大会前の賑わい
町の東側にある会場へと近づくにつれて人の数が多くなり始めた。
広い通りへと出るとおいしそうな食べ物の香りを漂わせる屋台やアクセサリーを売る屋台が立ち並び、縁日のような空間を作りだしていた。
俺たちは先程からあまり進めていない。
どうしてかって?
「タツキ!今度はあれ!あれ買って!!」
「はいはい、分かってるって。すいません、串焼きのタレと塩の10本ずつ下さい」
普段からよく食べるミラの食欲が爆発していたからだ。
今、皆の手には焼きそば?があってそれを食べていたのだがミラは食べるスピードも量も規格外だった。
それで色んな屋台を回らされているという事だ。
まあお金には大暴走の時に貰った報酬もあるし、余裕があるのでそこは大丈夫か。
これぐらいでミラの幸せそうな顔を見れるのなら安いものだ。
「ははは、ミラさんはよく食べますねぇ。一体あの身体の何処にあれだけの量の食べ物が入っていくのやら............」
ミラの凄まじい食欲にコゼットさんは苦笑いしながら感想をもらす。
かれこれミラだけで食べ物の屋台を既に14軒は制覇している。
しばらく歩いていたら今度はブランシュがくいくいと袖を引っ張ってきた。
「ん?どうした?」
「達樹様、あれ、買って下さい」
少し恥ずかしそうにしながら指さしたのはアクセサリーの屋台、そこに置いてある蒼い髪留めだ。
「アレが欲しいのか?ブランシュが何か欲しがるなんて珍しいな」
「えっ、あっ、その駄目でしたら別に.......」
「そういう事じゃないよ。むしろこういうのは嬉しいよ」
そう言って髪留めに手を伸ばした。
が、いきなり横から伸びてきた腕が、その髪留めをかっさらっていった。
「ねぇ、これ貰えるかい?」
「なっ、おいお前今横取りしただろ」
「五月蠅いなぁ、シッシッ、僕に近寄らないでくれる?」
身分の良さそうな小綺麗な服を着た男は此方に向けてシッシッと手を振る。
後ろには護衛だろうか?屈強な男の二人組が此方を睨みつけている。
「さぁ、貴女がブランシュ嬢ですね?ああ、写真で見たよりもずっと美しい........。僕からの囁かなプレゼント、受け取ってくれるますよね?」
そう言って先程の蒼い髪留めをブランシュに差し出す男。
もちろんブランシュは突っぱねる。
「そういうこと言わずに、僕のほんの気持ちさ、受け取ってくれないか?」
そういうと今度は強引に彼女の手を取り、持たせようとしたので、
――ガシッ!!
「?なんだよ、平民風情が。今すぐこの汚らしい手を離せ!!」
伸ばしてきた腕を掴む。
思い切り睨みつけてくる男。
後ろの護衛達は俺の後ろにいるコゼット達とにらみ合っている。
「そっちこそ礼儀も弁えずに他人の連れを口説こうなんてどういう了見だ?」
男はぶんぶんと俺の手を振り払おうとするがぴくりとも動かない。
あきらめて男はそのまま話し出す。
「ふん、僕はクリンドル王国のマーティン侯爵家の長男イルセス・マーティンだ。ブランシュ嬢はお前の様な薄汚い冒険者には釣り合わん、即刻別れろ」
「やっぱり貴族か。俺は冒険者のタツキ・ヒュウガだ。お前にとやかく言われる筋合いは無い、ブランシュは渡さん」
にらみ合う二人。
これでも俺はまだ我慢している方だ。
我慢しないで威圧を全開にすれば、周りの人々を無差別に気絶させてしまうからだ。
「まあ、そう言うと思ったよ。だから僕は闘技大会に出場することにしてきたんだ。意味は分かるよね?」
「ああ、理解した。だがブランシュは渡さない。侯爵だろうがなんだろうが叩き潰す。覚悟しておけ」
ここでイルセスに向けて威圧を40%ぐらいまで抑えて放つ。
「ッッ!!!.......そうか、中々強そうだね。だけど僕は負けないよ、君に真っ向から打ち勝って必ず君からブランシュ嬢を奪ってみせる」
そう吐き捨てて彼は護衛の2人と共に人混みの中へと消えていった。
「あ、あの......達樹様」
おずおずと後ろから話しかけてくるブランシュ。
なんだか申し訳なさそうな顔をしている。
「あーー、ごめん。先に買われちゃったな」
「そう言うことではなくて、迷惑をお掛けしてしまい........」
「別にこうなることは分かってたんだし大丈夫だよ。それと.......そうだな、ブランシュ、髪留めは買ってあげられなかったけどこれはどうだ?」
そのアクセサリーの屋台に置いてあった髪留めの中から一つブランシュに似合いそうな紅い髪留めを取る。
「えっ.....良いんですか?」
「ブランシュに似合いそうだと思ったんだ、これ」
「ありがとう、ございます。嬉しいです.......」
顔を真っ赤にして俯くブランシュ。
屋台のおじさんも先程のやりとりを見ていたのか気を利かせて綺麗な袋でラッピングしてくれた。
買った髪留めをブランシュに差し出すと彼女はそれをゆっくりと受け取る。
「嬉しいです......ずっと、大事にします」
受け取った髪留めを胸元にぎゅっと抱き締めて幸せそうに柔らかく微笑むブランシュ。
天使だ.........あっ、そういえば最上級天使だったわ。
彼女が欲しがっていた物とは違うけれど買ってあげて良かった。
「なんだかムカつく奴だったね、タツキ」
「ん、クロエはブランシュ様が心配」
「そうか?確かに理屈は滅茶苦茶だし嫌な奴ではあったけど正々堂々戦うって言ってたし根は悪くなさそうだけどな。
だからといってブランシュを渡すつもりなんて微塵も無いけどな」
そう言うと逆に心配そうに此方を見てくるブランシュ。
「程々にお願いしますね?」
「........善処するよ」
「タツキさん.........貴方という人は......。まあ落ち着いたみたいですし会場の方まで行きませんか?今日出場登録はしないにしても登録方法とか見といた方が良いでしょうし」
コゼットの提案を受けて俺達は大会の会場へと向かう。
大会の会場となるのはコロッセオを和風にアレンジしたような巨大な建物。
周りには多くの人々が溢れかえり、その人々の上空にはトーナメント表や有名な参加者の紹介などをする半透明のパネルが魔法によってふわふわと浮いている。
「あっ、あそこですよ!あの受付で参加登録をするんです」
コゼットが指さしたのは会場の入り口横にあるカウンター。
今は獣人族の女性が立っていて、参加者の受付をしている。
「あそこで各国から集まってきた猛者達が登録をするんです。有名な参加者だったり貴族だったりすると偽名とか覆面とかで登録もするんですよね」
「ああ、実は俺もそうするつもりなんだ」
「おや?そうなのですか。あまり有名になるつもりは無いのですね。だから今日は登録しないとも言っていたのですか」
「えー、タツキ覆面で出るのー?」
ミラが残念そうな顔で此方を見上げる。
ごめんな、ミラ。俺ちょっとこの大会でやりたいことあるんだわ。
「ああ、ちょっとこの大会をルールに沿った上で滅茶苦茶にしてやろうかと思っててな。やっぱ貴族共の話には色々頭に来てるから」
「えっ............本当に程々にして下さいよ?」
コゼットが顔を青くして注意してくる。
まあそこは大丈夫だ。
悪いことは全くするつもりは無い。
「まあ当日のお楽しみだな。大会が始まったら誰が俺かはすぐにわかるさ」
「悪い事をしないのなら良いんですが............」
彼はまだ心配そうだ。
そんなに心労を溜め続けても身体に悪いぞ?
ふっふっふっ、と悪い顔で笑うタツキに一同は呆れるか恐怖するしか無かった。
「おっ、あっちでは賭けをやってますねぇ」
「もうそんなの始まってるのか?」
「参加者が登録をしたら上のパネルにどのブロックに入ったかわかるんですよ。その中から勝ち上がりそうな選手を選ぶというわけです」
「レートとかはどうなるんだ?」
「まあそこは最終的に賭けられた人数によって変動しますからそこも運ですかね」
賭けを行っている人々の様子を観察してみる。
「Aブロック!あのヴォルフが参戦だ!!」
「いやいやAブロックつったらグラドだろ!」
「Dブロックに召喚士のゼファー参戦だってよ!」
「Dブロックに賢者ロイも出るみたいだぞ」
「あのアレクシスがCブロックに出るそうだぞ!」
「うっし、俺はグラドに賭ける!頼むぞぉ!」
「Bブロックの貴族の坊ちゃんって強いんかねぇ?」
「Bブロックはアキムが堅そうだけどな」
各々の意見を飛ばしあう人々。
やはりそれぞれのブロックに注目選手というのは居るらしい。
「なあミラ、明日賭けしてみないか?」
「ん?名前はどうするの?」
「『マスクドM』だ、昼過ぎには登録するからその後に賭けに行くと多分いるだろ」
「うっわぁ..........凄い色物の予感.........」
「ふっふっふっ、狙ってるからな!」
次の日の昼過ぎ、奇妙な格好の男が大会に参加登録した。
担当した受付嬢の笑顔はひきつっていた。




