10 面影
「それでは先輩、見つからなかったんですか」
彼女はほくほく顔で三色の団子に舌鼓を打っている先輩に訊いた。
紅桜はつるりと串から団子をこそぎ落とし、お茶を一口飲み干してから返事した。
「ええ。資料を一通り読み漁りましたが、それらしき方は見当たりませんでした。最も、前任者がかなり良い加減な整理をしていたのでどこまで信用してよいものかは定かではありませんが」
この三日間、紅桜は閻魔帳を含めたあらゆる死者に関する資料を徹底的に調べ上げていた。
既に次の生が決まった者、地獄に服役中の者、天国にて療養している者……とその数は膨大であり、なんの手掛かりもなしに漁るのは気が滅入る作業だ。そのため、かの老人から探し人の情報を聞いて送るように頼んであったのだ。
その内容は次のようなものだった。
当時の年齢は三十前後、背丈は世の中の平均よりもやや低く切長の吊り目がち。名前はサキ。どういう関係かを尋ねると、職場の先輩だという。彼は生前、大手広告代理店に勤めるビジネスマンだったそうだ。
「おっかなくって近寄りがたいって人もいましたけど、実のところ面倒見の良い人でしてねえ。いつもいつも残業続きでしたが、それでもなんとか乗り越えられたのはあの人のおかげでした」
当時はコンピュータが普及して間もない頃で、情報というものの価値が見直された時期にあたる。それまで管理されていたアナログ基盤から脱却し、デジタルに移行していった。そのため社内データベースを構築するために物理・工学畑出身の技術者が矢継ぎ早にヘッドハンティングされていたのだが、彼女もまたそのひとりだった。
「おそろしく精密な動きをするもので、社内では人間コンピュータなんて渾名をつけられたりしてました。融通が効かなかったり、オフには応じてくれなかったりとどちらかといえばカタいタイプの女性だと思います。……ああ、でも彼女を悪くいう人はそういなかったんですよ。優秀なのは他の部内でも通っていましたし、なによりすぐライバル企業に引っこ抜かれてしまいましたからね。引く手数多とはこのことでしょうな。わしは同じ部署で働いておりましたがご一緒したのは半年ほどでしょうか」
半年。というと、それほど親密な関係ではないはずだ。それなのに何故彼女を探しているのだろうか?
「別に大した用じゃあありません。少々、伝えたいことがありましてね。それをせずに天に召されるというのは耐えられないと思い立った次第でして」
彼は理由についてそれ以上語ることはなかった。直接会って言うのだ、と頑なに拒んだ。
「なんでしょうね、伝えたいことって」
紅桜が小首を傾げながら湯呑みを盆に戻すと、彼女は人差し指を立てて迫った。なにやらにやついているところを見ると、心当たりでもあるのだろうか。
「案外、アレかもしれませんよ?」
「あれ?」
「そうです。アレです」
ふふん、と自信たっぷりな口調のわりにはもったいぶるので、紅桜はあれとはなんですか、と先を促した。正直なところ思いつくものは全くない。
「ほら、デキる先輩の背中にいつの間にか自分でもよく分からない感情が芽生えてしまった、とか」
「昼ドラの見過ぎでは?」
紅桜は肩をすくめ、熱く語る後輩に多少申し訳なさを感じつつも、内心呆れていた。そもそも死神には恋愛感情というもの自体が欠落しているのだが……。
女性の他人の交友関係を取り上げて楽しむ気質はどこにいても変わらないようだ。
「でもどうするんですか? 確か次の現界線は……」
「ええ。明後日です。もちろん私が同乗しますよ」
紅桜はさらりと答えた。
直近の現界線を見送ってしまえば次の機会は当分先となる。タイムリミットは刻一刻と迫ってきていた。
まだ生きている魂を冥界に置いておくのは重大な規約違反だった。勿論、それは死神のトップに立った紅桜でさえも例外ではない。肩書きを失くし、場合によっては懲戒解雇もあり得る。そのことをこの娘は知っているのだろうか?
「まあ、もともとご期待に添えるような結果になるとは思っていません。切符の不正行為は今後対策しなくてはなりませんが、面倒事を起こすような方でなかっただけ幸いです。お客様には私から説明しましょう。大王様はもしかしたら気づいてらっしゃるかもしれませんが……そのときはそのときです。現状の人事で頭をすげ変えるのは簡単ではないでしょうが、責任は取らなくては」
「ありがとうございます、先輩」
「礼より手が欲しいんですが……まあ、いいです」
紅桜は空になった湯呑みを盆に戻し、代金を支払うと団子屋を出た。




