍しいわね。それで?」
「降霊術とやらには一回五十万ゴルドが必要だと知った。私の所には支払いの話は来ていないのだが」
クロードは困惑したように聞いてきた。
「ああ、今回は無料よ。殺人事件の捜査協力だから。捜査協力にはお金を取っていないの」
「そうなのか?金にがめつい女だと思っていたのに、そういう慈善的な行いもするんだな」
「褒めてるの?貶してるの?なんならあんたが払ってくれてもいいのよ?五十万ゴルド」
「あいにく研究員というのは薄給でな」
フンと鼻で笑ってクロードが言う。
でもその言葉に、別の人を思い浮かべた。
「――だから犯罪に走っちゃう人もいるってことよね」
先週、ブラウン先生を殺害した犯人が捕まったと新聞に出ていた。
先にヘンリーからある程度の話は聞いていたが、新聞にはもっと踏み込んだ内容まで書かれていた。
犯人の研究員ホプキンスはギャンブルで多額の借金を作ったそうだ。ギャンブルと言っても違法なものではなく、国が管轄する競馬だ。馬車や軍馬が現役で活躍するこの世界では馬の育成は重要な産業であり、競馬は優秀な馬の品評会でもある。賭けは副次的な扱いなのだが、それでも前世と同じように人気があった。
ホプキンスの実家近くには馬の牧場があり、馬を見る目には自信があったようだが、ひとたび負けが込むと、負けを取り返そうと掛け金を大きくして行き、手元の金が無くなると借金をし……という、典型的な転落をして行ったのだった。
借金を返済するために、研究用に借り受けた種で栽培した植物――新聞には「夜光蘭」と書かれていた――を密かに横流しし、好事家に高値で売ろうとしたらしい。
皮肉なことにホプキンスは栽培が難しいとされている夜光蘭を見事に育て上げていた。通常であれば十粒の種から花を咲かせるまでに育つのは半分以下と言われているところを、なんと七鉢成功させていたのだ。
指導教授の出張中に一鉢くらい横流ししてもバレない、そう考えてあの夜に犯行に及んだらしい。
あの夜、ブラウン先生が十分、いや五分遅く家を出ていたなら……そんな意味の無いことを考える。
殺人だけでなく、横領――しかも王立植物園から借り受けた植物の横領ということで、ホプキンスは極刑は免れないとのことだ。
「話を戻すが――」
クロードの一言で我に返る。
「君がここで占い師をしているのは、降霊術だけでは暮らしていけないということか?」
「違うわよ。降霊には一回五十万ゴルドの他に、降霊で得られた利益の一パーセントをいただいているの。少し前にも遺言書を探す依頼でかなり儲けたから、向こう一年働かなくても食べていけるわ」
「ではなぜ、こんな街角で占い師なんかやってるんだ?」
初見の客なら「占いの仕事が楽しいから」と言っていただろう。
ヘンリーやテオには「暇な時とお小遣い稼ぎ」と言っている。
だけどなぜか、クロードには本当のことを話してもいいかな、と思った。
「私は最初に占い師からスタートしたの。降霊の仕事を始めるようになって、占いは辞めようと思っていたんだけど――ここは私の拠り所なんだよね」
「拠り所?」
「私の降霊には制約がある。神の国に渡った人は呼び出せない。それは裏を返せば、この世に何か心残りがある人しか呼び出せないということなの。ブラウン先生も奥様のことを気にかけていたでしょう?先生は言葉にすることはなかったけど、あの日、あの時間に研究室に行かなければ良かったと考えたと思う。奥様を驚かせようと、いつもと違う行動を取ったことがあの事件に繋がってしまった」
机の上に落としていた視線を上げ、クロードの顔を見る。
「そういえば、先生の奥様に『先生はあの日、忘れ物を取りに行った』って言ってくれたんだってね。あなたのおかげで奥様も納得してくれたってヘンリーが言ってたわ」
「……真実を隠すことは論理的ではないが、真実を告げたところで先生は帰ってこないし、奥様も悲しむ。それくらいはわかる」
「ええ、そうね。でもね、奥様は夜中に先生が忘れ物を取りに行った理由に納得はしていても、きっと考えてしまうと思うの。あの夜、私が先に寝ていなければとか、もし一緒に行っていたらとか、夜は危ないから早朝に行くことを勧めていたらとか、もうどうにもならない過去を悔やむんじゃないかしら」
「それは……そうかもしれないな」
「亡くなった人だけでなく、残された人も、変えようがない過去を嘆き、後悔する。降霊の仕事の後はいつもそれを考えてしまうの」
そして前世のことも。残された家族は私が死んで何を思っただろう。早すぎる死で家族に何か重荷を負わせてしまったのではないか。家族にもう一度会えたら、自分の気持ちを伝えられたら、ごめんなさいと言えたら――考えれば考えるほど苦しくなるのに、考えることを放棄できない。
「だから私はここに来るの。自分の心のバランスを取るために。失くしたものはどこにあるでしょうか、好きな人と恋人になれるでしょうか、今度の商談は上手くいくでしょうか――ここは変えられない過去ではなくて、変えられる未来の話をするところだから」
そう言って少し笑う。
「あなたの言う通り、私の占いは何か不思議な能力を使っているわけじゃなく、観察とか統計的な推論とかそういうものよ。でもそれで、未来を少しでも変える手伝いができるのなら、私がここにいる意味があると思うし、私を頼って来てくれる人がいるなら、私はここに居続けたいと思う」
そこで言葉を切り、クロードに意味ありげな視線を向ける。「たまに『上手くいきました』って報告してくれる人もいるしね」
クロードはバツの悪そうな顔で言った。
「占いを……詐術などと言ってすまなかった」
「いいのよ。そういう人もいないと困るから。占いは当たるも八卦当たらぬも八卦。当たる時もあれば、はずれる時もあるんだし、盲信されるよりも疑われるくらいでちょうどいいのよ」
そう言って笑うが、クロードは真剣な表情で言う。
「それでも、私は君に救われた。君のおかげで真犯人が捕まって、私の容疑が晴れた。君がいなければ、やってもいない罪に問われたかもしれないし、いつまでも疑われたままでいたかもしれない。占いだけでなく、降霊術に未来を変えてもらった人間もいるということだけは覚えていてほしい」
クロードの言葉に胸が温かくなった。
「一回五十万ゴルドか……」
「誰か、呼び出してほしい人でもいた?」
「……両親を。いや、やめておこう」
「ご両親とも亡くされているの?」
「十年前、船の事故でな」
「十年だと、よほどの未練を残していない限り神の国に渡っていると思うわ」
「そうだな。両親とも科学者で実験が好きだった。実験できないのなら、さっさと神の国に渡っているだろう」
「あなたを生んで育てた両親った感じね。まぁ、あなたも船の事故には気をつけて。氷山にぶつかって沈没、なんてニュースは聞きたくないわよ」
軽くそう言ったら、クロードの表情が強ばった。
「なぜ、知っている?」
「ん?」
「両親が死んだ事故のことだ。もしかして両親の霊が……?」
「え、違う違う。昔、そんな話を聞いたなって思っただけ」
前世で映画にもなった、あの有名な沈没事故を思い浮かべただけなのに、まさかこちらでもそんな事故があったとは。
その時、天幕の入口の布が上がり、若い女性が覗き込んできた。先客がいることを確認したのか「あ、すみません!」と言って引っ込む。
「お客様が来たみたいだし、もういいかしら」
「ああ。時間を取らせてすまなかった」
「何かあったらまた来てね」
クロードを見送り、待っていた女性を迎え入れる。
この人には、どんな未来が待っているのだろうか。




