ツバキの国王に謁見
玉座の間。
他の部屋とは違い純粋な和のテイストの広い部屋。
部屋の両脇には整然と柱が立ち並び、神社に居るかのような荘厳な雰囲気が漂う。
そして、その奥にある玉座の上。
落ち着いた柄の和服に黒字に金色の装飾が光る豪華なマント。
がっしりとした体躯で鋭い眼光を放つ魔人族の男。
彼こそツバキの国王『ダヴァロス・ジンノウチ』。
堂々としたその雰囲気は歴史の教科書や創作物などで目にした織田信長を彷彿とさせる。
そしてその隣には綺麗な着物を着た大和撫子然とした美しい魔人族の少女が立っている。
彼女はツバキの第一王女『アオイ・ジンノウチ』だ。
そして、
「まじか............」
国王の王女とは反対側に立つ中年の男。
コゼットが立っていた。
「ふむ、お主がブランシュとやらだな?ここまでよく来てくれた」
国王はブランシュを見つけると嬉しそうに笑ってそう言った。
「まあ、その様に畏まるな。どうせ公式の謁見でもないのだ、皆友人と話すような感覚で居てくれていいぞ」
「恐れながら陛下。陛下がそう仰っても更に畏まるだけかと」
王の言葉にコゼットが注意を加える。
「む、そうか...........こういう時に王という立場は本当に面倒だな」
「はぁ、陛下はいつも一国の王とは思えないほど自由ですがね」
「お主も『七天刃』とは思えんほど適当だがなぁ。まあ良い。それにとんでもない男も見つけてしまったからなぁ」
そう言うとダヴァロスは魔王的な笑みを浮かべて俺の方を見る。
いやまあ彼もある意味魔王だけど。
何故だ?腕輪によって隠蔽は掛けてるはず。
隠蔽を見抜くスキルでもあるのだろうか?
「ああ、陛下は『慧眼』というスキルをお持ちなのですよ。だからステータスが見えなくとも皆さんの強さに気付けたという訳です」
「ふふふ、ブランシュ殿の強さを見たいと思っていたがお主たちも中々強そうではないか。特にお主、このパーティのリーダーかな?どうだ、我の娘を貰ってみる気は無いかね?」
「ちょっと、お父様!?勝手に話を進めな――」
「申し訳ありませんがお断りさせて頂きます。私には既に二人が居りますので」
「ほう」
「――えっ?」
何故か驚くアオイ姫と面白そうに微笑する国王ダヴァロス。
タツキはブランシュとミラの方をちらっと見る。
二人ともそれに気づいてニコッと笑い返してきた。
「成る程、そうであったか.........。こんな簡単に断られるとは思わなかったぞタツキ殿。我の娘は求婚される方が多いくらいなのだが.......」
「恐れながら、本人の気持ちこそ最優先であると考えます故」
「まあ今のは冗談であったが、益々惜しいのぅ。それとブランシュ殿はタツキ殿の妻であったか」
「いえ、まだその予定というだけですが」
そう言うとダヴァロスの顔がきゅっと引き締まる。
「お主、闘技大会に出ろ」
「えっ?」
「闘技大会に出て優勝しろ。でないとブランシュ殿に関連して面倒な事になるかもしれんぞ」
訳の分からないことを言い出した国王にタツキは混乱してしまう。
「それは........どういう?」
「お主、闘技大会で優勝すれば我が願いを叶えてやるというのは知っているな?」
「はい..........」
「実は貴族の内何人かからブランシュ殿に求婚の手紙が届いていてな。応じなければ彼らの手の者を大会で優勝させてブランシュ殿を要求するであろう」
「は?ブランシュは物ではありません、そんな事で奪えるはずが――」
「我の力で出来るかと言えば出来ないだろう。
だが、出来る出来ないは別として、この我が願いを叶えるために『出来る限り』を尽くすのだからな」
「つまり.........国と事を構えたくなければブランシュを差し出せ....と?」
ビリッ、と。
景色が一瞬歪む。
「むおっ!?い、いや、そういうことでは無い。我は直接ブランシュ殿に圧力はかけられぬ、だが力を尽くすと言っている限り、その願いが叶うように周りにそう仕向けさせることになって後々面倒な事になりそうだと――」
「陛下......今のは陛下が悪いかと..........」
思わず威圧が出てしまった。
コゼットが呆れたように国王に注意する。
つまりブランシュを無理矢理差し出させられるという訳では無いけれど、このまま俺が動かなかったら貴族関連で面倒な事に巻き込まれることになるということだ。
別にブランシュを差し出さないと言い続ければ問題ない訳だけれど、願いの後押しもあって調整されたフィールドで貴族の圧力を受けるのは面倒極まりない。
元々は魔人族の為で、大会のルールだとしても、いくらなんでも理不尽が過ぎる話だ。
ただ、自由を愛する王の言葉としては些か不自然だとも感じる。
.............目的は別の所にあるのか?
「いえ、申し訳ありません陛下。少し気が立ってしまいまして。
それに会ったことも見たことも無いブランシュとなんで結婚したいなんて貴族達というのは一体......」
「まあ理由としてはより良い血を自分達の家に入れたいのだろうな。それと、ブランシュ殿の顔は既に貴族達の間に知れ渡っているぞ?それもこの国のだけでは無くな」
「えっ?一体何処で......?」
するとコゼットが進み出る。
「すまないな。実は『アオギリ』で絡んできた二人組の男。あいつ等貴族の回し者だったらしくてなぁ、顔の写真を撮られてたみたいでそれで貴族達に広まってしまった。『七天刃』でありながら気付けずに申し訳ない」
「気付けなかったのはもう仕方ないことだけど.......。コゼットさん、『七天刃』とは?」
「それは後で説明しますよ。今は陛下の話につきあっていただけるとありがたい」
「........分かった」
そこまで話してコゼットは元の位置に戻る。
「さて、ブランシュ殿の召喚魔法を見せて貰おうと思っていたのだがこの様子では無理そうかな?」
「ブランシュが良ければ。ブランシュ、どうする?」
彼女の方に視線を向けると彼女は静かに頷いた。
「良いそうですよ」
「おお!それは有り難いな!うむ、此処で一つ見せてくれるか?」
「え、と。此処で召喚しても大丈夫なのでしょうか?」
ブランシュが心配そうに聞く。
「ああ、この部屋にはかなり強力な強化魔法が付与されているからな。余程の力で攻撃しない限り壊れないぞ」
「了解いたしました。それでは『エインセル』!」
ブランシュはさっと『倉庫』から召喚石を出すと石が周りに見えないようにそれを発動させる。
一瞬部屋は光に包まれた後、その場にはこれといった特徴の無い少女が立っていた。
「に、人間だと!?」
「いえ、彼女は召喚獣です。達樹様は妖精のようなものだと仰っておりました。
それでは。エインセル、私になって」
彼女の命令に無言で応えたエインセルはみるみるうちにその姿を変え、完全にブランシュそのものとなった。
『完了いたしました』
ブランシュの顔と声そのままに完了を伝えるエインセル。
彼女の能力は『私自身』。
基礎ステータス以外の全ての能力をコピーすることが出来、かつ姿形までコピーできる能力だ。
強力な能力ではあるが、この力を付与すると基礎能力がかなり落ちてしまうので実用化にはまだ至っていない召喚獣である。
「は、ハハ.........ワハハハハハ!!!凄いぞ!!!
こんな召喚魔法を見るのは初めてだ!!!!」
最初は面食らっていたダヴァロスも手を叩いて喜び始める。
「いやぁ、どうだね?他の三人も一緒に我の元で働いてみないかね?」
「申し訳ありませんが陛下、私達には旅の中でやらなければならない事がありますので」
「むぅ、つれないのぅ。まあ良い、今日は良いものを見せて貰ったしな」
ダヴァロスは好奇心を発散できたのか満足そうな顔で上機嫌だ。
「エインセル、もう大丈夫よ」
『了解しました』
ブランシュの姿になっていたエインセルはボロボロと光の粒子になって消滅した。
「ふむ、しかし貴族に目を付けられたとは中々に面倒なことになってしまったな。
何大会かに一度はこういう問題が起きるからなぁ.........このルールも見直しが必要だと数年前から話し合いが続いているのだが.........。
すまぬな、今の内に我からも貴族達に圧力はかけておこう、だが出来ることなら大会で優勝してくれるのが一番だな」
まあ優勝すれば面倒な事にならないのであれば参加した方が良いだろう。
何よりブランシュを守るのは俺の役目なのだから。
「.........面倒事は嫌いなんですけどねぇ」
ちらっとミラの方を見るとにへっと笑ってきた。
「うむ、では今日はもう下がって良いぞ。それと我からお主達に大会が終わるまでの間、泊まっていけるように部屋を用意しておいた。是非泊まっていってくれ」
王城に寝泊まりするのはどうかと思ったが、国王であるダヴァロスの厚意だし無下にすることは出来ないな。
「ええ、是非使わせていただきたいと思います」
「フッフッフッ、是非泊まっていくと良い!なんなら今回だけで無く次此処に来たときも泊まっていくが良い!!」
「ちょっ、陛下!そんな事を仰ったらまた大臣の胃が!!」
「っ!と、やっぱり今のは無しにしてくれ。我の我が儘で大臣の胃がボロボロになっておるのでな」
「は、はぁ........」
慌ててダヴァロスを止めるコゼット。
大臣の胃はやっぱり荒れていたみたいだ。
此処で後ろの扉から案内してくれていたメイドがやってきて謁見は終了になった。
国王は思っていた通りの自由な人だったな、大会関連では何処か含んだような話し方だったけど。
俺を.......優勝させたら何か良いことでもあるのか?
やけに優勝に拘るような話し方だった気がする。
メイドについて行くと広い客間に着いた。
どうやらここに泊まれるみたいだ。
リビング、寝室と分かれている。
「お風呂は城の一階にあります所をお使い下さい」
そう言うと彼女は下がっていった。
今日ももう遅い、タツキ達はそのまま部屋でゆったり過ごすことにしたのだった。
変な男にあった。
お父様が呼んだ冒険者パーティのリーダーの男。
お父様は見た瞬間に偉く気に入ったようでいきなり私との縁談を持ち出してきて驚いた。
そして、次の彼の反応にまた驚いた。
私はこの国の王女だ。
だからかわからないけど昔から貴族達からの縁談、求婚は絶えない。
この前なんて帝国の皇帝から求婚された。
結婚なんてする気は無いし、全部断ってきたけど。
断られるのは初めてだった。
彼に既に二人の将来を誓った人が居るといってもそれじゃあ私との縁談を断る理由にはならない。
そしたら「本人の気持ちが一番大事」だなんて言い出したからなんだか少し悲しい気持ちになった。
『結婚するなら強い男が良い』
最近の口癖。
本当はそうじゃないのに。
私はお忍びで冒険者をしている。
でもまあ皆気付いてるみたいだけど。
冒険者をしているから、そんな嘘をついた。
言い寄ってくる男達。
いやらしい目で此方を嘗め回すように見てくる。
俺は強いぞ?と露骨にアピールする冒険者の男。
豚みたいな顔でやらしい視線を向けてくる貴族。
私の王女という立場しか見ていない男も。
「私だって、昔はそう思ってた」
布団に横になって枕をぎゅっと抱き締める。
心から愛し合っている彼等が羨ましい。
自分がどう頑張っても手に入れられない幸せ。
子供の頃に夢見たあの光景。
アオイは悶々とした気持ちのまま眠りについた。




