Case2:ゴーストライター(2)
降霊には成功した。
なのに、部屋の空気は重い。
商会長もプルトンさんも肩を落としている。
私も肩を落としている。口述筆記の報酬……あの額はどう考えても惜しい……どうしても欲しい……
そして気になるあの言葉……
『娘のため? ふん。それはどうだかな』
なぜあんなに苦々しい顔をしたのだろう。娘のためだと言われて喜ぶならまだしも、あの反応は明らかに何かを含んでいた。
「大変残念ですが、先生が書かないとおっしゃるなら無理でしょうね」
「帰って対処を考えなければ」
そう言って席を立とうとする二人を止める。
「その前に少し、お聞きしたいことが。ゴードン先生はどのような経緯でそちらで作品を書くことになったのですか?」
「持ち込みです」
プルトンさんが答える。
「娯楽小説が少しずつ世の中に浸透してきた頃、もう五年ほど前になるかと思いますが、商会に『自分の書いた物も本にしてくれ』と作品を持ち込む人がちらほら出てきた中に先生がいました。先生はその持ち込まれる作品の中でも群を抜いていて、商会長にも読んでもらいましたがその場で出版が決まったほどで」
「先生はそれまでどんなお仕事を?」
「先生は確かその頃、貴族の家庭教師をしていたそうです」
「家庭教師ですか」
「ええ。元々は貴族学校の教師をしていたそうですが、遅くに結婚して娘さんが生まれたものの奥さんが出産の際に亡くなってしまったそうで。娘さんのために時間拘束の長い教師を辞めて家庭教師の職についたとか」
「娘さんを大切にしていらっしゃるのですね」
「はい。それはもう。ですから先程レイラ先生もおっしゃっていたように、娘さんに執筆料が払われる条件で納得していただけると思っていました」
「娘さんは今どちらに?」
「ゴードン先生が家庭教師をしていた家の縁で、子爵家に嫁がれています。普段は王都から少し離れた領地で暮らされています」
プルトンさんが答える。「先日、万年筆をお借りした時にお会いしましたが、まだ落ち込んでいらっしゃいました」
「失礼ですが、その子爵家はお金に困ってたりは……」
「いえ、そのようなことはなかったはずです。だよな?」
商会長がプルトンさんに振る。
「ええ。裕福とまではいかなくても平均的な、ごく普通の貴族家かと。困窮しているような家ならばゴードン先生も娘さんを嫁がせなかったでしょうし」
「そうですか……」
娘を大切にしていた。
嫁ぎ先がさりとて裕福でないとするなら「執筆料は娘へ」と言えば、娘のために受けるのではないだろうか。
それなのに先生は、あんな顔をした。何か、この二人にも見えていない事情があるのかもしれない。
「お願いがあります」
意を決して商会長とプルトンさんに申し出る。
「一週間、この万年筆を預からせていただけないでしょうか。先生ともう少しお話ししてみたいんです。もちろんその間の降霊料はいただきません」
◆◆◆
私は毎日ゴードン先生を呼び出した。
初日は名前を呼んでも顔を背けられるだけだった。
二日目は「しつこい奴だな」と悪態をつかれた。それでも根気強く話しかけ続けるうちに、三日目あたりから少しずつ、ぽつぽつと言葉を返してくれるようになった。娘の思い出話や、亡き妻のこと、些細な世間話。核心には触れないものの、確かに心を開いてくれているのがわかった。
そして六日目、ゴードン先生はあの言葉の意味を語ってくれた。
一週間後、商会長とプルトンさんが訪れた時に、私から二人にお願いをした。
「先生は娘さんと話がしたいと言っています。『エスメラルダの瞳』についてはその結果次第だと」
「本当ですか!?」
「はい。娘さんと話してからなので、私にもどのような結果になるかわからないのですが」
「わかりました。すぐに連絡を取ります」
◆
ゴードン先生の娘、パトリシアさんが王都に来たのは二週間後のことだった。
ホテルの部屋にはパトリシアさんだけでなく余計なもの――パトリシアさんの姑にあたる子爵夫人も付いてきたが、私が追い出す前に助手のテオがうまく取り計らって商会長のアテンドで王都観光に行かせた。相変わらず、こういう時のテオの機転には助けられる。
今この部屋にはパトリシアさんとゴードン先生の担当編集者だったプルトンさん。
ツヤツヤテカテカしていた子爵夫人と比べて、パトリシアさんは痩せて顔色も悪い。粗末とまでは言わないが、明らかに華美さを抑えたドレスを着ている。
長旅の疲れで、とは言っていたが子爵夫人の様子を見る限りそれだけではなさそうだ。
パトリシアさんに降霊の説明をすると
「父と話せるのですか?」
と顔が輝いた。
「残念ながら直接は話せません。死者の姿が見えるのも、声を聞くことができるのも私だけ。でもお父様の言葉は伝えられますし、あなたの言葉はお父様にも聞こえます」
パトリシアさんは少し落胆したような表情を浮かべたものの、「お願いします」と頭を下げた。
万年筆を手に取り、ゴードン先生を呼び出す。
「いらっしゃいました」
「本当に見えないのですね」
残念そうにパトリシアさんが言う。
「申し訳ありません。ゴードン先生は……ん?しきりに鼻を摘んでますね。なんだろう。こんな先生の仕草は初めてです」
「あ、それ父の癖です。嬉しい時や照れている時の癖……本当に、そこにいるんですね」
パトリシアさんは笑顔になる。
「パトリシアさん、これから先はあなたの個人的な事情に深く関わることも話に上がると思います。先生は二人で、いえ、通訳となる私も入れて三人で話したいとおっしゃっていました」
プルトンさんがピクリと体をこわばらせる。
「ですが私はプルトンさんにも同席してもらいたいと考えています。先生も了承してくださいました。パトリシアさんもよろしいでしょうか」
パトリシアさんは隣に座るプルトンさんをちらりと見上げる。
「この部屋で聞いたことは誰にも話しません」
プルトンさんは真面目な顔でそう言い、パトリシアさんも同席を了承した。
それを見て先生が重々しく話し始めた。
『パトリシア、私は大きな間違いを犯した』
先生の言葉をパトリシアさんに伝える。
『あの男は顔もよく物腰も柔らかで如才なく、何よりも子爵家の嫡男だ。お前を任せるのに十分な男だと思っていたし、幸せに暮らしていると思っていた』
そこで一度言葉を切る。先生の顔には涙が浮かんでいた。
『私は何も知らずに……お前の言葉を鵜呑みにして……すまなかった。本当にすまなかった』
先生はパトリシアさんに頭を下げる。
その言葉と様子を伝えると、彼女は泣き出した。
「父は、全て知っているのですか?」
「亡くなってすぐあなたの元に飛んで行ったそうです。そしてそこで全てを見たと」
パトリシアさんの夫はずいぶん外面のいい男だったらしい。
パトリシアさんと結婚するまではパトリシアさん一筋に見せかけていたが、領地に戻ってからは生来の女好きを隠そうとせず、今は愛人の元に入り浸っているそうだ。
それだけではない。
パトリシアさんは子爵夫人の嫁いびりにも苦しんでいた。子供ができないことも、夫が愛人の元に向かうのも、全部パトリシアさんが悪いと責められていたようだ。
前世でもよく聞くようなどうしようもない嫁ぎ先だったようだが、パトリシアさんは父親に心配をかけてはいけないとずっと黙って耐えていたらしい。
頻繁に送られていた手紙でも「嫁ぎ先では大事にしてもらっている。心配ない。幸せだ」と書かれていたそうだ。
ゴードン先生は死んで初めてその事実を知った。
「先生の遺産も取り上げられていたのでしょう?」
プルトンさんは目を見開き、パトリシアさんを見る。
パトリシアさんは泣きながら頷くだけ。
ゴードン先生はパトリシアさんの隣にそっと立ち、頭を撫でている。
「プルトンさん、これが『エスメラルダの瞳』を完成させられない理由です。小説が完成したらきっと多額のお金がパトリシアさんに渡るでしょう。でもそれはそっくりそのまま子爵家に行くだけ。夫は愛人との生活につぎ込むし、子爵夫妻も豪遊する」
そこで一度言葉を切り、パトリシアさんを見る。
「そしてパトリシアさんには一銭も渡らない。ゴードン先生の遺産がそうであったように」
私がそう言うとプルトンさんはパトリシアさんに言った。
「パトリシアさん、あなたはそれでいいのですか?そんな扱いをされても子爵家に居たいのですか?」
つとめて冷静に話しているようだが、プルトンさんの膝の上では拳が固く握られ、小刻みに震えている。
プルトンさんも怒り心頭のようだ。
「いいえ!でも私にはもう……父もいなくなってしまって……子爵家を出ても戻る場所がないんです……」




