浮遊兵器ウキツボ
ナム寺院――
脚甲騎の残骸にナランが巻き込まれていないことを確認しつつも、その安否を気遣う暇はなかった。
「隊長!……ナランは、空中です!」
騎兵の声に全員が見上げると、そこには確かにナランの姿があった。
少年は上昇を続ける飛行機械にぶら下がる、脚甲騎の腕にしがみついていたのだ。
しかも最悪なことに、空飛ぶ[香炉]は、先の脚甲騎による離陸妨害受が原因と思われる、ふらふらとした不安定な飛行を続けており、その上、ナランの足場となっている脚甲騎の腕は船のゆっくりとした回転に振り回され、今にも落下しそうになっていた。
「あのままでは、ナランが落ちてしまう……」
ミレイの悲痛な声に、トゥルムは思わずダンジュウに詰め寄る。
「おいサムライ、貴殿の[気]とやらで、どうにか出来んのか!?」
「あんな高く飛んでいたら、俺より凄い奴でも無理だ!」
ダンジュウの言葉通り、浮遊機械は既に高度を取り、遠ざかりつつあった。
祭の時のように鉄甲騎の助けがあればあるいは……ではあったものの、今はそれも期待できない。
地上から見上げる者たちにとっては、まさに万事休すという状況である。
当然ながら、待機していた砲兵にも、浮遊機械にナランとプロイが乗っていることが伝えられる。
「これじゃ、攻撃ができない……」
噴進兵器による攻撃準備を整えていた砲兵は、溜息をついて、不安定飛行を続ける浮遊兵器を見送るしかなかった。
その中で、トゥルムはイバンより下された[極秘命令]を思い返していた。
ミレイ王女を救出した今、ウライバと言う[国]にとっての憂いは無い。
民の命を尊重せよとミトナ王妃は厳命したとは云え、[国を守る]上で時にそれは建前でしか無くなるのも事実である。
そして今、浮遊機械は不安定な飛行を続けている。この状態で噴進兵器の攻撃を受ければ、如何に未知の超兵器と言えど、無事では済まないだろう。
だが、その好機に於いて騎兵隊長がその命令を履行することはなかった。
――殿下の御側にいる以上、攻撃を加えるわけにはいかない……
そう、ミレイはミトナ以上に民を愛している。その上、プロイとはこの件を歴てより親密な仲となっているであろうことは、祭の夜を知らないトゥルムでも想像は容易であった。それを知った上で攻撃命令を下知すれば、殿下がどれほど哀しむかが手に取るようにわかるのだ。
――命令履行は味方の危機に際しての筈だ……
そう言い聞かせ、命令の下知を留まったトゥルムではあったが、内心、この場にミレイがいたことに感謝していた。
――私とて、プロイやナランを捨て置くことができんのだ!
「なんとか……あの梯子に取り付かないと……」
ウキツボ外壁――
ナランはしがみついている脚甲騎の腕から、先程その存在を確認した、整備用と思われる梯子を探す。幸いそれは着陸脚に見つけ、さらに隣接する胴体各所にも見ることが出来た。
しかし現在、飛行が安定していないのか、船体は左右に揺れ、あるいはゆっくりとではあるが横向きに回転を続けており、ナランはしがみつくのがやっとの危機的状態であった。
ナランの足場となっていた、機械の腕だった残骸が軋み始める。
「うわわ……落ちる、このままじゃ落ちる!!」
バキン!
そんな音とともに、ひと際太いボルトが抜け落ちる。
「まずい……手首を固定する部品が壊れる……!?」
意を決したナランは、一気に駆け上がる。
「たあぁ―――っ!」
必死の思いで着陸脚の梯子に飛び付く瞬間、脚甲騎の腕が分解していく。
ナランは自分を支えていた残骸が森へと落下する光景に目もくれず梯子を登り、飛行が安定し始めたところで、今度はその上に広がる円形の張り出しに取り付いた。
「なんとか、侵入口を探さないと……」
梯子や点検口の把手を頼りにし、張り出しを横向きに移動するナランは、硝子窓から見える内部を覗き込む。
その中では、幾人かの覆面が操縦装置を操作し、そして、中央の柱には、拘束されたプロイがいる。
――プロイ、必ず助ける!!
ナランは、入り口を探して移動を続ける。
再びナム寺院
脚甲騎の腕が落下する光景は、ミレイをはじめ、ダンジュウ、トゥルム、そして騎兵たちも目の当たりにしていた。
「とりあえずは、無事のようだが……」
ナランがどうにか浮遊機械にしがみついている様子に、とりあえず安堵するダンジュウではあるが、
「あれが無事といえますか!?」
と、ミレイは青ざめた顔で悲痛な叫びを上げる。
「……ともかく、今はどうしようもない。部隊を分け、あの機械を追跡させる。我々は殿下を安全な場所にお連れするんだ!」
「そうするより他はないか……」
トゥルムの意見にダンジュウも賛成するのだが、興奮気味のミレイは収まらない。
「妾はよい。とにかく今は、あの機械を……プロイとナランを追いかけるのですっ!!」
激昂する王女殿下の下知に、
「……確かに、安全な場所と云っても結局は森の中だ。我ら全員で追いかけた方が、殿下をお守りしやすいかも知れん」
と、ダンジュウの頭を掻きながら呟いた言葉に、内心溜息をつきながらも賛同するトゥルムであった。
「さあ、早くあの浮遊機械を追跡するのですっ!!」
「応!!」
改めて下されたミレイの号令に、全員が移動を開始する。
ウキツボ内部――
「脚甲騎の腕が離れた……これで安定を回復できる」
「まずは回転を止めろ……このままではどうにもならない」
船橋や機関室では、覆面達が沢山の槓桿や開閉器が並ぶ操縦装置を操り、並ぶ計器や受像器を睨みながら、機関と飛行の安定化を試みており、その甲斐あって、ウキツボはようやく通常飛行に戻りつつあった。
周りには、這う這うの態で逃げ込んだ挙句に、脚甲騎に掴まれた衝撃と、安定しない飛行に振り回された黒覆面たちが、肩で息をしていた。
この状況ではとても外を見ている余裕は無く、それにより、中を覗き込んでいたナランの姿に気付いた黒覆面はいなかった。
それは、[影]でさえ例外ではない。
「重力制御安定、船体の回転停止、通常水平飛行に移行……」
「焔玉機関および飛翔装置の出力安定、運転を続行……」
「まずは一安心であるな……脚甲騎に掴まれたときは肝を冷やしたぞ」
ひとまず、ウキツボの飛行が安定したことに安堵した[影]は改めて、[偽りの王女殿下]を担いできた覆面に向き直る。
「……粗忽者が! よくもこんな小娘が王妃殿下に見えるものだ!?」
それは、自分に対する怒りでもあるのだろうか。
自分の[遊び]を、まさか本気にしている部下が居ようとは、露ほども思っていなかった[影]にとって、これは痛恨であった。
何故怒鳴られているのか理解できない覆面の困惑を余所に、当のプロイがその身が縛られているにも拘わらず、得意げに喚く。
「いい気味だわ!……私を人質にしたってなんにもならない」
衝撃に襲われたウキツボの中で、この期に及んで唯一人、冷静に、そして堂々としていた少女の態度、そして叫びが[影]の怒りを誘う。
「小娘が……言わせておけば……!」
本当のところ、プロイとて、いや、年端のいかぬ少女なのだから当然ではあるが、先の衝撃どころか、ミレイと引き離され、寺院より連れ去られてから、今まで生きた心地がしないほど怯えていたはずなのであるが、それよりも、結果的、そして成り行きとはいえ、僅かでも[影]に一泡吹かせた事による高揚感が勝っていたのだ。
興奮状態のプロイは、その上で更に、
「あなたたちはもう終わりよ! イバン大隊長や砦のみんなが……それに、サクラブライがこのへんてこな機械をやっつけてくれるわ!!」
その言葉が終わらぬうちに、[影]はプロイの襟首を掴み、持ち上げる。
「その口を閉じよ、小娘!……よかろう、ならば落ちる前に、我らの力を存分に見せつけてくれよう!」
襟首を掴まれたままその脅し言葉を受けて尚、自分を睨みつけるプロイの瞳に強い焦燥感を覚えた[影]は、少女の小さな体を床に投げ捨てると、激高したまま部下に下知を飛ばす。
「進路変更、すぐに取引地点に向かう」
「ウーゴ砦に向かうのではなかったのですか!?」
「こちらが王女殿下を人質にしていないことが発覚するのは時間の問題だ。そうなれば、奴らは鉄甲騎による反撃を試みるだろう……
そうなる前に、ヘオズズとサクラブライの鎧もろとも奴らを丸焼きにしてやる!」
「回収を諦めるのですか?」
「そうするより他はあるまい……」
黒覆面は操舵装置を操作し、指示通りに舵を切ったその直後、[影]の口走った言葉に耳を疑った。
「……目にもの見せた後は、ウーゴの街も、ウライバも、ゼットスもろとも何もかも燃やし尽くしてやる!……この私を怒らせたこと、今更後悔しても遅いぞ……!」
大人げなく少女を睨み付ける[影]……
健気にもその目を睨み返すプロイ……
両者の睨み合いを目の当たりにした黒覆面は、一抹の不安に駆られていた。
御しきれないゼットスに加え、脚甲騎の暴走、挙げ句、騎兵の襲撃により人質と仲間の半数が失われるなど、覆面はおろか[影]自身、予想すら出来なかった事ばかり起きているのだから、無理はなかったのだが。
「これだから子供という奴は……!?」
[影]は、脚甲騎の操縦席にいたナランと、自分を睨み付けるプロイを重ね、忌々しく罵った。
「間もなく、目的地です」
黒覆面の報告も、もはや[影]の冷静な心を取り戻すことは出来なかった。
取引現場――
イバン率いる囮隊と、ゼットス残党の戦いは激しさを増していた。
「これまでのお返し、させて貰うぜぇ!!」
「勝手なことを……!!」
騎乗のイバンはゼットスと部下二人の連携攻撃に翻弄されつつも、湾刀を振りかざして奮戦していた。
巧みに刀と騎馬を操り、刺突と斬撃を回避するイバンに対し、こちらも巧みに小剣と部下を繰り出し、連携攻撃で執拗に迫るゼットス。
その周囲では騎兵隊と兇賊が乱闘を繰り広げている。
「数はこっちが上だ……相手が素早くとも、落ち着いて狙いを定めろ!」
甲冑に身を任せて攻撃に専念する騎兵に対し、兇賊は自分たちの庭である森の地形を活かし、正攻法ではない奇抜な戦法で己の敵を翻弄する。
「俺たちの縄張りで、勝てると思うなよ!?」
少し離れたところでは、鉄甲騎同士の戦いも展開していた。
「妨害は振り切った……俺たちの仕事をするぞ!」
ようやく束縛から逃れたリストール四機は、敵の脚甲騎に対して果敢に挑み掛かる。
「敵は三騎だ……あのデカ物には二騎で当たれ!」
「俺さんと戦っているのに、余所見してんじゃねぇ!」
攻撃を躱しながらも指揮を執るイバンの姿に、苛立ちをそのまま刃に変えたようなゼットスの剣が馬の足を斬りつける。
「うわっ!!」
悲鳴のような嘶きを上げて馬が倒れ、振り落とされるイバンだが、すぐに体制を立て直し、膝立ちになるところは見事である。その上で、両側から跳躍し迫る偽プロイと偽ミレイの剣を、その姿勢のまま足で地を蹴り、前方に跳んで回避、前転で着地するやすぐさま立ち上がり、木を背にして次の攻撃に備えるが、
「死ねぇ!」
「ぬかった!?」
頭上の声に素早く反応したイバンではあるが、木の上から振ってくる猫人の動きについて行けず、さしもの大隊長も、その亜人の刃の餌食となる。
……かに思われた瞬間、響き渡る銃声と共に、イバンの横を骸と化したビョウが落下した。
「助かる!」
イバンは銃を撃った騎兵に一言だけ礼を述べながら、再び襲い来る偽物二人の剣を湾刀で振り払う。
「わらわに逆らうと打ち首なるぞぉ!」
「私に殺されて下さいですぅ!」
低くドスの利いた女言葉で突き出される剣は思いのほか鋭く、斬り結びによる防戦一方となるイバンを、ゼットスが嘲笑う。
「イバンの野郎さんよぉ、いいのかい、こんなところで油売っててよぉ……お姫さん助けに行った別働隊、今頃どうなっているか、わかったもんじゃあ、ねえぜ?……」
「脅しなら利かんぞ!……既に[救出成功の狼煙]を確認した。われらの勝利は成ったも同然だ!」
こちらもハッタリである。確かにイバンは救出部隊からの狼煙を目撃しているが、それは[強襲開始の合図]であり、成否はいまだわからないのが現状である。
「食えねえ奴だよ、ホントに……」
苦々しく呟くゼットスは、再び小剣をイバンに向ける。
三体一の不利な状況の中で剣撃の火花を散らすイバンの背後では、リストール二騎が巨大脚甲騎を相手に苦戦していた。見た目通りの重装甲が、リストールの繰り出した鎚矛を阻んでいたのだ。
「こいつ、なんて装甲だ!?」
「単に分厚いだけだ!……奴の腕に攻撃を集中するんだ!」
操縦士はリストールに鎚矛を構え直させると、巨大鉄甲騎の左側面に向けて突進する。それに続いて、もう一騎が右側面に回り込んだ。
他の機体はそれぞれの敵に、手一杯のようだ。
実の所、リストールをはじめとする脚甲騎は、特定の部位を狙うなど、細かな動作には向いていない機体が殆どである。だが、目標は巨大な上に自身の装甲のために動きが鈍く、上手く狙えば、多少緩慢な動きでも腕を狙い撃つことも不可能ではなく、集中して攻撃を加え続ければ、頑丈な骨格を持っていたとしても耐えきれるものではない。
「喰らえ!」
巨大脚甲騎の両側からリストールが挑み掛かる。
だが、次の瞬間、巨大脚甲騎は不穏な駆動音を立てながら、両腕を水平に上げると、ガチャガチャン、と何かを固定する音の直後、勢いよく胴体を横向きに、それこそ竜巻のように回転させ始めたではないか。
「何が起きた!?」
「ぐわぁ!!」
猛烈な回転と共に繰り出された、と云うより振り回された鋼の拳を模した鉄塊が、二騎のリストールをいとも簡単に跳ね飛ばした。
木々を薙ぎ倒しながら盛大に突き飛ばされ、仰向けに引っ繰り返ったリストールが再び立ち上がり、武器を構え直す。敵に追い打ちを掛けるほどの機動力がないことが幸いだった。
「駆動系の回路に一部異常、予備回路に切り替えます」
「こいつ……棍棒みたいな腕だ!」
「どうなっているのだ!?……上半身を回転させて、操縦している奴らは目が回らないのか!?」
予想外の攻撃に困惑する操縦士ではあるが、
「回転したのは、上半身の上部だけです……操縦室と機関室はその下かと」
機関士の一人による観察結果に納得、感心する。
「……だから、上半身が異様にでかいのか」
「あの機構は魂魄回路を介さず、強力な電動機と変速機、それと伝達軸の直接切り替えで駆動しているようです」
「あんな奇妙な仕掛け……どこの工房が作ったんだ!?」
「たぶん、正規の工房ではないでしょう……まっとうな操縦士は乗りたいとも思わないでしょうから……」
「まったくだ!!」
もし、この場に[影]がいれば、この巨大脚甲騎に対する評価を少しは改めるかも知れない。
「ともかく、二騎じゃどうにもならない……他のリストールは!?」
目を向けると、もう二騎のストールはそれぞれ敵の脚甲騎を相手に戦闘を繰り広げていた。こちらは見た目通りの寄せ集め機体のためか、さほど強敵とは云えないものの、無力化するにはもう少し時間が掛かるだろう。
「もう少しだけ持ちこたえろ!……狼煙を見たバイソールが間もなく駆けつける!!」
隙を突き、偽ミレイを湾刀で袈裟懸けに斬り伏せたイバンの檄に奮起しつつも、各々のリストール操縦士は、
「バイソールが来る前に、せめて一太刀!」
「脚甲騎を相手に鉄甲騎を頼るなど、言語道断!」
と、ここに来て急に対抗心を剥き出しにする。
これは、互いの役割分担を意識する傾向にあるウーゴ守備隊には見られない光景で、ウライバ、延いては殆どの国家、組織の鉄甲騎隊に於けるこのような競争意識は、時に技術向上などに影響するものではあるが、状況を間違えれば、互いの足を引っ張ることにもなりかねない。
そして、そんな操縦士の心のフォローもまた、機関士の仕事となる。
「現状、リストールで奴を仕留めることは無理です。それに、我らの最終的な目的は奴を倒すことではなく、殿下をお救いすることです!」
「そうだった、すまん」
幸い、身分差には拘らないようで、機関士の忠告は素直に受け入れられる。
操縦士は心を切り替え、それでも、間もなく駆けつけるバイソールが戦いやすくなる為の布石として、可能な限り打撃を与えようと、慎重に巨大脚甲騎との間合いを詰める。
その後方――
イバンの言葉通り二騎のバイソールが、戦闘が起きた取引現場へと急行していた。
「前席、これ以上、戦闘巡航を維持したままでは、汽罐が持ちません!」
「脚部以外に回す蒸気を限界まで抑えろ。落ちた安定性は操縦で補う!」
既にリストール四騎が通過した道を、鉄甲騎は楽々と走り抜ける。とはいえ、充填開放を伴わない巡航速度は決して速いとは云えず、今、継続しているような戦闘巡航による長時間の疾走は機体に余計な負荷を掛けてしまう。
それでも、操縦士と機関士の経験に裏打ちされた操縦技術を用いて、バイソールは戦場に向けて駆けていく。
だが、もう間もなく戦場に辿り着くバイソールが、その上空に、目の当たりにしたものは……
「おい、あれは例の浮遊機械じゃないか!?」
ハイソールから見て、その浮遊機械は丁度、イバン達のいる戦場の真上に浮かんでいた。
再び取引現場――
浮遊機械の不意な飛来により、囮隊と兇賊の……イバンとゼットスの戦闘は止んだ。
それは、祭の夜にウーゴの上空で披露した、重低音の管楽器による演奏のような、無気味な音を鳴らしながら、宙に漂っていた。
思わぬ[友軍]の飛来に、ゼットスは困惑していた。
「どうなってやがる……今更、何をしに来やがった!?」
戸惑いを見せるのはゼットスだけではない。
「まずいな、バイソール到着の前に出てくるとは……だが!」
イバンにはある確信があった。それは、この乱戦状態では、
「浮遊機械は光球を撃てまい……!」
件の光球は、その威力は絶大であっても、やはり広範囲兵器である。従って、味方を巻き込むようなこの状況で使用する事はないと踏んだ。
ところが……
ウキツボ船橋――
「……〈電光砲〉用意」
[影]は砲撃の下知を出し、それを受けた部下は指示通り、粛々と砲撃の準備補始める。
「重力制御安定、滞空位置固定、機関出力上昇、電光砲に回路接続……」
「飛翔装置安定、焔玉機関異常なし、発電機より蓄電器に送電開始……」
「蓄電器電圧上昇、防護扉開く、電磁誘導砲身、展開……」
計器類を睨みながらの覆面の手で、いくつもの開閉器が接続され、並ぶ槓桿が操作されることにより、ウキツボの上部、半球の屋根の一部が開き、彼等が〈電光砲〉と呼ぶ兵器が迫り出される。それは、複数のアンテナが複雑に組み合わされた、とても[砲]とは呼べない形状の機械だった。
「まずは、連中の希望を打ち砕いてやれ」
[影]はそう言って、眼下に見える二騎の古い騎士を模した鉄甲騎を指さした。
ウキツボの船体が回転し、[砲]をバイソールに向ける。
「……蓄電器に充填完了、電光砲、発射準備よろし」
「照準合わせ、よろし。標的、前方百五十メートル先の鉄甲騎」
「……撃て!」
「電光砲、発射!!」
[影]による号令の元、ウーゴを恐怖に陥れた白き光球が、光線を従え、轟音を纏い、周囲の空気を振るわせながら目標めがけて投げつけられる。
やはりそれは一瞬の出来事であった。
地上――
「何!?」
操縦士が反応したときには既に遅く、二騎のバイソール周辺で光球が炸裂、強烈な稲妻をばらまき、森の草木に引火、急激に爆発する。地上で戦うもの全て――イバンの騎兵やゼットスの手下どもの元に届くほどの衝撃を伴ってである……
「一体、何が……!?」
「受像器に焼き付けが……」
さすがの電光砲も鉄甲騎の装甲を焼きつくすことは無理なようで、機体に損傷はあるものの、バイソールは二騎とも外見的には無事であったが、その電撃と衝撃は内部に強烈な被害を与える。その突然の出来事に操縦者は戸惑いを隠せず、機関や電装系の確認を行うはずの機関士もまた、狼狽えるばかりだ。
バイソールは、全身に稲妻が帯電したまま、その場で膝をつき、動くことすら儘ならない様子であった。
ウキツボ外壁――
その状況は、辛うじて点検梯子にしがみついていたナランも目の当たりにしていた。
「……これが……僕が見た[龍の息]よりも凄いかも……」
機体の傍にいたことが幸いしたのか、無謀な少年は、衝撃や余剰電磁波などに巻き込まれることは避けられたようだ。
我に返ったナランは、梯子越伝いに、半球部分に開いたスライド式の大型扉を目指す。
「ここからだったら、入れるかも……」
その時、扉から突き出したアンテナが周囲に電気を帯び始める。再び発射態勢に入ったのだ。
鉄甲騎にとどめを刺すつもりか、それとも……
どちらにせよ、危険な状況にあることは違いはない。
「まずい!」
ナランは慌てて梯子を登る。
目指すは、発射態勢に入った電光砲……
その船橋――
「どうだ、我らの力を思い知ったか!?」
子供じみた笑いを浮かべ、威す[影]を、プロイは沈黙のまま睨み付ける。
「我らの技術力で[龍の光球]を再現したこの兵器で、おまえの街も、大事な人も、何もかも焼き尽くしてやろうか、ぇえ!?」
凄みのある声で脅されても、プロイは凝と睨み返すだけである。
泣いたら負け――
心にそう言い聞かせ、プロイは耐えた。
それを見た[影]は、口惜しそうに舌打ちする。
「……生意気な小娘だ!」
子供を相手に見せる無様な光景に、部下は目を背け、ただ、次の指示を待つだけだ。
「……次は、地べたにいる者たちを焼き払ってやる!」
[影]は静かに言い放ち、振り返る。
「次弾、発射用意!……目標、直下の騎兵隊と脚甲騎だ!!」
「りょ、了解……電光砲、発射準備に入ります!」
――サクラブライとヘオズズの焼却が目的の筈では……
その言葉を呑み込みつつ、機関士と予備操舵士が次弾発射準備に入り、目標を俯角内に入れるべく、操舵士がウキツボを移動させる。
頭上で光球を放つ光景を目の当たりにし、発射された光球がバイソールに命中したらしいことを悟ったイバンは、浮遊機械が再び稲妻を集め始めた状況を見て、急ぎ下知を出す。
「総員、待避!」
「俺さん達まで巻き添えかよ!?」
こちらも状況を理解したゼットスもまた、流石に戦闘を放棄し、この場からの逃走を図る。
周囲は混乱の渦に包まれた。
イバンの下知があったとはいえ、騎兵はどこへ避難すればよいのかわからず戸惑い、そこに悲鳴を上げて出鱈目に逃げ惑う兇賊の混乱が加わり、右も左もどうにもならない。
「慌てろ慌てろ……ここで生き延びても、どうせ後には降伏する羽目になるのだからなぁ……」
下の光景を受像器で見下ろしていた[影]が嘲笑う。
「次弾発射の後、ウキツボはウーゴ、ならびにウライバを焼き払う……龍に焼かれた[なんとか]とか云う街のようにな……」
「どうにかこいつを壊さないと……」
防護扉の内部にどうにか潜入したナランだが、目の前の異様さな光景に圧倒される。
鉄甲騎とは明らかに違う巨大且つ複雑怪奇な機械の、その先端に伸びる、これまた複雑に電線が絡みつく棒状の物体――砲身だろうか――が、光の弾を形成するべく先端へと稲妻を集める状況に、暫し機械好きの少年は畏怖と畏敬の念と同時に、強い興味をそそられた。
「凄い機械だ……目に見えるほど放電されているのに、どの回路も全然ショートしないなんて……」
感心しつつもナランは、目に見える配線らしきものを追い、回路が集中する場所を探し、やがて奧に配電盤らしき点検扉を見つけ、放電に触れないよう、壁沿いに進み、その扉を開ける。
「これだ……!」
ナランの予想と期待の通り、扉の中には継電器や変圧器といった、見たことがあるものや、魂魄回路に使用されているものと似て異なる、これまで見たこともない装置など、様々な電気回路で埋められていた。
沢山の継電器がガチャガチャと絶え間なく音を立てているところから、これが予備ではなく、本命の制御装置であることを確信したナランは、鞄からレンチを取り出す。備え付けられている電圧計の目盛りが目一杯を指している。それにより、おそらく次の発射が間近であろうことが読み取れた。
「丁寧に壊している暇はないんだ!」
まるで機械に謝るかのように、ナランはレンチを振り上げる。
直後、船体が突如傾いた。目標が近いせいか、砲身の俯角を取るつもりなのだろう。
「うわぁ――――っ!?」
少年は後ろ向きに倒れそうになるのを堪え、配電盤目掛けてレンチを振り下ろした。
「船体、下げ舵三十度、電光砲の俯角を確保……」
「蓄電器充填完了、電光砲に回路接続……」
「電磁誘導砲身、照準合わせよろし」
報告を受けた[影]は、まるでプロイに言い聞かせるように次弾発射の下知を発する。
「足下の兵士どもを焼き払う……撃て!」
その瞬間、惨劇を想像したプロイは思わず目を瞑る。
転瞬、船体に爆発音と衝撃が走る。
しかし、それは[影]どもが聞き慣れた電光砲の砲声ではなく、これまでにない爆発による振動、そして異常を知らせる警告音だった。
「なんだ……何が起きた!?」
「電光砲に異常発生! 発射不能!!」
「電圧逆流、このままでは航行にも支障が出ます!」
強烈な揺れが襲うと同時に、覆面が異常を知らせた。
「すぐに原因を調べろ!……ええい、どうなっているのだ!?」
ウキツボで発生した爆発は、真下のイバンと騎士達にも見えていた。
「大隊長、あれを……」
「わからん……だが、助かったようだ」
しかし、続いてイバンが目の当たりにしたのは、まさに驚愕の光景であった。
「……ナラン!?」
爆風に吹き飛ばされたのか、窮地から皆を救った少年が空中に身を投げ出されたのだ。
「わああぁ―――……!!」
思い切り配電盤を叩き壊したものの、船体が傾いていたことが災いしたのか、回路がショートを起こし、その爆発でウキツボから不幸にも吹き飛ばされたナランは、為す術もなく空中を漂っていた。
――こんなところで!?
逆さまに落下するナランは、それでも遠ざかる浮遊機械から目を離さない。
今、ここで死ぬわけにはいかないのだ。
「僕は、プロイを絶対助けるって、誓ったんだぁ―――!!」
そしてその誓いは、天に届いた。
ナランの身体は落下することなく、宙に浮いていたのだ。
驚いたことに、少年の背中に赤茶色の翼が生え、空中を舞うように飛んでいたのだ。
突然の奇跡に、ナランは初めて神に感謝したいと思った。
「これが……僕の……!?」
「そんなわけないでしょ!!」
それは、必死な表情で懸命に羽ばたくセレイの声だった。ナランは、間一髪、翼人の少女の足爪に後ろから襟首を掴まれることで救われたのだ。
「お願いだ、セレイ……僕をもう一度、あの浮遊機械まで連れて行ってくれ!」
「まず、お礼が先じゃないの!?……全くもう……」
「……姫様は助けたよ。後は、プロイだけだ!」
ナランの自信に満ちた笑顔に、諦めたようにホッとしたセレイは、「じゃあ、行くよ!」と、少年を掴んだままウキツボめがけて急上昇を開始した。
「ナラン、セレイ……お前達、無茶だ!」
いつの間にか浮遊機械に侵入していたナランに加え、これまたいつの間にか飛来していたセレイ……
上空の光景に唖然としていたイバンが我に返り、二人に呼び掛けるものの、止めることは叶わなかった。そして追い打ちを掛けるように、
「そっちはどうなったぁ!」
不意に呼び掛けられたイバンが振り向くと、そこにはダンジュウとミレイが、トゥルム率いるウーゴ騎兵隊と共に駆けつけていた。
「殿下! よくご無事で……ダンジュウ殿、これはどういう……」
ミレイの無事を安堵しつつ、ダンジュウに詰め寄るイバンをミレイが遮る。
「イバン卿、あの浮遊機械の中にはまだ、プロイが……」
「なんと……!?」
その言葉に驚いたイバンが再びウキツボを見上げると、既にナランとセレイが煙を漂わせる半球部分に突入していた。
ウキツボ内部は、今だ混乱の中にあった。
「船体安定させろ! このままじゃどうにもならない……」
「機関出力並びに電力、電圧共に正常値まで戻すんだ……焔玉の火だけでも維持させるんだ!」
「電光砲台はどうなっている!?」
「駄目だ、船橋からではわからない……!?」
覆面達の尽力により、爆発による飛行への影響は最小限に抑えたものの、肝心の電光砲そのものにどれほどの損害を受けたのか見当がつかないのだ。もし、完全に使用不能であった場合、取り返しのつかないことになる。
「すぐに損害を調べろ……直接、砲台に上がるのだ!」
[影]の命令を受けた覆面二人が梯子に手を掛け、登り始める。そして上部の半球に到達、天井の入り口を開けたその時、
「たあぁ―――!!」
と、雄叫びを上げて振ってきた少年の蹴り、と云うより靴底の直撃を受け、覆面は梯子から落下する。
「何事だ!」
そう言って[影]が振り向いて見たものは、落下した覆面二人の上から駆けだし、自身に向けて体当たりを仕掛けるナランの姿だった。
「小童!?……一体どうやって……」
ナランは相手に身構える隙を与えず、頭から突っ込んでいく。それが功を奏したのか、不意を打たれた[影]は頭突きをまともに受け、祭の夜、少年に殴られたときの肋骨の痛みが響いたのか、再び悶え苦しむ。
それを見た黒覆面が、自分も痛みで頭を抱えるナランに向けて飛び掛かろうとしたとき、今度は彼等に向けて、後から突入してきたセレイが妨害する。
「とりゃりゃりゃりゃあ―――!」
セレイは翼を羽ばたかせ、連続回し跳び蹴りを繰り出すなど、めちゃくちゃに場を掻き乱し、黒覆面を牽制する。狭い船橋内部では銃が使えず、その上、疾風迅雷の不意打ちに、さしもの手練も発揮しきれていない様子だ。
挙げ句、瞼の幕を閉じ、白目のまま
「ケェ――――――!!」
と、独特の甲高い声を上げるツバサビトの牽制に、思わず怯んでしまう。
その隙にナランはプロイに駆け寄り、小刀でその縄を切る。
「プロイ、助けに来たよ!」
「ナラン!?……何で、こんな無茶を……」
信じていたとはいえ、まさかこんな形で助けに来るとは思っても見なかったプロイは、喜んで良いのか怒るべきなのか、混乱していた。
どのみちそんな暇はなかった。
茫然自失となっていた覆面が我に返り、二人を窓際に追い詰めたのだ。
「どこまで……どこまで私を愚弄すれば気が済むのだ……小童!」
もし頭巾を取れば怒りの形相で歪んでいるであろう[影]が、痛む胸を押さえつつ、ナランとプロイに憎悪の目を向ける。
「父さんの……仇……!」
ナランもまた、小刀を構えて父の敵と思われる[影]を睨みつけるも、跳び掛かることだけはすまいと、懸命に堪える。今は、プロイを助け出すことが先決なのだ。
改めて周りを見渡し、出口を探すものの、どうやら、入ってきた中央区格以外は見当たらない。囲む黒覆面を掻い潜り、そこに飛び込むのは困難に思えた。
「もう良い!!」
突然、[影]の怒鳴り声が響いた。見ると、操縦装置に近寄り、何かの釦に手を掛けていた。
「ならば、もう良い。二人まとめて死ぬがいい!!」
[影]がそう言い放つと同時に釦を押し、刹那、ナランとプロイの背中に押しつけられていた硝子窓が外れ、不意に外へと投げ出された。
「うわぁぁ―――!!」
「きゃあぁ―――!!」
窓を開けられたことにより外へと飛び出した二人は、しばらく空中を漂い、やがて地面に落下する……
と、思われた瞬間、またも奇跡が起きた。
「だからぁ、奇跡じゃないってば!!」
「「セレイ!!」」
ナランとプロイは思わず揃って友人の名を呼んだ。
二人が硝子窓から放り出された刹那、セレイは黒覆面を必死に振り払い、防護壁が閉まる直前、同じ窓から飛び出したのだ。
だが、今度ばかりは状況が好転しない。さすがのツバサビトも、そも、まだナラン達と同様、子供であるセレイでは、同年代の二人を支えることには無理があったのだ。
「何とか、地面に降りるまでは……」
「セレイ、止せ、僕が飛び降りるから、プロイだけでも助けるんだ!」
「駄目よ、セレイ、私はいいから、ナランと一緒に……」
「駄目!!……アタシは、両方助けるんだ!!」
セレイは二人の背を足爪に掛けたまま、必死に翼を羽ばたかせるものの、イバン、ダンジュウ、ミレイらの目の前で、体勢を崩して墜落していく。
「ごめん、もう落ちるぅ―――!!」
そして今度こそ、奇跡が起きた。
「皆さん、大丈夫ですか!?」
気が付くと、三人は温かいものに包まれていた。
そう、巨大な少女――モミジに抱かれていたのだ。




