幕間 王都の噂話〜降霊術師レイラという人
◆貴族学院の学生の場合◆
「ねえ、聞いた?『降霊術師レイラ』の噂」
貴族学院の女子寮、談話室でのことだった。若い令嬢たちが数人、お茶を片手に声を潜めている。
「ええ、知ってるわ。私の伯父がその人のところに行ったんですって」
「本当に霊が見えるの?」
「そうらしいわ。亡くなったお祖母様が、生前誰にも言っていなかった隠し財産の場所を教えてくれたんですって」
「まあ、すごいわね」
「でも高いんでしょう?」
「それはもちろん。相応のお値段はするけれど、それだけの価値はあるって言ってたわ」
「どんな人なの?魔女みたいなお婆さんなのかしら」
「いいえ、それが若くて美しい女性だったと言うのよ」
「若い人なの?」
「ええ。もっとも、伯父から見て若いというだけで二十代とは限らないわ。三十代なのかもしれないし……まさか十代ということはないと思うけど」
誰かが「どんな人なのかしら。一度見てみたいわね」とため息交じりに呟くと、その場にいた全員が同意するように頷いた。
◆掃除メイドの場合◆
「あれ?この部屋の鍵がありません」
ある高級ホテル。部屋掃除を行うメイドが鍵束をジャラジャラと鳴らして先輩メイドに確認する。
「ああ、この部屋は掃除に入らないから、鍵も貰ってないのよ」
「え、そうなんですか?」
「この部屋は長期宿泊――というか、住んでいる人がいるの。普段はお付きの人が掃除をしているらしくて、依頼された時に水回りの清掃に入るくらいよ」
「へぇ。こんな高級なところに住めるなんてお金持ちですね……どんな人なんですか?大富豪って感じの恰幅のいい男性とか?」
「いいえ、若い女性よ」
「若い女性!?」
「若いって言っても、二十代……もしかしたら三十代くらいかもしれないけど、水回りの掃除に入った時にチラッと見た限りではそのくらいに見えたわ」
「そんな女性がどうやったらこんなところに住めるんでしょうね……オーナーの公爵家の縁の方でしょうか」
その質問に、先輩メイドは声をひそめて言う。
「ここだけの話だけどね……公爵さまの愛人じゃないか、って」
「ひええ、そんな。こんなところに住まわせて奥様にバレませんか」
「すぐバレそうなもんだけどね……案外奥様も公認なのかもしれないよ」
「高貴な方々って、怖いですね……」
「もっと怖いこと教えてあげようか。ここに住んでる女性の従者がね、若くていい男なんだよ」
「えっ、それって……」
新人メイドの反応を見て、先輩メイドはニヤリと笑う。
「私たちには関係のない世界の話さ。さあ、五階はこれで終わり。次は四階に行くわよ」
メイドたちは掃除道具を抱えて階段に向かった。
◆貴族夫人の場合◆
あるお茶会にて、四人の貴族夫人たちが話に花を咲かせていた。
「今日の口紅、とてもいい色ね。どちらの商品?」
「リリー化粧品よ」
「まあ、リリー化粧品。新作かしら?」
「いいえ、それが新作ではないの。先日、色診断というものをしてもらって、私に似合う色を教えてもらったのよ。この口紅の色は私の肌を明るく見せてくれる色なのよ」
「口紅で、肌を?」
「どういうこと?」
聞き手の夫人たちは首を傾げる。
「理由は聞いたけどよくわからなかったわ。でも、この色が私に合っていることは皆さんもわかるでしょう?」
あっけらかんと「わからない」と告げる夫人だったが、確かに彼女の口紅は彼女によく似合っている。
「ひとくちに『赤』って言っても似合う赤と似合わない赤があるのよ。とても驚いたわ。それに色診断は赤だけでなく他の色も教えてくれるから、ドレスを作る時にとても参考になるの。今、私に似合う色のドレスを仕立てているところよ」
「リリー化粧品でその色診断をしていただけるの?」
聞き手の夫人たちは身を乗り出すようにして返答を待つ。
「リリー化粧品の色診断士をお招きして、屋敷で診断してもらったのよ。リリー化粧品に問い合わせればわかるのではないかしら」
その返答に、聞き手の夫人たちは顔を見合わせ、頷き合う。
「それにしても、リリー化粧品は最近なにかと話題になりますわね」
「アマーリア公爵夫人も精力的に活動されているようで」
「ご嫡男が亡くなられてから、お見かけすることが少なくなっていましたけれど」
「アマーリア様が元気になられてから、リリー化粧品も飛ぶ鳥を落とす勢いですわね」
「アマーリア様に先日うかがったのですけれど、亡くなったご令息の霊とお話されて、立ち直る事ができたとか」
「まあ……」
夫人たちは痛ましそうな表情で顔を見合わせる。霊の話などとにわかには信じがたい。公爵夫人は騙されているのではないか。無言ながら彼女達の表情は雄弁に語っていた。
「私もその話を聞いて、アマーリア様が心配になったのですけれど、現にアマーリア様は元気になられていますし、どうやらその霊と話せるという方がリリー化粧品の顧問になって、次々と新しい試みを提案されているそうで。色診断もその方が考案したそうですのよ」
聞き手の夫人たちはまだ半信半疑の様相で顔を見合わせている。
「その方――降霊術師のレイラさんは信じられなくても、色診断は信じていいと思いますわ。私が保証します」
◆街の住人の場合◆
「あそこの奥さん、この間、旦那さんを亡くしたばかりでしょう」
市場の一角、青物屋の女将と隣の肉屋の主人が、世間話に花を咲かせていた。
あそこの奥さん、というのは鍛冶屋の女将のことだ。鍛冶屋の主人は先月、仕事中に倒れて急死した。持病もなく、突然の死だった。
鍛冶屋は息子が後を継ぐことになったが、幸い鍛冶屋の主人は武器だけでなく息子も厳しく鍛え上げており、先行きには問題がなさそうだった。
「ああ、気の毒だよなぁ。仲のいい夫婦だっただけに」
「聞いた話じゃ、降霊術師とやらのところに行ったらしいのよ。旦那さんの霊を呼び出してもらって」
「そんな胡散臭いもんに引っかかったのかい」
「まあ、相当高かったみたいだけどねぇ。でもさ、行く前と後で、あの奥さん、すっかり顔つきが変わったんだって。ずっと塞ぎ込んでたのに、最近は近所づきあいにも顔を出すようになってねぇ」
肉屋の主人は、そう言われて少し考え込んだ。
「胡散臭いのは間違いないと思うがね」
「でも、人を元気にできるなら、それはそれでいいことなんじゃないかい」
「まあ……そりゃあ、そうかもしれんが」
半信半疑のまま、肉屋の主人は店に戻り、考える。
――死んだ人間を呼び出せるなら、母ちゃんを呼び出してもらえないだろうか。
肉屋の主人の母親が、捨てられるだけの臓物を使って作った煮込みは、この界隈で絶品として知られていた。
店先で大鍋で作る煮込みの匂いにつられて肉屋に入ってくる客も多かったし、近所のおかみさんたちが空の鍋を持ってきて煮込みを買うこともあった。
おかみさんたちに「作り方を教えてほしい」と言われても断り続けていた秘伝の料理だった。
ところが今から四年前の冬、母親は風邪をこじらせて亡くなってしまい、母親の秘伝の煮込みは、二度と食べられない幻の煮込みになってしまった。
――鍛冶屋の女将が高いって言うくらいだからなぁ……俺に払えるかどうか
そう思いながら、肉屋の主人は鍛冶屋の女将に詳しい話を聞きに行くことを決めた。
◆
こうして王都のあちこちで、レイラという名前は少しずつ独り歩きをしていく。
レイラに救ってもらった者は感謝し、会ったことのない者は半信半疑のまま噂をし、そして誰ひとりとして、その正体が学院の片隅で語学の宿題に頭を抱える平凡な顔をした伯爵令嬢だとは、思いもよらないのだった。




